第六章「迷宮」04
くぅ……むにゃ…明日香ぁ〜…あとちょっと寝かせてよぉ……むにゅ……
『は〜〜〜〜〜はっはっはぁ!! 見たか聞いたか達したかぁ! 我が必殺の「一歩出たら触手に囲まれて逃げなくなっちゃうよん」トラップぅぅぅ!!』
………ん……うるさいなぁ……なんなのよ、朝っぱらから……
『まさに最っ高の快感! ワシの心のチ○チンが千年振りに悲鳴を上げそうになるほど溜まり捲くったザーメンをぶっ掛けてやったわ。ん? 声も出せないほど嬉しいか? ん? ん? ん〜〜? HPが0になっても100円入れたら二戦目コンティニューオールオッケー! ワシの性欲もまだまだまだまだぁ!!』
うう……無視。あたしは眠いんだから………ぐぅ………
『しかしワシのプログラミングは相変わらずさえまくり! 触手の動作処理のためにワシの機能の一部をカットせねばならんくなったが、あの動きは誰にも真似できん珠玉の一品! たくやの肉体をこれでもかと言わんばかりに………もしも〜し』
……そんなに眠らせたくないの? こうなりゃ意地よ。絶対……起きてなんか……やらな……
『もしもし、もしもし、もしもしもしも〜〜〜し! そろそろ起きてくれないとワシ、独り言が多い変人じゃと思われてしまうじゃなかとですかぁぁぁ〜〜〜!! 起きろ、この男女、お前は女だ、た〜く〜子〜〜〜〜〜!!』
―――ぷちっ
「どわぁっれがオ○マだ、あたしはオ・ト・コ、だあああぁぁぁぁぁああああああっ!!!」
―――どげしっ!
「んっ?……あれ、ここ…どこ?」
目を覚ました直後に霞のように消えてしまった夢の記憶を振り払いながら寝ぼけ眼で周囲を見渡したあたしは、見慣れない光景にまだ夢の中にいるのかと首を捻った。
まるでダンジョンにいるみたいだ。
灰色の石の壁。
肌に冷たい湿り気を帯びた空気。
そして身動ぎの音さえ木霊しそうなほどの静寂……
「………そういえばさっき、何かを蹴飛ばしたような気がするんだけど……なんだろ?」
いまいち状況を飲み込めず、頭をぼりぼり掻きながら床に目を走らせても何も落ちていない。それも夢だった……そう結論付けたあたしは、大きく口を開いて欠伸しながらグイッと腕を伸び上がらせた。
「んんん〜〜〜っ!……ぷはぁ。ん〜…なんかひどい夢だったなぁ……あ、今もまだ夢の中なんだ。んじゃ寝よ寝よ」
枕も布団もないけど、どうせ夢なんだ。横になれば眠くもなるだろう。――だけどあたしの夢だというのに、この夢はなかなか喧しかった。
『寝〜る〜ぬあぁぁぁ〜〜〜!! い〜かげん、目を覚ましてワシに付きあえ。さもなきゃ独り言の多い寂しい老人扱いされてしまうではないかぁぁぁ〜〜〜!!』
「え〜い、うるさい! あたしは眠いんだってば!」
―――ずげしっ!
『はぐぅ! ま、また蹴ったね!』
「蹴って悪いの!?……って…なにもない…よね?」
横になった直後に喚きたてる者を蹴り飛ばしたのは良いけれど(まぁ、夢の中だし)、やはり周りには誰もいない。
「おっかしいな……確かに何かを蹴った気がするんだけど……これも夢身が悪いせいかな?」
『ううう……ちなみにどんな夢で?』
「それがおかしな夢でさぁ、あたしが女の子になっちゃう夢なんだけど……」
『いや、それ現実だし』
「………やっぱりなんかいるぅ〜〜〜!!」
『だから落ち着いて目を覚ませへぶっ、あうっ、あぐっ! な、何でワシ、ダメージ受け取るんじゃあうちぃ!!』
何もいないはずの空間に手を振り回せばあちらこちらでゲシゲシと見えない何かを殴りつけている感触が返ってくる。
「やだ〜〜〜! 幽霊恐い、ゴースト恐い、あっちいいけ〜〜〜〜!!!」
『違(ゲシッ)うって(ガシッ)人の(ポカッ)話を(メキッ)聞けえぇぇぇ!!』
―――そんなこんなで小一時間。
「そっか……そういえばあたし、エロ本の精神世界ってところにいたんだっけ。すっかり忘れてた」
精神世界でのダメージはそのまま精神に加えられる。――それを忘れていたエロ本のせいであたしの意識はまったくガードされておらず、触手の攻撃によってダメージを負ってかなり記憶が混乱していたようだ。
大本の肉体へ戻れば脳内に記憶された情報があるので元に戻るらしいけど、それはそれで面倒なので、エロ本の話を聞きながら意識体の再構築――と言うらしいけど、要は思い出す作業――を終えたあたしは、やっと状況を飲み込めてポンッと手を打った。
「つまり……あんたが全部悪い!」
『はぐぅ!』
床に座ったまま虚空へと右拳を振るう。すると存在しないはずのものを殴りつけたような感触と同時にエロ本の悲痛な叫びが木霊した。
これも簡単な事だ。今いる場所が魔王の書の中だと言うのなら、壁も床も空気ですらもエロ本の一部と言う事になる。あたしはそれを殴っているだけだ。――あたし的には嫌だけど、エロ本と「魔王」つながりがあるからこういった芸当も出来るそうな。
「はぁ……それで、これからどうすればいいのよ。考えただけで頭が痛いわ……」
『そりゃもう、制限時間いっぱいまでお代わりしまくりエロしまくりで』
「……殴るわよ」
『すみません。調子に乗っておりました』
まったく……反省しないんだから、こいつは。
「それよりさ、まだ体へ戻れないんなら服を出してくれない? やっぱり…この格好はちょっと……」
この場にいる限り、エロ本に前進を見られてしまうのはどうしようもない。それでも男のときには感じる事のなかった全身を嘗め回すような視線への忌避感から、手で股間と腕一本では隠しきれないほど豊満な乳房を必死に覆おうとしてしまう。
『ダメじゃダメじゃダメじゃあああああっ!! 精神世界で服なんて邪道じゃ。そりゃワシだって、メイド服や巫女さんやナースや婦警さんで色々と楽しみたいけど、精神リンクの真の楽しみは隔たりのない裸の付き合い!――だと言うのにお主はへぶはぁ!!』
「い…いい加減にしなさいよね、あんたは……あたしが温厚だからって言ってもね、堪忍袋の限界ってものがあるんだから、その辺よ〜く理解してくれないと……」
『わ、わかった、何とかする、だから拳を収めてプリーズ!』
寒々とした通路に全裸で放ったらかしにされている恥ずかしさに耐え切れなくなってきたあたしが怒りを込めた右拳を震わせると、魔王の書が慌てて何かをし始めたような雰囲気が周囲の空間から伝わってきた。
「言っとくけど、薄布一枚とかじゃ嫌だからね。それと武器も用意してくれないと」
『ううう……全裸でイチャイチャ淫欲冒険大作戦がぁぁ……』
やっぱりそういうことを考えてたんだ……体に戻ったらお仕置きしなくちゃ。
けれどこれはいい機会だ。こちらが優位に立っている内に色々と注文をつけておかないと、さっきみたいに何か起こっても対処のしようがない。もし触手を切る事ができるナイフの一本でもあれば、ただ犯されるだけじゃなく、なんとか出来たかもしれないし……
でも……あんなに滅茶苦茶にされても、感じちゃってたんだよね。もしかすると、女の子の体って頑丈なのかも……
柔らかくて温かく、思い出すだけでも背筋に震えが走るほどの触手の群の不気味な感触はまだあたしの肉体の隅々にまで残っていた。若々しく張り詰めた乳房は先端を覆う胸の下でトクントクンと大きめな鼓動を繰り返しており、視線を落とせば谷間には滴りそうなほど汗がにじんでいるのが見て取れた。肌はほんのりピンク色に染まっていて、ともすれば、勃起した乳首と腕とが擦れるだけで唇から甘い吐息を漏らしてしまいそうになる。
こんな状態を魔王の書に気づかれる訳にはいかない。けれど意識すればするほど、乳房を揉み解してしまいたい衝動に駆られ、耐えるほどに股間のわななきが激しくなっていく。
あたしの体は完全に興奮しきっていた。……もしかすると意識だけの存在だからかもしれないけれど、淫らな事を思い描くたびにエッチなスイッチが一つ一つ入っていっているように感じられ、みずみずしい素肌に震えが小波の様に広がってしまっていた。
ああっ、なんかまた一歩男から遠ざかっちゃったみたいな気がするぅ……こんなのばっかじゃ元の体に戻るのはいつになる事やら……
『取り込んだたくやのパーソナルデータをベースに適合しそうなモンスターをお気に入りリストから選んで………っと。うむうむ、これならばよかろう』
その声を聞いてあたしは怯えるように体を震わせ、平静を装うように居住まいを正した。
『どうかしたか? なんか息が乱れておるけども』
「別に……」
『ならいいんじゃが。それでは早速……』
空間からそう聞こえてくるなり、あたしの目の前に、左右に、取り巻く空間のあちらこちらに光り輝く球体が現れた。
数にしておよそ20。ライティングの魔法で生み出された光球に近い感じのそれらは目を焼くほどの強烈な輝きではない。まるで人魂のように宙にふわふわと浮いていて、あたしが手を触れるのを待っているようにも感じられる。
『武器や服は設定を弄り直すのが困難じゃから、その代わりじゃ。その一つ一つにワシの記録の中にあるモンスターの因子が入っておって、触れるだけでそのモンスターに変身できるという超優れもの! 精神体の周囲に持続的に魔導式を展開する事で外見から身体能力、特殊能力にいたるまでそっくりそのまま――』
「んじゃ、これでいいや」
まだエロ本の力の入った解説が続いている最中、あたしは眼前に浮いていた手近な光球に手を伸ばす。
『ちょ、ちょちょちょちょっと待ったぁぁぁ!! いや、そんな近くのを選ばなくたって、ほ〜ら、あっちの方のもなかなかよさそうに思わない? ん?』
「あんたの言うあっちってどっちよ。それにどれが強いか弱いか分からないんだもん。どれを選んだって一緒よ」
『そ、それはそうじゃけんども……けどこういうのは自分の運を信じて一発にかける意気込みが男らしいじゃろう? そうじゃろう? ん?』
「………なんかたくらんでる?」
『はうあっ!? い…いや、なにも知らんし、ピ〜ピ〜ピ〜〜♪』
ものすごく分かり安すぎる反応ね……こいつの性格なら、人を惑わすだけ惑わせておいて遠い場所のを取らせた挙句に「一番近い場所のが一番強いんでしたぁ♪」ってバカにしそうだなっとは思うけど……頭が痛くなるほどそこが浅すぎる…こんな奴が本当に魔王だなんて……
「じゃあこれで構わないから。触ればいいんだったよね」
『あ……』
ズキズキしてきたこめかみを指でほぐしながら、まだ少し躊躇う指を光の玉へと触れさせる。
―――変化はその直後から始まった。
声を出す暇もないほどの一瞬で光球がほぐれ、細い光の線になってあたしの体を取り囲んで行く。その線の一本一本が高密度の魔導式だ。肌に伝わってくる輝きの熱さにあたしが息を飲んで身を震わせる、そんなわずかの時間の間に布を織るように縦横に重なり合い、編み上げられた魔導式は全裸だった体の隅々まで覆い尽くして力あるモノの姿へと変貌させていく。
なんか……これ、気持ちいいかも……
外面を覆われると、魔導式はあたしの体の内側にまで入り込み、神経をすばやく、けれどやさしく撫で上げて行く。全身に満ち溢れて行く熱気に幾度となく体を跳ねさせたあたしは、光が収まるまでのわずかな時間の間に緊縮と弛緩を繰り返しながら床の上で震える体を抱きしめていた。
「クッ……ハァァ……お、終わった?」
『おお……うむ、なかなかよろしい格好ですじゃよ。ナイスワシ、ナイスチョイス!』
喜びの声を上げるエロ本はさておき、自分の体に目を落としてみると……肌が服ではなく、毛皮に覆われていた。
「な、なによこれぇ!?」
『知らぬのか? 知らぬのならば教えてやろう。白銀の毛皮に鋭い牙、時には獣、時には人、その狭間を揺れ動きながら己の身の呪いを嘆くか狩猟の快楽に身をゆだねるか、ああ、あまりに残酷、あまりに不運なその身の名前はワーウルフ! 俊敏にして強靭な獣人の中でも特に優れた種族よ!』
ワーウルフ……その名前だけならあたしも聞いた事がある。満月の夜に変身したり、銀製の武器しか通じないと言う獣人(ライカンスロープ)だ。
一時は獣人特有の病気で凶暴になる事もあったそうだけど、それもずいぶん昔の話。百年以上昔にその病気の薬が開発されて、今ではドワーフやエルフのように人間と交流を持ちながら生活しているはずだ。もっとも、獣人の中でも特に強すぎるために生殖能力が低く、その多くが人間と交わっていて純粋なワーウルフと言うのは少ないらしい。
で、獣人の特徴といえば――
「うわ、ホントに頭に耳がある。自分の耳もあるのに……あ、そだ。肉球……ないんだ、む〜〜……」
髪の毛の色がワーウルフのイメージのように白髪や銀髪になったりはしていなかったけれど、頭の横にある自分の耳とは別に大きな耳が頭から生えていた。その耳を面白がって弄りまわす手は狼と違って人と同様に五本の指が備わっているけれど、爪が分厚く鋭くなっている。
眼前で手の平をクルクルと回して見れば、拳の辺りから肘の辺りまで覆うように、そして脇の下から乳首までの丸みを覆うように銀色の毛が生えており、下半身も同様だ。腰の左右と膝の周囲を守るように生えた銀色の毛並みは見た目以上に魔力的な美しさを感じさせる……けれど、
「なんでアソコとかお尻には生えてくれないのよぉ…これじゃあ恥ずかしさは一緒じゃない、とほほ……」
もっとも人目に触れさせたくない場所……触手の感触を忘れられず痺れが抜けきらない股間やムッチリとしているお尻には狼の毛は一切生えていない。お尻のほうはふさふさの白い尻尾が隠してくれるから少しはましだが面積的には全然足りていない。出来れば胸のように覆い隠してくれれば恥ずかしい思いもせずに先に進めるんだけど……
「ねぇ、これ何とかならない? 下着姿よりも恥ずかしいんだけど……」
『だ〜めじゃ。マ○コとアナルは排泄物が出るからの。汚物で自分の気を汚すわけには行くまい?』
そう言われると反論も出来ない。本当の理由は自分の楽しみのためだけなんだろうが、いまさら言っても不毛なだけだ。
『ワーウルフはHPが1000。用意しといたものの中でも強力な奴じゃから、まぁ、別に、ワシとしてはつまらんけども、フツーに先に進めるんじゃなかと?』
「そんなにあたしが強くなるのが嫌なのね」
『あったり前じゃい。ぶつぶつ……負かして犯すのが楽しみでこんなことし取るのに……ぶつぶつ……』
「今の言葉は聞かなかった事にしてあげる。んじゃ、せっかく強くなれたみたいなんだし先に進んでみるかな」
床に手を付いて立ち上がる。いつもと違い、ワーウルフになったせいで力が増しているのだろう、そんな何気ない動作にでも体が軽く感じる違和感を覚え、少し落ち着かない感じさえしてしまう。
まだ股間をさらけ出している事に恥ずかしさを感じてしまうけれど、誰に見られているわけでもないんだし、そのうち慣れるだろう。――変な癖が付かなきゃいいけど。
「それであんたはどうするの? ずっとあたしと一緒にいてくれるの?」
手で股間を隠しながらなんとなく斜め上を見上げて姿を見せない魔王の書に語りかけると、なぜか先ほどよりも声が遠くから聞こえてくるような感じがした。
『ワシは色々と処理せねばならん事があるからな。いきなりゲームオーバーになる事もなくなったしそちらに専念するので、しばしお別れじゃ』
「ふぅん……」
『なんじゃ? もしかして寂しくて股を濡らしへぶしゃあ!!』
「だから下ネタはやめれ」
さすがワーウルフ、反応が早いし力も強い。空中を殴りつける速度は先日訓練してくれた神官長よりもなお速く、いい角度で入った感触が拳を通して腕に伝わってくる。
『が…ふっ……そ、そのパワーは反則じゃないかと……』
「さ〜て、それじゃ頑張ってみるかな〜〜っと」
『無視かい! ノックダウンされたワシを無視して先に進むなんて……この悪魔ぁ〜〜〜!!!』
そう言うあんたは魔王でしょうが……そう突っ込みたいのをぐっとこらえて前を向いたあたしは、苦悶の声が聞こえてくる空間を後にして通路の先へと歩き始めた――
『………クッ……クックックッ……バカめが。ワシが何もせんと思っておるのか。甘い、生クリームに蜂蜜を掛けて抹茶を練りこんだ挙句にあずきとジャムを掛けて食べるぐらいに大甘じゃ! クックックッ……この精神世界はワシそのもの。何もかもがワシに思い通りになると知れ。もっとも……知った時にはワシのチ○チンに泣いてすがりついておるじゃろうがのぉ。どわぁ〜〜〜はっはっはぁ!!』
誰もいなくなった空間にひとしきり勝ち誇った高笑いが響くと、中にいくつかのウインドウが浮かび上がった。
それは精神世界内におけるたくやのステータス画面だ。そこには身長体重スリーサイズの他にもリアルな3Dグラフィックで描かれたたくやの立ち姿や、精神世界内での攻撃力や防御力まで記されている。
基本HPが100。それにプラス1000。ワーウルフと化した分のHPが無くなれば人の姿に戻り、人の姿のままHPが0になれば精神世界にいられなくなり、先ほど触手に陵辱された後のように気を失い、精神が崩壊しない前に肉体へと戻っていく……そう言うルールになっている。
『そんなルール、最初から守る気などありゃせんわい。ワシはワシのしたいようにエロエロするんじゃ〜〜♪』
さらにウインドウの数が増えて行く。最初は数枚だった画面はいつしか吸う獣と言う数に及び、そのほとんどが意味を成さない数字の羅列でびっしりと埋め尽くされていた。
いや……意味ならある。ただそれは魔王の書にしか読めない文字であり、例えたくやがこの場にいたとしても、書き換えられたことがどういう結果を導き出すのか読み取る事は不可能だった。
『さて……触手トラップも良いが、今度は狼狩りといこうかの。ワシ専用のPCボディーを使ってのう……ク〜ックックック、クハァ〜〜〜ハッハッハァ!!!』
魔王の書の高笑いはさらに続いた。そしてその声に呼び出されるように、石造りの通路の真ん中に一つの影が浮かび上がってきた。
人……と言うには細部が違い、そしてあまりに巨大な姿だった。2メートルを超える巨躯は肩幅も広く、全身が分厚い筋肉に覆われており、右手には影を見るだけでも見て取れるほどはこぼれだらけのバトルアックスが握られている。
だが人間と構造が違うのはそういうところではない。その影だけを見れば芸術的とも言える逞しい上半身を支える下半身が人のそれではありえない形をしているのだ。膝は逆に折れ曲がり、足首から下には指がなく、巨大な蹄(ひづめ)が地面を噛み締めている。そして尻に該当する場所からは細い尻尾が伸びていて、筆の先のような毛の固まりを右に左にと揺らしていた。
もちろん、体の大きさに比例して股間についているものも巨大だった。だらんと垂れ下がっているモノを見るだけで、とても人間が受け入れられるとは思えない太さと長さだ。もし勃起したとすれば30…いや40センチを超えるかもしれない。
『たくやを犯すために選び抜いた極上のボディーじゃ……見とれよ。この魔王パンデモニウムを散々コケにしてくれたお礼、たぁぁぁぁっぷりとそのムチムチボディーに味あわせてやるからのう』
暗い欲望に満ちた魔王の書が嬉しそうに声を漏らす。それを聞いているのは、頭に角を生やした巨大な獣人の姿だけだった……
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