第四章「王女」07
―――室内にわずかに刺しこむ光を反射させる銀色のナイフ。曇りのない刃を見るだけで切れ味の鋭さを感じさせる凶器が静香の胸をすべると、その軌跡に合わせ、長旅用の簡素なドレスが切り裂かれていく。
「んっ……」
冷たい刃の感触に、意識を失っている静香が身をよじる。普段は抑揚のない言葉しか放たない唇から悩ましい声を漏らすと、ナイフを手に服を少しずつ布切れへと替えていく男の唇が吊り上った。
「へへへ……ここまでされてまだ気づかないのかよ。本当に刺したらどうなるかな」
「変な気は起こすなよ。――楽しめなくなるだろうが」
「分かってますよ。けど……ガキとは思えない体をしてるから、つい」
静香を誘拐した男たちのリーダーに注意されたが、イヤらしい笑みが顔からなくなるどころか、ますます濃くなっていく。なにしろ、男の目の前にはまさに極上の女の肉が横たわっているのだから。
長旅で少々荒れているのかもしれないが、王女である静香の肌はしっとりと汗ばみ、なでると指に吸いつくような感触だ。それだけで股間のものをいきり立たせた下っ端の男は後ろで兄貴分が嘆息している事にも気づかず、静香の体からほのかに香る花の香りを吹き飛ばすほどに荒い鼻息で、袖を、スカートを、それが前衛芸術とでも言うかのに少しずつ切り落とし、遂には触れる事も許されないはずの尊い王女を下着姿へと剥いてしまう。
「あ…兄貴……膜さえあればいいんですよね、ね?」
乾いた舌を何度もなめずり、背後を振り向いた男は、兄貴分がこめかみを押さえながら頷くのを見ると、静香に乱暴に覆い被さるとその乳房を絞り上げ、下着越しに乳首へとむしゃぶりついた。
「おい、落ち着け。目を覚まして騒いだらどうするつもりだ」
「大丈夫ですって。薬、薬で眠らせてるんですから。へ……へへへ……」
涎を滴らせ、柔らかい乳房を口へと吸いこむ。同年代の女性と、いや、男との情事を生業とする娼婦でもいないようなふくよかな膨らみは男の手の中で加えられる力のままに次々と形を変える。その感触に女に飢えた男は瞬く間に魅了され、十本の指を使って全体をこね回すように揉みしだき、わずかに先端を押し上げている小さな乳首を下着の上から唾液でベトベトになるほど嘗め回した。
その光景を後ろから見つめ、リーダーの男も唾を飲んでいた。部下の男の指が食い込むたびに、指の間からプリッとはみ出るほど弾力に満ちた静香の乳房は、その光景だけで若々しい弾力を有している事を証明していた。恐らくは男さえ知らない、そんな清らかで十分に成長した肉体を、仲間内でも下っ端の男に汚されているのを見ていると、突き飛ばして変わりに自分が陵辱してしまいたい欲望に駆られてしまう。
「んっ……」
「感じてる、感じてますよ、この女ぁ。王女様は淫乱ですよ、は、はははっ! イヤらしい乳しやがってよぉ……」
見た目には静香の乳首が硬くなっているのかは分からない。だが、敏感な一転をほじられ、指先で摘み上げられると、薬で眠らされた人形のような表情に苦悶とも喜悦とも取れない表情が浮かんでは消えていった。
けれど、徐々にではあるがその間隔が短くなっていく。それ一枚で庶民の何ヶ月の生活費になるか分からない白いシルクの下着が透けるほど唾液にまみれ、一度として元の形に戻される事なく揉みまわされた乳房は内側に流れる血液が増し、手のひらにさえ感じられない微妙な脈動に合わせて少しずつ弾力を増し、それを揉む男を喜ばせる。下着に包まれたまま張りつめ、それを絞り上げられれば、男を知らなくても肉体は自然と悩ましい反応を返してしまう。
「もう堪らねえぇ!!」
乳肉を責めたくっていた男が叫び声を上げたのはそんな時だ。やおら静香のブラの中央を握り締めると、ブチッと小さな引き裂き音を響かせ、荒々しく、乱暴に、王女の「乳房」を露出させた。
「すげぇ……本当に王女様かよ。娼婦だってやっていけるぜ、この乳…なぁ」
露になった静香の乳房は見事な形を保っていた。下着を引き千切られた際の衝撃でぷるんと震える乳房は度重なる手荒い愛撫で白い肌に赤みを帯び、唾液で濡れた表面はイヤらしいラインを描いて頂点へと向かい、ツンッと尖った乳首が乱れ出した呼吸に合わせて緩やかに上下運動を繰り返していた。
仰向けであっても垂れる事も歪む事もなく、若々しい張りで天井を向いた美乳を前にし、男の中で何かがはじけ飛びそうになる。――だが、先ほどまでしゃにむにむしゃぶりついていたのとは対照的に、震える両手を静香の二つの膨らみへと伸ばすと、指を大きく開いて瑞々しい果実のような乳房を掴み、少しずつ力を加えて指先を弾力のある肌へと食い込ませていく。
「ぅ……」
指と指の間から、押しつぶされた乳肉がはみ出てくる。特に人差し指と中指の間からはピンク色よりも赤い色に染まった尖りが頭を覗かせ、左右から食い込む圧力に負けてか、少しずつ、乳首はその大きさを増して硬く突きあがっていく。
「ぁ…ゃ……」
指がうごめき出し、二本の指で執拗に乳首を挟み上げ、乳房に埋没した乳輪の奥を刺激すると、最初は小さかった乳首がますます大きさを増し、ピクッ…とか弱い反応を見せ始める。――それを男は唇に食むと、わざとこぼして乳首に纏わせた唾液をジュルジュルと音を立てて吸い上げ、舌先で乳首のさらに先、子を孕めば母乳を噴出す噴射口にあたる部分をなぞる。
「……ん……ぁ……!」
―――明らかに、感じた女の声。
嬲り、焦らし、弄び、乳房から強制的に快感を味合わされた静香は男の胸の下でビクッと美しい四肢を震わせる。吐息に含まれる温かい唾液で唇を濡らし、甘い喘ぎを切れ切れに漏らす表情は宝石のような気品を保ちながらも朱が刺す頬には「女」の悩ましい色気が姿を覗かせていた。
「へへ、ひゃは、ひゃひゃひゃはははっ、感じてる、感じてるよ「王女様」がよぉ! クラウディアって何だ、綺麗な顔してヤらしい体しやがってよぉ。乳首立たせて悶えてやがる。感じてるんだろぉ、静香様よぉ!」
静香の反応で興奮を昂ぶらせた男がまだ目覚めていない静香の顔に唇を寄せ、熱を帯びた頬をなめ上げる。唇を避け、頬からアゴをなぞり、のど元から胸元を嘗め回して自分の小尤物である事を示すように唾液をまみれさせると、イヤらしく乳首を震わせている乳房に指先を立てながら、唇を奪おうと身を乗り出す。
「―――そこまでにしておけ。乱暴にするな」
だが、リーダーの男が腕を伸ばして今にも静香にキスを共用しようとしていた部下の男の肩を掴むと、ベッドから引きずり落とした。
「な、なにするんだ――グエッ!」
これからがいい所だ、そう言おうとしていた下っ端の腹に無言のまま振られたリーダーのつま先が食い込む。
「お前…何様のつもりだ。いい気になるのもいいかげんにしろよ、ええ?」
「す、すみま…ゲフッ! オゴッ! ゆ、ゆる…グエッ!」
詫びの言葉を聞かず、安全ブーツの鉄板入りのつま先が、踵が、地べたを這いずる男に振り下ろされる。
完全に頭にきていた。せっかくのゲストだ。本当なら自分の手で嬲ろうと思っていた静香を下っ端の手でベトベトに汚されては、興醒めもいい所だ。大義名分を与えただけで抑制が効かなくなる――だからこその下っ端なのだが、そんな男に一番美味い部分を持っていかれ、やり場を求めて暴れ狂う股間の熱を紛らわせるために、男は何度も脚を振り下ろした。
―――ドン、ドンドンドン
「!?」
肉を打つ音が十を超えた時だ。不意に階下から扉を叩く音が聞こえてきた。
「糞が。追っ手はまいてきたんじゃなかったのか!?」
「ゲフッ!……お…俺……ちゃんと……」
最後に一発、腹をかばう男の腕から蹴りつけたリーダーの男は壁に立てかけておいた長剣を手にとると木窓へと掛けより、馬鹿な部下を呪いながら外の様子をうかがった。
「………誰もいない?」
注意深く建物の周囲を見まわしたが、下からしつこく戸を叩く音が聞こえるだけで、兵士が隠れているようには見えない。
今いるこの空家は別に気まぐれでアジトに選んだわけではない。現在地は街を囲む外壁に近く、屋根に上れば壁を超えて脱出するのも容易だ。それに大勢で攻めるには道は狭く、事前に察知して逃げる事もできる。
だが――どうも様子がおかしい。王女を救出するなら階下、窓、屋上への脱出口のすべてから押し寄せれば良い。けれどそう言った様子もない。仕掛けておいた、屋上を踏めば作動する鳴子も動いていない。
「ちっ、乞食でもきやがったのか。追っ払うから起きやがれ」
とりあえず、脱出するにはまだ早い。ならば様子を見てから決めればいいと判断したリーダーの男は、唯一残った部下を蹴り飛ばすと静香の眠る部屋を後にした。
―――仮に隙を見て侵入しようとする者がいても、この部屋に入れば死ぬだけなのだから。
…………二人とも、行ったみたいね。まさか大介の言うとおりになるなんて…びっくり。
あたしはスケベ男の大介の言った通りに事が運んだ事に驚きに似た感嘆を抱きながら。隠れていた建物と建物の間から顔を出した。―――と言っても、ここは二階。静香さんが連れ込まれたらしき建物の外壁に突き出た足場の上にあたしは立っていた。
このあたりの建物は街が急激に拡大していった頃に、一階建てから二階建てへと改築された建物が多く、住民が便利な中央部へと移って誰もいなくなっても、こうした屋根の名残が足場として残っているのだ。
と言っても普通に歩ける幅などでは無い。足の幅しかなくて体を動かすたびにあたしには立派過ぎる胸が壁にあたってバランスを崩しそうになるような場所からの進入なんて、木登りもできないあたしにできるはずが無いんだけど……今が静香さんを助け出すチャンスなんだから、何とかしてがんばらないと…って、言ってるそばから落ちそうになるぅ〜〜!!
『―――おう、兄ちゃん。なにかようか』
『あ、ども〜。別に用って言うわけじゃないんですけど……アナタ、神サマシンジマスカ〜〜?』
………うまい具合に誘拐犯は下におびき寄せられたらしい。そう言う事にしておいて、この隙に……
大介にもらった情報では建物の中の誘拐犯は四人。そのうち二人は神殿前であたしがやっつけたから残るは二人だ。それに建物周りに仕掛けられた仕掛けや脱出経路を考慮に入れた上で大介の提示した作戦は――
1:大介が誘拐犯をノックでおびき寄せ、その隙にあたしが静香さんを発見する。
2:静香さんを見つけたら屋根の上へ。そのまま逃げて身を隠し、誘拐犯をやり過ごす。
3:その間に大介は神殿に行き、ジャスミンさんか神官長に話をつけて助けをつれてくる。
―――本当にうまく行くかはともかく、ここまできたら……やるしかない。
覚悟を決めてじりじりと足を動かす。下は……大介の変な会話に注意を削がれてあたしに気づいてない。
あと…もうちょっ…とぉ…………届いた!
誘拐犯のアジトはそれほど大きくない。必死に手を伸ばして窓枠に指を掛けたあたしは、そのまま自分の体を引き寄せ、木窓の支え棒に注意しながら室内に身を滑り込ませる。
「静香さん……いた!」
古いテーブルと数脚の椅子、そして大小の木箱が散乱した室内を見まわすと、ベッドに横たえられた静香さんはすぐに発見できた。すぐさまそばへ駆け寄ると、裸にされちゃってるけど息をしてるし、下着を履いているのを見ると、どうやら最後の一線だけは無事だったようだ。
『それでですね、俺、彼女と追っ掛けっこしてたんですけど、このあたりで見失っちゃったんですよ。三つ網で可愛いけど性格キツい女なんですけど、これがまた夜は俺を離してくれなくって――』
まだ下の方は大丈夫そうだ。大介が口八丁で誘拐犯を足止めしている間に静香さんを連れ出さないと。
そうして静香さんの裸体を起こした時、妙な気配が生まれた。
――真上に。
「!?」
とっさに腰のナイフを引き抜いて上を見上げる。
頼りになるスライムのジェルはいない。もし助けを呼ぶ際に、大介を信用してもらわなければいけないので身分証代わりにジェルを預けてきたのだ。
そんな失態を後悔しながら天井に顔を向ける。……が、そんな後悔が結局無駄だと言う事を思い知らされた。
―――キシャアアァァァァ……
そこにいたのは巨大な蜘蛛だった。八本の足で張り付いた天井を埋め尽くさんばかりの白っぽい大蜘蛛。ジャイアントスパイダーだろうか、あたしなんか落ちてこられるだけで潰されそうな巨体は金属をこすり合わせるような音で鳴き声をあげると、一つ一つが人の目ほどもある昆虫独特の複眼であたしの顔をギョロッと見つめていた。
………どうしようもない。まさかこんなモンスターがここにいるなんて考えてもいなかったし、こんなのにあたし一人で、しかもナイフ一本で勝てるはずも無い。脳裏に浮かぶのは蜘蛛の巣に捕らえられて頭から食べられる自分の姿……なのだが、蜘蛛は逆さまにあたしの顔を見つめるだけでそれ以上動こうとしない。試しにあたしが静香さんを抱えてみても、攻撃をしてこない。
これは…もしかして優しいモンスターとか?
そう言う性格のモンスターがいないわけではない。けれど、この状況でそんな甘い観測を持つのは危険極まりなく、その上――
『えっと、だからですね、俺が探してるのは……』
『さっきから言ってるだろうが。そんな女はここにはこなかったし、中に隠れてもいないって。これ以上面倒かけさせるなら……長生きしたいだろう?』
『そうですね、いやぁ、俺もここにはいないんじゃないかって思ってたところなんですよ。いやいや、ご迷惑をおかけしました。それでは、失礼しまっす!』
大介の引き止めも、これ以上は無理だ。蜘蛛に気を取られて時間をロスしたのが痛い……もう逃げられない以上、あたしが取れる手段は一つだけだ。
「静香さん、ちょっとごめんね」
「んっ……」
ふらつきながらも静香さんを両腕に抱えたあたしは、窓やドアではなく、大き目の木箱が積み重ねられて死角になった場所へ向かうと、そこへほぼ全裸のまま、胸や肌を隠してあげる事もできずに静香さんを座らせた。
「た…くや……くん……」
「!? 静香さん、目が覚めたの? あたしの声が分かる!?」
まだ誘拐された時の眠り薬が効いているのだろうか、目を少し開いたけれど朦朧としている静香さんは、それでもあたしの声を聞いてゆっくりと顔を頷かせた。
「うん。あのね、もうちょっとしたら助けがくるから。だからそれまでは何があっても声をあげないでね。いい?」
静香さんがここにいるとばれたら、助けにきたあたしの命が危ない。―――けれど、あたしと静香さんはほぼ同じ容姿をしている。それを利用して……何とかこの場を切り抜ける!
「急がないと……」
男たちはこの部屋に向かっているはず。もう時間がほとんど残っていない。
だからあたしは、再び眠るように瞳を閉じた静香さんを前にして、躊躇うことなく自分の服を脱ぎ始めた――
「…………たくやちゃん、戻ってこないけど大丈夫かな?」
肩の上にたくやから預かったスライムを乗せた大介は、しばらく物陰で誘拐犯の様子をうかがっていたが、たくやが逃げ出した様子も誘拐犯が何か行動を起こした様子を見えない事に首をひねっていた。
「男たちに捕まったのかな……どうするか、俺って頭はいいけど戦闘はからっきしだし……ここはひとまず増援を呼んでくるとするか」
そう言うと、大介は誘拐犯たちに見つからないように路地裏のさらに裏、誰も知らないような細い道へと体を滑り込ませていた。
第四章「王女」08へ