第一章「転性」07
「……………助かったん……ですよね」
「はっはっはっ、まぁ何とか乗りきりましたかな。なんともはや、スリリングな夜でしたな〜〜」
スリリングって……梅さん、あんたの隊商が襲われたんでしょうが……
シーツを体の巻きつけてとりあえずの服代わりにしたあたしは御者席に通じる小さ目の扉を開け、冷たい夜明
けの空気を胸いっぱいに吸い込んでから長々とため息にして吐き出した。
あの場を離れた馬車に野犬は追いすがってこなかった。けれど、馬車はまだその動きを止めてはいない。周囲
を警戒しながらの進みは緩やかではあるけれど緊張が常に付きまとっているが、五台もの馬車を停泊させる適当
な場所が見つからないままそのまま先へと進んでいた。
「まぁ、長年商人を続けていますとこういう目にあうのも一度や二度ではありませんからな。幸い死人も出ませ
んでしたし、たくや殿も良い経験をしたと思ってくださいませ」
「良い経験……ですか……」
出来ればあんまりしたくなかった経験なんですけど……はぁぁ……あ、そういえば――
「ねぇねぇ梅さん、本当に傭兵の人たちを待たなくていいの? あたしたちってあの人たちに救われたようなも
んだし……」
助けてくれた人からは一名は除外……だけど、馬車についてきていなかったその一名、傭兵たちのリーダーの
寺田を探すために隠密行動が得意だと言う数人が元の場所に戻っていた。とりあえずあたしを襲った事は伝えて
おいたけど……「ああ、また親分の悪い癖が出たか」で済ませて欲しくないんだけど……しくしく……男に…男に
エッチなことされて……
「―――そうだ。そういえば」
ふと寺田が口にした事を思い出したあたしは御者席に首を出し、腰の瓢箪をはずして席に座り手綱を取る梅さ
んに顔を向けた。
「あの……梅さんがその……娼館の、じゃなくって、エッチなお店の主人だって……それは」
「本当ですぞ。言っておりませんでしたかの」
言いよどむあたしに対し、梅さんは進む方にしわくちゃの顔を向けたままあっさりと答えてしまい、逆にあた
しの方が困惑してしまう。
「寺田から聞きましたか。ええ、隠すつもりもありません。ワシは東部系の商会を束ねる身ではありますが、そ
の傍ら娼館の経営も手がけております。かく言うこの隊商も、とある国の王子が即位の際にハーレムを作ると申
されましてな、そこにはいるに相応しい娼婦を三名ほど連れていった帰りなのです。まぁ、商う品もちゃんと仕
入れてはきましたがな、カッカッカッ」
「じゃ…じゃああたしも……娼婦にされちゃうんですか?」
キュッと、肩に羽織ったシーツを強く握り締めるけれど、梅さんの答えは今度も随分とあっさりしたものだっ
た。
「たくや殿を娼婦に? いやいやいや、無理強いはしませんぞ」
「……じゃあ、なんであたしを助けたのよ」
「それはもちろん、困ったときはお互い様、ですからな。助け合うのは旅人のマナーのようなものなのです」
そう言うと梅さんは顔に見る人の緊張をほぐすような柔らかい笑みを浮かべてあたしを見つめ、学校の先生の
ようにやさしい口調で語り始めた。
「たくや殿が娼婦にどのようなイメージを持っておいでかは知りませんが、今はれっきとした職業ですぞ。それ
に娼婦になるならないは、あくまで個人の意思によるものですからな。借金返済のためなどの境遇ゆえに娼婦と
なる人もおりますが社会的にもその存在は認められております」
「へぇ……」
そうなんだ……アイハラン村にはそう言うのってないから全然知らなかった。
女の人がエッチをする場所と聴いて抱いていたイメージと梅さんが説明してくれたイメージとの違いになんと
なく納得していると、梅さんはうんうんと嬉しそうに肯いて、
「ですがまぁ、スカウトするのは別に違法ではありませんでな」
と、胸元から手紙のようなものを取り出してあたしに差し出した。
「なんですか、これ?」
「推薦状です。もし娼婦になりたければそれを持って近くの娼館へ行くといいでしょう」
「…………えっ?」
推薦状……娼婦の推薦状!?
思わず手に取った手紙の表面には黒字で確かに「推薦状」と書かれている。中を開けようとしてもロウでしっか
り封をされていて、すこし開けるのをためらっていると、
「よ〜し、この辺りにてしばし休息じゃ。あまり広うはないが明け方では誰もくるまい。今のうちに怪我の酷い
ものはきちんと手当てをしておけ。手の開いているものは馬に餌と水をやって疲れを取らせておけぇ!」
いつのまにか馬車はあの暗かった森を抜け、少し開けた場所に辿り着いていた。
梅さんの号令の元、列を為して停まった馬車から人が降りると各自が自分の作業を始めて行く。そんな中、偶
然この隊商と合流したあたしはなんの仕事をする事も出来ず、ただぼんやりと手の中の紹介状を見つめていた。
娼婦……あたしが男の人に…昨晩みたいな事をされる……
「―――梅さん、やっぱりこれは……」
「とりあえず持っておきなされ。必要なければ使わなければ良い。さしてかさばる物ではありませんからな。ど
れ、ちょっと失礼して――」
紹介状を返そうとするあたしを押し返すように車内へ入ってきた梅さんは、昨晩の逃走の時にひっくり返った
ものの中から一つのものを拾い上げた。
『うごぉ……あちこちぶつけて…ワシ、もうだめ…かも……』
「ふむ、さすが魔王様。少々揺らして走ったつもりですが、なかなかしぶとい…いや、たくましくていらっしゃ
る。ささ、朝の空気は清清しいですぞ」
………ひょっとして梅さん、魔王様って呼んでるけどあの本の事嫌いなんじゃ……まぁ、あんな性格のやつを
どうやって好きになれって言うんだか。
一応持ち主としても、仲間はずれにするように御者席に置かれて外に締め出された魔王の本にちょっぴり同情
してしまう。
「さて、それでは単刀直入にお聞きしましょうか」
床に転がっていた椅子を立たせて腰をかけた梅さんは、あたしのベッドに座るよう促して真剣な面持ちで口を
開いた。
「男から女になった……普通ならば信じられませんが、あの魔道書に見せていただいた魔導式は現在使われてい
るものよりもはるかに高度」
うわ、結局見せてもらったの!?
これが長年培った経験と知識と言うものだろうか、あのエロ本相手にさすがと、心から感心してしまう。
「ならば性を入れ替えると言うのもあながち不可能な話ではない……ですが、たくや殿が自ら求めてそのような
魔法をかけられたわけではございますまい」
「………ええ。あたしは何時の間にか森で倒れていて、そのときには既に体も……」
「さもありなん。さて――それでこれからどうするおつもりですかな?」
「どうするって………出来れば男の体に戻りたい……それで…家に帰って……」
そう、落ち着いて考えれば分かる事だ。森で意識を取り戻してからずっと周囲の流れに翻弄されて……だけど、
あたしは帰りたい。今まで生まれ育ったアイハラン村に、そして明日香やおばさんにもう一度会いたい。
なんだか……明日香の顔を見たのが随分前のように感じちゃうな。だけど、だから絶対に戻りたい。男に戻っ
て――
「そうですか……では、今のたくや殿には二つの選択肢がありますな」
「二つ…ですか?」
「はい。まず一つはこのままワシと同行し、聖央都で元の体に戻る方法を探す道」
「聖央都……それって聖央都クラウディア!?」
「おや、言っておりませんでしたか。わしはこれでも聖央都に店を構えておりまして。そこそこに繁盛しており
ますぞ、全国チェーンを展開するぐらいには、ホッホッホッ」
そ、そういえば最初にクラウディアで美姫が輿入れとかなんとか……うわっ、思いっきり聞き逃してた!
聖央都クラウディア――クラウド大陸の中心に位置するクラウド王国の首都としてその名は大陸中に知れ渡っ
ている。アイハラン村は中央から遠く離れた西部域の森の中にあるド田舎だから、あたしも話にしか聞いた事が
無いけれど……とにかく華やかで物凄いところ、らしい。うわ、梅さんってすっごいなぁ。
「聖央都の魔法ギルドならばワシが教えてもらったつまらぬ治癒魔法を解析して新魔法も生みだせましょう」
「じゃ、じゃああたしは男に戻れるんですね!?」
「恐らくは。ただし――」
そこでいったん言葉を区切ると、
「たくや殿は珍しい研究材料として体の隅々まで研究されるでしょうな」
「………へ?」
「まずはそうですな…本当に女性と同じかどうか、そのふくよかな乳房を揉みしだかれた挙句に電極をつけて反
応を見たり」
「………いっ? むね……ええっ!?」
「下半身などは特に念入りに。乙女の可憐な秘所を強引に割り開くと、それこそ恥ずかしい部分を内部まで丹念
にスケッチされて小水に愛液も全て採取されるでしょう」
「あっ…アソコの中……そんなところまで……」
「そして究極的には妊娠!」
「にっ…子供生むの!? あたしがっ!?」
「ええ、そのぐらいはするでしょう。それこそが女性の体の究極的な目的ですからな。男だったたくや殿が妊娠
できるかどうかは不明ですが、誰ともわからぬ男に四六時中抱かれ、子宮の中には幾人もの男の濃厚なザーメン
が……クックックッ」
「いやぁ、いやぁ、いやぁぁぁ!! 聞きたくない、そんな話聞きたくないぃ〜〜〜〜〜!!」
「ほっほっほっ……そのような覚悟がおありなら、この梅が紹介して差し上げてもかまいませんぞ…ですがまぁ、
研究者などと言うのはいつの世も…く〜っくっくっ……」
え〜ん、梅さんものすごく不気味だよぉ〜〜〜!!
モンスターよりさらに恐い笑顔に詰め寄られて思わず涙が込み上げてくる。それを必死に抑えると、あたしは
恐る恐るもう一つの方法についてたずねてみる。
「もう一つの方法ですか……それはたくや殿が冒険者になって、自力で元の体に戻る方法を探す事ですじゃ」
「ぼ………冒険者ぁ!? あたし、あたしがぁ!?」
そんな無茶な事を言わないでしょ。魔法は一つも使えないし非力なあたしがどうやって冒険なんか出来るって
言うのよ。
あまりにも出来そうにない提案に何か言い返そうとするけれど言いたい事がありすぎて言葉にならず、あたふ
た手を振るあたしをにっこりと笑みを浮かべて見つめる梅さんは、
「まぁまぁ、落ち着きなされ」
「お…お…落ち着けって…そんなの絶対無理! 無理って言ったら無理ぃ!! ――そうだ、梅さん、あたしを
アイハラン村まで連れて行ってもらえませんか!?」
「アイハラン? あの西部の魔法使いの村ですか」
「そう、そこ! あたしそこの人間だから知り合いも入るし、偉い魔法使いもいっぱいいるし、研究してもらう
んだったら村のほうが――」
「ではアイハラン村までの運賃、ざっと1万ゴールドですかな。当然前金で」
(注:1万ゴールドはざっと百万円です)
そ…そんなお金をどうやって払えと……もう服さえ残ってないのにぃ〜〜〜〜〜!!
「ああ、あの魔道書ならいりませんでな。どこかで換金してきてもらえますか」
「あうっ……そんなぁ……」
「ワシも商人の端くれなので、益にならん事はおいそれとしませんぞ。というわけで、一つ目の道と二つ目の道、
どちらを選ばれますかな?」
………………このじーさん、あたしの答えがわかってて言ってるでしょう。
ベッドの端に腰を下ろしてがっくりとうなだれたあたしは自分の命が長くない事を自覚しながら重々しく口を
開いた。
「―――二つ目…もう…冒険者になるしかないんですね……」
「そう言う事ですな。それではこれを」
自分の人生ってなんだったんだろう…と落ち込んでいると梅さんがあたしの前に背負い袋を一つ、差し出して
きた。そして袋の上には服まで添えてある。
「ワシは商人として益にならん事に協力するわけにはいきませぬ。ですがまぁ、これは魔王様に魔導式を教えて
もらったお釣りですかな。せいぜいあの方に感謝してくだされ」
「梅…さん……」
あたしが見上げると梅さんは笑みを浮かべ、
「それとクラウディアとは方角が違いますが、この辺りからなら三日ほど歩いた場所にフジエーダの街がありま
す。そこの神殿は水の神を奉っておりましてな、治癒や解呪の力が強い。もしかすると早々に元に戻れるかもし
れませんぞ」
「それ…本当ですか?」
「可能性、ですがの。まずはそこを訪ねてみるのがよろしいでしょう。神殿ならば冒険者の登録も受け付けてお
りますし、共に行動してくれる方も一人はおりましょう。なにしろたくや殿は美人ですからな、はっはっはっ!」
「ふふ…梅さん、ありがと」
――これがこの人なりの心遣いなのかもね。結構素直じゃないんだから……
そう思いながら、あたしは目尻に浮かんだ嬉し涙を人差し指でそっと拭い取った――
それから生まれてはじめて旅装束に袖を通したあたしは、「寺田が返ってくる前に」と梅さんに提案され、傭兵
たちが返ってくる前に旅立つ事にした。
『ほうほうほう、これはまたなんとも…おみ足を晒すとまた一段と色気が増したのう。裾から伸びる生脚がなん
とも、うっつくしー!!』
「あ…あんたはとにかく黙ってて……」
「まぁまぁ。これから共に旅をするもの同士、仲良くしませんとな。それにしても…下着以外は従業員のもので
すが、なかなかお似合いですぞ」
平手を出して口喧嘩を始めそうになったあたしと魔王の本をなだめた梅さんは改めてあたしに顔を向け、身に
まとっている衣服に視線を向け賞賛の声をかけてくれる。
「ははは……そう言われるとなんだか嬉しいけど…ちょっと下着の感触が……」
「すみませんな。さすがに男ばかりなので、それだけは手製でしての。1000ゴールドで仕入れた高級品なら
ありますが――代金を頂けるまでちゃんと利子は取りますぞ」
「………いい。今のままでいいです。いえ、十分です」
あたしがこめかみに冷や汗を垂らしながらお礼を言うと、梅さんはさも嬉しそうに目を弓に曲げて笑顔を作っ
た。
そうよね。ここまでしてもらって不満なんかあるわけ無い。梅さん……本当にありがとうございます。
心の中でもう一度梅さんに手を合わせると、気恥ずかしさにちょっともじもじしながら自分でも身にまとった
旅衣装を確認した。
あたしの着ている服は梅さんの隊商のみんなに分けてもらった男物だった。
シャツは胸が苦しくないようにと一番体の大きい人から、下に履いている短パンは恐らくこの隊商で一番若い
――と言うより幼い――子から分けてもらった。パンツはさすがに人が履いているものをもらうのは恥ずかしい
し他人のアレと言うのも気になるから履かずに我慢し様かと思ったんだけど、「そのような立派な胸や尻へ下着
を着けずにおかざるものですか!」との梅さんのお言葉で、即席で作った簡易なものだけれど、今まで付けた事
のない女性用の下着を胸と股間に巻いていた。
う〜ん…おチ○チンがなくなってぴっちり布が張り付いて食い込んで……なんて言うのかな〜〜。まぁ、それ
にもそのうち慣れて行くと思うけど。ついでに言えば真ん中のが無くなったから足を動かしやすいと言えば動か
しやすいかな?
見ようによっては男の時と服装がそう変わったわけではない。けれどウエストを紐で締めると、しっかり女の
子のように見えるからものすごく不思議だったりする。胸やお尻とウエストの括れとの段差が激しいのがその理
由なんだけど……これが自分の体だって思うと嬉しいような悲しいような……
体の事で嘆くのはそろそろ終わりにしないと。そろそろ割りきらないといつまでたっても体を見るたびに泣い
ちゃいそうだし。
「それじゃあ梅さん、助けていただいて本当にありがとうございました」
見た目の印象よりも軽い皮製の靴を履いて日差しよけのマントを羽織ると、あたしは他に選別としてもらった
食料などの入った背負い袋を手に見送りにきてくれた梅さんに軽く頭を下げた。
『忘れんなよ。女じゃぞ? 今度会うときにはムチムチプリプリのボインボインでキュッキュッとアソコが締ま
る最高の女を差し出すんじゃぞ!?』
「………え〜、こいつの言う事は無視してください。それじゃ、クラウディアに行く事があったら顔を見せます
から。それじゃこれで」
あたしは梅さんと、その向こうにいる人たちに深く頭を下げると、
「さぁ、とりあえず出来る限りがんばってみよう!」
と、できるかぎり元気に手を振り上げると、男に戻るための旅へと足を一歩踏み出した――
「ほうほうほう、あんなところに行ってまで手を振っておるわ。ワシにも孫がおればのう……」
フジエーダへと向かう道を歩くたくやは時折こちらを振り返ると手を振ってくる。その様子にあまり感じた事
のない感慨を抱きながら、ワシは小さくではあるが手を振り返していた。
「―――梅吉様、本当に良かったのですか?」
「ん? まぁ、年寄りの戯れと笑いたくば笑うがよい。あの者に渡した品の代金は街に戻ればちゃんとワシの金
で払うでな」
話しかけてきたのはこの隊商の副長とも言うべき番頭だった。まだ若いが才覚があり、時折隊商に加えては色
々と見聞を積ませていた。いわゆる秘蔵っ子と言うところだ。
「その事ではありません。あの娘、まだまだ男との経験は少ないでしょうが磨けば玉にもなりましょう。日頃の
梅吉様ならばあの手この手で娼婦となるように説得されていたはずですが、今回に限っては逆にあの娘を旅立た
せようとしていたように見受けられました」
「その事か。そちらに関しても心配はいらん。既に手は打っておる」
途中で一息つくことで、かわいい孫をめでるような老人の顔から常に保っている商人のものへと切り替わる。
「推薦状ですか? あのようなものを渡さなくてもクラウディアに連れかえって我らの娼館に預ければ良かった
のではないでしょうか」
「それではいかんな。たく…いや、あの娘は不幸な身の上で周囲に流されやすいが自分の意思というものを持っ
ておる。確かにお主の言う通りにすればひとかどの娼婦になろうが、そこまでだ」
もう姿は見えぬか……いささか名残惜しいが――
たくやの姿が見えなくなると、自分の仕事場に使っている馬車内を片付けるために体を振り向かせる。その途
中で律儀に背後に控えていた番頭に自分の考えを話す。
「あの娘には金がない。なにしろ商人は金には汚い事を十分知っておる。だから荷物の中に路銀がなくとも何も
言わなかったんじゃ。とりあえずフジエーダにつくまでの食料は持たせたが、その先も旅を続けようと思えば―
―」
「なるほど。あの街の神殿で登録は出来ても冒険者ギルドはない……」
「普通、冒険者になろうとする者はある程度の金を自分で工面してくる。だがそれが出来ないあの娘は――」
「金を稼ぐために娼館の戸を叩く。――自分の意思で、ですね」
「そうなるの。まぁ、まともな娼館を訪れればあの体じゃ、さぞかし設ける事じゃろう。そうして楽に金を得る
事を覚えれば、旅の途中にちょくちょく寄る事になる」
「なるほど……そこまでお考えでしたとは」
――まぁ、格が低い娼館でも宿代わりになるしの。
馬車へと向かうワシの後ろを突いてくる番頭に聞かせぬように最後の言葉を腹へと飲みこむ。
「ワシも随分と甘くなったものじゃ……昔ならば尻の毛までむしっておったのにの。くくく……」
「は?」
「いやいや、気にするな。たわいも無い事じゃ」
「はぁ……しかし冒険を進めるのはいささか問題がありませんか? この周囲には低級モンスターしかいないと
は言え、どのような事で怪我を負って娼婦の価値を下げるかわかりませんし、命を落とす事も――」
それを聞いて、何故かワシの足はぴたりと止まり、つられて立ち止まった番頭へと振りかえり、その未熟な眼
を下から覗きこむ。
「ふん。まだまだじゃな」
「えっ…それはどう言う……」
「まだまだ人を見る目がないということじゃ、カッカッカッ!」
何故か嬉しくなり、周囲であわただしく動いていた人間全員が振りかえるほど大声で笑う。
「あの娘が死ぬじゃと? まったく笑えぬ冗談じゃ。あんな強運の相を持った娘、今までに見た事がないわい。
あれで死んだら世の中が破滅してしまうわ。じゃがまぁ…男難女難は最悪じゃがの。さてさて、次会うまでにど
れほど成長しておるかが楽しみじゃ。カ〜ッカッカッカッカァ!!」
自分で笑えぬと言った割りにはタップリ笑って踵を返し、
「ほんに、ほんにまた会う日が楽しみじゃわい。その時にはまた少しぐらい、手助けしてもかまわんかの」
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