Fルートその5
「最初はこの服を着てくださいね♪」
「私たちがお手伝いしますわ♪」
「……いえ…自分で着れますから……」
部屋の三分の一辺りのところに急遽衝立が並べられて、即席のステージと裏側とに分かたれた大部屋のこちら
側では、試着室としてさらに狭く区切られた着替え室から首と右腕だけ伸ばしたあたしと、服を手にした店員さ
ん二人の熾烈な戦いが繰り広げられていた。
「だめですよ。先生がお作りになった服を一番美しく着せて上げられるのは私たちなんですから、何もかもお任
せ下さい♪」
「それに下着だってつけてないじゃないですか。こちらに高級下着を用意してあります。これで魅力もばっちり
アップ、彼氏だっていちころですよ♪」
「か…彼氏はいませんから…ははは……」
こ…この二人……一体何を考えてるのよ……
応対するだけで頬が引きつるのを感じながら、それでも必死に右腕を伸ばして恭子さんとオーナーの選んだ衣
装を取ろうとするあたしだけど、二人はからかうように指先がギリギリ触れない距離でそれをブラブラと揺らし
ている。代わりに差し出してくるのは真っ赤や透けている青や股間の布が縦に割れている黒のパンティーばかり
……ノーブラでこんなファッションショーモドキをやれって言うの!? その前にその下着をつけることにも抵
抗大有りよ!
「いいかげんにして、服を渡してください! じゃないとあっちにいるオーナーさんに怒られちゃいますよ!」
「あらぁ、それは違うわ。私たちはあなたを美しくしてあげようとしているだけなの。それを拒んでいるのはあ
なたの方じゃなくて?」
「うっ……」
た…確かにあたしが諦めれば着替えはできるけど、この二人に肌を触られたらまた気持ちよくされて……じゃ
なくて、それがあっち側にいる二人に気付かれたらどうするつもりよ!
伝家の宝刀を持ち出して攻撃したつもりが逆に言いくるめられ……妖しく瞳を光らせる二人はあたしの手の行
動範囲を警戒しながらジリ…ジリ…と近づいてくる。
ま…負けないんだから! こんなところでイかされちゃったら、もう恭子さんに顔を合わせることができなく
なるもん! 別に恭子さんの事が好きとか不純な動機でそう言ってるんじゃないけど、とにかくこの二人に着替
えさせてもらうのは絶対にダメ!!
そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、傍目にはなんとも間抜けな構図だろう衣装争奪戦が行われている
舞台裏に、衝立を押しのけて恭子さんが乗り込んできた。
「なにやってるのよ、ずっと待ってるのにまだ準備もできてないじゃないの。そんなに私が選んだ服を着るのが
いやなのかしら?」
身体は小さいのに、口元に笑みを浮かべた怒りの顔には明日香並に迫力があり、いじめられっ娘の習性が身に
ついているあたしは逃げるようにカーテンの後ろへと隠れてしまった。
「べ、別に服を着るのがイヤって言う訳じゃないんですけど……その二人が……」
「恭子ちゃん、聞いてよ。彼女、私たちがお洋服を着せてあげるって言うのにイヤって言うのよ」
「私たちプロなのに…誇りを持ってやってるお仕事をけなされたみたいで悲しいの……しくしく……」
……どっちかと言うと、脱がす方のプロのような気がする……でも、恭子さんに泣きつくのはやめてよ……
「たくや君、やっぱり私が選んだ服を着るのがイヤなのね?」
「そ…そう言う訳じゃないんですけど……」
「だったら早く着替えてね。向こうで楽しみに待ってるんだから」
「だからこの二人が――」
「言い訳なんて聞きたくないの。早くしないと町内に写真付きの張り紙するわよ」
「………はい」
ううう……あたしって一生恭子さんに脅迫されて生きていくのかな……
あたしのいい訳になんて一切耳を貸さない恭子さんは自分の言いたいことだけ言うと、後ろを向いて外へと出
ていこうとする。
「さぁさぁ、早くお着替えしましょうね♪」
「まずはこの服から行きましょ♪ きっと似合いますわ♪」
「い…いやああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
大きな部屋にあたしの悲鳴が木霊する……
それを聞いた恭子さんが一言――
「………変態」
「は〜い、着替え終わりました〜〜♪」
「恥ずかしがってないで早くこっちにきてください、先生がお待ちですよ♪」
「は…恥ずかしいって……そんな……こんな格好が恥ずかしくないわけないじゃないですか……」
店員さんの手で強制的に着替えさせられたあたしは、力の入らない手を引っ張られ、かかとの高いヒールと下
半身にドロドロと渦巻く快感のせいで今にもこけそうな体を何とか支えながら恭子さんとオーナーさんの前に連
れ出された。演出の一つなのか、着替えたばかりの服を隠すように肩から大きな白い布をかけられ、ソファーに
座る二人を前にしたあたしは体に巻きつくそれが唯一身を守るものかのようにしっかりと両手で握り締める。
「かなり時間がかかったわね。あまり遊んじゃダメよ」
いつの間にかコーヒーカップをテーブルの上に置いたオーナーは、それまでのどこかあたしを玩具にして楽し
んでいると言った表情からキリッと引き締まった仕事用の表情に変わっていた。
「でも…ずいぶん楽しんだようね……我慢していたようだけどちゃんと声は聞こえていたわよ」
「うっ……」
ソファーに座って観客を決めこんでいる恭子さんを置いて近づいてきたオーナーさんにお尻や胸を触られるた
びに盛れそうになっていた喘ぎ声を聞かれていた事を知って、あたしの顔は恥ずかしさで一気に熱くなる。そん
なあたしを楽しむかのように意味ありげな笑顔を浮かべながら、ぐるりと回りを一周し、そして再びあたしの前
に立つとおもむろにグイッと白布を引っ張った。
「あっ…やだっ!」
はらり…と羽のように軽やかに舞い落ちようとする布を追い掛け、あたしは手を伸ばすけど――
「隠しちゃダメよ。沙紀、真紀」
「はい」
「おててはこっちですよ♪」
「や…やだやだやだ! 離してぇぇぇ〜〜〜!!」
すかさず両脇から腕を掴まれて無理矢理起立させられ、大きな胸が服――のはずの布と一緒にブルンと大きく
重たげに揺れる。
「え〜〜〜ん! こんな格好、人に見られたくないぃぃ〜〜〜〜〜!!」
「あら? それって私が選んだ服じゃない」
きょ…恭子さんが選んだんですか!? ひどい、ひどすぎる〜〜〜!!
「そうね、私の選んだのを着てくれなくて残念だわ……」
オーナーを追い掛けるように側にきた恭子さんはあたしが身につけている服……ていうか、こんな服とも呼べ
ないような衣装を見て、とても大学生には見えないほど幼い顔に喜びの笑顔を浮かべた。
ううう……恭子さん…こんなのを選ぶなんて……ひどいよぉ……グスン……ううぅ……
今のあたしはほとんど肌を隠せていなかった。水着よりはマシだけど……本当にマシなレベルだった。タンク
トップとミニスカートと言う組み合わせだけど、色は少し光沢のある黒、お尻の丸い輪郭がくっきりと浮き上が
るほど肌に張り付いている。それだけならまだ我慢できるけど、スカートの下の端があまりにも高く、足を少し
動かすだけで下着(当然黒…)が見えてしまいそうだった。
そしてそれに負けないほどタンクトップも布地が少ない。背中側から回してきた一枚布のような服で胸の先端
を包み、谷間の近くで近づいた両端をスニーカーのように交差した紐で引き寄せている。左右から寄せ上げられ
た胸の谷間はまったくと言っていいほど隠されていなくて、露出した肌の大部分に触れる空気が異様に冷たく感
じられる。
それだけだとあまりにも肌の露出が多いのか、薄手のジャケットを肩を出すように羽織らされているけど、生
地が薄く肌の上を滑るような着心地は、肌を隠してあたしを安心させるよりも、逆に肌を露出した危ない格好を
させられていることを意識させられてしまう
………なんだか……裸を見られるよりも恥ずかしいかも……
惜しげもなく晒した乙女の肌(って、あたしが言っていいものか…)に恭子さんとオーナーさんの視線がさっき
から痛いほど突き刺ささっている。真面目な目ではあるんだけど、左右に動いていろんな角度から覗きこんでく
る視線に、自分の体をチェックされているという事への緊張感と、逃げたくても逃げ出せない、隠したくても隠
せない自分の姿を見られていることへの気恥ずかしさを感じてしまう。
一応外に出る時の私服には(経済的理由から)遊び人だった義姉が家に残していった服を着ているから、ノース
リーブぐらいはよく着ている。けど、本当に服の意味があるのだろうかと思ってしまうほど限界を超えて肌を曝
した服は、今は女であるあたしに必要以上に露出感をすりこんでくる……
「こんなにいい体でこの服だと目のやり場に困っちゃうわね……はい、もういいわ」
……はぁ………助かった……これでこの恥ずかしい格好から開放されるのね……
もじもじと太股を擦り合わせながら、お腹の前を組み合わせた腕でそれとなく隠していたあたしはオーナーの
言葉を聞いて胸の底から大きな溜息を吐き出した。
「だったら着替えてもいいんですよね。あの…あたしの制服はどこに?」
ジャケットを肩まで引き上げ、前を合わせて胸を隠したあたしは振りかえってレズと確信している店員さんに
制服をどこに片付けたのかを尋ねた。
「制服ですか? だったら次はOL風なんかもいいですわね♪」
「……………え? そうじゃなくてあたしが最初に着てた制服……」
「沙紀ちゃん沙紀ちゃん、ウエイトレスさんなんかどうかな? そんな服も入ってたわよ」
「あ、それいいかも♪ おっぱいをぎゅって絞ったらきっと…うふふ♪」
「あ…あの……」
もう終わったはずなのに、まだ着せ替えの話をする店員さん……その態度にイヤな予感を感じたあたしは首だ
けで後ろに振りかえった。
「えっと………もう終わりですよね?」
「何言ってるの。まだ一着目じゃない。これからもっといろんな服を着てもらうわよ♪」
視線の先……スケッチブックに鉛筆で何かをサラサラっと書いている恭子さんの目は……かなりマジです……
「なんだかたくや君を見ているといろんなデザインが浮かんでくるわ。ねぇ、ちゃんと付き合ってくれたら写真
のネガをお父さんから貰ってきてあげるわよ」
い…いつの間にファッションデザイナー志望になったんですか……
いつになく嬉しそうに話す恭子さんの姿にそんな疑問が頭によぎるけど、それをたずねる暇もなく――
「さ、それじゃ脱ぎ脱ぎしましょうね〜〜♪」
「ああん、真紀ちゃんずるい〜〜! おっぱいのところは私が脱がせてあげるのぉ」
「は………ははは…………もう…いや………」
既にダイエットとは関係ない話になってきたあたしは……全身から力が抜けて床の上に座り込んでしまった………
Fルートその6へ