「夢」


 薄暗い部屋で目を覚ます。いや、これが夢なのだ。見知らぬ部屋でうたた寝から目覚めるという夢。
 リノリウム張りの床にペンキが所々剥げたコンクリートの壁、古びたロッカーがいくつかと壁に掛けられた姿見、それにわたしが横たわっていた背もたれのない長椅子、それがこの部屋の全てだった。 毎晩のように目覚める部屋が変わってもそこにある物は大して違わない。何時ものようにわたしはロッカーを開けて着替えを始める。
 セルフレームの眼鏡を外しポケットにしまっても、視界は変わる事無く鮮明だ。ジャケットをハンガーに掛け、スカートを下ろす。ブラウスを脱いで下着姿になり、ストッキングを引き下ろして素足を晒すと少し肌寒さを感じる。更に下着を脱いで一糸纏わぬ姿になったが、この衣装に着替えるには必要な行為だ。
 何時ものようにロッカーから紙袋を取り出すと、その中身を取り出し身に着ける。先程の自分のショーツと比べて面積も狭く角度も鋭いベージュのサポーターを穿き、その上から網目入りのタイツに脚を通す。唯のストッキングとは違い脚全体を締め付けられるような感触。そして袋の中の黒いレオタードを着て、後ろ手に背側のジッパーを閉めて横を向くと、姿見の中にバニーガールの姿が映る。バニースーツの鋭角な切れ込みは、その下に下着を――少なくとも普通のカットの物を身に着けることを許さない。鏡を見てハイレグタイプのサポーターがはみ出ていないことを確認すると、肩紐も無く、カップのみで保持する胸元に胸肉を納め、両横の切れ込みの頂点、腰骨のあたりに通された紐を結ぶ。胸、腰、尻、脚。黒いバニースーツはまるであつらえた様にわたしの身体にぴったりだ。最後に兎の耳を模した髪飾りと蝶ネクタイにカフスを着け、ロッカーに収められていた黒エナメルのヒールに履き替えるとわたしは完全なバニーガール姿となった。

 更衣室を出て細い廊下を歩くと、すぐに舞台の袖に出る。照明を抑えた袖からにステージからの照明が漏れ、すでに始まったショーの歓声が伝わってくる。ショーの前の軽い緊張と僅かな興奮に小さく深呼吸。これも何時も通り。
 やがてステージからの声に促され、わたしはステージに立つ。ステージの中央には何時も通りのタキシードの奇術師、その横で優雅に一礼。壇上から客席を見渡せばそこそこの大きさのホール。ビルの一室からライブハウス、大きなホールに至るまで何度と無くマジックショーを経験してきたが、その中では今夜の会場はそこそこの規模だ。ただ、どの会場でも客席には殆ど空きは無く、そして客席にはただのマジックショーにありえない何かを期待する熱気に満ちていた。その何かへの期待に満ちた視線を一身に受けると、ぞくりと背筋に震えが走る。

 わたしという助手を得て、ショーは再開される。奇術師はどこからともなく取り出した一輪の花をわたしに預け、それを両の手で捧げ持つわたしの手に布を掛ける。1,2,3.,お決まりのカウントと同時に布を取り去ると
「おぉおおおおおお」
 どよめきの中、わたしはバイブレーターを持ったまま立ち尽くしていた。

 マジックショーには不似合いな淫具、それが唐突に舞台の上に現れるその不条理。驚きのあまり手の中のそれを凝視する。薄いピンクのそれは太さ、長さ、質感に加え、男根を模した反り具合に亀頭の張り出し、その下にびっしりと埋め込まれたイボ状の突起、中程から枝分かれした舌の程よいサイズまでわたしのと相性のよさそうな……

 いつの間にか傍に寄って横合いから覗き込む奇術師と目が合う、胸の裡の淫らな妄想を見透かすような視線。目を逸らす事もできずしばらく、実際には僅かな間であったのか、見詰め合った後、彼はわたしの背に手をかざす。その手に促されるようにわたしはステージの前へ歩き出していた。淫具を捧げ持ち、普段することのないモデルじみた歩み、それをどこか他人事のように捉えながら歩く。
 奇術師は気取った動作で布を取り出すと、エスコートするわたしの足元に絶妙のタイミングでそれを広げ、さり気なくその中央で立ち止まるように促した。床に広がる黒い布、その上に立つ黒いバニーガール。
 
 わたしの傍らで一礼した奇術師がパチン、と指を鳴らすと手の中でバイブレータが震えだす。――いや、それを合図にわたしがスイッチを入れたのだ。彼がその手をわたしの手元にかざすと、バイブは下向きに反転――わたしが反転させてしまう。
 そのまま降りて行く彼の手に導かれるままバイブが下腹部に触れた。
 
「あっ……」
 このステージで発した初めての声。思わず漏れた声を慌てて抑え込む間に、淫具の先端は唸りながら艶やかな生地の上を滑り落ちて行く。私の、私の手の意図を察した観衆達がどよめく中、先端が陰部に触れる。レオタードにタイツ、そしてアンダーショーツを通して伝わる振動によるむず痒さに全身が強張る。

 壇上で衆人環視の中バイブでオナニーを強いられる、その異常なシチュエーションが強烈な羞恥心を湧き上がらせる。頭は沸き立ち、視界は歪み、肌は火照り、身体が震える。抗議を上げるべき口は吐息を漏らさないように噤むのが精一杯だ。
 知らず知らず閉じ合わせた脚の間をバイブが上下する。わたし以上にわたしの身体を知り尽くしている両腕は巧みにバイブを操りその振動で快感を刻んで来る。

「はぁ……んっ」
 陰裂を繰り返し上下になぞるうちに衣装の下が熱を帯び、その熱が吹き零れるように染み出した淫蜜がショーツを濡らす。
「んふぅっ……」
 淫具のバイブレーションが下半身を痺れさせ、気づかぬうちに膝を摺り合わせてしまい、穿き慣れない網タイツ同士が軋む。
「はぁっ……あぁっ……あふぅっ」
 執拗に擦られて衣装がピッチリと喰い込んだ陰裂の上端、充血した蕾に振動が伝わると一際強い刺激が走り、ガクガクと震える膝はわたしの身体を支え切れず、ついにその場に崩れ落ちてしまった。

 ぺたり、と腰を着き、開いた脚の間を尚も嬲り続ける腕。その腕が操るバイブレーターに責められて搾り出された陰蜜は、今やショーツの吸湿力を超えてバニースーツの表面まで染み出しつつある。
 敷かれた黒布の上で尻をくねらせ、自慰に耽る。だが、服越しの刺激はいくら積み重ねても頂には程遠く……。

 振り仰げば奇術師の張り付いたような笑顔。その眼をわたしの物足りなさを見透かすように細め、手を差し上げる。
 パチン
 
「あっ……あぁんっ」
 奇術師が指を鳴らした瞬間、手の中の淫具はわたしを貫いていた。薄いとはいえ、身に纏った衣装をまるで存在しないかのように摺り抜けて突き刺さったバイブレーター。それはわたしの淫裂を割り開き、肉襞を掻き分けて膣内を掻き回す。
 布越しのもどかしい刺激とは違う、鮮烈な快楽がわたしを突き抜け、身体を仰け反らせた。 
「やぁっ……だっだめぇっ……あんっ……あぁっ」
 わたしの腕の巧みな責め。先端で奥深く突き上げ、表面のイボを上端に押し付け、張り出したカリで内壁を擦り、そして舌状の突起で淫核を突付く。激しい抽送で溢れ出した愛液は今や内腿のタイツまでもびっしょりと濡らし、敷かれた布にまで滴っている。
「あはぁっ……んっ」
 わたしの片手が離れ、張り詰めた乳房に触れる。痛みを与える寸前の大胆な動きで揉みしだき、衣装を引き下ろすと、スポットライトで外側から、快楽と興奮により内側から熱せられて汗ばんだ胸肉が衆目に晒される。

 ぷるん、と衣装からこぼれ出した乳房が弄ばれる。じっとりと汗ばんだ胸肌をわたしの手、誰よりも大きさを、感度を熟知した手が揉み、揺すり、捏ね回すと、色づいた先端が硬く尖ってくる。そこを手のひらで搾り出し、指で摘み上げると痺れるような感覚と共に甘い声が漏れる。もう片方にもどかしさを感じると、股間の張り型から手を放し、そちらの胸も手が伸びる。両胸から生み出される快楽に腰が砕け、完全に床にへたり込むとバイブレータの下端が敷かれた布に触れ、吸い付くように固定された。

 床に固定されて屹立したバイブレータが与える快楽を貪るように腰を揺り動かし、両の胸を弄る。痛みを感じる寸前まで乳房を押し潰し、乳首を捻ると頭の芯が痺れ、最早快感以外のことなど頭から消え去ってしまう。
じゅっぷじゅっぷと淫らに湿った音を立てて淫裂で造り物の男根を貪り、身体を反らせて突き出した胸を自ら弄ぶ。
「あぁっ、あぁっ。あぁっ、あはぁぁあっ……」

 正座を崩した姿勢から、膝を立て、脚を大きく拡げた姿勢をとると、奥まで振動が伝わり、耐え切れないほどの快楽が身体を駆けた。拡げた脚の合間に突き刺さる視線も意に介せず腰をくねらせ、そして
「あはぁっ……あんっ、あぁああっん、あんっ、ああぁんっ」
 奥の奥まで突き上げられて絶頂に達すると、そのまま身体から力が抜けて後に倒れこむ。黒い敷き布の上に横たわり、スポットライトを見上げる。その光がぼやける視界の中で輝きを失っていき、黒い布が溶け、身体が床に沈んで行く様な感覚。
 遠く聞こえる拍手と歓声の中、闇に飲み込まれるようにして、わたしは再び眠りの中へ堕ちて行った。


<完>