第四話
「さて、理緒さん。まだショーは続くわけですが、これからもお手伝い頂けますね?」
あ……
奇術師の囁きに我に帰る。
「……けない」
「はい?」
「続けるわけないでしょ、こんなこと……」
掠れる声、それでも私ははっきりと拒絶する。これ以上の辱めを受ける謂れなど無いのだから。
「そうですか、助手の協力なくしては我がマジックショーは成り立ちません」
澄ました顔で続ける奇術師。女性を壇上で辱めて何がマジックショーか、そう憤る私を前に平然と彼は続ける。
「残念ですがお客様には別の趣向でお楽しみいただきましょう」
別の趣向?訝しがる私をよそにマジシャンは観客に向き直り、そしてパチンと指を鳴らした。
な、何を……
「ですから代役と代わりの催し物ですよ」
観客の中から二人が立ち上がり広間の中央に進み出る、あれは……
「彩乃!真由香!」
ふらふらと夢遊病者の足取りで歩み出た二人は背中合わせに立ち
「おぉっ藤咲と一之瀬か」
「この二人はどんなのを見せてくれるんだー?」
まるで操られるかのように頼りない動きで浴衣の帯に手を掛ける
「え……ちょっとっ」
はらりと浴衣が二人の肩を滑り落ち
「ええ、このお二人に代役をお願いしようと」
いつの間にか下に着込んでいたその下のバニー姿があらわになった。
「おぉ……」
「バニーが更に二人か」
「藤咲が赤で……」
「一之瀬が青だな」
浴衣を脱ぎ捨てた二人が身にまとうのは艶やかなバニースーツ。彩乃の豊かな肢体を包むのは深い赤、対照的に真由香のスレンダーな肢体は鮮やかな青。切れ込んだ付け根から延びる脚には浴衣の下に身に付けているはずのなかった光沢のあるストッキング。畳に舞い落ちる浴衣に目を奪われている間に身に付けたのか、カフス、ネクタイ、そして耳も揃っている。
今や観客の視線はステージではなく、広間の中央に注がれている。
「二人をどうする気?わ、私と同じように――」
「はて、どうしましょうか。同じことを繰り返してもお客様にお喜びいただけるかどうか……ここはお二人のダンスでお茶を濁してその間にゆっくりと考えましょう」
仮面じみた笑顔からはショーを中断させられたマジシャンの苦悩は感じられない、むしろそれすらプログラムの一部であるかのように彼は嘯く。
パチン、と再び指を鳴らすと二人の虚ろな表情に生気が戻る。
「わ、たし……」
「あ……えぇっ!?」
無理も無い。気が付いたら広間の真ん中にバニー姿で立ち尽くしているのだ。慌てた様子で足元の浴衣に手を伸ばし……パチン。再びマジシャンが指を鳴らすと二人は浴衣を拾うで無くその場にしゃがみ込む。ただしその動きは身を隠そうとするにはあまりに緩慢で……
「や、やだっなんでっ……」
「えっうそっ……なにこれぇっ」
彩乃は四つん這いの上体から背を伸ばし、反らした胸を二の腕で挟み込むようにして大胆にカットされたレオタードの胸元から深い谷間を覗かせている。
対する真由香は尻を付いて脚を広げ、彩乃とは反対側に股間をさらけ出すような姿勢をとる。
バニー姿の美人社員によるセクシーポーズ、だがその表情はグラビアとは違い驚愕と困惑で凍り付いている。
「な、なんで……」
望まない姿勢から抜け出そうと力を込めても彩乃が畳に着いた手と膝は貼り付いたように動かない。もがく度に兎の尻尾を付けた尻はくねり、突き出された胸肉は両の腕の間で柔軟に形を変えて観客の目を喜ばせる。
「やぁっ……やめてよもうっ!」
対する真由香の片脚は本人の意に反して片手に抱えられるようにして伸び上がり、ストッキングに包まれた――畳の上で靴を履くべきでないというマジシャンの計らいか――爪先は真っ直ぐに天を指した。
「ほう、こちらの真由香さん、ですか?彼女はとても身体が柔らかいようですな」
ステージに向けられたM字ならぬ片足のみのV字開脚を見て奇術師は満足げに頷く。
「こちらの彩乃さんの身体つきに比べやや物足りないと感じていたのですが、いやはや、どちらもショーを飾っていただくにあたって甲乙付けがたく……」
「やめてっ!」
私のみならず同僚までも辱めようとするマジシャンの勝手な評論を止めさせようと私は声を荒げる。そんな私を彼は無表情、いや張り付いたような微笑で一瞥し、タンッと足を踏み鳴らした。
シャンッと軽快な音を立て、私の足元に落ちていた金属の輪が跳ね上がる。三つのリングは再び先程の位置、いや、一番上のリングは以前より高く私の首の位置で静止する。
「か……はっ……」
声が、出せない。
「ご心配なく、無理に声を出そうとすると多少苦しいかもしれませんがそれだけです。呼吸自体を妨げることはありません。お疲れ様でした理緒さん、後はご同僚に任せてそこでゆっくりとショーを御覧ください」
身動きはおろか声まで封じられた私の目の前で同僚達のダンスは続く。
「嫌です……見ないでくださいっ」
丁度正面に座った男に胸を見せ付ける彩乃。懇願にも関わらず男は胸元に遠慮の無い視線を注ぎ
「自分で見せといてそりゃないだろう」
目の前に置かれた膳越しに手を伸ばし、腕に挟まれて張りを増した胸を下からすくい上げる様に弄ぶ。
「ちょっとっ……やだっやめてくださいっ」
逃れようと身をよじるたびに更に激しく胸は揺れ動き男の欲望を煽り立てる。
「だからさ、そんな格好しといてそりゃないだろって」
調子づいた男は片手に持っていたコップを放し、両手で本格的に乳房を揉みしだこうと手を伸ばす。
「あーっ!ずるいっすよっ」
「ねぇ藤咲さん、俺にも触らせてくださいよ、いいでしょ?」
それをみた隣席の、いや遠くの席からも男達が集まってくる。
「おっ!まゆっち大胆〜っ」
いつの間にか隣に忍び寄ってた若い男が差し上げられた真由香の足首を掴み、もう片方の手でふくらはぎを撫で下ろす。
「あっ……やだ――君っ!」
研修時の同期らしき男は馴れ馴れしい声をかけながら真由香の脚を撫でまわす。
「ん〜っまゆっちの脚最高〜きゅって締まってるし、身体も軟らかいしーっ、何かスポーツやってたんだっけ?」
羞恥で相手を正視できないことを知ってか知らずかさらに真由香の顔を覗き込もうとする同期の男、その反対側から
「おーっ一之瀬さん久しぶりーっ……てか何お前馴れ馴れしく触ってんだよ」
もう一人の男が手を伸ばす。
「しっかし一之瀬さんは身体柔らかいよねー、これぐらい開いても平気だし」
「やっやだぁっ……広げないでよぉっ」
「なんで?痛くないでしょ?」
もう一人の男は背後から片足を抱き抱えるようにして脚を開かせる。柔軟な真由香の膝は苦も無く肩に付いた。
「やだやだっやだよっ、お願い――君やめてこんなのっ」
「まゆっちー、俺まゆっちに酷いことなんかしないよ、ただまゆっちを気持ちよくしてあげたいだけだって、な?」
俯いた顔を覗き込むようにしながら足首を掴む手に力を込めて、もう片方の手で膝を抱えたままの手を握る。言外の恫喝に屈したか、真由香の拒絶が止んだのを同意と見なし、更に内腿まで撫で降ろす。
おかしい。幾ら酒の席で羽目を外したとは言え彼らがこのような振る舞いに及ぶとは……物言いたげな私の視線を感じたのか奇術師は事も無げに答える。
「あぁ、だからダンスですよ。広間全体をダンスホールにして皆さんに踊っていただこうと」
なっ……言葉を封じられていなくても絶句したであろう回答。じゃあ彼女たちは、いやあのまま続けていれば私が……取り止めの無い、最悪のイメージの断片が頭の中で渦巻き真っ当な思考すらままならない。
「ふっ……んんっ……やぁっ」
彩乃の周りには既に男達が群がり幾本もの手が身体を撫で回していた。
俯いて顔にかかるウェーブした髪をかき上げられ頬を撫でられる、それを嫌って顔を背ければ胸が揺れ、それを揉みしだいていた手が追いすがる。
乳房を掬い上げる手から逃れようと背を反らせば背筋を撫でる手が待ち受ける。むき出しになった肩から肩甲骨までを撫で回して更にその下の背中のジッパーの上端に触れるとつまみの金具をチャリチャリと弄ぶ。
背中を這いまわる感触に耐えかねて腰をよじれば尻に生えた兎の尾を模した飾りが揺れる。そこを掴まれると神経がつながっているかのように付け根に掻痒間が襲う。
それ以外にも髪から爪先まで体中をくまなく撫でられ最早何人に触られているのかすらわからない。
真由香の周りにも人だかりができ、何本もの腕に身体をまさぐられている。
「まゆっちー、脚下ろさないの?」
「んんっ……わかんないけど……身体が勝手に……あぁっ」
「ふーん、じゃあ疲れるでしょ、マッサージしてあげなきゃね」
同期の男は相変わらずピンと差し上げられた脚を撫でまわしている。手の甲でさすり、指先で撫で、手全体で揉む。
「い、いいってそんなのっ……」
自分なりに技巧を凝らしたつもりの愛撫への反応が薄いのを見て取った男は更に問い掛ける。
「ねーまゆっちー、まゆっちってもしかして不感症?」
本気でそう思っているわけではない、これは云わばこういう話題に不慣れであろう真由香への揺さぶり。
「なっ……」
否定すらできず口を噤んでしまう真由香。男は動揺を誘ったことに満足しつつ今まで手付かずの足首から先に狙いを定める。
「そんなわけないよねー、だってまゆっちってば――」
さらりと穿く様に軽く足の甲を撫でる。
「ひゃあぁっ」
「――くすぐったいの苦手だもんねー」
なんでもない研修時の同性の仲間たちとの悪ふざけ、それを眺めていた男。この場では致命的な隙になりかねないそれを思い出せたことに内心ほくそえむ。
「へー、一之瀬さん、それホント?」
片脚と腰周りを撫でるだけだった反対側の男も足先に手を伸ばすと
「ふあぁっ……うぅんっ……」
今までとは違う鮮烈な反応が返ってくる。そこに突破口を見出だした男達は互いに申し合わせることも無いままに攻め方を変えた。
主に上半身を責めていた男が愛撫の手を休めて真由香を後から抱きすくめる。
「わ……」
すっぽりと小柄な身体を抱えられてたじろぐ真由香に囁きかける。
「なーイチノセ……」
唇が触れそうなぐらいまで近づけた耳へ注ぎ込むように静かに、しかし周りの男達に聞こえる程には大きく。
「イチノセってどこが弱いの?」
気が付くと身体を撫でまわす手は全て止まっていた。後から抱きかかえる男の腕の中で身体を強張らせ、答えようの無い問いに困惑する。問いの主を見ることは叶わない視線が自分の前方に位置する男達の間で揺れる。
「そ、そんなの……」
そもそもくすぐられると弱いところなど普段意識するはずも無く、よもや自覚があってもこの場で答えることなど論外だ。
「足の裏?」
沈黙に焦れた誰かが問う。
「脇かな?」「背筋」「くるぶし」「手の甲?」「足の指の間」
次々と浴びせられる弱点候補、いや、これらはごく近い将来の攻撃目標候補だ。男達の口から身体の部位が挙げられる度、触れられてもいないその場所をぞくりとした感触が襲う。そんなところをいやらしい手つきで触られたらどうしよう、きっと恥ずかしい声を挙げてしまうに違いない。
「耳は?」
すっぽりと抱きかかえられた頭に顔を近づけ、耳朶に唇が触れそうな距離で囁かれる。
「ふぅっ……んっ」
溢れかけた嬌声を噛み殺すも身体の震えは隠せない。反応を見て取った男は抱きかかえた手で反対側の耳朶を優しく撫でる。腕の中で目をきつく閉じ、声を立てないように口を噤む真由香。
「いいのかイチノセ、目ぇ瞑っちゃって?次にどこ触られるかわかんなくなるぞ」
揶揄交じりに問いかけて背後から手を伸ばし尻尾の上、腰の裏を撫でると真由香の背筋が跳ねる。
「それとも先に言った方がいいのかな?次は膝小僧ですってな」
いつの間にか奇術師の呪縛を解かれて力なく立てられた両膝に両手を伸ばし、予告通り五本の指先が触れるか触れないかの距離で撫で回す。
思わず両の膝をきつく閉じ合わせると今度は
「俺はどこにし、よ、う、かなぁ〜」
指先をひらひらさせながら顔付近に何組目かの両手が迫ってくる、薄目を開けて手の狙いを確かめようとしたときには既に剥き出しの肩を撫でられていた。そこから返す刀で鎖骨の窪みを指先でなぞられる。
「んん……んふぅっ……うぅん……」
神経の鋭敏な、主に肉の薄い部分への緩やかながら執拗な愛撫に、真由香の身体は上気し、口を硬く噤んでいるため鼻から抜ける吐息にもほんのりと甘さが混じりだす。
オフィスで上げることなど無い同僚の甘い声。取り囲む輪の中から男の声と、衣擦れと、その他の音に混じって、それでもはっきりと壇上の私に届いてくる。
二羽の兎が肉食獣の群れに貪られるのを私は宙に浮いたリングの檻から見つめていた。
「さあフロアも盛り上がっていることですし、ここらで第二楽章と行きましょう」
パチン、と何度目かの指が鳴らされた。
「あぁ……だめ……です……はぁっ」
呪縛は解けて畳敷きの床から手足は離れても、彩乃には未だ自由は与えられていない。四つんばいから引き起こされて今は胡坐をかいた男に向かい合って跨るような姿勢で座らされていた。男を胸にかき抱くような体勢、その腕の中で男の顔が彩乃の柔らかな胸に押し付けられている。
「はあっ……はあっ……デカい胸だなぁ」
胸の中の男は顔を押し付けるだけに留まらず、鼻面や唇を押し当て、むき出しの肌やレオタード越し、或いはその境目の柔肉を突付き回す。胸の谷間をしっとりと湿らせる汗を嗅ごうとすると一際強い嫌悪を示す彼女を逃すまいと更に力を込めて細腰を抱き寄せる。
「藤咲さんって胸いくつあるんだ?」
下からの好色な視線から逃れようと視線を外すと周りを取り囲む男達が目に入る。なんとか引き剥がそうと男の肩に置かれていた両手を周りの男達はそれぞれ掴んで引き寄せた。身体が更に前傾し胸肉が顔に押し当てられ、くぐもった歓声が聞こえる。
「手もきれいなんだよなぁ」
手首を掴まれ反射的に握った手をもう片方の手で包まれるようにして拳の甲を撫でられた。別の男に捕らえられた逆の腕は掴まれた手首から下腕の外側を通して肘の内側を経由して上腕の内側まで撫で上げられる。
「はぁ、彩乃さんこういうとこもちゃんと締まってて……」
「あぁ……や、だぁ……」
力ない言葉だけの拒絶など意に介さず、背中や脚にも愛撫は殺到する。素肌もあらわな肩から背、抱えている男の胴体を跨ぐように割り開かれた脚、胡坐の上で揺れる尻。どこを触っても男の手に心地よい触り心地が約束された極上の獲物。男達は狩り立て仕留めた兎の柔らかな肉を存分に堪能していた。
「ひぃっ……やだっやめてっ」
抱き締められる格好で愛撫に身を任せる格好になっていた彩乃が気だるげに漏れる声から一転鋭い悲鳴を放つ。
胡坐の上でもぞもぞと蠢く尻を撫で回していた手がレオタードのヒップラインに指を差し込んだのだ。それと共に跳ね踊る身体が擦り付けられ胡坐の男に心地よい刺激をもたらす。
尻を撫で上げた手が腰骨の辺りに達した拍子に沸き起こった悪戯心、彼にそれを止める理性もなければ今や理由もない。かくして、男の人差し指はラインの始点に容易く侵入する。そこからレオタードの生地の伸縮性と尻肉の弾力による心地よい圧迫感を楽しみながら指は滑り降りていく。
「そこはっ……そこは嫌ぁ」
露出度の高い大胆な格好でありながら未だ隠された部分への招かざる侵入者。だが体中をくまなく弄り回され上擦った声ではその行為を止めることなどできる筈もない。懇願虚しく会陰部に辿り着いた指は鍵状に曲がり、股布を引き絞る。ぎゅっと引き攣れた布地は前の恥丘を浮かび上がらせ反対に後ろ側に隙間を作り出す。
「あっだめっ引っ張っちゃ……んっ」
クイクイとリズミカルに股布を絞られる感触に思わず身悶える彩乃。かたや尻側の布地も引っ張り上げられて尻肉の合間に食い込み、ストッキング越しとはいえ隠されていた残りの大部分があらわになり、更に愛撫の手を集めてしまう。片方は大胆にも鷲掴み、もう片方は指先で柔らかさを確かめるようになぞり上げる。
「ひっ、やっ……あぁっ……」
逃げ場のない状態で尻を撫で回され、彩乃の心をある種の諦念が覆いかける。
男に上体を抱きかかえられるようにして真由香は身体を投げ出していた。青いバニースーツに包まれた肢体はじっとりと汗ばみ、荒い息を吐いている。普段の快活な雰囲気は鳴りを潜め赤らんだ顔に力なく潤んだ瞳がどことも付かない場所を見つめている。
あお向けになった彼女に覆いかぶさるような影。
「あ……」
影は紅潮した頬に手を当て問いかける。身体を撫で回されるのは嫌だが冷たい――熱くなった頬にはそう感じられた――手は心地よく思えた。
「まゆっちー、気持ちよかった?」
満面の笑みで問う。
「……」
熱に浮かされたような頭は拒絶の言葉すら浮かばない。そんな真由香が背けようとした顔を頬に当てた手が向き直らせる。虚ろな瞳が覗き込まれ、再び問いは繰り返される。
「まーゆーかー、気持ちよかった?」
「……よくなんかないよ、こんなの」
否定。だがおねだりを引き出すにはまだまだ足りないのは予想の内だ、むしろここからどう責め立てるかを頭に思い描きつつ更に続ける。
「そっかー、じゃあもっとこちょこちょしようか?」
無防備な脇、肋骨の肉が薄い辺りの左右それぞれに五指を当て、くすぐる仕草を見せる。今までの緩慢な動きではなく、本当に笑い転がすためのくすぐり。それが行われたとき、はたしてどうなってしまうのだろう。予測できない事態が真由香を戦慄させる。しかし、その不安は更なる不安に打ち消される。
「まあこっちもくすぐるだけじゃなぁ、それよりまゆっちも気持ちよくなれることの方がいいよねー」
不安をよそに男は真由香を抱き起こすように背に手を回した。
くい、と背を引かれる感覚。それに気付いたときには既にバニースーツのジッパーは降り始めていた。抵抗しようにも四肢を抑え付けられた形では叶わずされるがままだ。
「おっ」
「おおっ」
背後の男の意図に気付いた人垣の視線にいっそうの熱が篭り、服の締め付けが緩んだ隙間へと手指に先駆けて潜り込む。
「あっ……やだっ……止めてっ脱がさないでっ」
彩乃の懇願すら楽しむようにジッパーの引き手はなだらかな背を滑り降りていく。艶のある赤い布が左右に分かれ、そこから広がる隙間から白い肌がのぞく。
ジジジジ……。白い兎の尾の少し上で引き手は停止した。元々肩甲骨下から尾骨やや上までのごく短い距離であり、それ以外の大部分は既にむき出しだが、それでも不安と羞恥を煽られるには充分だ。じんわりとレオタード生地の下で熱が篭った肌が視線に晒されたことが外気に触れた以上に彩乃の背から熱を奪い寒気を感じさせる。
「お願い……脱がすのは……」
視線に耐えかねて俯けばそこにはジッパーを下ろされたことで緩んだ胸元。そしてそれを間近で眺める好色な視線。胸を隠そうにも腕はそれぞれに押さえつけられ、力を込めて抵抗の意を見せてもそれに倍する力で容易にそれを封じられる。
「諦めろよ藤咲ぃ」
「ふ、藤咲さんの胸……」
保持力を失った服から半ばこぼれ掛けていた胸を露にせんと胸元に両脇から手が掛けられ
「い、嫌……やだ、やめてっ」
至極あっさりと布地がずり降ろされた。
「お……」
「おぉ……」
ただ胸が見えた、というだけではない。伸縮性のある布地の締め付けから開放された勢いで豊かな胸肉が大きく弾む様にその場の全員が釘付けになる。
「あ……あぁ……」
乳房を衆目に晒す羞恥に身体を染めてうな垂れる彩乃の姿を目にして呆けていた男達の間に再び欲望が燃え上がる。オフィスではブラウスを、いや、殆どは上着やベストを押し上げる様を見ることしかできなかった彩乃の美巨乳が目の前にあるのだ、その千載一遇の好機を逃すまいと男達の手が殺到する。
「やあぁっ……だめぇっ、強くしちゃ……あぁっ」
しっとりと汗ばんだ胸肉が下からすくわれ、上から潰され、左右から絞られ、自在に形を変える。
「はあっ……藤咲の胸たまんねぇ」
サイズと比べやや小さめの乳輪に指が這う。
「これだけでかいと、すげぇ柔らけぇな」
その中心に慎ましげに隆起した乳首を摘み上げられる。
「彩乃さぁーん、こういうのどう?」
両胸を隙間なく覆った手に弄ばれ、いつしか彩乃はすすり泣く様な声を漏らしていた。
「な、何……?」
「さーて、なんでしょう」
意味ありげに笑みを浮かべ、男は背後の回した手で真由香の背中を擦り
「えっ、ちょっと……やだっ」
「あ、やっぱ解る?」
男の意図を悟った真由香だが周囲に身体を押さえつけられてはどうすることもできない。
自分の背中で軽やかな音を立ててジッパーが開いていく。
「やっやだよこんなのっ……」
抵抗らしい抵抗もできないままジッパーが開ききった。男は満足げに頷くとレオタードの胸元に手を掛ける。
「それじゃまゆっち、覚悟はいいかい?」
「よくないっ!」
「あぁーもう面倒臭えな、剥いちまおうぜ。大体勿体つけるような乳かよ、なぁイチノセ」
後から真由香を羽交い絞めにしている男の無粋な提案に男は被りを振って答える。
「解ってねぇなぁ、恥ずかしがって嫌々するなんてこんなに可愛いまゆっちなんぞこうでもしなきゃ見れないってのに……」
「その可愛い一之瀬さんを早く見たいなぁ」
横の男がレオタードの脇に指を掛け、くいくいと軽く引く。
「つーわけでまゆっち?みんながまゆっちのスレンダーバディーをお待ちかねなんだが」
「何が……見たことなんか無いくせにっ!」
「そりゃ見たこと無いけどね、スタイルがいいことぐらいスーツ越しだってわかるさ」
押さえ付けられても裸に剥かれかけても気丈に抗う真由香、そんな彼女の怒声を受け流して脇の男が答えつつ、開いた背から手を差し込んでくびれた腰から程よく締まった尻を撫でまわす。
「ひゃあっ!」
と、思わず身体を浮かせた瞬間レオタードは引き降ろされた。
「やだっ!やだやだやだっ見ちゃだめーっ」
被りを振って叫ぶ真由香のなんとか身体を隠そうとする手を押さえ付けその身を衆目に晒す。
へえ……と背後から真由香を抱きかかえた男は感嘆する。露になった胸はサイズは控えめながら仰向けの姿勢にも関わらず形良く張り出し、血色のいい肌と相まって充分に魅力的だ。確かにこういうのも悪くない。だが、引き降ろした男は胸だけに飽き足らず更にレオタードをずり下げる。
「やっ、ダメぇっ!!」
最悪の状況を想定し、脚を硬く閉じ合わせた真由香の抵抗は結果として徒労に終わった。臍のやや下で止まったレオタードは腰の周りででだぶついているがそこから下は布地の持つ伸縮性のせいでぴったりと下半身に張り付いている。
「まぁこっちは追々拝見するとして、だ。どうだこのお腹」
「腹?」
なだらかの腹部を撫で回しながら続ける。
「適度に引き締まっていい感じだろ?シックスパックまで行かないのがまたいいんだよ。いっぱい食べたらその分動いてるんだろう、まゆっち?うん感心感心」
確かに学生時代はスポーツに打ち込み今も機会を見ては身体を動かすようにはしてるが……意外な所で意外なほめ方をされ気勢を削がれる。
「で、でもなんでそんなこと……」
「別に付け回したりした訳じゃない、身のこなしと体付きを見ればわかるさ」
鳩尾から下腹までを擦り、臍を軽くなぞり、柔肌の下の適度な腹筋の感触を楽しみながら事も無げに答えた。
「しかし腹ぁ目当てでイチノセに入れ込んでたのかお前は?」
「腹はおまけみたいなもんだよ、もちろん好きではあるがな。大体まゆっちが体中どこでもきゅっと閉まったナイスバディだなんてのはバニーになった時点で丸分かりじゃないか」
意外な発言に気勢を削がれたが本人を目の前にはばかること無く続けられる女体談義にいい加減黙っていられる真由香ではない、再び抗議の声を上げようとしたその矢先――
「それとも何か?この胸がいかんのか?」
――男の手が素早く伸び、真由香のつんと突き出した胸の先端を捉えた。
「ひぁっ!?」
再び機先を制された真由香、抵抗の意図を知ってか知らずか男は言葉を続ける。
「あぁいいよいいよ、デカいのがいいならあっちの赤いうさぎさんに相手してもらえ」
赤い兎……彩乃先輩……私と同じように男達に囲まれて……隣の人だかりに向けた意識が身体への刺激で引き戻される。
「俺はまゆっちと目一杯楽しむから」
痛みを感じるギリギリの強さで乳首を抓られる。
「ねーまゆっちー」
強すぎる刺激は男の恐ろしく身勝手な言動にも反論できないほど頭を痺れさせ、男に叩きつけるはずの罵倒は脳裏で霧散してしまう。
「いや、気が変わった。全身程よく引き締まった身体の良さって奴を俺も味わってみたい」
そう言う男の視線の先にぴっちりと貼り付くレオタードの下端がとその下に包み込まれた柔肉が息づいていた。
あ……あぁ……
ステージの下には二つの人垣、その中心では男達が狩り立てた獲物をそれぞれに取り巻き貪っている。
その獲物である二羽の兎、いや、兎を模した衣装すら半ば剥ぎ取られた姿で嬲られている二人の同僚。明るく前向きな真由香、落ち着いて頼りがいのある彩乃。山のような仕事、企業故の理不尽さ、週末街に繰り出したこと、彼女達と過ごした日々が頭をよぎる。彼女達はショーを拒んだ私の代理と称して今こうして広間の中央で大勢の男達に弄ばれている。到底容認しがたいが因果関係としては紛れも無くそうだ。それはどんな理不尽な物であれ運命を拒んだ者は高い代償を求められるということか、ならばどんな不条理が待ち受けていようと彼女たちを盾にできるはずが無い。だから、私は。
「やめて」
その言葉は意外なほどはっきりと放たれた。
首の位置に浮いていた銀色の輪が落ち、胸の高さに滞空する二つ目のリングにぶつかって止まる。
「ほう……それでは?」
奇術師が期待に満ちた――常に芝居懸かった口調から転じて生の感情がかすかに含まれたような――声で続きを促す。
「やるわ、ショーを」
「助手として我がマジックショーを再びお手伝い頂けるという事ですね?」
ほんの一瞬見せた感情は再び貼り付いた様な微笑みの下に隠される。
「ええ、そうよ」
マジックの名のもとにどんな辱めを受けるのか、そんな未知の恐怖を払う様に私は宣言した。
「素晴らしい、実に素晴らしい」
完全に何時もの調子を取り戻した奇術師は大仰に両の腕を広げ、パンと大きく打ち鳴らした。私を閉じ込めていたリングの檻は床に落ちて大きな音を立て、三つが絡まるように跳ね上がり長い反響を残す。
シャアアアアアンと反響が消え、足元のリングが動きを止めたとき、ステージ下の観衆は何事も無かったかのように宴席から壇上を見上げていた。
同僚二人も先程の魔術、秘数術に驚嘆しているのがステージから見える。
「こ、これはちょっとやり過ぎですよっ幾らなんでもっ!」
「うーん、でも理緒ってばスタイルいいし、ね」
どんどん見せていい男捕まえちゃいなさいよという彩乃なりの男っ気がない彼女への配慮だろうか。慌てる後輩に鷹揚に答える。
「え……なんで……」
「言ったでしょう?あくまで代理をお願いしたに過ぎませんよ、さあお客様がお待ちです、続きと行きましょう」
私達の客に聞こえない声での密談を一方的に打ち切ると踵を返してステージ前方に歩み出る。
疑問を抱えたままの助手である私を置いたまま奇術師は高らかに宣言する。
「さあ皆様お待たせいたしました。黒崎誠二マジックショー、第二幕の始まりです!!」
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