第八話
「はは、はぁ、はぁ……はは、ホンマ久しぶりやな。ここまで笑たんは」
息を荒げるほどに笑い続けた陽が、ようやく笑いをおさめる。それでも時折肩を震わせ、
心底楽しそうな表情を浮かべながら真由に話しかける。
「よっしゃ分かった。君がそうしたいんやったら、そうしたらえぇよ」
「……え?」
そうされれば確実に自分は破滅してしまうというのに、その言葉から嘘の雰囲気は感じ
取れない。その事にいぶかしげな表情を浮かべる真由に、陽は一つの指摘をする。
「まぁそれはそれでえぇとして、君そのカッコで帰るつもり?」
そう言われて、真由は今の自分の姿に思いを馳せる。上半身に着ているブラウスは汗で
張り付き、下着が透けて見えてしまっている。それだけならまだいいが、下半身にいたっ
てはお漏らしのためビショビショに濡れてしまっているのだ。一見しただけではお漏らし
のため濡れたのかどうかまでは分からないが、目立つ事に変わりは無い。
「……」
「君の身長とスリーサイズ教えてくれる?」
唇を噛みながら俯いていた真由に、陽が軽い感じで声をかける。一瞬何を訊かれたのか
分からなかったが、理解した瞬間顔を赤くしながら叫ぶように問い返す。
「何でそんな事教えなきゃいけないのよ!」
「いや、なんやったら君に下着と制服でも貸してあげようかと思うただけや。サイズが分
からんかったら貸しようが無いやろ。あ、返すんが恥ずかしかったら、そのまんま君のモ
ンにしてくれてもいいよ」
ニッコリと笑いながら応える陽に、真由は言葉を詰まらせる。確かに陽の言い分は分か
る。こんな男から制服や下着を借りるのは癪だが、この姿で帰る事に比べればましかもし
れない。それに返す必要もないと言っている。まぁ真由が警察に連絡したならば、返す必
要性などもちろん無くなる訳だが。
「……どうしてあなたがそんな物持ってるのよ?」
「ん〜、ここに来た娘って結構今の君みたいなカッコになる事が多いさかいな。せやから
せめてものサービスっちゅうとこやな」
陽の言葉に、真由は怪訝な表情になる。
今の自分の様な姿になる娘が多いという事は、お漏らししてしまった娘が多いという事
だろう。だがそれほどに大勢の女の子が、同じようにお漏らしをしてしまうものだろうか?
「で?君はどないする?」
その疑問への答えを考えていた時、陽が再び問いかけてきた。思考を中断された真由は、
陽の問いに考えを切り替える。確かにこの姿で外を歩く事を考えれば、服は借りた方が良
いに決まっている。だが同時に、こんな男からは借りたくないという感情的な部分、そし
て自分の身体のサイズを男に教えたくないという少女としての羞恥心もある。
そういったプライドと、衆人環視の中この姿で通りを歩く事とを秤にかけた後、真由は
悔しそうに俯きながら、小声で呟くように答えた。
「……身長は150センチ。スリーサイズは……74・53・52よ……」
自分から目をそらし、聞こえるかどうかといった小声ではあるが確かに答えた真由に対
し、陽は満足そうに頷く。そして写真を取りに行った時のように部屋から出て行こうとす
るが、ふと何かを思い出したように振り返る。
「あ、そうそう。ブラのカップ聞くん忘れてたなぁ。多分Aでえぇと思うけど、ひょっと
してAA?それともまさかAAA?」
「っ、Aよ!」
からかうような陽の声に、真由は怒りと羞恥を込めて答える。
性的な事に対する興味は薄いが、自分の未発達な身体つきの事は、コンプレックスにも
なっている。その事を嫌味っぽく問われた事に、悔しささえ覚えてしまう。
陽の方は、彼女のその答えを聞くと部屋から出て行き、数分で籠を抱えて戻ってきた。
どうやらその籠の中に、制服や下着が入れてあるようだ。
「はい、君の高校の制服と下着。下着は君が今着けてるんと違ぉて地味なヤツやけど、ま
ぁ我慢したってや。あ、それと着替えはあそこでしてえぇよ。もっとも俺も目の前で着替
えたいんやったら、もちろん止めへんけどな」
暗に自分の下着を散々見たことを告げてくる陽を睨みながらも、真由は籠を受け取り、
着替えをしていいと言われた場所を見る。すると今までは興奮し、そちらに注意を払って
いなかったため気づかなかったが、部屋の脇のほうにデパート等での試着室のようにカー
テンがかけられた場所がある。ただしそれは一箇所だけで、箱のように突き出ているので
はなく、壁の中に着替えるスペースが入っているといった感じだ。
「……よっぽど準備がいいのね、あんなのを用意しておくなんて」
「まぁな。天才いうのは、常に二手、三手先を読むもんやからな」
軽い皮肉にも陽は動じる事無く、笑いながら答える。それを見た真由は、フンッという
音が聞こえそうな勢いで向きを変え、更衣室の方へと進んでいく。
途中、「いってらっしゃ〜い」という明るい声が聞こえたが完全に無視し、真由はカーテ
ンに手をかけ中に入る。そしてその瞬間、彼女は驚愕の表情を浮かべた。
(な、何よコレ!?)
広さは通常の試着室よりも、やや狭いくらいだろうか。着替えるのにはそれほど苦労しな
いだろう。だがその部屋が普通の更衣室と違っていたのは、入り口のカーテン以外の三面が
全て鏡張りであるという点だ。
更衣室に入った真由の目には、まず正面の鏡に映し出される自分の姿が目に入った。
汗で制服が肌に張り付いたことで、ブラが見えるほどに透けてしまっているブラウス。
漏らしたオシッコにより、べったりと張り付いてしまっているスカート。
その普段の制服姿とはまるで違う姿を自分の目で見る事で、真由は今まで自分がどれだ
け恥ずかしい姿を晒していたのかを認識してしまう。
思わず視線を左右に動かすが、やはり見えるのは鏡に映る自分の姿だけだ。
そしてつい反射的にカーテンの方に振り向いた瞬間、外にいる陽から声がかけられた。
「どないしたん?いきなり振り向いて」
(え、どうして分かったの?)
彼女が振り向いた際、音の類は一切立てていない。それなのに陽は、彼女が振り向いた
事を言い当てた。それはなぜか。
(まさか……)
確信にも似た思いを抱きながら、真由はゆっくりとカーテンに触れる。そして彼に自分
の動きが分かった理由を確認した。
(何、このカーテン生地!すごい薄いじゃない!?)
そのカーテン生地は普通の物よりかなり薄く、下手をすればレースのカーテン並みの薄
さしかない。しかもこの部屋は鏡張りであるにも関わらず、真由の視界ははっきりとして
いる。その原因は、正面の鏡の上部にある電灯だ。その明かりによって室内には光が満ち
ているのだが、その向きが問題だ。
明かりはカーテンの方に向かっており、そして電灯とカーテンの間には真由がいる。結
果内部からは分からないが、恐らく外からは真由の動きが影として、いや、半分透けて見
えてしまっているのだろう。
(本当にどこまでも最低ね!)
「着替えへんの?それともやっぱり俺に直接見られもって着替えたいん?」
その事実に真由の顔に再び怒りが浮かぶが、外にいる陽はあくまでも変わらず、からか
うように声をかける。しかもわざわざ“直接”という言葉を使っているところを見ると、
やはりカーテン越しという間接的には、真由の着替える姿が見えるという事だろう。
とにかく真由は決めなければならない。
恥ずかしい姿を鏡に映し自分で見ながら着替えるか、それとも薄いカーテン越しに陽の
方を向きながら着替えるか。
例え内部の様子が透けて見えるカーテンの方を向いて着替えたとしても、自分の身体の
細部までは見られない事は分かっている。だがその理性的な考えも、やはり見られている
という羞恥心を打ち消す事はできない。
(……いいわ。どうせ普通の更衣室でも、鏡の方を向きながら着替えるんだから)
そう自らを納得させた真由はカーテンに背を向け、普段よりも明らかに遅いスピードで
ブラウスのボタンを外し始めた。
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