第六話
「……」
先ほどカンチョウされてから、そこそこの時間が経っている。
もう緊張を解くような事はしないが、それでも身体への接触は防げない。あのカンチョ
ウの後も、幾度と無く身体を触られてしまっている。それでもカンチョウほどのイタズラ
は無いため、それほど驚いたりはしないが。
とりあえず今彼女が一番望んでいる事は、一刻も早くここから出る事だ。そのため彼女
の歩調は、最初に比べて速くなっていた。が、今彼女が急いで出口に向かっているのは、
そのためだけではなかった。
(もう、どうしてこんな時に――)
真由の表情には、身体を触られているという羞恥や怒りのほかにもう一つ、焦りという
ものが浮かんでいた。
それは今彼女を襲っているある欲求の為である。それは人間ならば当然の欲求の一つで
あるが、この状況で襲われる事はとても恥ずかしく、そして危険に思えるものであった。
それは……
(トイレに行きたくなるのよ!?)
尿意である。彼女は自問しているが、その原因は自分でもある程度分かる。一階でかい
た汗が二階の冷房で一気に冷え、身体が冷えた事がその一因であるという事だ。
しかし、最大の原因はそれではない。その事は、彼女を観察し続けている陽にはすぐに
分かった。
(どうやら効いてきたみたいやな。さて、どこまで我慢できるやら)
受付で飲ませたあの薬草入りジュース。その効果の一つである利尿作用が、彼女の膀胱
を責めているのだ。
利尿剤といっても、効き目はそれほど強くは無い。普通の状況で飲んでも、急にトイレ
に行きたくなったり、尿の量が目に見えて多くなるわけではない。しかしこの身体を冷や
す部屋では、充分に効果を発揮していた。しかも強力ではないぶん、今彼女を襲っている
尿意が薬によるものだとは決して気づかれない。まさに陽にとって最高の状況と言えた。
(まぁ、もうちょい楽しませてもらうか)
陽は静かに真由の後ろに近づくと、彼女の太股を撫で上げた。
「きゃあ!」
相変わらず過剰とも思える悲鳴を上げながらも、真由は即座に懐中電灯の明かりを背後
に向ける。やはりイタズラに慣れてきたのか、その反応は早くなっている。しかし今の彼
女には、別の方面からその動きを抑制する因子があるため、結局陽を視界に捕らえる事は
できない。
(うぅ……やだ、あんまり激しく動いたら……)
身体をひねるような動きは、それだけで膀胱を圧迫する。じわじわと責めてくる尿意に
襲われている彼女には、辛い動作に違いない。
しばらく立ち止まり何かを考えていた真由は、ある決意を持って再び足を進める。
(いいわ。どうせ見つけられないんだったら、気にせずに早く出たらいいんだから)
そう決めて歩き出した真由に、直後お尻を触られる感覚が伝わる。
「くぅ!」
しかし彼女は振り返らず、そのままのスピードで進んでいく。そんな彼女の様子を、陽
は静かに見つめながら考える。
(ふ〜ん。俺に触られんのは、しゃあないと諦めたわけか……ふん、ほんならしっかりと
触らせてもらおか)
そう判断した陽は、今おしりを触った直後今度は再び首筋を撫でる。
「ふぅん!」
嬌声に近い声をあげながらも、やはり真由は振り向かずに歩き続ける。そんな彼女の反
応を楽しみながら、陽は彼女にイタズラを仕掛け続ける。
首筋。お尻。太股。さらには胸の先を擦るようにも触っていく。
その度に彼女ははしたない声をあげるが、次第にその声が切羽詰ったものになっていく。
理由は簡単だ。それほどに彼女の尿意が大きくなり、身体を触られる刺激にも過敏に反
応してしまうのだろう。今下手に力を抜いたり入れたりすれば、最悪とも言える事態に陥
ってしまうかもしれない。
(や……このままじゃ、漏れちゃう……)
そうしてイタズラに耐えながら歩を進めていた彼女がラインに沿って進行方向を曲げる
と、今まで闇しか闇しかなかった空間にぼんやりと光が浮かび上がっていた。
(え?あれってもしかして……)
その光はそれ程大きいわけではないが、今の真由からすれば非常に輝いて見えた。
(もしかして出口?)
十中八九そうだという思いを抱きながら、真由は小走りのようにその光に向かっていく。
できるだけ膀胱には刺激を与えず、しかしできるだけ早くあの光にたどり着くように進ん
でいく彼女には、隙だらけの自分にイタズラをしてこない陽の事を不振がる余裕など無い。
今の彼女には、ただ一刻も早くトイレに行きたいという欲求しか無かった。
(これで――)
ようやく、この恥辱のホラーハウスから出られる。そう思い、彼女は光に向かって進み
続けていたが、その十メートルほど前で突然光に包まれた。
「え?な、何?」
実際には元々室内につけられていた電灯が点いただけだが、予想外の事態に真由は足を
止め、周囲を見渡してしまう。前方十メートルほどのところに扉が見えるが、突然の事態
に混乱している彼女は足を踏み出せない。
そして直後、
『ウォオオオン!』
「ひっ!きゃあああああ!!」
彼女の前方五十センチほどの所に、生首が降ってきた。しかもそれは一階のようにちゃ
ちなものではなく、映画の特殊メイクのようにリアルなものだ。
もう既にこういった仕掛けは無いと思っていた真由は、その生首の落下に心の底から驚
き、腰が抜けたかのようにしゃがみ込んでしまう。
そしてその瞬間、今まで保ち続けていた緊張が切れてしまった。
しゃああぁ……
「あ……あぁ……」
(ウソ…こんな……)
全身を包み込む開放感と共に、ショーツのクロッチ部に生温かい感覚が広がっていく。
その温かみは下着を伝い、スカートにまで浸透していっている。
尻餅をついたかのような格好のまま、真由は今自分に何が起こっているのかを理解して
しまう。
そう、彼女は今、お漏らしをしてしまっていた。
今まで我慢してきた分、彼女の身体は流れ出るオシッコを止めようともしない。ただそ
の開放感に身を震わせる反面、下着を濡らす生温かい感覚に不快感も覚えていた。
そのような様々な感覚が混じりあったこの状況で彼女は身動き一つできず、転んだ拍子
でめくれたスカートからのぞく下着を汚し続ける黄色い水と、強気そうな瞳からこぼれる
涙だけが変化を見せていた。
「あぁ……」
(イヤ……こんな……お漏らしなんて……)
呆然としている彼女に、さらなる責めが襲い来る。
パシャ!パシャパシャ!
「え……?」
呆けていた真由の前に、いつの間にか一人の男が立っていた。彼はその手にカメラを持
ち、お漏らしをしている彼女の写真を撮り続けていた。
「いやぁ、まさかお漏らしまでしてくれるとはなぁ。サービス精神旺盛やなぁ」
上下とも黒い衣服に身を包んだ男は、そう言いながら写真を撮り続ける。一瞬彼が何を
しているのか分からなかった真由だが、その行動の真意に気づいた瞬間、股間を押さえな
がら今までで最大の声で叫んだ。
「いや〜〜〜〜!!」
もちろんそれで放尿が止まるわけではない。ただ手のひらに、生温かい水流がぶつかる
だけである。それでも真由はその無駄な抵抗を、放尿が終わるまで続けるしかなかった。
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