第一話
真由が中に入ると、扉は再び音を立てて閉まっていった。
アトラクション内に入った真由がまず感じた事、それは異常なまでの蒸し暑さだった。
一切の冷房は使われておらず、逆に暖房を入れているのではないかと思うほどの暑さで
ある。しかもからっとした暑さではなく、日本の夏特有の不快さを伴ったものだ。
確かにこの墓地のような場所には合っているようにも思えるが、それにしても行き過ぎ
ている。これでは夏の夜というより、むしろサウナの中と言った方が納得できる。
「まったく。ここのオーナーは、何を考えているのかしら。だいたいなんで『ホラーハウ
ス』で和風なのよ」
すでに額から流れるほどの汗をかいている真由はそれを手でぬぐい、不満をこぼしなが
ら進んでいく。
と、突然横にある草むらから、ガサッという音が響き渡った。
「っ!?」
瞬間的に身体を縮こまらせ、そちらに振り向く真由。しかしそちらからは何の反応も無
く、真由はほっと息を吐く。
そして直後、今の自分の反応に対して軽い疑問を持った。
(え、どうしてアレ位で驚くの……いつも、もっとすごいお化け屋敷でもそう驚かないの
に……)
今まで彼女は、友人に連れられてかなりのお化け屋敷に行った事がある。しかし驚くと
いう事はほとんど無く、悲鳴をあげた事は一度も無かった。それが今、アレ位の事で動揺
し、危うく悲鳴をあげてしまう所であった。
「……」
その事に疑問を抱きながらも、真由はもう驚かないといった決意を浮かべたかのように
表情を引き締め、足を進めていった。
※
「ふん、なかなか強気そうな娘やなぁ。えぇと、真由ちゃん……か」
6畳ほどの部屋。そのほとんどがモニターテレビで占められているその部屋で、1人の
男が関西訛りで呟く。夏場だというのに、長袖の黒いシャツを着て、同色のズボンをはい
ている。
男の名は九条 陽。この『ホラーハウス ウィド』のオーナーである。
彼の見ているモニターには、今このホラーハウスを体験している少女、葉月 真由が映っ
ている。この映像は、アトラクション内に取り付けられている監視カメラから送られてい
るものである。
彼女の顔には汗がしたたっており、その表情は緊張を隠そうと強張っている。そんな彼
女の様子に、陽は満足そうに頷く。
「よしよし、ちゃんと効いてるみたいやな」
この店に訪れた客に最初に飲ませるジュースは、陽の実家に伝わる秘伝の調合がなされ
た特別製である。
彼の実家は忍びの家系である。現代でも探偵や一部の企業スパイとして活躍する者も出
ていたが、陽はそんなものに興味は無かった。彼は全ての修行はこなしたが、それらを他
の家族のように使おうとはせず、自分の趣味のために使っているのだ。
この店で出すジュースには、彼が学び、効き目を覚えた複数の薬草が用いられている。
その中には、今現在彼女を襲っている症状を説明するもの――発汗作用と興奮作用を持つ
物も含まれていた。
「くくく、かわいらしいブラやな。せやけど、別に付けんでもえぇんとちゃうか」
モニターを眺めていた陽が、面白そうに呟く。彼の見ているモニターには、真由の上半
身がアップで映されていた。
彼女の着ている制服は、大量の汗により肌に張り付いてしまっている。そのため白い上
着は透けてしまい、その下に着けているブラジャーが背中側だけではなく、胸部まで透け
て見えてしまっている。
彼女の着けているブラには軽いレースとリボンが付いており、彼女の持つ強気そうな雰
囲気と、それに反するような幼めの外見を演出するようであった。
だが陽の言う様に、彼女の胸は身長と同じく決して大きくない。汗で濡れた事で身体に
張り付いた制服の上からは、同年代の少女よりも明らかに小さいと分かる胸の大きさが見
て取れる。恐らくまだBカップにも足りていないであろう。
未発達な胸の美少女が、顔を緊張に染めながらおしゃれなブラを着けている。それは怪
しい魅力が感じられた。
「さてさて、しっかりと楽しませてもらおか」
※
先ほどの物音から後、墓地内では何も起こらない。それがかえって真由の緊張を高めた。
心音が高まる。喉が渇く。汗が流れる。頬が熱い。歩みが遅くなる。
その全てが彼女がこの状況で緊張している事を指し示しており、それが余計に彼女を苛
立たせた。
(どうしてこんな安っぽい所で、こんなに緊張しなくちゃいけないの!?)
自分に言い聞かせるように心の中で叫ぶと、彼女は今までよりも歩幅を大きくして歩き
出した。
そして数歩足を進めた瞬間、足の裏から伝わる感触が突然変わった。
「え?」
実際には、それは床が柔らかいマットに変わったというだけの事である。しかし、緊張
を打ち消そうと意気込んでいた彼女にとって、それは出鼻をくじかれるものであった。
そして直後、隣の草むらから叫び声を上げながら幽霊の人形が現れた。
「ウォォオオオォオン!」
「きゃあああああ!!」
パシャ!
不意打ちとも思えた一撃に、真由は身をよじって悲鳴をあげる。そしてその瞬間、カメ
ラのシャッター音が辺りに響く。
「ハァハァ、今のは……」
落ち着いた真由は、元の場所に戻っていく人形の方を見ながら受付の男の言葉を思い出
す。
(そう、今のが"サービス"の写真ね……)
真由の顔の赤みが増す。今までは緊張から赤くなっていた顔に、羞恥の朱が混じる。
(あんなみっともない瞬間を撮られるなんて……)
真由は気が強いことを自認しており、それをある種の誇りにも思っていた。
小学生の頃は、同級生の女の子をいじめて泣かせた男子とケンカをし、逆に泣かせた事
もある。さすがに高校生となった今ではケンカなどしないが、それでもクラス内の女子の
リーダー的存在でもあった。
そんな彼女が、こんなつまらないと思っていたお化け屋敷で無様にも悲鳴をあげてしまっ
たのだ。わずかではるが、彼女のプライドには傷が入ってしまった。
(く……もう、あんな醜態は晒さないんだから)
口を強く結び、決意を新たにした真由は、何が待ち受けているか分からない空間へと進
んでいった。
※
「はは、ホンマに強気な嬢ちゃんやな」
真由の様子を眺めていた陽は、愉快そうに声をあげる。
そして笑みを浮かべた表情のまま手元の機械を操作すると、先ほどデジカメで撮った彼
女の姿が現れた。
「ほう、ブラだけや無かったんか。もう下着にも気ぃ遣う年齢やねんなぁ」
陽の見つめる画像。そこには驚いた表情をしている真由の全身が写っている。だが陽の
視線の先にあるのは彼女の顔ではなく、その下半身である。
真由のはいているスカートは、決して短くはない。しかし驚いた拍子に身をよじった彼
女のスカートは、完全にめくれあがってしまっていた。
結果、胸と同じくほっそりとした脚はもちろん、少女の最も大切な部分を覆う布すら露
出してしまっている。
彼女のショーツは、ブラとおそろいなのであろう。純白でレースが付いており、飾りの
リボンがかわいらしく自己主張している。それは見えない所にも気を遣おうという大人ら
しさと少女特有のかわいらしさが同居しており、おそろいのブラと一緒で、彼女の雰囲気
によく似合っていた。もっともこんな状況では、ただいやらしいだけであるが。
恐らく彼女は、ショーツが見えてしまったという事に気づいていないのであろう。モニ
ターに映るその顔は赤く染まっているが、それは性的な羞恥ではなく、怖がってしまった
事に対する羞恥に見える。
「はん、まだ気づいてへんみたいやな。ま、その内気づいてくれるやろ。くく、そん時の
表情は見物やな」
下着を写真に写された事に気づかず、気取って歩く少女。その姿に陽は笑みをこらえき
れなかった。
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