第二話

「じゃあ少し突っ込んだ質問をするけど、かまわないかい？」

「はい、大丈夫です」

　ボクの最終確認にも、彼女は引き締められた表情で頷いてくれる。もっともその表情も
童顔の彼女がすると、真面目というよりはむしろかわいらしいといった印象を受ける。
　さて、これがどれ位保てるかな。

「新藤さん。君、付き合っている人はいないとの事だけど、オナニーなんかはするのかな？」

「えっ、オ、オナニーですか！？」

「そ、オナニー」

「え、えっと……それはその……」

　……いきなり崩れちゃったねぇ。まぁ面接でいきなりこんな事聞かれて、平然と答えら
れる女の子の方がイヤだけどね。
　彼女はパニックに陥りかけているが、あえて声はかけない。やっぱり面接っていうのは、
面接官、まぁ要するにボクに促されるんじゃなくて、自発的に答えなきゃね。それに、あ
んまり強制的に答えさせても面白くないし。とは言えこの慌てぶりで、もう答えは分かる
けどね。
　と、そんな事を考えているうちに彼女も立ち直ってきたようだ。
　あれだけ自信まんまんに大丈夫と言ったのにパニックに陥ったからか、それとも単にこ
れから答える言葉が恥ずかしいからか。彼女は椅子に腰掛けている身体を小さくして頬を
赤らめながらも、上目遣いでこちらを見てくる。うぅん、実にそそるねぇ。

「し、しています……」

　答えてはくれたものの、やはりよっぽど恥ずかしいんだろう。消え入りそうな小さな声
で、視線もボクから外してしまっている。
　もちろん、これだけでも彼女くらいの年の女の子には、かなり辛い告白と言えるだろう。
それが分かりながらもボクはその答えに満足せず、少しきつい感じで声をかけた。

「ダメだよ、新藤さん。答える時は、ちゃんと相手、つまりボクの目を見て答えなきゃ。
それに主語や目的語も抜かしちゃダメ。そんなんじゃあ、この業界で通用しないよ」

「っ！す、すみません！！」

　縮こまらせていた身体を一瞬震わせ、彼女が必死に謝罪をする。それは今回の失敗だけ
ではなく、今までの態度全てを考慮に入れての行動だろう。
　うぅん。ボクが予想していた展開に導いたのにそれを叱責して、いたいけな少女を謝ら
せる。さすがに罪悪感が……わかずに楽しくなってくるのは、やっぱりボクの性格に問題
があるんだろうな……
　まぁボクの事は置いといて、今は彼女への質問を続けよう。ボクは自分でもわざとらし
いかな、と思うほどの苦笑を浮かべ、彼女をなだめるように声をかける。

「そんなに謝らなくてもいいよ、新藤さん。誰でも最初はそんなものだからさ。君の憧れ
ている秋月くんも、面接時は君と同じようなものだったんだから」

「えっ、秋月さんもですか？」

　ボクの言葉に、パッと顔を上げて予想以上に食いつく彼女。ホントに彼女、秋月 由香里
の事が好きなんだなぁ。少し驚いたような顔でこちらを見る彼女を見て、ボクは苦笑を微
笑に直して話の流れを変えていく。

「そう。だから、君もここで学べばいい。一回二回失敗しても、その後ちゃんと答えれば、
それは取り戻せる。少なくとも、ボクはそうして審査するつもりだからね」

「は、はい、ありがとうございます！」

「うん、元気があってよろしい。じゃあ、新藤さん。君が次に言う言葉は分かっているね」

「ぁ……」

　ボクの言葉に、彼女の笑顔が再び羞恥に染まる。ボクが要求している事を理解している
んだろう。うん、頭は悪くないみたいだね。
　それでも今度は俯いたりせず、まっすぐボクを見つめながらかわいらしい口を開き、は
っきりと告白してくれる。

「はい。私、オナニーしています」

　彼女はまさに面接に臨んでいるといった毅然とした表情で、しっかりとボクの望む言葉
を口にしてくれた。だが、もちろんあんな告白をして恥ずかしくないわけがない。頬や目
許は赤く染まり、彼女の感じている羞恥を物語っている。
　さっきの泣きそうなまでに恥らっている顔ももちろんいいが、この必死に羞恥を押さえ
込んでいる表情というのも、実にいい。この、自分が恥ずかしがっていると気づかれてい
ないと思っているところが特にね。

　しかし、これで次から彼女はボクの質問にはっきりと答えてくれるだろう。一度実践し
てしまったんだし、それにこれからさっきまでの失敗の分を取り返さなきゃいけないんだ
からね。
　そんな彼女の表情を充分に堪能したボクは、彼女にさらなる羞恥を与えるため、机の上
に置いてある紙とペンを取った。

「うんうん、なるほど。新藤さんはオナニーをしているんだ。なるほどね〜」

「ぁ……」

　ボクの行動を見て、彼女の口から恥ずかしそうな声が漏れる。
　ボクがしているのは、面接官として当然の仕事。彼女への質問の答えをメモしているだ
けだ。
　だが彼女にとってそれは、ある意味先ほどの告白よりも辛い事だろう。何せ、自分がオ
ナニーをしているという事実、そしてそれをボクに告白したという現実が、形として残っ
てしまうのだ。しかもそれは審査の材料であり、不特定多数の目に晒される可能性がある。
自分の目に見えないところで、自分がオナニーをしているという事で話し合われるかもし
れないのだ。
　そんな光景、想像すらしたくないだろう。それは彼女が知る事ができない分、直接的な
告白よりも羞恥や不安伴うだろう。無論、ボクもそれが狙いでやっている。まぁ実際に他
人に見せる事はしないけどね。

「オナニーの経験がある事をメモされて恥ずかしいかい？」

「あ、は、はい。恥ずか――」

　メモを取ったボクは、顔を上げて彼女に軽い感じで質問する。突然質問された彼女は、
一瞬戸惑いながらもすぐに返事をしようとする。それはボクの予想通りの反応だったが、
なぜか途中で言葉を飲み込む。
　その事を不思議に思うボクをまっすぐに見ながら、彼女ははっきりと口を開いた。

「はい。私、自分のオナニーの経験をメモに書かれて、恥ずかしいです」

「……」

　いや驚いた。まさかここまで詳しく答えてくれるとは。
　今までの失敗を取り戻すためか、それとも単に言われた事を守っているだけか。いずれ
にせよ、彼女はボクの予想以上に恥ずかしいセリフを言ってくれた。まぁ言い直したり、
なんだか中学生の英文の訳みたいになっているのはご愛嬌といったところか。

「うん。偉いね、新藤さん。これからもその調子でガンバってね、あ、それと、主語は必
ずしも入れなくていいよ。文脈がおかしくならない程度に入れてくれたらね」

「はい。ありがとうございます」

　ボクの言葉に頭を下げるが、やはりその顔を赤らみ、彼女の感じている羞恥が感じられ
る。
　本当にガンバってね、新藤さん。この位の質問は、まだまだ序の口なんだから。