エピローグ
フェアリーナの中央に建っているエロード姫の城。その城の地下、床に魔方陣が描かれた広
間に私たちは来ている。もちろん、ここで最後の儀式を行うために。
「ごめんなさい。私に柱の力が残っていれば、もっと簡単に元の世界に戻してさしあげること
ができるのに」
すまなそうに言うエロード姫。
「そんな、別に気にしてないから」
「そうですよ、エロード姫。そのために、私たちはここに集まっているのですから」
創師プシーラが優しく語る。そう、これから私たちが元の世界に戻るための儀式を行なうん
だ。そして、ここにはその魔法を使うために強い魔法力を持っている人達が集まっている。エ
ロード姫や、導師クリス、神官マラードはもちろん、幻惑士カルヴァナや、召喚士アソコット
の姿もあった。
「それにしても、ずいぶんと居ついてしまいましたわね」
そうだ。考えてみたら何日もこの世界にいるんだ。
「わたしなんか、大会があったのよ。まあ、もう終わっちゃってるだろうけどね」
「みんな、心配してるだろうな」
「その点なら心配は無い」
「えっ?」
「この世界と、お前達のいた世界は完全に別のものだ。流れている時間も全く違う。お前達は、
ここに召喚されたその時間と場所に戻ることができる」
「つまり、わたくしたちがここに呼び出された時のままへと、帰ることが出来るということで
すね?」
「そういうことだ」
「待って。それって、逆に言えばわたしたちだけ、ここにいた時間分余計に歳をとっているっ
てことじゃないの?」
「ま、まあ、そういうことにもなりますが・・・」
「そんな、わたしたちだけ早くおばあちゃんになっちゃうのね。ああ、わたしの貴重な青春の
日々が・・・」
み、水ちゃん、そんな大騒ぎするほど経ってないって。
「ほら、アソコット。はよう水に言わんかい」
そんな水ちゃんの前に、カルヴァナに押し出されるようにして、アソコットが出てきた。
「ん? なに、アソコット」
「そ、その・・・」
アソコットは口ごもるけど、意を決したように話し始める。
「み、水。ま、また、遊びに来てくれ」
恥ずかしそうに言うアソコット。何故かカルヴァナは、期待はずれだったような顔をしてい
る。
「あらあら、あの時のことが忘れられないのですか?」
空ちゃん最後まで変わらないなぁ。アソコット、真っ赤になっちゃったよ。
「ふふ、約束するわ。でも、その時はもうちょっと大きくなっててよね。そうしたら、今度は
ちゃんと相手をしてあげてもいいわよ」
水ちゃんはそう言ってアソコットの額をつつく。
「また来るがいい。その時はきっと、羞恥あふれる良い国になっているだろう」
「羞恥あふれるって、ちょっといやかも」
水ちゃんの言葉に、私たちは顔を見合わせて笑った。
「それで、儀式ってどうやるの?」
「まずは裸になってもらう」
水ちゃんの問いに、あっさりと答えるクリス。今私たちが着ているのは、羞恥騎士の正装で
はなくて、最初にこの世界に来たときに着ていたパジャマ姿だ。せっかく着たその服を、また
脱がなくてはいけないらしい。
「やっぱり、そうなのね」
「まあ、予想はしておりましたが」
二人ともなんとなくわかっていたみたい。実をいうと、私もそんな気がしてたんだ。
「すまんが、少しの間辛抱してくれ」
気の毒そうに言うマラード。仕方なく、私たちは服を脱ぎ始めた。上着とズボンを脱ぎ、下
着を下ろす。人前で裸になれるようになってしまった自分が、ちょっと悲しい。そして、私た
ちはクリスに言われるままに、魔方陣の真ん中に背中合わせに立ち、両足を大きく広げた。
「お、もう濡れとるやないか。服を脱ぐだけで、興奮したんか?」
「ちょっと、そんなところ見ないでよ!」
カルヴァナが下から覗き込んでくる。恥ずかしい指摘をされて、私たちの顔が赤くなった。
「でも、これは重要な事なのよ。少女の雫を捧げる事が、儀式の完成に必要な事なんだから」
プシーラの言う少女の雫って・・・、やっぱりあそこの液のことだよね。
「そういうわけだ。頼むぞ」
クリスは簡単に言うけど、みんなの見ている前で濡らすなんて。
「はあ、最後まで不幸の連続なのね・・・」
水ちゃんが大きなため息をつく。結局やるしかないみたい。
裸で仁王立ちになっている私たち。みんなが、その体に注目していた。私たちの羞恥心を煽
ろうとしているんだろう。さすがに、触ってくるようなことはなかったけど、隅々にまで注が
れる視線は、私の体を熱くさせるのに充分だった。
「うん」
「あぁ」
水ちゃんと空ちゃんが熱い息を洩らす。私のだって、もう熱くなっていた。あふれた液がた
まり、そこに雫が生まれる。みんなの見つめる前で、それは糸を引いてゆっくりと落ちていっ
た。それが床にしたたる音と同時に、魔法陣が光り始めた。
「今です、みなさん」
エロード姫の声で、みんないっせいに魔法の詠唱を始める。光がさらに強くなり、私たちの
体を覆い始めた。みんなそれぞれの想いで私たちを見ている。私は、それを笑顔で返す。そし
て、私たちの体が、完全に光に包まれた。
「う、うーん」
柔らかいベッドの上で私は目を覚ます。目に入るのは見慣れた天井、そして見慣れた私の部
屋だった。
「帰って、来たんだ」
私が召喚された時となにも変わっていない。さっき脱いでいたパジャマも、ちゃんと着てい
た。私は机の時計を見る。カレンダーの日付も変わっていない。すべてがあの時のままだった。
こうしていると、全てが夢だったようにも思えてくる。でも、そんなことは絶対ない。だっ
て、あれは確かな物語なんだから。
「水ちゃんと空ちゃんも、ちゃんと帰れたのかな?」
私は、友達の名前を口にする。ずっと一緒にいたから、そばに二人がいないのは寂しく感じ
てしまう。二人も、私と同じように考えてるんだろうか? 遠くの友に思いを馳せようとした
時、机の上の携帯がメロディを奏でた。
* * *
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
髪の長い綺麗な女の子が、私に話しかけてくる。
「旅のことを、思い出されていたのですか?」
隣に座っている丸い眼鏡をかけた女の子が、そう言って微笑んだ。
「うん、ちょっとね」
私は、二人の少女に言葉を返す。
「いろんなことがあったなって思って」
そして、水ちゃんと空ちゃんにそう答えた。
あの時の電話は、空ちゃんからだった。最初に会った時に教えておいた、携帯の番号にかけ
てきてくれたんだ。私なんかすっかり忘れていたのに。さすが空ちゃん、しっかりしている。
その後、水ちゃんにも連絡をとって、私たちは今、ビルにある喫茶店に来ている。私はファー
ストフードでいいって言ったんだけど、二人がこっちの方が落ち着くからって言って。でも、
私はこっちの方が落ち着かったりするんだよね。
「あっ、あれ見て!」
ふと、私は外の異常に気付いて、二人に声をかける。
「えっ、フェアリーナ?」
「乙女で空から眺めた景色と、全く同じですわ」
窓の外に、異世界の景色が映っていたんだ。他の人が騒がないから、私たちにしか見えてい
ないみたい。
「柱がなくても、ちゃんと世界を創っておられるのですね」
「もう一度行きたいな、フェアリーナに」
「そうね。アソコットと約束もしちゃったし」
「フェアリーナへの扉を開く鍵、それは羞恥心ですわ。ですから、わたくしたちが強い羞恥心
を感じれば、扉はきっと開かれますわ」
「結局、それなのね」
ふふ、そうだね。でも・・・、
「また行こう、フェアリーナへ!」
今度は戦いのためじゃない。フェアリーナの、新しい物語を知るために。
−終−