第1話「お仕置きチーム結成!」


  人類が宇宙に進出して二百年が過ぎた。火星には人口数百万人の植民地が作られ、  月からの定期便が運行している。ほんの数年前に実用化された亜光速航行システム  により、人類はその版図を太陽系内全域に広げようとしていた。  それによって星間物質を格安で地球圏に輸送する事が可能となり、小惑星や隕石を  資源として牽引するサルベージャーと呼ばれる人々がどっと宇宙に繰り出して行った。  宇宙のゴールドラッシュ時代の到来である。  そこには無数の利権が絡み、多数の武装勢力が誕生して抗争を繰り返していた。  アステロイドベルト一帯は、そうした武装勢力が一攫千金を狙ってしのぎを削りあう  無法地帯と化していた。 「何だとぉ!もう一回言ってみやがれ!!」  アステロイドベルトに建設された中継ステーション内の酒場で上がった怒声の主は、  見るからに荒っぽそうなマッチョな男だった。左の頬に大きな火傷の痕がある。  整形で跡形も無く消してしまえる筈なのだが、顔つきに迫力を出すためにあえて残して  いるらしい。「いかさまは止めろと言ったんだ」  男の視線にまったくビビらずにそう言ったのは、少年を思わせる服装をした美少女だった。  気の強そうな顔立ちの東洋系の少女で、黒いワークシャツを着ている。下は洗いざらし  のジーンズで、スニーカー姿だった。 「今回は大目にみてやるから、負け分の二千ドル、とっとと払って失せな!」  立ち上がって見下ろしてくる男を上目遣いで見上げながら少女は言う。  二人の間のテーブルにはカードが広げられていた。どうやらカードゲームで負けの込んだ  男が苦し紛れにいかさまをしたのを少女に見つけられたらしい。 「おい、姉ちゃん、俺のダチに言いがかりつけんじゃねえよ」  同じテーブルについていたひげ面の男が低い声で言う。こいつの人相も凶悪そうだった。  平気で子猫とか虐めそうな目をしている。 「言いがかりじゃないのはそいつにカードをこっそり渡したあんたもわかってるだろ?」 「な、な、何を証拠に!」 「おい、もういい。こういう生意気な姉ちゃんは一回じっくりと判らせてやった方がいいんだ。  素直になるまでじっくりこってりとなぁ!」  思いっきりエロモードに突入してつかみかかろうとしたマッチョ男の鼻先に大口径の拳銃  が突きつけられる。 「アタシは男が嫌いなの!女と見れば力ずくで犯すことしか考えてない低脳は特にね・・・  あ、この銃の名はキャシー。趣味は低脳男の脳みそをぶちまける事・・・」  カチリ、と音を立てて撃鉄が起こされ、旧式のシリンダーが六分の一回転する。 「ほら、キャシーがご挨拶したいって・・・」 「ま、待てっ!こんな所で発砲なんかしたら・・・」  目の前の銃口を覗き込んで寄り目になりながら男は上ずった声を出す。 「あんたが死ぬよね・・・アタシはか弱い女だから、レイプされそうになったから身を護った  だけ・・・正当防衛成立で、お・し・ま・い。うふっ!」  少女の口元に浮かんだアブナ〜イ笑みを見た男は降伏を決めていた。 「ふっ、最初から払えばいいのに・・・」  男とその連れが置いて行った二千ドル相当の紙幣を数えながら少女はつぶやく。  その目の前に人影が立った。 「あなたがキッドね?」  やや冷たい女の声。  視線を上げた彼女の目に前に立っていたのは、金髪を腰まで伸ばした背の高い女だった。  知的な風貌の美人である。 「あんたは?」 「アンジェリーナ・・・人はアイスエンジェルと呼ぶわ」 「ふ〜ん、アイスクリーム屋さんか・・・」 「違いますっ!!」  さっきまでの冷たい美貌をかなぐり捨て、アンジェリーナはテーブルをばんっ!と叩いて  大口開けて怒鳴りながら否定する。 「ふっ・・・私とした事が珍しく感情的になってしまったわね。でも、あなた、さっきのボケ  は笑えないわよ・・・私はね、あなたをスカウトに来たのよ」 「え〜、アタシ的にはアイスクリームの行商はちょっとパスしたいんだけど・・・」  上目遣いにアンジェリーナを見上げながら少女は言う。 「だから違うって言ったでしょーがっ!!」  ズビシッ!!  二度目の打撃を受けたテーブルが真っ二つになった。見かけによらず力が強いらしい。って  いうか、おそらくヒグマ並みのパワーを持っている。 「・・・りょ、了解。怒らないで下さいよぉ・・・それで、ご用件は?」  さすがにこの剣幕で怒られ、目の前で厚さ五センチの強化木製テーブルを叩き割る所を  見せられて、変なボケでアンジェリーナを怒らせる事が非常に危険であると判断した少女  は大人しくなっていた。 「ふっ、そうね、こんな事で感情的になってたらダメね。あなたを私のチームにスカウト  したいの」 「・・・やっぱり、プロレス団体か何か?」 「・・・違います・・・あの、もうこれ以上茶々を入れないで欲しいわ。今のところ私の手  が届く範囲で破壊可能なものと言うとあなたの肉体ぐらいですから・・・」 「ひっ!・・・はい・・・で、アタシを何にスカウトなさるんでしょうか?」 「私はね、このアステロイド一帯で理不尽な暴力の犠牲になって泣いている女性達を助け  たいのよ。それでお仕置き屋を開業しようと思って・・・」 「お仕置き屋ぁ!?」 「ええ。そういう暴力組織の元締めを社会的に抹殺するお仕置き屋。組織の黒幕って表向きは  善良な市民を装ってるから、そいつらの悪事を暴いた上で、公衆の面前で徹底的に辱めて  社会的地位を失墜させるの。どう。面白そうでしょ?」 「うう・・・悪趣味だなぁ」 「な・ん・で・す・って?」  指をコキコキ鳴らし始めるアンジェリーナに非常にやばいものを感じた少女は。 「あ、いいえ、立派なお仕事です。はい・・・」  そう言って小さくなっていた。 (何だか変な奴に引っかかっちゃったなぁ・・・)そう思う少女だったが、セクハラを仕掛け  てきた輸送船の船長の耳たぶを吹っ飛ばした上、股間に蹴りを入れて失業者となった身では  一日も早く職を探さねばならないのは確かなのである。  さっきみたいにいかさま暴いて二千ドル!見たいな美味しい話はそんなにある物ではない。  そんな彼女の心中を見透かしたかのようにアンジェリーナが口を開く。 「もちろん給料も出すわよ。まあ、一仕事で大体二万か三万って所でしょうね」 「それって、ドル?円?まさかリラとか言わないでよね・・・」 「ドルに決まってるでしょ!何よ、その円とかリラってのは?」  ちなみに太陽系内の標準通貨単位はドルである。 「すげー太っ腹じゃん!・・・まさか二年に一回ぐらいしか仕事が無いなんて言わないで  しょうね?」 「とんでもない!月に二回か三回は仕事のネタがあるわ。場合によっては一仕事で十万ドル  以上稼げるのよ。人助けをして、悪党を思う存分いたぶって、しかも金になる。ね、美味  しい仕事でしょ?」 「うう・・・美味しすぎてちょっと疑わしくも有りますね」 「それは大丈夫なのだ〜」 「うわぁっ!」  いきなり背後から掛けられた元気な声に少女は飛び上がっていた。 「お待たせっ!新たな仲間をスカウトして、流星ミリーただいま到着なのだ〜」 「あら、ミリー、早かったのね」  アンジェリーナにミリーと呼ばれた元気な女の子は、赤いつなぎを身にまとった赤い髪の  少女だった。 「あ・・・あれっ、まさか、あなた・・・ミリー・スイフト!?」 「そうなのだ〜」 「何で、何でスペースクルーザーレースのチャンプがこんな人と一緒にいるの!?」 「ちょっと、キッドちゃん、『こんな人』って誰の事かなぁ・・・」  背後に黒いもやみたいなものが見えるぐらいに濃厚な殺気を放ちながらアンジェリーナが問う。 「えっ、いや、その・・・こんな美人なお姉さんとって意味ですよぉ、やだなぁ、美人な  お姉さん・・・」 「あ・・・そう。御免なさいね、私ったら柄にも無く怖い顔しちゃって・・・」 (こいつは気が短い上に破壊力はグリズリー並、危険だなぁ・・・でも、ちょっとおだてれば  乗ってくるし、使いようによっては便利かも・・・)などと不埒な考えを抱いてしまうキッド  であった。 「皆さん面白い人ですねぇ、あ、わたくしアユミ・トリニティと申します。よろしくお願い  しますねぇ」  ホンワカした口調でそう言ったのは、メガネをかけ、黒髪を肩の辺りで切りそろえた清楚な  感じの少女だった。ちょっと大き目のコート姿である。 「これでメンバーはそろったわね。さあ、最初のお仕事に出発しましょうか」 「え?・・・えっ!?・・・ええ〜っ!」 「さあ、一緒に行くのだ〜」  なし崩し的にチームに組み込まれてしまったキッドは、ミリーとアンジェリーナに引きずら  れて酒場を後にした。  これが後の世に伝説に語り継がれる事になるお仕置きチームの結成の瞬間だった。  続く    (次回予告)  最初のお仕事は、宇宙空間でドンパチやっている最中の二つの武装集団を同時壊滅させる事  だった。いきなりの戦闘。そして、そこに乗り込んだお仕置きチームの宇宙船に隠された  驚くべき機能とは!?次回「戦場にかける恥」請うご期待!


第2話へ