「今日は、新しくクラスメートを紹介します」
若い男性教諭が朝のHRでそう言うと、教室内の19人の生徒たちから歓声が沸き起こった。
夏休みを目前にしたこの時期には珍しい転校生……その話題は既に教室中に広まっていた。職員室で教師の会話を盗み聞きした生徒がもたらした情報なのだが、それが男か女か、どんな子なのかと言うところまでは伝わっていない。それだけに期待と不安が入り混じった想像の生み出すワクワクが抑えられず、教師が呼びかけた扉の向こうから転校生が入ってくるのにクラス全員が注目した。
「あの……し、失礼します……」
引き戸を恐る恐る開けて入ってきたのは女の子だった……が、転校生が教室に足を踏み入れると、クラスの床や壁が震えるほどの歓声が上がる一方で、その転校生の不自然な姿にどよめき戸惑う生徒の姿もあった。
転校生はかなりの長身だった。クラスで最も背の高い男子よりもさらに大きい。「大女」と言う言葉を誰かが発するが、床が一段高くなった教壇の上から教師と並んで見下ろす姿は言葉どおりの違和感があった。
けれど、それ以外のところは飛びっきりの美少女だった。髪は短めだけれど、ボーイッシュと言うには顔つきがあまりに童顔なためにむしろ優しい印象を受ける。
服装はノースリーブのシャツに短パン、ニーソックスと言う組み合わせで、むき出しの肩の艶かましさや、短パンの裾とニーソックスの間から覗く絶対領域の眩しさが男子の視線を否応無しに集めている。その手にはシャツの上に着るジャケットが抱えられていて、転校生の服装が決して露出を意図していないことは見て取れたけれど、女性慣れしていない男子たちにとっては目のやり場に困るか視線が釘付けになってしまうほど過激な格好に見えて仕方がなかった。
そもそも、服装の下の体つきからして、彼らの知る女性とは全然異なっている。シャツを大きく押し上げる豊かで張りのある乳房や、キュッと細く括れたウエストは、身近な女性である母親と比べてみても……そもそも比べてはいけないものだと思うほどに美しいラインを描き出している。とても同じ女性だと認識できないほど魅力的な輝きを内面から放っているのだ。……だがその輝きは同時に、男子たちに劣情を催させる。クーラーなど元からついていない暑い教室、うっすらと汗を吸ったシャツは転校生の起伏ある艶かましいボディーラインに張り付いており、教室内にいる誰もが……そう、転校生の横に立つ教師ですら、股間に血が流れ込んでいくのを抑えられないでいた。
「では自己紹介して」
「は、はい……」
教室に充満していく異様な気配を察したのか、転校生の表情はどこかぎこちない。それでも大きく深呼吸を繰り返してグッと拳を握り締めると、“ランドセル”を背負った背中をまっすぐに伸ばす。
「はじめまして、あたし、相原たくやって言います」
男のような名前だと、誰かが思う。けれどそんな事はすぐにどうでもよくなった。
全校生徒19人。―――男子19人、女子0人で教師も全員男性と言う山奥のS学校に突然やってきた美少女の存在に、今は誰もが喜びの声を上げることしか出来なかった。
「………今回はやりすぎたわね」
「ええ……色々とやりすぎちゃいましたね」
エアコンの効いた五条ゼミのゼミ室で顔を突き合せていた佐藤麻美と河原千里は、コーヒーのそそがれた紙コップを手にしたまま、ため息交じりにそうつぶやいた。
「結局、相原くんの記憶障害の原因、分からなかったもんね……あ〜あ、今頃は遠くのS学校に転入か。いくらなんでも話が無茶すぎないかなァ……」
本来なら、明日香が海外に留学しているこの機会に研究を手伝ったりしてあげて親密な関係を気付こうと思っていた麻美の落胆は大きい。
同様に、女になったたくやをモルモットにして、爆発など起こさなくても安全かつ確実に性転換できるマシーンを夏季休校中の自由課題にしようと思っていた千里もまた、突然決められたたくやの転校に戸惑いを隠せないでいた。
そもそも何でたくやが転校……しかもS学校へ転入する事になったかと言うと、その元々の原因はこの二人の対立にあった。
一ヶ月前、北ノ都学園名物のM・S・B(マッドサイエンティストバトル)でのこと。
こんな馬鹿げた争いを主戦場とする二人のマッドサイエンティスト、麻美と千里は、例によって拓也を男にしたり女にしたり、さらには爆発に発光に溶解に凝結にと様々な付加効果をつけて性転換を続けざまに繰り返させた。
試合は結局、今回もドロー(引き分け)。また一つ好敵手の実力を確かめる事となったわけなのだが、目を回して地面に横たわったたくや(♀)の異変には、この時、誰も気付いてはいなかった。
様子がおかしいことに気付いたのは翌日になってのことだった。丸一日気を失って保健室で眠りっぱなしだったたくやが、目を覚ますなり放った言葉が、その場にいた全員の思考を氷付けにしたのだ。
『お姉ちゃんたち、一体だ〜れ?』
記憶喪失……麻美と千里、どちらの発明品の効果でこうなってしまったのかは定かではないが、たくやは男だとは思えない魅力的な女性体のまま、記憶だけすっぽりと無くしてしまっていたのだ。
思考力は十歳前後。文字の読み書きなどは大丈夫のようなのだけれど、考え方はどうにも子供っぽい。しかも男だという記憶まで全部なくしているものだから、自分をすっかり女の子だと認識しきってしまっている事も問題だった。
このままではいけないとこの一ヶ月、麻美たちは徹夜漬けでたくやの記憶を取り戻す方法を模索し続けた。せめて体を男に戻せばと思ったものの、M・S・Bの時にはコロコロと変わっていた性別がどんな薬や機械を用いても変わらなくなってしまっており、記憶と性別と言う二重の問題に試行錯誤し続けた結果、二人はたくやを元に戻すことが出来なかったのだった。
落胆を隠せない麻美と千里……不倶戴天の敵同士だった二人が、こうして顔を突き合せて視認も目を見開くほど苦みばしった濃厚コーヒーを飲んでいても喧嘩せずにため息ばかり突いている事からも見て取れるだろう。マッドサイエンティストとしての自負の喪失と、たくやと離れ離れになった事が、それほどまでに二人の心に重く圧し掛かっていた。―――本来なら落ち込んでいたはずのたくやの代わりに。
「………そもそも、どうして相原先輩を越県までさせてS学校に転入させる必要があったのです? 病院に入院させるのならともかく、私たちの手の届くところから相原先輩を引き離すような処置には未だに納得できません」
「まあ、しょうがないところもあるわよね。相原くんが普通のS学校になんて入ったら、どれだけ奇異な目で見られるかわからないもの。学校で一から学び直すのなら、あまり人目につかない山奥の方がいいって言う判断だったんでしょ」
「しかし、その判断を下したのは松永先生なのですよ?」
「そこが問題なのよねぇ……」
本来なら男であるはずのたくやを普通に病院に見せるわけにもいかず、事情を知っている母校である宮野森学園の保健医である松永先生が検査や治療に当たってくれた。それでも記憶の戻る兆しが一ヶ月経っても全然見られなかった以上、焦って直そうとするよりも自然と触れ合える場所で学校生活をのんびり送らせた方が良いと判断したのも松永先生であった。
だが……宮野森学園の卒業生であるだけに、松永先生がこういう事を言い出した時には何かがある事を二人は知っていた。それでも転校するたくやを引き止められなかったのは、M・S・Bでたくやの記憶を吹っ飛ばしてしまったと言う罪悪感と、記憶を取り戻せなかった敗北感があったから。あの時は専門家による判断を覆すだけの気力もなかったためだ。
「転校先も教えてもらえなかったし、最低でも夏休み中は戻ってこない……どうしてよ、学校がお休みの間に帰省するのが普通なのに……」
「そうですよ。今の先輩からは貴重なデータが得られるのに。もし他の研究者に先輩のデータが奪われたら……」
「ああぁ……せっかくの夏休みなのに。片桐さんのいない夏休みなのにぃ〜……」
「先輩、早く帰ってきてください……無事に、誰にも身体を触らせずに……あああ……」
二人の会話、噛み合ってるようで噛み合っていないな……そんな事を考えながら、やっぱりたくやがいなくなって寂しく思う綾乃は、目の下にクマを作って可愛い顔を台無しにしている二人のカップへ墨汁のように真っ黒い濃厚コーヒーを注ぎいれた―――
-------------------------------------------------------
てーのを昨晩寝ぼけて書いた(笑)わけですが、書こうと思ったらどう見ても複数話必要なわけで。
ですんで、どんなキャラを出そうかな〜と言うのをちょい考えてみようかと。
・下宿させてもらってるところのおじさん
本来は一人身のヒゲ生やしたおじさんなのだが、S学生の女の子を預かればお金もらえるという事でたくやの身柄を引き受けてしまった人。
基本ぐうたらスケベ親父。ロリコンではないのだが、S学生と言う名目で連れてこられたたくやとの同居生活で性欲が抑えられません。
家事全般はたくやが担当し、夜のお布団の中では……
・担任の先生
メガネをかけたそれなりに整った顔立ちの男性教諭。
書類上の事を信じてたくやの事を1○歳だと思い込んでいるけれど、着替え中のたくやをうっかり目撃してしまって……
・校長先生
初老で髪の毛真っ白いおじいさん。温厚で人当たりもよく、村のまとめ役。
ただ、昔はかなりのやり手だったらしく、手を出した女性は数え知れない。そんな校長の目から見たたくやは…
・保健医
現在の保健医は男性だが、九十歳とかなり高齢でボケが始まっているため、近々新しい保健医が来る予定……もうお分かりですね?
・男子1
ガキ大将。年齢もバラバラなクラスのまとめ役でもある。
転校生であるたくやにも強気で出るけれど、かなりウブで顔を覗きこまれただけで真っ赤になってしまう。
結局、人見知りをしないたくやの笑顔に負けて仲良くなってしまい、テレテレさせられることに……
あっちの方は仮性だけど結構な大きさ。
・男子2
デブっちょ。教室の男子の中で一番重い。
「う〜」とか「あ〜」とか間延びした言葉をよく口にし、動きもやっぱりのろい。でも力自慢で優しい心根の持ち主でもある。
たくやに一目ぼれ。
あっちの方はかなり太い。
・男子3
ヒョロ長。教室の男子の中で一番背が高く、たくやと同じぐらい。
大将の威を借りて威張り散らしているけれど、実は教室内にもう一つ派閥を作ろうとしている野心家。自分が一番じゃないと気分が悪くて、背の高さでも彼以上のたくやを敵視し、卑猥な思惑を込めた視線で見つめている。
あっちの方はかなり長い。
・男子4
瓶底メガネ。背もそんなに高くなくて運動も苦手。
生まれつき病弱なため、数年前に療養のため父親と共に引っ越してきた。人付き合いが苦手で、学校の図書館で本を読んでいることが多い。ただ大将だけは彼を何かと気遣って遊びに誘おうとしている。
メガネの下はかなりの美少年。そして服を脱いだら……?
・男子5
サル。ヒョロ長の手下一号。
悪戯好きで、転校生にして美少女のたくやは速攻で彼の標的にされてしまう。
ふ〜…あと14人も少年キャラを考えなくちゃいけないのか(汗