#1 たくや、ふたたび。
「ふぅ……今日は散々でしたね、先輩。」
隣で肩を落としていたのは、件の機械の製作者にして元凶、後輩の河原千里だった。彼女の白衣は実験の失敗で受けた煤汚れで随分と様変わりしている。
「ほんとよ!せっかく男に戻ったと思ったのに……なんでまたこんなことに……しかも、この服、サイズが全然合ってないじゃない!」私は思わず声を荒げた。女体化したことで豊満になった胸は、千里のシャツのボタンをいくつか弾き飛ばさんばかりに押し上げており、裾からは健康的な太ももが惜しげもなく覗いている。スカート丈は元々短かったのが、私にはさらに短く感じられて落ち着かない。
「まあまあ、これも科学の進歩のためです。それに……」千里は悪戯っぽく笑う。「今の先輩、前よりずっと可愛いですよ?そのFカップ……ふふ、私の研究データによれば、そこらの男ならみんな振り返るレベルですよw」
「余計なお世話よ!早く元に戻す方法考えなさいよね!」
私は顔を赤らめながら言い返すが、内心では彼女の言葉に少しだけ自信をつけてしまった自分もいるのが腹立たしい。
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そんなやり取りの数十分後。
私は重い足取りで宮の森駅行きのバス停に並んでいた。雨上がりの夕暮れは蒸し暑く、密集する人々の熱気と混じって息苦しさを感じる。周囲には疲れ切った表情のサラリーマンたちがひしめき合っていた。
「あれ?先輩、もう帰られるんですか?」
背後から聞こえた声に振り返ると、白衣の代わりにラフな私服に着替えた千里が立っていた。
「ええ。いつまでもここにいてもしょうがないでしょ。あなたこそ帰るの?」
「いえ、私はまだ実験室でデータ整理が残ってるんで。先輩のことですから、また何か面白いことになるかもですし……ふふっ♪」
千里は意味深な笑みを浮かべると、ぺろりと舌なめずりをした。その視線は私の胸元や短いスカートへと注がれているように感じる。正直言って不気味だ。
「とにかく!明日までにはちゃんと解決策を考えなさいよ!?」
そう釘を刺すと、タイミングよくやってきたバスに乗り込むべくステップを上がった。
◇◇◇
ドアが閉まりエンジンが唸ると同時に乗客の波に飲まれるように車内へ押し込まれる。座席はもちろん空いていないどころか吊り革に掴まるのも困難なほどで、私は仕方なく手すり近くの隙間に身を滑り込ませた。満員電車ならぬ満員バス。立ち込めるのは汗と埃とタバコと――そして強烈なオヤジ臭。顔をしかめながらも文句を言っても仕方ないと割り切り揺れる吊り革を見つめた瞬間だった。
(……ん?)
背後から感じる妙な感触。お尻ではなく腰骨あたりを誰かの肘や膝が触れているような微かな違和感。一瞬気のせいだろうと無視しかけた直後、
(……違う!)
それは明らかに意志を持った動きだった。硬くなった男性的なもの――つまりペニス――それが私の臀部より上――尾てい骨付近――へぐいっと押し付けられている!ぞわりとする寒気と共に全身の毛穴という毛穴から冷たい汗が噴き出すような恐怖心が沸き起こる……!
(やだっ⁉︎何なのコレッ⁉︎⁉︎おちんちん⁉︎出しちゃってる⁉︎)
驚愕しながら慌てて首だけで振り向こうとしてもすぐさま背後から圧力がかかり身動き一つ取れない状況だ。前方には別の乗客たちの肩があり逃げ場もないまま窮屈さは増していく一方であり思考能力さえ奪われ始めてしまう……!パニック寸前まで追い詰められたまさにその時バス内のスピーカーからは次の停留所名が告げられていた!
『次止まります……』
ピンポンという信号とともに扉付近から僅かに動く空間を感じ取るものの背後の人間との距離感は依然変わっていないようだ……どうしよう……
(どうしよう……)
次のバス停で降りて逃げるべきか?
(でも……次のバス停で降りてもまた乗らないといけないし……) そんな葛藤が頭を巡る。
助けて!って大声を出したいけど、男の私の事を知っている人が乗っているとまずい。
「次は宮の森三丁目――宮の森三丁目――」
アナウンスとともにバスは減速し始めた。
「お願いします……」
次の停留所で離れられることを願って、私は小さく呟いた。
「……!?」
しかし、バスが止まる寸前にその“違和感”は再び訪れたのだ。今度は明確に、“意図的”に。
――むぎゅっ!!!
(えっ……!?)
尾てい骨付近を押し付けていた熱い肉棒が、ついに私の股間へ……!
スカート越しとはいえ、その存在感を主張する硬いモノは今にも私の中に入りたげである。
(な、なんで!?まさか……!)
混乱と恥ずかしさで顔が一気に熱くなる。
(いやっ!ダメ!!)
咄嗟に脚を閉じようとするけれど、満員の車内で思うように動けない。
「んっ……!」
思わず漏れそうになった声を必死に押し殺す。
(うそでしょ⁉︎ やめて…!)
明らかに短いスカートはいつの間にかたくし上げられ、股間に男のイキりたったペニスを挟み込まれている。その熱さと硬さに、生理的な嫌悪感とともにゾクゾクとした奇妙な感覚が背筋を走る。
(こんなの……イヤ……!)
理性では拒絶しながらも、女の身体は正直に反応してしまう。特に――あの“弱点”が……
(そ、そこは……!!)
秘部の最も敏感な部分に当たっている。クリトリス……
(ダメっ……!ダメなのに……!)
さっきまで男だった私には分かる。
多分ペニスのカリの部分でクリトリスを刺激している。
直接触られてもいないのに、当てられているだけでジワジワと快感が広がっていく。パンティー越しに感じる熱い塊が、まるで狙ったかのように私のクリトリスの位置を探し当てているみたいだった。
「んっ……ふっ……」
堪えきれなかった吐息が漏れる。
(ダメっ……声出したら気づかれちゃう……!)
必死に唇を噛み締めるけれど、身体は正直にビクビクと震えていた。
(なんで……こんなに気持ちいいの……!?)
触られてすらいないのに、当てられているだけなのに……!
(クリトリス……擦り付けられてる……)
「おまんこ気持ちいい?」
耳元で囁かれた低い男の声。掠れたような、それでいてどこか愉悦を含んだ響き。その言葉の意味を理解する前に、私の脳裏にその卑猥な単語が焼き付き、カッと身体中の血液が逆流するような感覚に襲われた。
(いやっ……!そんなこと……!)
否定したい気持ちでいっぱいになる。しかし、心の叫びとは裏腹に、身体は正直だった。
「おまんこ」という言葉が耳に届いた瞬間、ズキンと下腹部に甘い衝撃が走ったのだ。まるでスイッチが入ったかのように。
(やだ……嘘でしょ……?)
信じたくない現実が目の前に突きつけられる。秘部の奥がキュッと収縮し、同時に……
ジュワッ……
熱い液体が溢れ出したのがはっきりとわかった。下着の中に広がる生温かい感触。粘り気のあるそれが脚の付け根を伝っていくのを感じる。
(いやっ!どうして!?)
(こんな……こんな言葉で……感じてるなんて……!)
屈辱と羞恥で涙が出そうになる。顔が燃えるように熱く、きっと真っ赤になっているはずだ。悔しさで歯を食いしばるが、身体は正直に反応し続けている。痴漢の言葉一つで、私の理性は大きく揺さぶられていた。
「ねーちゃんサレたいんだろ?こんな服着て満員バス乗って」
(違う!違うの!)
心の中で激しく否定しながらも、その言葉は鋭いナイフのように私の胸を抉った。確かに今の私の格好は異常だ。女物の制服で、シャツのボタンは閉まらず谷間が見え隠れし、スカートは短すぎて太腿があらわになっている。でも、それは私の意思じゃない。私がこんな服好き好んで着るわけないじゃない!あなたみたいな変態に好き勝手されるために……!
悔しさが込み上げてくる。女体化してしまったことで得た魅力的な肢体は、今はただ私を苦しめるだけの道具だった。胸の膨らみは周囲の好奇の視線を集め、短いスカートは私の脚を不必要に露出させる。
俯き加減で耐え忍んでいると、ふと視線を感じた。チラリと盗み見ると、斜め前の席に座る初老のサラリーマンと目が合った気がした。彼は一瞬眉を寄せたが、すぐに気まずそうに視線を逸らした。他にも、吊り革につかまった若いスーツ姿の男性や、スマホを操作していたOL風の女性も……数人は明らかに私の異変に気づいている。
しかし誰も何も言わない。あるいは言えない。この満員の密室で波風を立てるのは厄介だと判断したのだろう。彼らの沈黙が重くのしかかる。
(助けてよ……!誰か……!)
期待する自分が情けなくなる。
その時、背後の男の動きが変わった。
今までよりももっと露骨に、大胆に。
「図星だろw?……こんな格好でバスに乗るなんて、誘ってるとしか思えないなぁ」
囁き声は変わらないが、口調が嘲るようなものへと変化している。
そして、とうとうその手が動いた。
ムニュウゥッ!!
「ひあっ……!」
突然の強い刺激に思わず声が漏れそうになるのを必死で堪えた。大きな両手が私の左右の乳房を同時に掴んできたのだ。シャツ越しとはいえ、その力強さは暴力的で、柔らかな脂肪が形を歪ませるように揉みしだかれる。指が食い込む痛みと同時に、下の方までジーンとした疼きが広がる。
「あっ……や…んんっ!」
必死に口を押さえるが、声が抑えきれない。男の指が巧みに動き、シャツの布地が固くなり始めた乳首を執拗に擦り上げる。サリサリとした繊維の感触がダイレクトに乳頭に伝わり、痺れるような快感が背筋を這い上がる。
(だめっ……こんなの……)
「へへ……やっぱり感じてるじゃねぇか。乳首コリコリになってきてるぜ」
耳元で囁かれる汚らしい言葉に、屈辱と羞恥で頭がクラクラする。それでも身体は正直に反応し、男の指が少し動くだけで、熱い吐息が漏れてしまう。
サリサリ……
シャツに擦れる乳首の快感が止まらない。摩擦が続くうちに、私の理性は徐々に溶かされていく。意識が曖昧になり、思考がまとまらなくなってくる。
(もう……どうでもいい……)
「あっ……んっ……だめぇ……」
抵抗する声も甘ったるく変化し、自分自身の声とは思えない。周りの乗客たちがヒソヒソと噂をしているのが分かる。でももう気にすることもできない。
快楽の波に飲み込まれていく。
(もっと……もっと……欲しい……)
いつの間にか、私は快楽を求めてしまっていた。理性が吹き飛び、本能だけが剥き出しになっていく。
「ダメだ……もうイク事しか考えられない……」
口に出したつもりはないのに、心の声が漏れていた。もう自分では止められない。身体が火照り、下腹部が疼き続ける。
「次のバス停で降りるか?w」
背後の男が意地悪く尋ねてきた。他の乗客たちがこちらを見ないようにしている中、この男は自分の欲望を満たすことしか考えていないようだ。普通なら即座に断るべきところだった。でも、今の私にはもう選択肢がないように思えた。ただ欲望を満たすことしか頭になくなってしまったのだから。
「…はい」
自らの意思でコクリと頷く。周りの乗客は気づいているだろう。それでも誰も助けようとしない。面倒事は避けたいと思っているのだろう。
「よぉし、いい子だ。素直になれよ」
その瞬間、ゴンッ!という鈍い音とともにバスが急停止した。車内は悲鳴に包まれる。私もバランスを崩しかけるが何とか持ちこたえる。どうやら追突事故を起こしたらしい。
アナウンスが流れる。「お客様にお知らせいたします。ただいま当車両は接触事故を起こしました。安全確認のため、全員一度降車してください」
周囲から不満の声があがる。だけど今はそれどころじゃない。私にとってこれはチャンスだった。
「……っ!」
背後の男の拘束が緩む。その隙を突いて私は急いで出口へ向かった。背後から何か罵詈雑言のようなものが聞こえた気がするけど無視する。今は一刻も早くここから離れたい。
なんとかバスから脱出した瞬間、安堵感が押し寄せてくる。しかしそれ以上に自己嫌悪や恥ずかしさが強烈に湧き上がってきた。
(何してるんだろう……)
周囲の視線を痛いほど感じられる。警察や救急隊員らしき人たちも駆けつけ始めている。