「今日からみんなと一緒に勉強することになった留学生のホーマー=デラコックくんです。みんな仲良くしてあげてね」
「ホーマー、デス。ニホンニキタクテ、ベンキョウ、イッパイイッパイシテキマシタ。ドゾ、ヨロシク」
―――うわ〜、あれであたしたちと同じ年齢なの? 背、たっかいな〜
大村先生に紹介され、丁寧に教室に向かって頭を下げているのは身長2メートル近い黒人だった。
顔立ちはどことなく優しそうなのだけれど、髪の毛もスポーツの国際大会で見かける黒人選手のようにチリチリ。顔から下はとんでもなく筋肉質でシャツやブレザーのボタンが今にもはじけ飛びそうになっている。
クラスのほとんどの人間が見上げるほどの巨人。それは去年クラスが同じだった金髪美少女のケイトとは違った意味でインパクトのある異人種だった。
実際、留学生が来ることは前々から噂になっていた。
先週末のホームルームでも大村先生から話があり、新しい席も用意されている。
そしてどんな子が来るのかと憶測が飛び交い、期待が高まっていた教室に現れたのは、男子の第一希望である金髪巨乳の美少女でこそなかったものの、ある意味予想を大きく超えたホーマーくんにホームルームが終わっても教室の中は熱気冷めやらぬといった感じだった。
「スゴいよね明日香。あの分厚いけどしなやかそうな筋肉、まさに黒人って感じでさ。何かスポーツとかやってるのかな?」
「そ…そう…ね……」
「こりゃ体育会系の部活で争奪戦が……明日香、まだ調子悪いの? やっぱり今日は休んだ方が良かったんじゃない?」
「へ、平気よ、昨日はちょっと夜更かししただけだから。心配…しないで……」
気丈に笑って見せる明日香だけれど、その笑顔にはどことなく力がない。通学する時にも顔色が悪かったし、日曜だった昨日の朝から電話口から感じる声には元気はなかった。
「とりあえず後で保健室に行こ? 付き合ってあげるから」
「いいって……今はたくやの方が大変なんだから。私のことは気にしなくても……」
「ダメだってば。明日香の体調の方が大事。こういっちゃなんだけど、あたしが女にされるのはいつもの事なんだし、今回も千里がなんとかしてくれるって」
「うん………」
勤めて明るく答えるとしぶしぶではあるものの明日香も頷いてくれる。
だけど……不意にあたしの周りが薄暗くなる。何だろうかと思いつつ振りむこうとするものの、その前に顔をあげた明日香が息を飲み、表情をこわばらせた。
「ハジメ、マシテ。マイネームイジ、ホーマー。コンゴトモ、ヨロシク」
「はじめまして。私は相原たくや。しばらくはお隣さんだね。こちらこそよろしく」
振り返ると身長約2メートルの巨漢が背後に立っていて、窓からの光が遮られていた。
う〜ん、さすがにでっかい。男の時でもそんなに背が高くないので長身は羨ましくあるものの、天井に届くんじゃないかと思うほど高い位置にある顔を見上げてしまうと……さすがにここまで高くなくていいかな?
「まだ学園生活には慣れてないでしょ? 困ったことがあったら出来る限り力になるから遠慮なく言ってね」
「オウッ! タクヤ、トッテモビューティホーナノニ、トッテモヤサシイ! ボク、トッテモウレシイヨ!」
「あはは、ビューティフルっていっても、あたしはおと……あれ? 明日香? どうしたの? ちょっと!?」
せっかくなので明日香も紹介しよう。そう思ってホーマーくんが席に着くタイミングで後ろを振り返ると……明日香は制服の胸元を握りしめて体を折り曲げ、机に突っ伏していた。
「相原君、片桐さんがどうかしたの?」
「大村先生! 明日香をちょっと保健室に!」
「たくやくん、私も手伝う!」
「お願い由美子! あたしこっちから、由美子はそっちから支えて!」
保健室へ運んだ明日香はほどなく目を覚ましたものの、すぐにベッドから起き上がることは出来なかった。
松永先生から軽い貧血で女子にはよくある事だと説明を受けたけれど、昼前には先生の車に送ってもらって早退することになってしまったのだった……
−*−
男に戻る研究のためという名目で千里の実験の手伝いをさせられて酷い目に遭った後、昇降口でホーマーくんにばったり出会った。
「タクヤノ、ガールフレンド? ダイジョウブ、デシタカ?」
「大丈夫大丈夫、先生も特に異常はないって言ってたし」
「オウ、ソレハ、ヨカッタ。シンパイ、シテマス、デシタ」
「ありがと、明日香もきっと喜ぶよ。そういえば早速運動部にスカウトされたんだって?」
「イエス、キョウハ、ベースボールト、フットボール、ヤリマシタ。アシタハ、トラックアンドフィールド、デス」
「へ〜、野球とサッカー、明日は陸上かぁ……」
そう言えば化学室にも盛大にガラスの割れる音が聞こえてきてたけど……野球のグラウンドと校舎、かなり離れてるんだから特大のホームランが直撃したなんてことはないよね、多分……
「アノ……タクヤ、スコシ、ジカン、イイデスカ?」
「どうかしたの? まあ……少しでいいなら」
「ソウダン、アリマス。デモ、ココダト、チョット……」
大きな体を申し訳なさそうに小さくして頼まれては嫌とは言えない。
この後は明日香のお見舞いに行こうかと思ったけど……何かあれば頼れと言っておきながら今日一日何もしてあげられなかった負い目もある。むむむ……しょうがないか。部活に参加して何かトラブルがあったのかもしれないしね。
付き合うことを了承してホーマーくんに連れられてきたのは校舎裏。近くには倉庫ぐらいしかなく、下校時刻の迫っている今の時間帯では生徒も先生もこんな場所にやって来ることはないだろう。
まさに内緒話をするならうってつけの場所だ。
ただ、
………ホーマーくん、なんでこの場所のことを知ってるんだろ?
ふと疑問が湧き上がる。
倉庫は佐野先生に犯されたことのある場所でもあり、あまりいい思い出はない……のは別にしても、告白の舞台に選ばれたりするため、人気のない場所として生徒の間ではそれなりに知られた場所だ。
そんな場所を留学初日のホーマーくんがどうして知っていたのか。いや、誰かに教えられたとも考えられるから知っているのがおかしいとまでは言わないけど、釈然としないものがある。
………迷いのない足取り。ここに来たことがある?
誰かに聞いたとしても初めて来る場所。脚運びに多少の迷いが出ないのが引っ掛かる。
今日は休み時間も昼食時間もクラスメイトや運動部にスカウトしにきた他クラスの生徒に囲まれ、ホーマーくんはトイレぐらいしか教室から出ていなかったはず。なにせ席が隣なのだ。知りたくなくても把握してしまう。
では放課後、部活の前後にここへ来たのかというと、そういうのも考えにくい。野球とサッカー、二つの部活に体験入部して活躍して見せたのなら周囲に人がいないはずもなく、時間的な余裕もあまりなかったに違いない。それに傍にいても臭いを感じないぐらいには汗を洗い流している。シャワー室にも寄ったのなら、どの時点で校舎裏の場所を確認したのだろうか。……あたしに会う前? 偶然じゃなく、待ち伏せてたっての?
「ええっと……それで相談事って?」
「ソレハ……」
襲われた経験が多いあたしの直感が、さらに倉庫の方へと進んでいくホーマーくんに警鐘を鳴らしている。
だけど警戒するのは既に遅すぎた……足を止め、なんとか笑みを維持したまま問いかけたあたしに申し訳なさそうな顔で振り向いたホーマーくんは、
「モウ、ガマンデキナインダヨ!」
「んうっ!?」
巨体で覆いかぶさるようにあたしを抱きしめ、妙に艶かましい舌を唇に捻じ込んできた―――