前編A


「『エックスレンジャー』です。化学を武器に悪に立ち向かい、弱き女子生徒たちを助ける正義の味方です!」 自信満々に胸を張って宣言する千里。…はぁだめだこりゃ。新しい機械や薬を発明した時と同じだ。イっちゃ ってるよ、目が…どうするよ、弘二。…ん?弘二?どうしたんだ、お前。目が、千里とおんなじだぞ…キラキ ラしてるぞ、おい…弘二! 「弘二、どうした?」 「…エックスレンジャー…かっこいい…僕が…戦隊の…」「こ、弘二…」 「凄いよ!!凄いよ、千里!僕、1回でいいから、そういうヒーローになってみたかったんだ!千里!偉い! 天才だ!」 「そんな…そんなに誉めないでくださいよ。照れちゃうな」 …勝手にやっとれ。お前らにはついていけんわ… 「部長!どこへ行くんですか?」「…帰る。ちょっと頭痛くなってきたから。がんばれよ、弘二」 「そんなぁ〜。一緒に戦いましょうよ、先輩〜」「誰とだ!どこにそんな組織があるっていうんだ!帰る!俺 は帰るぞ!」 「部長…」それまでよりオクターヴ低い声で千里が話し掛ける。 「な、なんだよ、急に。変な声出して」 「部長はもうこの話を聞いてしまったんです」「あぁ、聞いたよ。それが?」 「もう、このプロジェクトは進行しているんです。いまさら後には引けません。どうしても先輩にはエックス レンジャーになってもらいます」 「そんな無茶苦茶な」 「もし『ならない』というのなら…部長にはこの機械に入ってもらいます」 「な、なんだよ。その機械は」 「これは『記憶喪失装置ウルトラハイブリッドスペシャルZ』です。この機械の被験者第1号になってもらい ましょう」 「な、なんで」 「うまくいけば今聞いた話だけ忘れられるでしょう…たぶん」 「う、うまくいかなかったら…」たぶんうまくいかないんだ!いく筈が無い! 「爆発するか…う〜ん、もしかしたら記憶全部飛んじゃうかも。どうします?」 お、お、お、お… 「お前のやってる事の方がよっぽど悪の組織じゃないかぁああああ!!!」 「工藤先輩。部長を機械に座らせて…」「ラジャー!まかせなさい!」 あ、弘二!お前、こんな時だけ! 「離せ!弘二!…わ、わかったぁ!やる!やるよ!俺もエックスレンジャーになる。なればいいんだろ!!」 「さっすが部長。話せば判ってくれるって思ってました」千里…話せば、って。いつ話し合った? 「先輩!僕、先輩と一緒に悪と戦えるなんて夢みたいです。がんばりましょう!先輩」 …あぁ、もうどうにでもして。所詮俺は名前だけの部長なんだ…あは、あははは… 「じゃあ僕はレッドがいいなぁ」「…何云ってんだ、弘二」 「何って、戦隊ですからね。やっぱりリーダーは赤!レッドですよ。かっこいいし。いいだろ千里?」 ここは部長がリーダーじゃ…まぁ、いいや。本人がやりたがってるんだ。やらせてやろう。どうだっていいや こんなの。 「そうですねぇ…レッドは部長と思ってたんですが」「いいよ、俺は。弘二がやりたいって云ってるんだから。 俺は別の色でも」 「やったぁ〜!!!!」そんなに嬉しいか、弘二… 「まぁ部長がそういうなら…じゃあコレがレンジャーに変身するアイテムのブレスレットです。工藤先輩、こ こに先輩の声を入れてください」 千里が出したブレスレットは金属製で銀色に輝き表面の1ヶ所に小さな穴がありその反対側に赤いボタンがつ いている。 「そのボタンを押しながら、なんでもいいんでそのマイク部分に声を入れてください」 「うん、判った…『あ〜あ〜…エックスレッド参上!』どう?」 「…はい。OKです。これでこのブレスレットは工藤先輩の声にしか反応しませんので。変身する時はボタン を押して決めゼリフを云ってください。エックスレッドに変身します」 「決めゼリフって?」「なんでもいいですよ。先輩がかっこいいと思う掛け声を唱えてください。その声を聞 いてブレスレットが反応しますから」 「本当!?やったぁ〜」無邪気な弘二…お前なぁ。作ったのは千里だぞ。実際どうなる事やら… 「じゃあ部長。部長の色ですけど…」 「う〜ん、俺は別に何色でもいいけど…やっぱり弘二が赤なら青か緑…黄色はどうかなぁ」 「すいません。まだそれらの色は出来てないんで…ピンクです」 ピンク!?…ま、待て待て待て待てぇ〜〜い! 「なななな、何で!何で男の俺がピンクなんだぁ!おかしいだろ!」 「すいません…最初の開発段階で私がピンクをやろうと思ったんですが」 思ってたんか〜い! 「だったら千里がやればいいじゃないかぁ!」 「でもやっぱり本部で指示や命令をする人が必要じゃないですか。で、この中で一番化学に精通している人と 云えば…」 「はい!千里さんでぇ〜す」「ありがとう工藤先輩」 くっ……こいつら妙に仲良くなりやがってぇ。 「な、なら、男二人にレンジャーやらせる事にしたんだろ。色だけでも変えればいいじゃないか」 「それは出来ません。色ごとにそれぞれ役割や特徴があるんですよ。赤には赤の、ピンクにはピンクの特性が あるんです」 「…特性って何だよ?」「それは――変身後、随時教えますし、変身すれば判ってきますよ」 何だ、今の“間”は。…やな予感。 「弘二…色変えてくれ」「ヤですよ!僕が赤でいいって先輩云ったじゃないですか」 「部長命令だ。弘二、レッドを俺に譲れ」「それは出来ません!」千里が叫ぶ。 「何故!」「もうブレスレットの設定は工藤先輩になってしまったからです。悪用されないように一度入力し たら変更できない仕様になってますから…はい先輩」 渡されたブレスレットはピンクのボタンがついている。…やだ、俺はやだ! 「ピンクなんてやれるか〜〜!」「じゃああの機械に入りますか?部長」 そこには記憶喪失装置ウルトラなんたらかんたらZが置いてある。 …明日香。俺が悪かった。約束忘れた罰なのかい?明日香ぁ〜助けてくれ〜〜〜 「じゃあこちらへ…本部を案内します」と、千里。 「本部って…化学準備室だろ、ここは」呆れかえる俺。 「そうなんですが、そうじゃないんですよ。部長」千里が壁の薄汚れた元素表を捲る。するとそこには真新し いスイッチがあった。千里がそのスイッチを入れる。すると… がちゃ…きゅぃぃいいいいいん。がた、がた、がたん。 な、何、何だ!…中央に置かれた長いテーブルが音を立てて床に沈み、変わって特撮ドラマなどでよく見かけ るレーダーらしきものや通信機、コンピュータを備えたデスクが現れたのだ。 「何、これ?いつのまにこんな…説明しろ!千里」「かっこいい…かっこいいよ、千里。これぞ戦隊だ」弘二、 お前少し黙っててくれ。 「ここで学園内の不穏な動きをキャッチします。それで先輩達には現場に急行していただき、もしもの時はエ ックスレンジャーに変身してもらって悪を倒してもらいます」 「そ、そうじゃなくて…なんで千里が、いち女子生徒がこんな設備を作れるんだ!お金だって部費だけじゃ足 りないだろうが!」 「それは…私達の活動に期待を寄せるスポンサーのおかげです」 「どこの誰だ、そいつは!」「それは…秘密です」 やはりこちらの方がどう考えても悪の組織だ…とうさん、かあさん。俺はとうとう悪の組織に入ってしまいま した…自分の意思とは無関係に。 ビィー、ビィー、ビィー…いきなり火災報知機のような音がデスクから聞こえた。 千里はすばやくヘッドホンを取る。 「先輩、部長!出番です!3年生の教室付近で女性の悲鳴です。『エックスレンジャー、出動!』」 「先輩!出番ですよ。あぁ、なんか感動しちゃうな、僕」 …もう、どうとでもしてくれ。投げやりな気分で俺と弘二は3年の教室へと駆け出して行った。 続く


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