59 - 「茂みの奥まで探さないで…」5-後日談


 三日後、
「このたびは、馬鹿兄が本当にご迷惑をおかけしました!」
 退院して久しぶりに自宅へ戻ってきたあたしのところへ、由紀江さんが手土産持参で謝罪にきた。
「気にしなくていいわよ。たくやったら襲われるのに慣れっこだから、あのぐらいへっちゃらだもの」
「そうなんですか? よかった〜……許してもらえなかったらどうしようかと思ってました」
 唯さん、何であなたが勝手に応えてるんですか。殺されかけたんですよ、あたし。
 まあ、由紀江さんがホッとしてるから口には出さないけど。
「でも驚いたよね〜。まさか旦那さんだと思ってた人が実はお兄さんだったなんて」
「兄はあの性格ですから、両親からは見放されてて、私しか養ってあげる人がいなくて……もっと早くに更生させておけばよかったんですけど」
 さとみさん、あたしが貰ったお菓子をどうして勝手に開けてるんですか。
 まあ、最低人間と縁がきっちり切れて晴れ晴れしてる由紀江さんの前では言わないけど。
「それじゃお茶を入れてきますね。みなさん紅茶でかまいませんか?」
「私はコーヒーがいいな〜……あ、うちから豆を持ってきましょうか。いいのがあるんですよ♪」
 あゆみさんも勝手にひとんちの台所を使うし……
 まあ、すっかり謝罪なんて雰囲気じゃなくなった由紀江さんの前では……って、この流れはもういっか。


 こうして、おいしいお菓子とお茶とをいただきながらわいわいと女五人で話しているうちに、やがてあの日に何が起こったのかを聞かされることになった。
 流れはこうだ。
 一度はあたしと別れたけれど、唯さんたちは異変に気づいていたらしい。
 曰く、「あんなにエッチな臭いをプンプンさせといて、気づかれないと思ってたの? 馬鹿なの?」とのことだそうだ。清純そうなあゆみさんまで気づいていたのは……まあ、経験のなせる技だろうか。
 で、最初は「露出プレイのお邪魔をしちゃ悪いから」ということで、勘違いした三人はあたしと別れて別行動をとったのだが、積極的に露出する性癖がないことを思い出して戻ってきてくれたそうな。というか元々露出癖ないから。明くんとだったら別だけど……
 ともあれ公園に戻りかけていた三人は、途中で一台の車とすれ違う。それがマンションの駐車場に停めてあるのと同じだと気づいたものの、誰の車までかは知らなかったあゆみさん。
 ただ、うちのマンションぁらは五人しか参加しておらず、あたしを含めて四人は徒歩で一緒に公園まで来た。なら残るは一人、三村の車だったということになる。
 その時はさして気にしなかったあゆみさんだけど、公園であたしを探しても見つからなかった後に、ふとその車のことを話した。
『ふ〜ん……何度掛けても電話に出ないし、気になるから少し調べましょうか』
 場所をマンションに移し、駐車場で例の車を発見。誰の車かを守衛さんに聞いたけど教えてくれなかった。そこでさとみさんが“お願い”………という名の色仕掛けで聞き出したらしい。
 さとみさんのワンボックス車を個室代わりに、初老の守衛さんと……しかもこの守衛さん、かなりのスケベじいさんだったらしく、車が揺れるほどにギシギシアンアンして、さらに守衛室でも……って、そういうエッチな話を堂々と語らないで! 思い出して興奮して、頬に手を当ててクネクネして“アンッ…”とか言わないの!
 そういうわけで、さとみさんは二時間ほど戦線離脱。代わりに車が三村のもので判明すると、エレベーターで由紀江さんの部屋かあたしの部屋に移動した可能性が高いと推測できた。
 そこで警備員室で防犯カメラの映像を見せてもらおうとしたら、警備員さんが見せてくれなかった。そこで唯さんとあゆみさんが“お願い”………という名の色仕掛けで映像を見せてもらったそうだ。
 相手は二人。どちらも若くてがっしりした体つきだ。二人は警備員室で全裸になると、外から見えないように机の下へもぐりこんで若い警備員のペ○スをしゃぶらされ、一組は奥の休憩室でズコズコバコバコ。そこから相手を交換してもう一回して、やっぱり二時間ぐらいかかったらしい。……だから唯さん、生々しいエロ体験談は話さなくていいから! あゆみさんもそんなに恥ずかしがるならムリしなくていいから!
 そうこうしている内にさとみさんも合流し、三人は一度シャワーで汗を流してから防犯カメラの映像を見たらしい。……ここで急いでくれてたらとは思ったけど、まさか拉致監禁されていたとは思わなかったそうだ。
 ―――あゆみさん、思いっきり目をそらして言葉がぎこちなかったけど、口裏を合わせているなんて事ないよね……ほら、あたしの目を見て、ちゃんと“そうじゃない”って言ってェ!
 と、ともかく、カメラの映像から三村があたしを担いで最上階に上がったのを確認。
 そしてまだ戻らない。連絡も取れない。
 これは犯罪?
 それとも合意の上の関係?
 あくまで“二人で部屋に入って出てきていない”というだけでは警察に相談しづらい。なにしろ男女でアレコレしたばかりの三人だ。まさか…とは思ったそうだけれど、あたしと三村がデキちゃった可能性も否定できなかったそうだ。
 そこで三人は別の三人に連絡することをした。
 一人目はあたしの部屋の合鍵を持っている明くん。
 二人目は拉致監禁にしても不倫にしても関係者は必要ということで由紀江さん。
 三人目は何があっても舌先三寸嘘八百で上手くまとめてくれそうなさとみさんの旦那さん。
 それから一時間ほどで全員が集まり――その空白の一時間に何をしていたかも聞かされたけどエロいから省略――やっとあたしの部屋に踏み込んだというわけだ。


「私的には、浮気の現場に乗り込んで修羅場になるって言うのも面白かったんだけどね。色々弱みを握れるし」
「そしたら、うちの人がカモにしてたの、たくやくんになってたかもね。その時は、いわゆる“泡風呂に沈める”ぐらいで済んだと思うけど」
 ―――冗談でもそういうこと言わないでください。あたし、被害者なので……笑えないです。
「ともあれ、事件は闇の中。張本人は今頃どこか遠くの空の下ってわけか。由紀江さん、あいつから連絡は?」
「電話も通じないところに行ったそうなので連絡は永遠に来ないと思いますよ。まあ、今後は兄さんのお給料が定期的に振り込まれるから、家計が大助かりです♪」
 資格体力頭脳健康決意根性その他もろもろが不要な遠いところでのお仕事か………考えてみても想像も付かない。なにそれ怖い。ヤバいなんてものじゃない気がするな……
 三村を連れていった篠原さんは詐欺師だけれど、悪いことをしている人限定で騙してる事象・正義の詐欺師だ。表向きは弁護士で事務所も構えていて、実際にそちらの仕事もしているらしい。
 なんでそういう怪しげな人とさとみさんは一緒になったんだろうか……けれど、信頼は出来る人だと思う。放任主義過ぎて自分の奥さんが浮気しても、その話を楽しそうに聞いて興奮する変態チックなとこもあるけど。さとみさん“公認”でエッチさせられたりとか……
 思うところがないわけではないものの、それを言いだしたら、結構な数のマンション住人を訴えないといけない。エレベーターや階段の踊り場で襲われたこともあるし、部屋に引っ張り込まれたこともある。何気に性犯罪者だらけなんじゃないかな、このマンション……
「でも、旦那さん……お兄さんのことは本当に良かったの?」
「世間体もあって夫婦を名乗ってましたけど、限度って言うものがあります。お前は一生俺のものだ〜とか言って妹に遠慮なく膣出しするような自分勝手な人、これ以上面倒を見てられませんよ。ええ、あの頃は私も若かったんです。じゃなかったら……!」
 聞けば、二人の近親相関関係は学生時代からだそうだ。拳を握ってくらい怒りを滾らせながら語る口ぶりから察するに、そういう関係をどこかで清算したいと思っていたのだろうか……
 そんな物思いに耽っているうちにお菓子もお茶もなくなった。そろそろお話もお開きかな……と思っていると、唯さんが思い出したように口を開いた。
「そうそう、由紀江さんも“婦人会”入りしたからね。たくやが入院してる間のことだから、言い忘れてたわ」
「え………え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!?」
「なによ、その顔。不満があるの?」
「不満じゃなくて問題があるの! 由紀江さん、“婦人会”が何するところか知ってるの!?」
 唯さんからの爆弾発言を受けて慌てて由紀江さんを問いただすと、本人はあっけらかんと、
「スワッピングネットワークですよね?」
 まさか理解して入会されてるとは!
「いや〜、まさかこのマンションにそういうのがあるなんて思いも寄りませんでした。私、兄さん以外の人に抱かれたことないからちょっぴり楽しみかも♪」
 そうなのだ……“婦人会”とは夫婦で入会してパートナーを交換してエッチを楽しむのが目的の集まりだ。
 どちらかというと女性上位の集まりで、先ほど由紀江さんが口にした夫婦交換だけではなく、エッチしたくなったら時間の空いている男性に連絡して合意の上で楽しむ……という公然の浮気をするためのシステムというほうが正しいかもしれない。
 そんな関係性を普通の夫婦に理解してもらえないのは分かっている。マンション内での友人の集まりという“婦人会”というのを建前にしつつも、女性の参加者は信頼できるマンションの住人のみ。男性はあとくされがない場合を除けば、やっぱり関係者の知り合いという範囲までだ。
 あたしは現在独り身だけれど、例外的に“強制”参加させられている。おかげで事あるごとにいろんな人に犯されるだけではなく、恋人の明くんや宮村先生まで“食べられて”いる。というわけで、あたしにとっては不利益しか存在しない会なのだ。
 だというのに由紀江さん、何であなたはそんなに嬉しそうなんですか!?
「まったくもう……どうなっても知らないからね、本当に知らないから!」
「と言いつつ、何かあったらたくやくんが一番心配してくれるんだけどね♪」
「うぐっ……」
 たぶん、そうなると思います。うわ〜ん、心労の元をこれ以上増やしたくないぃぃぃ!!!
「あの、ところで一つ気になってるんだけど」
 はぁ……今度はあゆみさんですか。これ以上なんですか?


「たくやさん、明さんとあの後……シたの?」


「っ―――――――――!?」
「へぇ?」
「ふぅん?」
「え、なになに?」
 しまった、油断した! 今まで巧みに聞かれないように誘導していた話だったのに!
 マズいマズいマズい、どうにかして誤魔化さないと……
「たくやァ、私たち、お友達よね♪ 私たちが心配してなかったら、あなたどうなってたのかしらねェ♪」
「手配した病院にすぐに入院したんだと思ってたけど、いちゃつく時間は十分にあったはずよねぇ……♪」
「え? ホント? 馬鹿兄に犯された後に恋人ともって……まさかたくやさん、スゴく淫乱だったり!?」
「お茶のお代わりを入れてきますね。あ、皆さん夕食はどうします? ピザでも注文しちゃいましょうか」
 これは本当にマズい。一晩かかってでも根掘り葉掘り聞き出されるシチュエーションになってる!
 ―――やっと退院できたのに……ずっと我慢してたのに……今晩は、明くんといっぱいいっぱい思いっきりイチャイチャラブラブするつもりだったのにぃぃぃ!!!
 最後に飲まされた媚薬の効果、あの後しばらくしてから出てきたのだから、さあ大変。
 部屋の中で明くんと二人きり。陵辱されて穢された身体で彼氏の前にいなきゃいけない恥ずかしさ
 身体が動かなかったから明くんにシャワーで洗い流してもらって、おマ○コの中まで掻き回して嫌なやつのザーメンを掻き出してもらって、そしたら「ダメぇ…」て言ってるのに明くんてば、明くんてば……あ、あんな恥ずかしいことまでさせるなんて! 言えない、こんなの絶対に人に話せない!!!
 しかし、暇を持て余した主婦にとって、こういう話は大好物以外の何物でもない。まして自分の性の遍歴から不倫体験まで赤裸々に語るような人たちだ。根掘り葉掘り聞かれるのは、もはや確定してしまったかもしれない。
 ―――というか、明くんに連絡して来させないようにしないと。“ピンポ〜ン”って、もう着ちゃったし!
「あのね、由紀江さん、実はたくやくんの彼氏ね……物凄いのよ」
「スゴいって……アレ、ですか?」
「そうそう。大きさといい、形といい、精力といい、テクといい……私たち全員、一度は失神させられてるから。覚悟しといたほうがいいよ……新しい世界に目覚めちゃうから。ふふふ♪」
「ゴクッ……そこまで……」
「せっかくだから協力してもらったお礼に守衛さんや警備員の子も呼んじゃおうか。1対5じゃバランス悪いし♪」
「えっと……その……唯さんの旦那様は、今日は?」
「隆幸なら呼べばくるわよ。でもせっかくなら男が多いほうが……たくやくん、人数合わせに教え子呼べない? 出来れば初物がいいな〜♪」


 だから、毎度毎度、あたしんちを乱交パーティー会場にするんじゃなァァァァァァい!!!








 こうして、散々な目に合わされた事件が終わっていった。
 後から考えたら背筋が冷たくなるほど怖い体験ではあったけれど、由紀江さんとの距離が縮まって、明くんに惚れ直して……騒がしくて、そしてイヤらしくも、楽しい日常に戻ってこれたのだから良しとしよう。
 でも、何か一つ、ものすごく重大なことを忘れてる気がする。
 唯さんと由紀江さんに左右を挟まれ、あたしの方を伺いながらも興奮し始めてる明くんのことも大事といえば大事なんだけど、それとは別の物凄く大切なことを忘れてるような気がしてならない。
 でも、変な薬を飲まされて強力バイブでイき狂わされたせいで、どうもあの日の記憶がグチャグチャになってて、あまり上手く思い出せないでいた。
 だからここは一つ、一番最初から順番に思い出していこう。
 あの日、公園の清掃に参加して、ゴミを集めて茂みの奥に入ったら………







 あ……ああああっ!? そうだ、“アレ”だ!
 回収するの忘れてたあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!??


 −*−


 その頃―――
「ちょっとこいよ、これ見てみろよ!」
「これって、相原先生のとこのマンションにいた人じゃ……」
「あ、あゆみさん、AV女優だったんだ……そんな……」
「もしかしたらこれ、あの人たちに見せたら………」
「「「「(ゴクッ……)」」」」

 公園に隠したまま忘れていた雑誌の束は、帰りに公園へ立ち寄った宮野森学園の男子生徒たちが見つけていた。
 偶然手に入れたとんでもないお宝をどうするかを話し合っているところをあたしに見つかり、お望みどおりに憧れの女性たちから可愛がられることになるとは、その時は露とも思わなかっただろう……


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