59 - 「茂みの奥まで探さないで…」4


 目を覚ましたとき、あたしは三村に犯されていた。
 眠っている間に何度もイかされてしまったのだろう。それに公園での陵辱での疲労も合わさり、力の入らない手足では圧し掛かる三村を払いのけられず、思うが侭に弄ばれた。
 どれくらいの時間がたっただろうか、やっと三村があたしの身体から離れると、膣奥に注ぎ込まれていた精液がコポコポと音を立てて勢いよく溢れ出してくる。
 ―――とまん…ない……こんなに…犯されたんだ………無理やり…何度も………
 でも……今はただ、疲れた。
 何時間も弄ばれたアソコはズキズキと痛くて、汗や精液で汚された身体もシャワーで洗い流してしまいたい。
 三村は台所のほうへ行った。きっと食べ物や飲み物を漁っているのだろうけれど……そういえば、あたしも喉がカラカラだ。脱水症状、起こしてるかもしれない。
 その証拠に、やっと自由になれたはずなのに、あたしはグショグショに濡れたベッドシーツの上から動けないでいた。目の焦点もあわず、自分でもなにを見ているのかすら分からない。
「おら、いつまで寝てやがる」
 パン、と音がして、視界が別の方を向いた。
 そしてもう一回。
 ………ああ。あたし、ぶたれてるんだ。
 さっきまで、痛みすら快感に感じるほど刺激には過敏だったのに、今は頬を叩かれても何も感じない。
「ちっ、薬を飲ませすぎたか?」
 そういえば、レイプの最中にも変な薬を飲まされてたっけ……妙な薬を飲まされてないといいんだけど。あたしの身体の中に残留でもされたら、今作ってる新薬の効果がおかしくなるかもしれないし……
 ―――でも、これでいいんだ。あたしがこいつに犯されれば、みんなは……あゆみさんや唯さんは……
 不倫、ということになるんだろうか。
 相手は由紀江さんの旦那さん。あたしやみんなとも仲の良い彼女が、どうしてこんな最低の男と結婚したのかは知らないけれど、今後も関係を持たなくてはならないんだから……どんな顔をすればいいのか、まるでわからない。
「へへ、この薬はスゲェな。あんなに射精(だ)したのに、もうビンビンになっちまった。おい、こっち向けよ。聞こえないのか、あッ!?」
 心の中で唯さんたちの無事を願い、由紀江さんに謝罪していると、髪を掴まれて、強引に別の方へと顔を向けさせられる。そして薬を口の中へ放り込まれ、水のペットボトルを無理やり唇へ突っ込まれる。
 そこで、あたしは初めて気がついた。
「あんたって……そんな顔してたんだ」
「なに?」
 目の前にいるのは、陰湿な顔つきの細身の男……顔を見ればこいつだってわかるはずなのに、はじめて、あたしは三村の顔をちゃんと見た気がする。
「……目が、ドブ川みたいに濁ってる」
「ん?」
「……なにが……そんなに怖いのよ……薬も使わなきゃ……あたしなんかも犯せないってさ……」
「なッ………なっ、ナっ!? なァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?!?!?」
 ほんの少し話しかけただけで、三村はワナワナ震えながら顔色を赤くしたり青くしたりと二転三転させた。
 ―――あたし、なに言ったんだっけ?
 数秒前に自分で言ったことも、よく覚えていない。
 それにだ。三村はあたしに対して完全に優位に立ってるんだから、何を言われたって聞き流せばいいのに……
「なんで怒ってるのよ……小物」
「―――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!」
「あのさ………口、臭い。息を吐きかけな―――――」
 抱かれてる最中、三村の口がずっと臭かったことだけはぼんやり覚えていた。ついで言ってやろうとしたら、あたしは頭をベッドへと叩きつけられていた。
 そして三村はあたしの上へ馬乗りになると、指先を食い込ませんばかりに……あたしの首に手を掛けた。
「ゴロジデヤル……ゴロジテヤルゴロジテヤルゴロジテヤルゴロジテヤルゴロジテヤルゴロジテヤルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「ァ………ッ!!!」
「バカにしやがって! お前なんか、チ○ポにまた開くだけのバカ女だろうが!!! そんなヤツが俺を、僕を、上から目線で見下ろしてんじゃねえヨ、ボゲェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
「ぐ……ッ! ァ……………だか…ら………息、臭いのよ、あんたは………!!!」
 その時、何かの切れる音が聞こえた気がした。
 しかも一回じゃなくて何度も何度も………これ、三村の何かの切れる音。
「アァアアアアアアアアアアアアアア!!! バカニシヤガッテェエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
 ―――あたしも好き好んで馬鹿にしてるんじゃなくて、あんたが馬鹿すぎるのが悪いんだけど………って、マズい。痛くはないけど、苦しい………あ、首を絞められて死ぬのって、こうい…う感……じ………な…ん……だ………
 さすがに苦しさを感じ始めたけれど、感じるのが遅かったから、意識だけが死のうとしている自分を冷静に観察していた。
 せめて、一度くらいは男に戻ってから死にたかった。それでも、女になってしまうという人類史上初の大不幸に見舞われながら結構楽しい人生だったと思いながら逝けるのは……きっと幸いなんだろうけれど―――








 お ま え 、 な に し て や が る ! ! !








「ガッ―――――――――――――――!!?!!?」
 三村があたしの身体の上から吹き飛んだ。
 いったい何が……と考えようとした途端に、痛みや息苦しさが一気に押し寄せてきた。たまらず涙を流して咳き込んでしまう。
「たくやさん!? たくやさん、大丈夫ですか!?」
「ケホッ、エホッ、けほっ………あ、あゆみ、さん?」
 胸を押さえて何度も咳をしていると、涙で滲んだ視界に長い三つ編みが入ってきた。顔を上げれば、そこには今にも泣き出しそうなほど心配してくれているあゆみさんの顔があり、その向こう側では、
「明……くん?」
 全身に怒気をまとわせた明くんが、裸のまま床に倒れ付した三村を鋭い眼差しで睨みつけていた。
「よかった……首を絞められてるたくやさんを見たとき、私、どうしたらいいかわからなくなって、背筋が寒くなって、それで、それで……」
「え〜っと……これ、どういう状況なの?」
 三村は何とか立ち上がったけど、生まれたてのヒヨコみたいに足元がふらふらしてる。とてもじゃないけれど今の明くんには絶対勝てない……と思うんだけど、
 ―――明くん、こんなに格好良かったっけ!?
 危機一髪のピンチに主人公に助け出されたヒロインの気持ちってこういうのなんだろうか……滅茶苦茶に陵辱されたばかりだというのに、あたしは明くんから目を離せず、胸に熱い高鳴りを覚えてしまっていた。
「お、お前らなんだ!? なんなんだ!?」
 そう叫んだ三村は、手に大降りのナイフを握り締めていた。
 拉致監禁などもくろんだのだから、事前に準備していたのだろう。それをがむしゃらに振り回し……明くん、危ない!
「“なんだ”じゃねえっ!」
 あたしの心配を他所に、明君は身を仰け反らせてあっさりナイフを避けると、隙だらけになった三村の頬に右ストレートを叩き込んだ。
 ―――す、すごく格好いいんですけど!? あの、普段の明くんは凛々しいところもあるけど、むしろあたしに甘えてくる可愛い系なのに!
 年下の恋人の格好いい姿に、あたし、ドキドキがとまりません。前の旦那にも、こんな気持ちになったことないです! どうしよう、あたしってばやっぱりピンチのヒロインの立場ですか!?
「こ……ころひへやふ………おまえりゃ……おりぇを、ばかにすりゅやひゅ……ひぇんいん……ひぇんいんっらァ!!!」
 明くんに殴り飛ばされ、壁に叩きつけられてもなお、三村の狂気は収まらない。床に落としたナイフをもう一度握りなおすと、今度は振り回さず、胸の前に構えて前傾姿勢になり始める。あのまま体当たりするようにして明くんに突き立てるのだろうか。
 一方の明くんは三村からあたしをかばうような位置を取り続けており、室内に徐々に緊迫感が充満し始める………が、


「“兄さん”いい加減にして!!!」


 そう叫んだのは、三村の“奥さん”であるはずの由紀江さんだった。
 ―――なんで由紀江さんがここに!?
 仕事から帰ってきたばかりなのか、スーツ姿だけど……明くんならともかく、由紀江さんがどうしてこの場に現れるのだろうか。
 ―――それに“兄さん”って誰ェ!?
 ただでさえ違和感だらけの状況なのに、この一言がさらに輪を掛けてややこしいことになっている。
 彼女は明くんより年上なので、明くんがお兄さんのはずないし、あたしもあゆみさんも男じゃないから――今の性別上では、だけど――お兄さんになれない。
 だとすると、この場で由紀江さんの兄足りえるのは一人しかいないのだけれど……その人物は由紀江さんの“兄”ではなく“夫”だ。
「ゆ、由紀江、どうしてここに……!?」
「兄さんがたくやさんに酷いことしてるかもしれないって聞いて、大急ぎで帰ってきたの!」
 ―――えええええええええええ!? 由紀江さんと、あの性犯罪者が兄妹……ってことは夫婦って言うのはウソなの!? “三村夫妻”って“三村兄妹”!? まさか兄と妹の禁じられた駆け落ちの結果的な何かですか!?
「部屋にいないから、携帯のGPSで調べたらこのマンションだって表示されて、まさかと思ったら!」
「違うんだ! これは天誅だ。ろくに成果も出してないオカマの研究者ごときが僕より偉そうだから……」
「ダメダメなのは兄さんでしょ! いつも言ってるでしょ! ろくに働きもせずに! 研究だってまともにしてないでしょ! 通販で女の子のフィギュアばっかり買って! 一度でも家にお金入れたことがある!? マンションのローン、あたし一人で払ってるんだよ!? 家事もせずに犯罪に走る兄さんなんて、もう知らない! 出て行って! 出てけェ!!!」
「いや、あの、ちがう、お前、普段と性格が……」
「ずとずっとずっとずっとずっと我慢してきたけど、もう限界! 兄妹の縁なんていくらでも切ったげる!」
 一方的にまくし立てる由紀江さんの言葉から判断するに、「稼ぎのない研究者気取りの兄を養っている妹」という図式だろうか。
 ただ、怒り心頭という感じの由紀江さんは状況がまるで見えていない。ナイフを手にした三村までズカズカ歩み寄り、
「そ、それ以上近づくならお前だっt」
 ―――ゴスッ!
 危ないと、そう呼びかけようとしたものの、その前に由紀江さんの手にしたバッグがナイフを叩き落し、返す刀で三村の側頭部を殴りつけた。しかも角で。
 ―――中に何が入ってるんだろうか。小さいバッグの割りに、結構いい音がしたけど。“ゴスッ”て……アレは痛そ〜……
 あたしも想像以上に強烈だったのだろか。三村は全裸で頭を抱えて床をのた打ち回っている。股間を勃起させたままなだけに、絵的にはちょっと……
 ともあれ、三村の抵抗はこれで終わりだろう。涙目で起き上がりはしたものの、仁王立ちの由紀江さんを前にして、全裸で正座させられた。その姿には、先ほどまであたしに向けていた強気の態度は微塵も見られない。
 そうこうしているうちに、
「由紀江さん、それくらいにしたら?」
「あら、こういうのはいっそ徹底的にやりあわなきゃダメよ。離婚するなら良い弁護士を紹介するし」
 今度はさとみさんと唯さんまでもが部屋に入ってきた。―――ここ、あたしんちだよね? なんでみんな勝手に入ってこれるの!?
 いきなり知り合いが次々と現れ、そのたびに安堵しつつも混乱が頭の中を埋め尽くしていく。そんなあたしに、まるでトドメをさすかのように、最後の人物が姿を現した。
「し、篠原さん!?」
 まさかまさかの人物の登場に、あたしは思わず声を上げてしまっていた。
「やあやあ、相原さん、ご無沙汰しております。いつも家内がお世話になっているようで……さて、なかなかに刺激的な格好で眼福ではありますが、本日は私(わたくし)、“仕事”でここに来させていただきました」
 刺激的と言われ、自分が汚された身体にあゆみさんが掛けてくれた上着一枚という姿であることを思い出した。………と、とりあえず、シーツを被っとこう。あたふたあたふた。
 さて、脈絡なく現れたさとみさんの旦那さんだけれど、細身の身体で隙なくスーツを着こなし、髪をきっちり七三に分けて細いフレームのメガネをかけている。どこかの会社の重役か懐刀かと思うほどに鋭さのある知的な男性だ。
 ただ、この人の“仕事”を知っているだけに、先ほど口にした台詞がどうしても引っかかってしまう。さとみさんが唇に人差し指を当てて「黙っててね♪」ってしてるけど……
「………なんだよ、お前。用がないなら、どっかいけよ」
 篠原さんはあまりマンションに姿を見せない。そのため三村も恐らくは初対面なのだろう。正座させられたまま敵意と警戒心を見せるものの、
「いえいえ、用ならありますよ。実は私、こういう者でして」
「…………なっ!?」
 篠原さんの名刺を見た途端に、三村の顔が驚きで引きつった。
「実は私、○○県警で検事局長をしておりまして。はい。このたびは、妻のさとみから友人が拉致されていると聞いて駆けつけました。いやー、もし間違いでしたら問題がありますからね。ですが、誘拐、拉致監禁、婦女暴行、殺人未遂に銃刀法違反の現行犯……おや〜、この落ちている薬物、署で調べてもかまいませんかね? まさか薬物法違反まで追加しちゃいますか?」
「あ……うあ……うああぁ………」
 終わりだ……この場に篠原さんが現れたい上、三村の人生は終わってしまったと断言できる。
 ただ、それは刑務所に入るというバッドエンドではなく、もっと酷い最悪の終わりだろうけれど。
「ですがねぇ……私も妻の知り合いを逮捕するというのは、どうにも気が進まないんですよ」
「えっ!?」
 そこでパッと顔を輝かせる三村。そんな三村に篠原さんは優しく微笑みかけ、肩に手を置いた。
「相原さんにご了承をいただければですけれど、今回の件は私の胸先三寸で密かに処理させていただきます。ただまあ、色々と騒動も起こしちゃいましたし、何もかもこのままというわけにはいきませんが。一旦は身を隠してもらって、準備が整いましたらこっそりお引越しされるなどどうでしょう」
「そんなのダメに決まってるだろ!!!」
 あたしへ乱暴を働いた三村を逃がす……そう言った篠原さんに明くんが怒りを露わにする。
 それはまあ当然の感情なんだろうけれど、今は口を挟むところじゃない。あたしは明君の服を引っ張って黙らせると、篠原さんと視線を合わせて小さく頷いた。
「二度とあたしの前に顔を見せないっていうなら、それでいいです」
「相原さん、申し訳ありません。つらい決断をさせてしまいまして……さて、後は三村さん、あなた次第です。逮捕されて残りの余生を刑務所で過ごしますか? それとも新天地で今回のことを悔い改めて、心機一転がんばってみませんか?」
 迷いはしたものの、三村は結局うなずくしかなかった。




 これで三村は二度とあたしの前に現れることはないだろう。
 だって篠原さん、詐欺師だし。


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