59 - 「茂みの奥まで探さないで…」1


 ―――ちょっとちょっとちょっとぉ! いまどきこんなものをこんなところに捨てないでよぉ!
 あたしは茂みの中に捨てられたエロ本を手にし、心の中で思わずそう叫んでしまっていた。


 −*−


 引っ越してきて早いもので、もう十二月。今日は町内会で公園掃除が行われている。
 最初はどうなるかと思ったものの、あたしの住んでいるマンションの人たちともうまくやっていけている。最初こそ、元・男で性転換教室の担任でバツイチで――と、あまりに突飛な経歴やら職業やらで噂が噂を呼んで距離を置かれることもあったけれどの、色々あって、今ではあたしも“婦人会”のれっきとした一員だ。
 そのおかげで町内のことでも色々と便宜を図ってもらえているのだけれど、こういった町内の催しをなかなか断れないのが困ったところだ。
 ―――ホントだったら、今頃は明くんとのんびりしてるはずだったんだけどなぁ……
 年下の恋人との甘い雰囲気は、そりゃまあ幸せの味ですとも。―――え、学園では? そっちも……ええっと、まあ、色々と、人様に公言できないことがたくさんあるんだけど……
 そっちはとりあえず、置いておこう。なにわともあれ、今日はセーター、ジーパン、スニーカーのパンツルックという動きやすい出で立ちで、公園のお掃除に参加です。
「いいなぁ……たくやさん、相変わらずスタイル抜群で……」
 ………あれ? いきなりため息突かれちゃったんですけど?
「ほんと、ため息が出ちゃう。ボディラインには結構自身あったんだけど、たくやくんの前じゃ形無しよね」
「どうやったら男の身体がそこまでドスケベボディになるのよ。世の中って理解不能なことだらけだわ」
「は、ははは……」
 順に清水あゆみさん、篠原さとみさん、北沢唯さん。皆さん、あたしと同じマンションに住んでいる人たちだ。
 あゆみさんは二本の三つ編みが良く似合っている控えめな性格。
 さとみさんは面倒見が良く、あたしも引っ越した頃からお世話になっている。(昔の彼女に似ているので、ついつい…)
 唯さんはわがままな女王様キャラに見えて、付き合ってみると実は素直……というか分かりやすい人だ。
 ―――みんなスタイルがスゴく良いんだけどねぇ……あたしより年上とは思えないほどに
 三人とも三十代で旦那さんも子供もいるとは思えないほど若々しい。ぶっちゃけ、あたしが男のままだったら、気後れして声も出せないほどだろう。
 特に唯さんなんて、過去にグラビアアイドルをしていたぐらいなので、そのスタイルはまさに垂涎もの。
 そのことを前に本人に言ったら「あなた、鏡見たことないの?」と返されたことがあるけど……自分的には唯さんのほうが何倍も美人のように思えてしまう。
 みんなとは、あゆみさんの関わるちょっとした事件が切っ掛けで親密になった。
 他にも、あたしが特許を持つ幾つかの美容薬、それを唯さんが関わった会社で販売することが決まったり、さとみさんの経営するベーカリーカフェには足しげく通ったり、今ではすっかり気の合う友達として付き合っている。
 また、そのご縁もあって、あたしも今では“婦人会”の一員である。
 ちょっと普通の意味合いとは違うけれど、“婦人会”とはマンション内の奥様方のネットワークみたいなものだろうか。
 で、今回の掃除への参加も、その“婦人会”からの要請によるものだ。
 ―――あたし、あんまりイベントに参加してないからなぁ……
 トラブル体質でエッチな目に次々と遭っちゃうし、研究も教師の仕事も結構楽しくて、時間なんて幾らあっても足りはしない。ちょっとお茶したり食事したりというぐらいならまだしも「週末みんなで旅行に行こう!」と金曜日に言われたって、どうしようもないものはどうしようもないのだ。
 だからまあ、
 ―――町内清掃に参加することぐらいで済むならね〜
 友達と一緒に参加すれば、こういう行事もちょっとした楽しみにもなる。それに今日は、少し肌寒いけれど、天気もいい。ゴミ拾いをしていれば体も暖まって、ちょうどいいぐらいになるだろう。
 気になるのは、
「そういえば、うちのマンションから来てるのって、あたしたちを除けば三村さんですよね」
 三村由紀江さん―――同じマンションの住んでいる女性も今日は来ると聞いていたのに、その姿が見えないことだ。
 第一印象は、明るく、とにかくよく喋る。学生時代の友人を思い出してしまうぐらいに、最近のニュースや町内の出来事、果てはご近所さんのゴシップに至るまで、彼女の口にする話題は本当に幅広い。そして小さなことは気にしない楽観的な性格でもある
 そんな由紀江さんも気もあう友人の一人だ。ただ、諸事情により婦人会ではない。
 本人も婦人会には入りたがっているんだけど、あたしには免除された条件が少し厳しいらしくて……
 あたしは別に良いと思うんだけど、まとめ役のさとみさんもリーダーの唯さんも「そこは絶対に譲れない線だから」と口を揃えている。
 けどそれ以外では友達であることには変わりないし、来てるなら一緒に動こうと辺りを見回して入るのだけれど、彼女の姿はどこにもない。
「由紀江さんはどうしてもはずせない用事があるっていってたから旦那さんが……あ、ほら、あそこに」
 あゆみさんの指差したほうを見ると……確かにいた。
 眼鏡をかけ、髪もぼさぼさで、少し暗い感じのする痩せ気味の人。……確かにアレは由紀江さんの旦那さんだ。
 明るい由紀江さんと並ぶと明暗の印象の違い過ぎて、本当に夫婦かと思うこともある。まあ他所の夫婦事情にまで首を突っ込むのは野暮というものだけれど。事実、夫婦仲が悪いという話は聞いていないのだから、上手くやっているのだろう。
 それでも……
「嫌いなのよね、あの人のこと。なに考えてるか解らないし」
「ちょ、唯さん、ストレート過ぎだってば。他の人に聞かれたらどうすんの!?」
「どうもしないわよ。元々は科学者か何かって話しだけど、どこまで本当なんだか。どうせ見得張って自分で言いふらしてるだけよ。科学者や研究者って名乗れば、誰からも偉そうに見てもらえるんでしょ。実際は仕事もせずに由紀江さんに食べさせてもらってるようなヤツに、どう思われたって構わないわ」
 ―――うわ〜…ばっさり……
「私も……ちょっと苦手です」
「挨拶しても返事もないし、近づいたら何かされそうで怖いもんね。どっちかって言うと、私も唯に同意見」
 あゆみさんもさとみさんもか……ここまで一方的に言われると、嫌いな相手でも少し可哀想に思えてしまう。
 とはいえ、あたしも本音の部分ではみんなと同意見だったりする。
 なにせ男の人に襲われた回数で言えば、きっとあたしは日本有数だろう。……断言するけれど浮気や背徳的な行為が好きというわけじゃない。
 でも松永理事長とかに言わせると「相原君は押しに弱いし、すきだらけだし、なによりSEX好きなのよね。このむっつりスケベ♪」なのだそうだ。まったくの不本意です……
 そのおかげか、ヤバい相手というのは経験的に大体わかる。その経験から言うと、三村さんは本当にヤバそうな相手に思えてならない。
 だからと言って、堂々と口にするのは憚られて………と曖昧に笑いながら三村さんのほうを振り返ると、目が合った。
『……………』
「――――――!?」
 たまたまこちらを見ただけなのか、それとも会話を聴かれたのか、どちらにしろ冷たい氷のような鋭い視線があたしの瞳に突き刺さる。
「たくや、どうかした?」
「………唯さん、なんでもないです。さ、それじゃお掃除、がんばりましょ〜!」
 意識しなければ強張りそうな表情を無理やり笑顔にして、あたしは右手を突き上げる。それを見てクスクス笑われたり、三人にも苦笑いされたりもしたけれど、


 ―――無理に明るく振舞っていないと、背筋が冷たくなり過ぎて、立っていられなくなりそうだった……



 −*−


 そうこうしているうちに、清掃開始の時間になる。
 うちのマンションからは五人しか来ていないけれど、ゴミ捨て場や他の場所でも同時に清掃が行われているからだ。
 でも、ここの公園は結構広い。噴水のある広場を中心に、遊歩道は四方に伸び、木々や茂みも多い。敷地内には池やボール遊びできるスペースや図書館もある。………そんなところを住人だけに掃除させないでよ!
 もっとも、草刈や池の掃除は市から業者に依頼するので、あたしたちがするのは主にゴミ拾い。人海戦術で広い敷地を隅々までゴミを探して拾い集めてくるわけだ。………こんなの業者に依頼したら人件費が高く付くから住民にやらせるのか、なるほど。
 そんなわけで、集まった数十人の人たちが広い公園の方々へと散っていく。仲良しのグループは大体組んで動くけど、さとみさんは唯さんと、あゆみさんは旦那さんとペアになり、あぶれたあたしは一人で茂みに分け入り、ゴミを拾い集めていく。
 ―――けどまあ、本当にいろんなゴミが落ちてるな。パンツとか、履かずに帰っても気づかないものなのかな?……履かせてもらえないまま首輪の紐を引かれて帰ったことあったっけ。うん、ありえるね。
 別れた夫から受けた野外調教の日々を思い出しつつ、ピンクの股布がぱっくり開いたパンツをゴミ袋へ放り込む。他人のパンツを拾って自分で履こうとか誰も思いませんっての……
 この公園、昼間は家族の憩いの場になってるけど、夜中に茂みの奥へ少し踏み込むと、そこはもう青姦のメッカだ。奥の方まで照明ないし、灯りの下でもコート一枚の露出プレイに興じていらっしゃるカップルとかいらっしゃいますから。
 ―――あたし自身も何度か連れ込まれてます。……あれ? そういえばあの時の下着、どこやったっけ? もしかしてさっきの下着が……そういえば柄に見覚えが……
 首を振り、このことは忘れ去る。次いってみよー。
 で、その後の成果はというと、靴下、マフラー、手袋、トランクス、ブラ(推定A)、ブラ(推定D)、使用済みコンドーム、たまごローター、皮の首輪(リードつき)、イボつきバイブ、オナホ(ザーメンまみれ)……ちょい待て。あたしはもしかして、青姦スポットばかり巡ったりしてませんか!? コンドームを犬や猫が飲み込んだらどうすんの!? てか避妊してくれる彼で良いよね! バイブやローターは違う、あの時のじゃない、記憶封印! あの時の覗きも使い終わったオナホぐらい持って帰りなさいよぉぉぉ!!!
 たぶん違うとは思うんだけど、あたしには関係ないと断言できない自分が恨めしい。次々に溢れそうになる暗い過去に片っ端から蓋をしながら、卑猥なゴミを拾い集めていく。
 もちろん、ゴミは青姦関係のものばかりじゃない。でも、透明なビニール袋だから中身が丸見えだ。だから枯葉や紙ゴミをもっと詰め込んで隠さないと非常に気まずい事になる。
 ―――それは避けたいんだけど、何か良いものは……
 ここまでは単独行動だったから白い目で見られてないけど、清掃時間も終わりに近づいている。集合場所に持って帰る前にエッチなゴミの数々を隠してしまいたいんだけど……
「お、茂みの中に雑誌の束を発見!」
 あれをばらして何ページかちぎってゴミ袋に入れれば、とりあえず目隠しになるかもしれない。この偶然の発見に感謝しつつ、あたしは茂みの中から引きずり出した雑誌の束の真ん中から一冊引き抜いた。
「っ………」
 思わず息を呑む。
 あたしが手にしたのは、緊縛された全裸の女性が表紙の……紛れもなく、エロ本だった。しかもかなりハードコアな内容の。
 つまりこの雑誌の束、エッチな本を真ん中にして上下に普通の雑誌で挟んでいたというわけだ。………捨てたの誰だ、紛らわしすぎる!
 ―――マズい、マズいマズいマズいマズいマズい、これはヒッジョ〜〜〜〜〜〜〜にマズい!
 無理やり深呼吸して落ち着こうにも、全然落ち着けない。頭の中はパニック状態だ。
 何故かって? ゴミ袋の中身を覆い隠すなら、上下二冊の雑誌で何とか事足りるかもしれない。
 問題は、あたしが引き抜いたエッチな本だ。この本の表紙、髪形は違うけれど……あゆみさんだ。
 ―――あゆみさんがAV女優をさせられてたの、そこそこ昔のはずなのに……
 数年前のことだ。以前は旅館で仲居をしていたあゆみさんは、そこの主人や番頭に無理やり犯され、その一部始終を無修正アダルトビデオとして販売されたらしい。
 旅館は借金まみれだったこともあって、女性客をターゲットにした盗撮物や、温泉企画物のアダルトビデオの撮影に手を出していく。あゆみさんはそうして撮影されたアダルトビデオに何度も出演した挙句、番頭に借金を背負わされてAV女優にされた。可愛い顔をしてアナルでもSMでもOKというハードな内容とのギャップが受け、休む間もなく撮影現場で酷い目に遭わされ続けたのだ。
 ―――でも、本当の問題は別のところにあるんだけどね……
 あたし自身が撮影会社とあゆみさんとの騒動に巻き込まれただけに、その“問題”とやらには常々頭を悩ませている。
 それとこれとは別問題だけれど、こんな本を放置していいわけがない。他の人に見つからないように茂みの奥へ隠して、証拠隠滅は後回しだ。
 ―――早く袋の中身を隠して集合場所へいかなきゃ……
 行かなきゃいけないんだけれど、上下二冊の週刊誌、その一冊目を開いた瞬間に、自分の不運に絶望する。
 そこに写っていたのは、予想だにしていなかった人物……唯さんだった。
『人気絶頂グラビアアイドル、週4ラブホ! 枕営業で自分も絶頂!』
 ―――下品な見出しよね。
 開かれたページには、全裸のハメ撮り写真や三人がかりで犯されている姿、木馬に跨らされて緊縛されて蝋燭で……という、痛ましささえ覚えるほどの、雑誌掲載には問題ありまくりな流出写真に数々。
 流し読みした記事の内容も酷い。
 ―――権力を嵩に来た連中に好き放題犯された末に、罠にハメられて引退したっていうのは聞いてたけど……これは酷過ぎじゃない?
 まるで唯さんが自分から進んで身体を差し出し、実力の無さを棚に上げてのし上がっていった……どこが綿密な取材に基づいた記事だろうか。嘘八百、唯さんを貶めるだけの最低の記事だ。
 ―――もしかしたらこれが、唯さんを引退に追い込んだ記事とか?
 どっちにしろ、この雑誌もダメだ。他のページもエログラビアとか風俗記事とかそんなのばかり。昔の週刊誌はエロすぎです。
 仕方なく、この週刊誌も茂みの奥へ。そして最後の一冊を手にしたのだけれど、
 ………スゴく、嫌な予感がする。
 知人が載っている本がまとめて捨てられている。そんなのが一度ならず二度までも続いて、しかもまとめて捨てられているなんて、どんな天文学的な確立だろうか。
 だからこんな偶然、三度も続かない。続くはずがない……そう願いながら、雑誌のページをめくってみる。
 すると、
 ―――これもだったぁぁぁぁぁ!!!
 今度の見出しは『某有名大学乱交サークルの実態!』という数年前にあったスキャンダルの記事だ。
 確か、有名大学のテニスサークルで行われていた定期的な乱交パーティーが雑誌にすっぱ抜かれたという事件だったはずだ。その乱交に教授などの大学関係者を始めとした大勢の人が参加していたことが明るみに出て、一時期ワイドショーでは放送されない日が無いほどの話題になっていた。
 しかも最近、この事件のことを聞かされている。その後にネットで事件のその後を調べたりしたので、はっきりと覚えているんだけど、
 ―――まさかとは思ったけど、さとみさんまで……
 当時、さとみさんもこの事件に関わっていたらしい。数え切れないほどの男性に避妊もせずに犯され、事件に関与していたとして大学を退学になり、その後に妊娠が発覚して……本人はもう気にしていなさそうだったけれど、考えるだけで気分が悪くなる話だ。
 そして見出しのページには、さとみさんがモザイクのかかった男根に舌を伸ばしながら見上げてくる写真が使われている。目線はなし。プライバシーの侵害もへったくれも無い。
 ―――どういうことなのよ、これは。
 いくらなんでも不自然すぎる。マンションの知人が記事にされた雑誌が三冊まとめて捨てられている。事件の時期は全部違う。そんな本が、しかもマンションの近所の公園に捨てられるなんて、ありえるだろうか。
 さらに不思議なことに、捨てられていた雑誌の束はそれほど痛んでいない。この一週間で雨が降った日も雪がちらついた日もあった。それなのに、本は昨日捨てられたかのように痛んでいないのだ。
 ―――まるで、見つけてくださいって言わんばかりに……
 とにかく、この雑誌の束は他の人に見つかるとマズい。
 もし見られてしまえば、町内にどれだけ要らない噂が立つかわからない。多くは根も葉もない噂でも、それをネットで検索されたら過去の事実を掘り返し、三人を無駄に苦しめることになってしまう。
 ―――そんなのダメに決まってる。この本はいったん隠して、後であたしの部屋に持って帰ってから処分を考えよう。
 あたしの部屋にならシュレッダーもある。手間はかかるけど、誰に目にも気づかれないようにして捨てることだって出来る。
 でもそれは、あくまでも「見つからなければ」ということが前提になる話なのだけれど……
「これはスゴいなァ」
「―――――――――ッ!?」
「清水さんは、可愛い顔をしてるのに随分といやらしいことをされてたんですね。こっちの本は北沢さんですか。あんな美人を抱けるとなら、どんな男もころっと引っかかるでしょうけどねェ……クックックッ」
 本の内容を確認することに集中していたせいで、背後に忍び寄られていることに、その時まで気づけなかった。
 いきなり近くから声をかけられ、反射的に振り返った視線の先で、


 狂った光を瞳に宿した三村さんの微笑と、携帯電話のカメラのレンズが、あたしへと向けられた―――


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