50 - 「購買戦争」(XC2・非エロ)


「それじゃケイト、コーバイにイッてパンを買ってきますネ♪」
 4時間目のチャイムが鳴って昼食時間に入ってすぐ、くせのある金色の髪をポニーテールにまとめ、学年……いや、下級生も含めた学生の中で最もボリュームのある胸を突き出すように身体をそらせながら、そう切り出してきた。
 宮野森学園の留学生で、あたしのクラスメイトでもあるケイトである。
「ケイトがパン食って珍しいね。いつもお弁当なのに」
「ですネ〜。ケイト、ランチもガッツリ食べる派ですから、パンじゃモノタりないですネ。それにニッポンのおベントー文化、ベリーベリー面白いから、頑張ってメイクしてましたですネ」
 ただまあ、ボリュームはあるけど、あたしの目からはケイトのお弁当はかなり茶色い。唐揚げ、コロッケ、メンチカツといった揚げ物や冷凍食品が中心で、サラダなどの彩りには欠けているのだ。
 ―――それでまあ、このプロポーションを維持できてるんだから水泳ってスゴいよね。
 もうすぐ大会が近い事もあって、水泳部は遅くまで残って練習をしている。部活の前に間食もしているようだけど、あれだけの運動量を支えるためにも、やっぱりお昼はしっかり取って……それを消費しきるからこその、このプロポーションなのだろう。
 そんなケイトが腰に両手を当ててふんぞり返れば、当然バストも強調される。おいおい、さっきからこっち見てるのモロバレだよ、大介とその他一同。女子が白い眼差し送ってるのに気づかないの?
 あっちはさておき、その胸はあたしの目の前にドーンと突き出されている。あたしはまだ席に着いたままなので、下から見上げるこの迫力は、まさに眼福といって差し支えない。……というか、日本の文化云々を言うんなら、もうちょっと恥じらいとかも学習したほうがいいよ、ケイト。
「でも、今は新型惣菜パンの出張販売キャンペーン中ですネ。昨日、他の子がサンドイッチ食べてるの見ましたが、ボリューム満点だったのでケイトもぜひ食べてみたくなったのですネ」
「あ〜、なるほど、あれね。でもそれなら―――」
「ふふふ、今日のケイトは軍資金もしっかり用意してきましたネ。たくさん買ってきて、タクヤちゃんにもおすそ分けしてあげますネ〜♪」
「急いで購買に行ったほうが―――」
「それじゃあイッてきますですネ〜♪」
「おーい、ケイト、あたしの話を聞いてるのー?」
 ボリュームサンドに噛り付くのをよほど楽しみにしているらしく、鼻歌を歌いながら出て行くケイトはあたしの言葉に気づいた様子を見せなかった。
「………しかたないな」
 教室内は今、侮蔑の眼差しの女子と、それに気づいていまさら慌てる男子という構図で、ほとんど誰もこちらに注目していない。
 そのことを確かめてから、携帯電話を取り出しながら、ケイトを追いかけるように席を立ち上がった。


 −*−


「ふにゅうぅぅぅ……ですネェ……」
 時間を置いてから購買に行くと、予想通り、ケイトが目を回して壁にもたれ、へたり込んでいる。
 倒れたところを踏まれでもしたのだろうか、制服も汚れてボロボロだ。けれどそれ以上に、カロリー大量消費型の贅沢なボディはガス欠を起こしているらしく、あまりにもなさけない力尽きっぷりだ。
「おーい、ケイトー、生きてるー?」
「そ、その声はタクヤちゃん……ふワァ、美味しそうなフカフカパンが二つもありますネェ!」
「のわぁあぁぁぁ! こら待て、それはあたしの自前の……ひゃあん! 咥えないで揉まないで吸い付かないでぇぇぇ!!!」
 人がまばらになった購買前でも、それでもやっぱり人の目はあるのだ。「空腹を紛らわせるために母乳を云々」なんていう変な噂が立ってしまったら、男に戻れなくなるどころか学園にいられなくなる。
 だから、
「目を覚ましなさいっ!」
 ―――ドゲシッ!
「はみゅぅん!……あれ、タクヤちゃん、どうしてここに?」
 脳天に肘鉄を落として、ようやくケイトが目を覚ます。
 それでも“敗北”した現状をすぐには飲み込めず、手を引っ張って立たせ、服の汚れを払っている間も小さくうめきながら左右を見回し、首をひねっていた。
「その様子だと、パンは一個も買えなかったんでしょ?」
「あ、そ、そうですネ! なんですかアレ、ケイト、なにをミたんですネ!?」
 ようやく意識と記憶がつながったらしい。
 まあ想像の範疇だ。購買初体験のケイトならこういう反応をするだろうとは思っていたし、だからこそこうして迎えに来たのだし。
「えっとね、この学園、お金持ちの私立だからスポーツにも結構力を入れてるよね」
「はいですネ。それがどうかしたですネ?」
 なんであたしがそんな話をするのか理解できず、ケイトがきょとんと目を瞬かせる。
「で、お昼におなかすかせてるのは何も水泳部だけじゃないっていう事なの」
「ほえ?」
「野球部にサッカー部に陸上部、バスケにバレーにハンドボール、水球アメフト柔道剣道弓道合気道、その他有象無象で数え切れないほどのスポーツ系愛好会。―――つまり、お昼にガッツリ食べるのはケイトだけじゃくて山ほどいるわけ。しかもその99%は男子。お弁当持参率も低いもんだから、昼休み直後の学食や購買にはそういった連中が群れになって押し寄せるんだよね、これが」
 しかも今は期間限定の出張販売キャンペーンの真っ最中。最近ちまたで人気急上昇中のパン屋さんの創作惣菜パンは、値段の割りに味もボリュームもいいため、普段はお弁当や学食の人たちも買いにきている。だから混雑具合は五割ほど増していることだろう。
「でも、でも、ニッポンは譲り合いの精神が美徳の国で……か弱いレディには救いの手を差し伸べる国で……」
「ケイト……」
 勘違いはまずそこだ。
 あたしは真剣な表情を浮かべ、未だ日本の文化・慣習に不慣れなケイトの肩に手を置いた。
「学生の昼食は戦争なの」
「ウォーズ!?」
「そう、毎日繰り返される食料争奪戦。戦争っていうのはね、限られた資源や食料をいかにして分捕るかなの。勝者にはカツサンドを購入する権利が与えられ、敗者にはコッペパンもパンの耳も与えられない。屋上で一人、マーガリンの袋を吸って飢えをしのぐ惨めさすらも、まだマシなんだから……」
「もしかして……タクヤちゃんは、そんな悲惨な経験を!?」
「昔の話よ。そう、あの時からあたしは、購買派から学食派になったの!」
「タクヤちゃん……ソーリーですネ。そんな事とはツユ知らず、はしゃいでたケイトを許して欲しいですネ……」
「ううん、いいの。悪いのはケイトじゃない。悪いのは優しさを忘れて自分のことしか考えない乱暴な運動部連中なんだもん……」
「こんなケイトを許してくれるなんて、タクヤちゃんはなんて優しい……ケイトは、ケイトは……!」
 ―――おや? なんか変なほうに話が流れていってる気がする。なぜかあたしの手はしっかりと握られ、敗北のショックで暗くなっていたケイトの瞳の奥にはこちらに向けて熱いものが……て、購買! ここ購買! 人が見てるから、だめ、なんでいつの間にあたしが追い詰められてるの――――――!?
「コホン……ラブシーンの最中に悪いんだけど、ちょっといいかな」
 購買にいるショートカットのお姉さんがワザとらしく咳払いをすると、今にも唇を触れさせようとしていたケイトも我に返る。……あー、助かった、ような、勿体無かったような?
 慌てて身体を離しながらも、ちょっとすねた顔をしているケイトに苦笑いを浮かべつつ、あたしはタンクトップに半被、額にハチマキまでして気合を入れている購買のお姉さんに顔を向けた。
 購買にいつもいるおばさんは、そのお姉さんの隣にいる。彼女はパンの出張販売の間だけ手伝ってくれている人だ。―――そして、
「すみません真琴さん。今日は無理なお願いしちゃって」
「気にすんなって。ま、自分用に取ってた分で悪いんだけどさ」
「そんな、いいんですか?」
「あたしは店に買えればいくらでも食えるし作れるし。それにダチのためってんだろ? タク坊のそういう無理なら、聞いてやんなきゃ女が下がるよ」
 そう言ってお姉さん――真琴さんは、いくつかパンの入ったビニール袋をあたしに向けて差し出してくれる。
 それを代金と引き換えに受け取ると、
「………ちょっと待ってくださいですネ。タクヤちゃん、その人と知り合いですネ?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
 ではあらためて、
「この人、あたしのバイト先でパン作ってる真琴さん」
「陣内真琴だ。今回は出張ってことでお邪魔してるよ♪」


 −*−


 そんなこんながあって、翌日。
「いざ、リベンジに参りますですネ!!!」
「だからって授業終わってすぐに男子の前で体操服に着替えるなぁぁぁぁぁ!!!」
 初めて見たよ!? いきなりブラウスのボタンをパパッとはずしてスカートともども真上に放り投げた人!
 下に体操服を着ていたらしいけれど、金髪巨乳のクラスメートのあわやストリップという行動にクラスメートも先生も目を丸くしている。
 白い体操服を押し上げるボリューム満点のふくらみと、ぴちぴちのブルマから伸びる脚線美。しかも運動会のように白いハチマキを締めてるところに真琴さんの影響を“悪い方に”受けているのが見て取れる。
 ―――これは性犯罪一歩手前というか、後で生徒指導室に呼び出されないか心配だ。
「今日のケイトは昨日と違う、見せますですネ特訓の成果! 今日こそ、ケイトは自力でパンゲットですネ!」
 たった一日の特訓でどれほどの効果が得られるのか。まあ、対策を練ったとは思うんだけど……とか考えていると、ケイトがあたしの腕を取ってグイッと席から引っ張りあげる。
「いきましょうですネ、マイフレンド! 二人はプリなんとかで友情パワーは一千万ボルトですネ!」
「訳がわからない上に、あたしを巻き込むなァ! いやぁ、誰かとめて助けてなんとかしてぇぇぇ!!!」
 唖然としているクラスメイトたちの眼差しを一身に受け、あたしはケイトにズルズルと引きずられて教室を後にする。
 そこで待っていたのは、はちきれんばかりの肢体を体操服とブルマに包んだケイトと、イヤイヤしながら強制連行されるあたしの向けられる奇異のまなざしだ。
「うわぁあぁぁぁん! 自分で歩くから、引きずるのは勘弁してぇぇぇ!!!」
「ワオッ、タクヤちゃんもヤル気を出してくれましたですネ。これでエネミーがイクセンオクでもムテキでステキですネ♪」
「………昨日言っとくべきだったかもしれないけど、真琴さんの影響を受けるのは程々にしといたほうがいいからね」
「なんでですネ?」
 本気で解らないって顔をして首をひねられても困る。外国からの留学生が日本について間違った理解をしないか、はなはだ不安になってきた。
「で、勝算はあるの? こうなったら付いてはいくけど、どんなに特訓したって、力任せじゃ男の運動部員に勝てないよ?」
「ふっふっふ……それについては師匠(マスター)からヒッショー策を伝授済みですネ。このブルマーは伊達じゃないですネ!!!」
 ブルマでどうやってパンを買えというのか。色仕掛け?
 とにもかくにも、二人してほぼ全力疾走ショートカットつきで購買にたどり着くと、既に大勢の男子たちがパンに向かって殺到していた。
「それオレのパンだ離せェ!!!」
「うるせぇその口にパンの耳突っ込むぞ!!!」
「カツサンドとフィッシュサンドとBLTと!!!」
「買いすぎだぞこのやろう、先週立て替えた金返せ!!!」
「コッペパンだ、コッペパンを要求する!!!」
「銃は凶器だぞサバゲー部! くらえゴ○○ムの鉄砲ぅ!!!」
「てかお前らパクリまくりだなァ!?」
 押し合い圧し合い殴り合い、怒号と悲鳴が交錯する購買前……さすが真琴さん。大人気過ぎる。昨日もらったタマカツマグロバーガーも絶品だったしなぁ……
「で、本気で行く気なの? ぶっちゃけ死ぬよ? パンが食べたいだけなら、後であたしのバイト先に寄ってくれたら……」
「それはダメですネ! 負けたままでは終われない、勝って掴むぞヴィクトリーですネ!!!」
「勝つのとヴィクトリーって同じだからね? てか昨日は何の特訓したの!? 部活は!? あの人ちょっとまともじゃないからね、そこのとこ解ってる!?」
「いざ、アング○フですネ―――!!!」
 ―――絶対に解ってないよね!!? てかドイツ語じゃないのそれ!?
 突っ込み要員と化しつつあるあたしを置いて、白い体操服姿のケイトが購買前の混雑へと、言葉通りに突貫していく。何か対策でも考えてきたのかと思ったら、まさか無策だったとは……と思っていたら、
「んしょ」
 ―――プニュン
「んしょ」
 ―――モニュン
「んんっ!」
 ―――ポニュン
「もう…ちょ…アんぅぅぅ……く、くるし…ですネぇ……」
 ―――ムニュン
 まさかまさかのお色気作戦……いや、もっと直接的なボディーランゲージだってぇ!?
 ケイトが必死に混雑の隙間に身体を押し込もうとすると、男子たちが目に見えるほどに身体を強張らせて動きを止める。さらに後ろを確認して、もう一度動きを止める。
 なにしろそこにいるのは、海を渡ってやってきた金髪美少女ホルスタイン。その柔らかさとボリュームを薄い体操服越しに背中へ押し付けられているのだ。男だったら誰だってビックリするし、動きを止める。
 ―――そしてその隙を突いて身体を人ごみの奥へとねじ込もうってのね!?
 女性だらけのブランド品のバーゲンセールならまだしも、あんな男だらけの大混雑に正面から――と言うか後ろからだけど――突っ込んで行く女子もいまい。ましてや背中にオッパイなんて、昼食を捨ててでも味わいたい素敵な感触だ。
 これならいけるかもしれない……まさに必勝!―――と思ったんだけど、この作戦の欠点にハッと気づく。
 ―――驚いて道をあけるより、堪能、しちゃわない?
 ケイトのオッパイが気持ちいいなら、逆にその感触を長く味わおうとして、むしろケイトの前に立ちふさがってグイグイ身体を押し付けられる道を選ぶはずではないだろうか。
 そんなあたしの疑問を証明するかのように、ケイトの姿が混雑の中に飲み込まれると、真ん中あたりで動きが止まり、
『やッ! ケイトのお尻の硬いのが……ダ、ダメですネ。ケイト、パンを買いにきただけなのに……え、コロッケパンくれるですネ? それなら―――』
「ダメに決まってるでしょうがぁぁぁ!!!」
 いやな予感が大当たりだ。ケイトを囲んだまま混雑から離れて行こうとする一団に、あたしは「なんで購買でパンを買うだけでこんな問題ごとが起きるのよ!?」と突っ込みながら身体ごと突っ込んでいった―――


 −*−


「はうぅぅぅ……あんなに頑張ったのに、これだけしか買えませんでしたネ……」
 ハチマキは解け、めくれた体操服の裾からおへそが、すり落ちかけているブルマからは淡いブルーのショーツの端っこが覗けて見えてしまっている。
 あたしも負けず劣らず、連れて行かれようとするケイトを助けるためにボロボロだ。――それでも何とかコッペパン二つにパンの耳一袋を買えたのは、むしろ僥倖とすら言える。
「シクシクシク……ジャムもマーガリンもありませんネ。ケイトのランチ、ものすごくワビしいですネ。日本のワビサビ、敗者に対してヨーシャありませんネ……」
 さすがにこれでは放課後の部活までお腹が持たないだろう。今日は必勝を信じていただろうし、それだけに昨日よりもショックが大きく、かなり落ち込んでいるように見える。
「しょうがないなぁ……」
 昨日もこんな事を言いながら携帯を取り出していた気がするけれど、まあいいか。
 この時間なら、あの場所にあの人たちがいるはずだから……


 −*−


「おまたせ〜、コッペパンのベーコン入りオムレツドッグに、パンの耳のフレンチトーストとパン耳スープね。いま、残った耳で放課後用に揚げ菓子も作ってるから」
「う…わぁ……♪」
 机の上に簡単に調理したパンを並べると、失意で落ち込んでいたケイトの瞳が一気に輝きを取り戻した……のはいいけど、よだれは拭こうね。
 場所は調理実習室。宮野森学園では家庭科の授業で使用される教室だけれど、昼休みになると、料理研究会などの部活・研究会に開放されており、持ち込んだ食材で昼食を作ったりしている。
 男に戻るための研究資金でバイト代が吹っ飛んでしまうあたしは、時々ここを利用している。親から貰った昼食代を節約しようと思ったら、結局自炊するのが一番なのだ。
 ここなら基本的な調味料は揃ってるし、あちこちの料理好きの人たちからおかずも分けてもらえるし。そうこうしているうちに、色んな料理研と面識ができ、そのコネで食材を急遽分けてもらい、ケイトの昼食を簡単に作り上げたというわけだ。
「今日はいきなりごめんね。食材わけてもらっちゃって」
「別にいいわよ〜。今日の実習で残ってた分だし。あ、オムレツドッグ三つ追加ね♪」
「はいはい、お代は労働できっちり返させていただきますよ」
 料理研究会の部長にオーダーされて、あたしはコンロにフライパンを三つ並べ、バターを引き、ボールでちゃっちゃと卵をかき混ぜる。
 これでも料理はそれなりにできるほうだ。父が再婚するまで、自分で夕食を作っていた頃もある。複雑なものは無理だけど、有り合わせの材料で適当に作るのはそれなりに上手なのだ。
「はえ〜……♪ たくやちゃん、これスッゴく美味しいですネ。これはもうケイトのお嫁さんになってほしいですネ……♪」
「あのね、あたし、男だからね!? なるならお婿だからね!?」
「ええっ!? ケイトのお婿になってくれるんですか!? まさか手痛い敗北を喫した後にプロポーズだなんて……い、いきなりすぎて恥ずかしすぎですネ……ポッ♪」
「ちがっ! プロポーズじゃないけど! てか、擬音を自分で口にするなァ!!!」
「でも、ホントにデリシャスですネ。タクヤちゃんのおかげで、ケイト、ハングリーから救われましたネ〜」
 それはようございました。まあ、他人に料理を振舞う機会なんてそうそうないけど……うん、これはこれで、いいものかもしれない。
 ケイトが本当に美味しそうな顔でオムレツドッグにかじりつくのを見ていると、自然とあたしの顔にも笑みが浮かぶ。―――と、そんな時だ。新たな訪問者が調理実習室を訪れた。
「いつまでたっても返ってこないと思ったら、ここだったのね」
「明日香?」
 いきなりやってきた幼馴染は呆れた様子でため息をつくと、普段の明日香の食べる量からすると少し大きめのお弁当を掲げてみせる。
「昨日の騒ぎからこんな事になるだろうとは思ってたわよ。今日はちょっと多めに作ってきたから一緒に食べよう、ていうか食べなさい。パンだけだったら栄養が偏るんだから。あ、私の分もオムレツお願いね」
 さすが幼馴染様。あたしの行動パターンを良く解っていらっしゃる。ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
 そしてそれから、
「はうぅ〜……せ、先輩、空腹で倒れそうなので、何か、ご飯を……」
 ―――千里……あんたはアレだけあたしから研究費をふんだくっておいて、昼食まで無心するの?
 さらに、
「お姉さま〜♪ 舞子と一緒にご飯食べましょ〜♪」
「相原くんがオムレツ屋さん開業したって聞いて、演劇部総出で来たよー!」
「あらあら、美味しそうな匂いに誘われてきてみたらスゴい賑わいね。保健室空けてきたけど、まあいいわね」
 ―――なんで舞子ちゃんや美由紀さんや松永先生まで来るのよー! てか開業もしてないのに、注文ばかりが増えていくー!
 こんな日に限って次から次にやってくる客人たちに、あたし一人じゃ手が回らなくなってきた。それを見かねて各研究会の子達が、
「相原先輩、私たちもお手伝いします」
「ひとっ走りしてコッペパンとパンの耳を買い占めてくるぜ!」
「フフフ……我らぬか漬け研究会、略してヌカヅ研の秘蔵の漬物を振舞おうではないか!」
「先輩! 先輩! あの、あ、明日香先輩とケイト先輩に、私、しょ、紹介していただけませんか!?」
「うわぁぁぁ♪ 美由紀様、美由紀様美由紀様美由紀様美由紀様美由紀様ぁああああああっ♪ 生の美由紀様にこんなに近くでお会いできるなんてぇぇぇ♪……………はうっ」
「うわ、これ美味しっ! 舞子ちゃん、うちの研究会はいらない? いい若妻になれるから! 男を胃袋で落とす方法教えてあげる!」
「松永先生、こんなところに! 打ち合わせするから保健室にいてって言ったじゃないですか。ああもう、時間ないから、うわオムレツグラタン美味しそぉぉぉ!!!」
「タク坊みっけ! 喜べ、差し入れ持ってきたぞ。これが欲しかったら、あたしにもメシ作ってくれ。―――なんだよ、あたしさっきまで働いてたんだぞ!?」
 ―――な…なんなのよ、今日のこのカオスっぷりは!?
 普段なら各料理研究会の子達全員が集まっても余裕のある広さの実習室が、どういうわけか満席状態だ。あたしとケイトの関係者が、さらに人を引っ張ってきて、オムレツにスープにその他の料理まで作り始めて、いつの間にやら忙しさで目が回り始めた。しかもここぞとばかりに各研究会も自慢の品々を振舞うので、すっかり宴モードの出来上がりだ。
 そして、
「タクヤちゃん、タクヤちゃん」
「なに、どしたの? まだ食べたりない?」
「フフフッ♪ やっぱり友情パワーはムテキでサイキョーで、とってもステキでオイシイですネ♪」
「………ま、パンを一人でかじってるよりはいいかもね」
 ケイトと顔を見合わせると、目が回るほど忙しいはずなのに、あたしもフライパンを手にしたまま思わず笑みをこぼしていた。



























 それはさておき、
「ところでさ、あたしはいつご飯を食べれるの? てか、時間は―――」
 ちょうどその時、午後の授業の開始5分前を告げるチャイムが聞こえてくる。
「それじゃケイト、着替えなきゃですのでお先に失礼しますですネ〜♪」
「私も戻んなきゃ。たくや、授業に遅れちゃダメだからね」
 ―――ちょ、ちょっと待ってよ! 後片付けもあたしがするの!?
 チャイムが聞こえると、手早くお弁当箱を片付けて出て行く教師や生徒たち。料理研の子達もこちらに手を振りながら立ち去っていく。
 自炊の問題点は、調理と後片付けに時間が取られる事だ。料理は綺麗に平らげられているけれど、残されたお皿やフライパンをそのままにしていったら、今後、実習室が使えなくなってしまうかもしれない……そうなると料理研のみんなにまで迷惑が及ぶ事になる。
「み……みんなの裏切り者ォぉぉおおおおおおおおおっ!!!」
 明日は絶対、一人でパン食してやると固く心に誓いながら、それでもあたしはお皿を集めに机を回り始めていた。


 −*−


 さらに翌日の昼休み。
「……どうして呼び出されたかはわかっているね?」
 海外留学生に間違った常識を教え、購買前で騒動を起こし、後輩を空腹で倒れるまで追い込み、調理実習室でオムレツを販売し、絶品と評されたそれを生活指導の先生が食べられなかった……などなどの、誤りをたぶんに含んだ罪状により、あたし一人だけ生徒指導室送りにされていた。
 いろいろ言いたいこともある。特に最後の理由はものすごく納得がいかない……でももう、とりあえず、今言わなければいけないのはこれだろう。




 ―――おなか空いたなぁ……


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