38・-さみしさは酒の味に似て-前


 ―――なによ、たくやのやつ。私との約束よりバイトのほうを選んじゃってさ!
 今日は前々から買い物を行く約束をしていたと言うのに、他の子がインフルエンザで倒れたらしく、たくやは急遽バイトに借り出されてしまった。おかげでせっかく服装にも気合を入れてきていた明日香は一人時間を持て余し、目に付いたバーに入るとカウンターに陣取り、出されるグラスを次々に空にし続けていた。
「バーテンダーさん、おかわりちょうだい、おかわりぃ〜」
「お客様、そろそろおやめになられてはいかがですか? 自棄酒は身体によくありませんよ?」
「そんなのいいわよ、どうなったって。どーせ私はバイトよりも大事にされない女なんだもん。恋人よりお金が大事なのよ、あいつはさ」
 注文した数は先ほど飲み干したグラスで十杯目。とっくに飲みすぎのラインを超えているのだから、今さら一杯や二杯増えたところで酔っ払ったことには変わりはない。
 ―――ふんだ。女になってから、全っ然こっちのことなんて見てくれてないじゃない。早く男に戻りたいのは解るけど、解るけどさァ!
 やれやれと肩を竦めながらもバーテンダーが新たにグラスを差し出すと、明日香はそれを一気に喉の奥へと流し込む。入店した時には薄暗い店内のムードとささくれ立つ心を癒してくれるかのような芳醇な酒の魔力に酔いしれたものだったが、今はもう味なんてさっぱりわからない。ただ酔えて何もかも忘れられさえすればいいのだ。
 ―――私だって……寂しいんだから……
 けど、そんな弱みを見せることはさすがに躊躇われた。たくやの前では、精一杯“いい女”でいたいと思う明日香の意地っ張りな乙女心とも言えたけれど、反面、甘えたいときに素直になることも出来ない。
 もしこれが普段なら拓也の方からそれとなく察してくれたりもする。でもたくやが女になっている間は、トラブルやハプニングが次々と押し寄せる上に、元の身体に戻るための研究費をバイトで稼がなければいけないので、最近は会話する時間すらまともにない。
 だからこそ今日の買い物……と言う名目のデートは楽しみにしていたし、それを仕方がないとは言えドタキャンされたのだから苛立ちもひとしおだ。しかもたくやの身体を元に戻すことに関しては麻美や千里に頼る他なく、明日香はまったく協力できていない。もしかしたら、たくやの気持ちが彼女たちの方へと傾くのではと言う不安が胸をよぎれば、グラスを傾けるスピードも早くなろうと言うものだ。
「おかわりぃ……マティーニもう一杯……」
「お客様……」
 バーテンダーが心配して明日香を止めようとするのも無理はない。もう目の焦点も定かではなく、椅子から立つのさえままならなさそうなほどに酔っている。誰の目にもこれ以上は身体に毒だ。
 だが、
「いいじゃないいいじゃない。俺が奢るからさ、もう一杯だけ彼女に飲ませて上げなよ。よって寝ちゃったら俺が責任持って家まで送り届けてあげるしさ」
「ん〜……?」
 空になったグラスのフチをなぞるのを中断して左隣の席に目を向けると、そこには知らない間に知らない男が腰をかけていた。
 見た目はそれなりに良い。けれど親切心で先ほどの言葉が出たわけではないらしく、どこかイヤラシさを感じる目付きで明日香のことを見つめている。しかし当の明日香はと言うと、そんな男を怪しむわけでも警戒するわけでもない。また視界をグラスに向けると、ぼんやりと次のグラスを待ちわびる。
 そんな明日香の様子を見て、男は嬉しそうに唇を吊り上げた。そして反応がないのをいい事に、明日香のバッグに手を伸ばすと勝手に開け、中から明日香の学生証を取り出してしまう。
「片桐明日香ちゃんか……さっきからずっと見てたけど、恋人に振られでもしたの?」
「べっつに〜……あいつには私よりバイトの方が大事だったってだけよ」
「それはいけないよなァ。こんなに可愛い恋人を放っておくなんて、他の男の毒牙にかかったらどうする気なんだろうね」
「どうもしないんじゃない……今は私のことなんて気にしてる暇なさそうだもん……」
 そのことが、少し寂しい。
 幼なじみで、恋人で、隣にいるのが当たり前の人が、急に自分のことを見てくれなくなった。その寂しさは、どんなにお酒を飲んでも紛らわせない。酔えば酔うほど、隣にたくやがいない寂しさが胸の内に広がり、自分ではどうしようもなくてお酒の魔力に頼ってしまう。
「よし、こうやって知り合えたのも何かの縁だし、今日は俺と一緒に飲もうよ。俺もさ、今日は一人で寂しかったところなんだよ」
「あなた…も……?」
 そこで初めて男の顔を見たような気がする……けど、酔いの回った明日香にはそれなりに整った顔立ちと言うことぐらいしか判別できない。
 でも、
「酔って何もかも忘れたいなら、やっぱウイスキーをロックででしょ。ささ、グイッといってみよう」
「う、うん……」
 人の心の内側へ気軽に踏み込んでくる男の妙な雰囲気に逆らえず、カクテルから注文を変更されて自分の前に出されたウイスキーに口をつける。
「ッ………!?」
 琥珀色の液体が喉の奥へ流れ込んだ途端、まるで火薬でも飲み込んだかのように一気に体温が跳ね上がった。女性向けのカクテルなんか比べ物にならない強烈で奥深い味わいの蒸留酒は、十分すぎるほどアルコールが馴染んでいたはずの明日香の身体を驚愕させ、困惑させ、たった一口で抱え込んでいたモヤモヤした気分を振り払ってしまっていた。
「今日は薄情な恋人なんか忘れて、嫌なことは全部吐き出しちゃいなよ。俺ならずっと隣にいてあげるからさ」
「ぁ………」
 男の右手が肩に回され、抱き寄せられると、アルコールによるものとはまた違う熱い血液が顔や頭に込みあがってくる。
 今日は一緒に飲んでくれるとは言っても、たくやと言う恋人のいる明日香には過剰すぎるスキンシップ……そのはずなのに、肩からうなじへと指を這わされ、髪を梳(す)かれるくすぐったさに軽く身を竦(すく)めているところに熱っぽく囁きかけられると、手の中のグラスをすべり落としてしまいそうなほどに身体の芯が甘く痺れていく。
「どうしても忘れられないなら、忘れさせてあげるよ……一晩かけてじっくりとね」
 その言葉の意味は頭で考えなくても、身体の方で理解してしまえた。
 だけど自分にはたくやがいる。幼い頃からずっとずっと好きだった恋人が……だから男の言葉はきっぱり断らなければいけないのに、
「明日香……」
 わずかにウイスキーの残るグラスを包み込むように握り締める両手に、男の左手が重ねられる。そして右手でさらに強く身体を引き寄せられ、男の体温をより密着した状態で感じてしまうと、恋人の温もりに飢えていた明日香はまぶたを伏せ、うっとりと身を任せてしまう。
 ―――どうだっていいよね……たくやのことなんて……
 バレはしない。どうせたくやは自分のことなんか見ていない。―――ぽっかりと胸の内に開いた空しさは本当は悲しいことのはずなのに、今は胸の内から罪悪感を外へ出す排出口でしかない。
 何日も、何週間も、恋人に放ったらかしにされた身体は、どうせ一夜限りの相手ぐらいにしか思っていない……だからこそ拓也よりもずっと男らしい体臭に、目眩すら起こしそうなほどに反応してしまっている。他の男を知らないが故の初心な部分に男の匂いは入り込み、気付けば下腹部に違和感を覚えるほどに明日香の股間は湿り気を帯びていた。
「さ、二人の夜に乾杯だ」
「う……ん……」
 新たにウイスキーをそそがれたグラスを促されるままに手に取ると、男のグラスを飲み口にカチンと当てられる。
 これを飲み干せば、まだ名前すら知らない男に抱かれるのかと思うと、すぐに口を付けたくもあり、逆に少し恐くも思う。
 だけど今は……自分のグラスから離れていくもう一つのグラスを目で追いかけると、思わず男と目が合ってしまう。すると動悸がまた激しくなり、胸が詰まって呼吸が苦しくなる。
「ふふふっ……可愛いよ、明日香」
 わずかにおびえた表情を覗かせる明日香を見て微笑んだ男は、グラスを傾けてウイスキーを口に含む。そして魅入られたように熱い視線を男に向けていた明日香の唇に自分の唇を重ね合わせてきた。
「ん…んゥ………」
 キツいウイスキーが再び明日香の喉を焼く。……男から口移しで流し込まれた微量の酒をコクッと喉を鳴らして飲み干すと、明日香は自分の欲望に素直に従い、自分の方からも舌をネットリと絡めあわせる。
 ―――ああ……気持ち…いい……
 どんなに強い酒でも、こんなに頭の芯まで痺れたりしない。喘ぐように息を吸うたびにアルコールの香りの混じった男の息が胸の奥にまで流れ込み、店内の他の脚が見ていることにも気付かずにチュパチュパと男の舌を吸いたてる。
 ―――ああァ……なんか…身体が変……どうしたん…だろ……頭が…ボ〜ってするのぉ……
 店内はキチンとエアコンがかかっているのに、羽織ったジャケットの下の肌はしっとりと汗ばみ始めている。拓也以外の男との口付けに酔いしれる不貞にもはや罪悪感も感じず、男の手が服の上から乳房に触れてきても拒もうとしなかった。
「く……ふ…ゥ……」
 椅子の上で腰を揺すって座りなおすと、ブラの裏に擦れた乳首からジィン…と痺れるような疼きが込み上げる。たくやや麻美ほどではないものの、張りもボリュームもある膨らみが官能的な震えに犯されると、お酒で湿らせた唇から熱い吐息がこぼれ、さらに体温が跳ね上がっていく。
「なんか随分と熱そうだね。ジャケット、脱がせてあげようか?」
「ん……おねが…い……」
「ほら、グラスの中身、全然減ってないじゃない」
「そう…だよね……んッ―――」
 促されるがままにジャケットを脱がされて肩をあらわにした姿を男とバーテンダーの前に晒した明日香は、進められるがままにグラスに口をつける。そして喉の粘膜をアルコールに焼かれることにすら新たな快感を覚えていると、
「美味いだろ? アルコール度数抜群だから、一杯飲むだけで腰が立てなくなるような代物なんだぜ」
「え……や、なに……!?」
 男の手は明日香の肩から胸元へ、そして大きく開いた胸元から服の内側へと滑り込んでくる。
「ふあっ、ヤっ、あ……!」
「だから忠告したのに。もうやめておいた方が良いって」
 「我関せず」……バーテンダーが視線を逸らして態度で暗にそう示すと、男はブラの内側でツンッと尖った乳首をころころと弄びながら、しっかりとした弾力で指先を押し返す乳房を大きく円を描くように揉みしだく。
「ハァ……ハァ……やめて…ってば……ああ、だ…ダメェ………!」
「明日香ちゃんていいオッパイしてるよね。彼氏にはあんまり可愛がられてないの? 先っぽをこんなに硬くしちゃって」
 違う……そう叫びたかったけれど、店内の他の客に気付かれるのもお構い無しに乳房を弄ばれると、
 ―――気持ち…よくなってきてる………
 静かな店内の中、明日香の身体には何度となく痙攣が駆け巡る。
 愛撫のテクニックだけで言うなら、女性の身体のことも経験したたくやの方がずっと上手い……けれど、“愛する”のと“弄ぶ”のとでは全然触り方が違う。
「は…ぁあああぁ………」
 体中に行き渡ったアルコールの精で普段よりも敏感になっている明日香の乳首を、ニヤニヤと頬を緩めながら男の指が絶妙の力加減で扱き上げる。充血した乳房のただ一点だけに攻め手を集中させられると、快感に飢えていた明日香の身体に甘い快感が小波のように広がり、肌を小刻みに震わせながらヴァギナをキュンキュンと搾り上げてしまう。
「はっ、あ、ん…んゥ! ぃ……あ、んふゥ……!」
「そそる声出しちゃって。ここはお店の中なんだよ。喘ぐのは別のところに言ってからにしてくれないと」
「だ…って……くっ、んぅぅ……!」
「ダメだって言ってるのに……そんな声を聞かされると、俺、勃ってきちゃうんだけどさ」
 明日香の左手に男の手指が絡みつき、そのままチャックを突き破りそうなほど膨張している男の股間へと導かれる。バーテンダーにも他の客にも見えないカウンターの下で、明日香とつながることを待ちわびて凶悪なまでに力強く脈打っている男の膨らみに触れさせられた明日香だけれど、
 ―――スゴい……拓也のより……ずっと大きい………
 ズボン越しに触れているのに手の中に確かに伝わってくる脈動と硬さ……最初は男の手に押し付けられていたけれど、次第に明日香のしなやかな指先は股間の膨らみをさわさわと這い回らせる。
 ―――こんなのが……私の中に……
 恋人のものよりも一回り……いや二回りも三回りも大きくて逞しい。手の平を上下に滑らせて凶悪なペ○スの形と大きさとを確かめながら、明日香の脳裏にはそれに貫かれる自分の姿が思い描かれ、吐息を熱く弾ませてしまう。
「そんなに俺のチ○ポが気に入ったのかい? 店の中にいるって事、すっかり忘れてるだろ?」
「え……っ?」
「気にしなくていいけどさ……お互い、もう我慢できないだろう? 店の奥に部屋があるんだけどさ、そこで誰にもはばかられずに……」
「……………」
 指摘されても男の股間から手を離せないどころか、既にショーツの中も愛液でぬかるんでいる明日香が、その言葉の誘惑に抗えるはずもない。唾液で濡れた唇ですり合わせるような濃密な口付けを交わすと、男は明日香の脇に手を入れて立ち上がらせ、脱がせたジャケットを取ってそのまま二人して店の奥へと足を進めて行く。
 ―――ゴメンね、たくや……でも、たくやがいけないんだか…ら……
 これから抱かれる相手なのにまだ名前すら聞かせてもらっていない……そんな不安よりも、何かを期待するように明日香の股間から愛液があふれ出し、暗い店内の床にポツ…ポツ…と滴り落ちる。
 そして従業員用の通路を抜け、明かりもついていない部屋の扉を開けて中に入ると、明日香は何かの枷が外れたかのように男の首に抱きついて、唾液が泡立つほどのキスをせがんでしまっていた……


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