18すぃーと?びたー?なバレンタイン(2R)−前編


「今日は二月十四日のバレンタインです。男の子も女の子も浮かれまくってますけど、バレンタインの名前の元になった聖バレンティヌスが処刑された人って知ったらどう思うだろうね。てーか、お菓子メーカーの策略に踊らされてる人を見るのは傍から見てると滑稽だよね〜」
「なに朝から毒吐いてんの!」
 スパン!
 宮野森学園への登校の道すがら、優越感に浸っていたあたしの頭を、明日香が引っ叩いた。
「だってさ〜、今まであたしには無縁なイベントだったんだもん。前の学校ではこの日は男子が徒党を組んで告白してるカップルを根こそぎ拉致ったりしてるのを眺めてるだけで、さらわれる側には一度もなった事がなかったし。―――でもそれも二年前までだしね〜♪」
 そう、今日のあたしは怪力明日香に殴られたって笑って許して上げられちゃうほど、心が広い。なにしろ、
「明日香は当然あたしにくれるんでしょ? チョコレート♪」
 そうそう、なにしろあたしと明日香は恋人同士なのだ。そりゃもう、あたしの性別入れ替わろうがなにしよーが切っても切れない、チョコレートだって溶けそうなぐらいアツアツラブラブな関係なんだから。
 例え義理でも、十四日にチョコレートをもらえるかもらえないかで男の子のテンションは格段に違うのだ。それなのにド本命が確定している事の、この余裕!
「去年の事を思い出しただけで、嬉しくて恥ずかしくて、もうこの場で踊っちゃいそう……ねーねー、今年はどんなチョコなの?」
「ああ、チョコね。今年はパス」
「――――――――――――――――――――ッッッ!!!」
 そして……もらえないと知った時、あたしの精神はいとも容易く崩壊した。
「だって、女の子同士でチョコを上げるのは、周りの目がいろいろとね……だから今年は我慢してね♪」
「我慢なんてできるか―――――――!!! ひどい、明日香は、明日香だけはあたしが女になろうがオカマになろうが見捨てないって思ってたのにィィィ――――――!!!」
「まったく……たかがチョコの一つや二つで騒がないでよ。自分でさっき「バレンタインはお菓子メーカーの策略」だって言ってたじゃない」
「それとこれとは話が別だぁ! ギブミーチョコレート、ギブミーーー!!!」
 周りの目なんて気にしてられるか。あたしは通勤通学の人目があるのも忘れ、えんじ色のブレザーを着た明日香の肩を掴んでチョコをねだった。
「離しなさいって! そんな、揺らしたって、無いものは無いんだからおとなしく諦め―――」
 ポトッ
「………明日香、何かがカバンから落ちたけど……」
「し、しまっ―――」
「いまさら拾ったって遅い……さっきの包み紙、チョコだよね? あたしにくれるチョコなんでしょ?」
「さっきも言ったでしょ? 私は女の子にチョコを上げる趣味は無いの。ただでさえ、たくやが女になってからは、そう言う目で回りから見られてるのに……」
「ここでくれればいいじゃない!」
「何度も違うって言ってるでしょ。これはチョコじゃないし、たくやに上げるものでも無いんだから」
「ガーーーン……」
 思わず口に下着音がぴったり来るぐらいに、あたしは強烈なショックを受けた。
「じゃ…じゃあそれ………明日香の本命はあたしじゃなかったんだぁぁぁああああああ!!!」
「え………? な、なに勘違いしてるの、これは―――!」
「え〜ん、明日香のバカぁぁぁ! なによ、あたしが女になったぐらいで、そんな振り方いきなりするなんてぇぇぇ〜〜〜!!!」
「あ、こら、待ちなさい、私の話を聞きなさい!」
「もう知らない、明日香なんて知らない、うわぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」
 明日香の制止を振り切ったあたしは、涙を拭いながら走り出した。


 ―――こうして、宮野森の最後のバレンタインデーが幕を開けたのであった………





「ヒッグ…エッグ…エッグ……明日香のバカ…一人浮かれてたあたしがバカみたいじゃない……」
 浮かれ気分で早めに登校したのがバカみたいだ。せっかく目覚ましが鳴るより早く起きて明日香を驚かせて、今日一日、明日香に貰うはずだったチョコをカバンに入れて幸せ気分を満喫しようと思ってたのに……
「ウウウゥ…明日香のバカ…明日香のバカぁぁぁ……」
「片桐先輩が私の足元に及ばないほどの馬鹿なのは認めますが、早朝から私の神聖な化学室に飛び込んできて隅っこでうずくまるのはやめてもらえませんか、相原先輩?」
「千里ぉ…だってさ、だってさ、くれないなら前もって言ってくれてればあたしだって心の準備ができたのに…よりによって当日に振られるなんてぇぇぇ……」
「ハァ……なんでこの日だけチョコレートをそんなにありがたがるのやら。―――仕方ないですね」
 壁に向き合って体育座りしているあたしの後ろで、朝からこんなところに来て何を研究しているのか分からないけど何故かいた千里がごそごそし始める。
「はい。これは私からのチョコレートです」
 そう言って壁とあたしの顔の間に、千里が板チョコを一枚差し出した。
「え……千里、これ……」
「勘違いされては困りますから先に言っておきますが、先輩の言う本命チョコでも義理チョコでもありませんから」
 渡された市販の板チョコを手に振り返ると、やれやれと両手の手のひらを上へ向けている千里の背中が目に映る。
「チョコレートは糖分補給と興奮作用を一度に行えるので、勉強や研究には最適なのです。ええ、私が後で食べようと思っていたものですよ、それは。それを上げたのは、相原先輩を泣きやませて早く出て行って欲しいだけですから」
「千里……ありがたいんだけど……」
 グシグシとブレザーの袖で目元を擦ったあたしは、チョコを持って立ち上がると、
「これ、何か仕込んでるでしょ? 包装紙に貼り直した跡があるんだけど……」
「―――チッ」
「うわ、誤魔化しすらしないのね!?」
 そんなわけで笑顔で千里へチョコレートをつき返すと、あたしは明日香と顔をあわせることへ抵抗を覚えながら、化学室を出て自分の教室へと向かった。



「―――なに、あれ?」
 階段を登って教室へ向かおうとすると、学園指定のブレザーではなく、応援団風の黒くて長い学ランを着た男子の集団が廊下を塞いでいた。
「バレンタインはお菓子メーカーの策略だ―――!」
「そいつでいいいのか? 考えろ、一度渡したら戻れないんだぞ!」
「ええい畜生、呪われてしまえぇぇぇ!!!」
 ………うわ、なんだろう。このどこかで見たことのあるような集団は……
「お、たくやちゃんじゃないか」
 奇妙なデジャブを覚えていると、学ラン集団の中から見知った顔が振り向いてきた。
「大介じゃない。あんたたち、一体なにやってんのよ」
 デジャブは頭痛になり、こめかみがズキズキする。そんなあたしの目の前で大介は、
「見りゃわかるだろ? 俺たちは偽りと欲望に満ちた愛の告白を行おうとしているカップルを清く正しい恋愛の道へ引きずり戻すために結成された正義の集団、その名も―――」
 集団からさらに二人出てきて一列に並び、左から順に振り返って行く。
 C、B、A――アルファベットが一文字ずつ、学ランの背中に縫い付けてある。
「アンチ・バレンタイン・倶楽部、略してABCだぁ!」
「CBAになってるけど」
「―――はあっ!? 順番間違えてるか!?」
「まあ、それはさておき……あんたら邪魔」
 互いの背中を見合っておたおたしている大介達にきっぱり言い放つ。
「ったく、バレンタインになるとどっかにこんなオリジナリティーないのが沸いて来るんだから。ほら、もうすぐホームルームが始まるんだから、さっさと退きなさいよ」
「うるさい黙れ、この腑抜け野郎が!」
「……なによ。あたしのどこが腑抜けよ」
「ハンッ! いいよな、余裕だよなぁ恋人いる奴はなぁ! たくやちゃんには明日香ちゃんからのチョコが――」
 そっから先をしゃべらせはしない。あたしは思わず大介のアゴをグーパンチで突き上げていた。
「それ以上言ってみなさい…あんた等全員、千里の実験台に差し出すわよ? チンチンなくしたいヤツから前に出なさい」
「ううう…なにも殴る事無いじゃないかぁ……はっ!? もしかしてついに破局グハァ!」
 とりあえず二発目。
「フッ……なかなかいいパンチだぜ、たくやちゃん。――だが! だからこそ俺たちは親友だ! 今なら分かるはずだ、俺たちの切ないほどのスィートブロークンハートが!」
「わかりたくないわよ、んなもん」
 わかりたくないけど……くぅ、な、何故かそう言われると一概にこいつらを否定できない……
「さぁ……俺たちは仲間だよぉ……」
「女の子だ…女の子の仲間ができるぞぉ……」
「そ、そうだよ、たくやちゃんにチョコをもらえるんなら――」
「バカ野郎! 俺たちの思いはもっと大きかったはずじゃないか! 世界中のカップルに不幸を撒き散らすんだろう、俺たちは!」
 ―――い、いやだ、こんなシットオーラを撒き散らしてる連中の仲間になるのだけはイヤだ……イヤだって思ってるのに、嗚呼、あたしの心にもバレンタインを憎む心がぁぁぁ〜〜〜!!!
「おね〜さまぁ〜〜〜♪」
 ん? この足音は……?
 聞き覚えのある声に振り向くと、三年の階なのに一年の女の子があたし目掛けて走ってきて、両手を広げて飛び込んでくる。
「舞子ちゃん!?」
「会いたかったですぅ〜♪」
 慌ててあたしも腕を広げて舞子ちゃんを受け止める。
 ここまで走ってきたのか、舞子ちゃんは息を乱していて、背中に腕を回してギュ〜ッと抱きしめられた体がやけに熱い。……うぁ…な、なんか舞子ちゃんの体の柔らかさと温かさがぁぁぁ……!
「きょ、今日はどうしたの? そんなに急いで来たんだから何か用があるんじゃないの?」
「あ、そうでしたぁ〜♪ はい、舞子からのバレンタインチョコですぅ〜♪」
 そう言って、舞子ちゃんはハート型した大きなチョコレートをあたしの前へズイッと突き出してきた。
「これ…あたしに?」
「舞子、一生懸命作りましたぁ〜♪ おねーさまに舞子の手作りチョコを食べてもらおうと思ってぇ〜
♪」
「手作り!? それって……」
「………はい♪」
 恥じらいの表情で頬を染めた舞子ちゃんはモジモジとあたしの胸に指で円を書く。……あたしの胸が膨らんでいる事を知ってか忘れてか、先っぽのところをクルクルと―――
「舞子、一生懸命頑張ったんですけどぉ…お姉さまに食べていただけるようなチョコがなかなかできなくて大変でしたぁ……♪」
「そ、そうなんだ、ありがたくいただくね、これ」
「よかったですぅ〜♪……でもぉ、本当は舞子の事を…キャハ♪ 恥ずかしいですぅ〜♪」
 それはつまり「私をおいしく食べて♪」と言われてるんでしょうか……ううう…体が男なら浮気してでも……けど舞子ちゃんは男嫌いだし……ううぅ、生殺しっぽいぃ……
「それじゃあおねーさま、舞子は朝のHR始まっちゃうから教室に戻りますぅ〜。チョコレート、いっぱい食べてくださいねぇ〜♪」
「あ〜…うん、ありがと……」
 あたしの心中を知る事無く、無邪気なまでに明るい笑顔であたしに手を振りながら廊下を走っていく舞子ちゃん。その後姿が見えなくなるまで本命チョコを手に複雑な笑みを浮かべていると、

 ………不純だ。

「はっ!?」
 しまった、背後のもてない男たちを忘れてた!
「―――女同士でチョコを……」
「―――美少女が二人……その分俺たちにチョコが回ってこねーじゃねーか……」
「―――手作りチョコってなんですか? この世の中にそんなのが存在するんですか……?」
「―――ああ、ああ、俺もくるくるして欲しいよぉ…くるくる、く〜るくる……」
「―――や、やめろ、俺は男だって…あふぅ〜ん…こ、これは快感だぁぁぁ……」
 マズい…目の前であたしがチョコを受け取ったもんだから、物凄い怒りに加えて錯乱までしてるヤツまでいる……これはピンチかも……
「さ、さ〜てと、今日も一日、楽しい授業が待ってるな〜っと♪」


「「「「「「待てや、たくやちゃん、そのチョコ置いてけぇぇぇええええええ!!!」」」」」」


 や〜〜〜! お〜か〜さ〜れ〜る〜〜〜!!!
 愛想よく笑顔を浮かべていたのに、住人を請える男たちが一斉にあたしへと襲いかかってくる。その勢いはただ事じゃない。絶対にチョコだけじゃなくて、もっとひどい事までされちゃうんだと身をすくませていると、

 キーンコーンカーンコーン……

 とタイミングよくチャイムがなり、それと同時に学ラン着た男子数人が竹刀で殴り飛ばされた。
「は〜いみんな〜、朝のHRがはじまるから教室入っちゃいましょうね〜♪」
「お…大村先生!」
 さすが演劇部で竹刀片手に鬼指導している女教師。容赦なく男子たちを叩きまくり、それぞれの教室へと追い返して行った。
「あの子達も飽きないわね。何年私たちに余計な手間をかけさせれば気が済むのよ」
「大村先生、助かりました。ありがとうございます」
「別のいいのよ、思いっきり引っ叩けて私も気晴らしが出来たし〜♪」
 ……今日の大村先生、かなり過激だ。
「それより相原くん、今日はもう帰った方がいいわよ。特別に有給って事にしといてあげるから」
 学生に有給なんてあるわけ無い……って、
「何で帰らなきゃいけないんですか? せっかく来たばっかりなのに」
「ん〜…事情を説明すると長くなるんだけど、相原くんがさっきの連中に狙われてるから騒動起こされる前に帰って欲しいな〜と私が思ってるから」
 どこが長いんだ。一息に言えたじゃないですか。
「ちょ…何であたしが狙われるんですか!? 何にも悪いことして無いのに!」
「だって相原くん、一人で何個もチョコを貰う予定でしょ? しかも可愛い子ばっかりから」
「へ………?」
「うちの部の渡辺さんなんて部隊の練習がうわの空になるぐらい考え込んでるし、あとダミアーさんもでしょ? それに最近は年上のお姉さまに恋する子が増えて増えて。先生たちの予測だと二十個は軽いと言う結果が出たぐらいなんだから」
「に、二十……」
「あと相原くん、誰にもチョコを上げるつもりも無いんでしょ? 体はこ〜んなにおいしそうなのに」
 そう言って、大村先生はブレザーを大きく押し上げているあたしの胸を指先で押し込んだ。
「や、やめてください!」
「あ〜、相原くんのお顔、真っ赤になったぁ〜♪」
「それとチョコと何にも関係ないじゃないですか!」
「大有りよ。だって、こ〜んなに可愛い相原くんが誰にもチョコを上げないのよ? 身の危険を感じたりしない? 男子で相原くんを狙ってる子もかなり多いのに。――誰にも上げなかったら、フリーだと思われてとんでもない目に会っちゃうかも……」
「……冗談ですよね、それ?」
「うちの生徒たちって行動力は物凄いから〜♪」
 それってつまり、あたしが襲われるって事じゃないですか―――!!!
「でもちょうど一つ、チョコレート持ってるよね〜……安全に今日を乗り切りたいなら、それ、誰かに上げれば?」
「無理に決まってるでしょ!」
「うんうん、ド本命の愛情チョコだもんね〜……じゃあ相原くん、学園内で不純行為はしちゃダメよ?」
 するわけないでしょうが!……と言い返すよりも早く、竹刀をステッキのように振り回して大村先生が教室へと入って行き、
「うッ……」
 廊下側の窓から明日香が冷たい視線をあたしに向けているのに今頃気がついた。
 く……朝に喧嘩した以上、ここで後には引けない……!
 舞子ちゃんからのチョコレートを胸に抱き、あたしは拳を握り締めた。
 生まれてこの方、たくさんチョコレートをもらえたことなんてなかったんだ。もらえるというなら……全部貰ってやろうじゃないの!
 例えそれで、どれだけ多くの人に恨まれるとしても、夢に見たような量のチョコを貰うためなら修羅になる事を、出欠点呼の始まった教室の外で固く誓ったのであった―――


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