「真夜中の図書室」短編

微香

沼 隆

「今夜、会えないかな?」
赤川裕史からの電話。
午後のコーヒーブレイクの最中だった。
2人のアシスタントが耳をそばだてている。
嬉しくて、声がはずむ。
隠そうとして隠しきれない。
「菜摘に見てもらいたいんだ」
「できあがったの?」
「うん、けさ、ようやくね。ゆうべは徹夜したよ」
「おめでとう、ヒロ。大変だったね」
「ありがとう」
裕史は、インテリアデザイナー。
オフィスの設計をしている。
インテリジェント・オフィスを勉強しにニューヨークまで行ってきた。
その腕が買われている。
しかし、日本企業は、不況下で苦しんでいる。
しかも、IT革命を推進しなければならい。
裕史のような専門家に費用を支払うゆとりはない。
おのずと、外資系企業からの受注が中心になっていた。
けさ、今年一番の仕事が完成したのだ。
赤坂にあるクレディ・マコネ証券東京支店のインテリアの仕事である。
裕史は、この仕事がよほど面白かったらしく、活き活きと仕事をしていた。
仕事の進み具合を菜摘に話してくれていた。
裕史の目の輝き、自信にみちた声に、菜摘は魅せられた。
…ヒロ、好きよ
オフィスのレイアウトはもちろん、細かな備品にいたるまで、裕史のセンスが要求された。
発注主との折衝も大変だったようで、それもこの仕事をさらに面白くしているようすだった。
待ち合わせの約束をして、電話を切る。

知り合ったのは夏。
冷房が効きすぎるほど効いた出先のオフィスビルを出た。
少し歩いたところで、立ちくらみがして、歩道脇のガードレールにもたれるようにしゃがみこん
だ。
記録的な猛暑が、東京を襲っていた。
届けたばかりの仕事は一週間徹夜続きで間に合わせたものだった。
「だいじょうぶですか?」
気がつくと男が脇に立っていて、心配そうに覗き込んでいた。
会社まで車で送ってくれたその男が赤川裕史だった。
お礼の挨拶に行き、会うようになり、何度か食事をし、それから寝た。
男の心のこもった愛撫に、菜摘は何度も達した。
多忙なふたりが会えるのは、せいぜい月に一度か二度であった。
デートの日は、菜摘は朝から胸をときめかせるのだった。
そういう自分に気づいて、頬を赤らめた。

会社を出ると、蛯原が待っていた。
足元にタバコの吸殻がいくつも落ちていた。
不愉快になった。
「よぉ」
待ちつづけたことを見せ付けるあざといやり方だった。
知り合ったころ、ずっと待ちつづけてくれたことが嬉しくて、飛びつくようにキスをしたものだ
った。
蛯原が求めることは、何でもこたえようとした。
こういうやり口で、菜摘が嫌がることを押し通してきた。
よりによって、菜摘の誕生日に離婚を持ち出してきた元亭主。
  …好きな女ができた…別れてくれ
  …妊娠してるんだ
  …責任とれって、親兄弟に迫られて
  …ちょっと、怖い連中でさぁ
  …な、頼むよ、菜摘
スポーツマンで、屈託のない笑顔をしているところにひかれて、結婚したのだった。
ただの、粗野な男だった。
セックスも独りよがりで、押し付けがましく、菜摘の気持ちも考えずに、のしかかってきた。
  …いいだろ? いいだろ? 感じるだろ?

「あずさにプレゼント渡したいんだ」
「先週会ったばかりじゃない…!」
ふたりのあいだにできた娘のあずさに、月に一度会わせる約束だった。
「おまえにも、プレゼント、用意してあるんだ」
…うそ!
蛯原は、菜摘を車に乗せた。
家まで送るというのを、表参道の駅まで、と何とか納得させる。
「菜摘、もう一度やり直したいんだ…」
耳を疑った。
…何を言い出すのかと思ったら…
「いや!」
「たのむ、菜摘、おまえと暮らしたいんだ」
「捨てられたの?」
「そ、そんな言いかたしなくてもいいだろ!」
「……」
「あずさのためにも…な!」
「あずさを持ち出さないで!」
蛯原の手が、菜摘のスカートに忍び込む。
「やめてよっ!」
「菜摘が欲しいよぉ」
蛯原の指が菜摘のもっとも敏感な場所を撫でた。
菜摘は蛯原の腕をちからまかせに振り払う。
「ふん! 感じてるくせに」
「降ろして!」
「わかったよぉ」

あずさと夕食を済ませる。
携帯電話が鳴る。
「はは、あんたが、菜摘ね…」
「だれ?」
「裕史の妻よ」
どうして、携帯の番号、わかったんだろう…
…ヒロシ、ちょっと抜けてるとこあるから…
「裕史、今夜、行けないよ」
「はぁ?」
「わかってんだから…」
「酔ってるの?」
「余計なお世話よ…あんた、自分でなにやってるか、わかってんの?」
「はぁ?」
「どろぼうネコ!」
菜摘は、ちょっとおかしくなった。
泥棒猫…
思ってもみなかった言葉だ。
ヒロが大好きだし、からだの関係もある…
でも、泥棒猫って呼ばれるなんて、思ってもみなかったぞ…!
ふふっ
「お仕事でお付き合いはあるけど、そんな関係じゃありません…」
「ふん、うそつきっ!」
あは! うそ、ついちゃった…
ヒロシ、エッチ、じょうずですぅ、なんて言ったら…
このひと、逆上しそう…
「交通事故で入院したから…」
「えっ?」
「入院したんだよ!」
電話が切れた。
裕史の携帯に電話を入れる。
…電波の届かないところにあるか…
裕史の会社に電話を入れる。
…本日の業務は、終了いたしました…
菜摘を不安が襲う。
どうしよう…
ヒロシ、どうしたらいい…?

夕食の後片付けを終え、いらいらしているママを心配そうに見るあずさに、
だいじょうぶ、ごめん…
と、安心させるように、無理に笑顔を作る。
あずさは、顔つきは別れた蛯原にそっくりだが、性格は菜摘そのままだ。
負けず嫌いで…泣き虫…
ママの気持ち、お見透し…
携帯が鳴る。
「菜摘…?」
「ヒロ…」
「迎えにいこうか?」
「…」
…やられた!
ヒロの妻に、いっぱい食わされた…!
ほっとして、笑みが顔中に広がり、嬉し涙が出た。
あずさが、そんなママにちょっと肩をすくめて見せると、自分の部屋にはいっていった。

午後9時を回ったころ、赤坂のビルに着いた。
町はイルミネーションで飾られている。
行き交う人も、どこか華やいだ雰囲気がある。
菜摘も、裕史におめでとうをするために、おしゃれをしてきた。
コートの内側には、菜摘のお気に入りを着ている。
白いカシミヤにラメのはいったふわっとしたニット。
ぴったりフィットしてボディラインがくっきりでるベロアのロングスカート。
前には深いスリットが入っていて、歩くたびに太ももが見え隠れする。
ベルトの代わりにシルバーのチェーンを腰に巻いて…
肌が透けて見える黒いストッキング。
自分の足なのに、恥ずかしくなるくらいなまめかしい…

「この子に、私の仕事、見せたくて」
守衛は、インテリアの責任者を快く通してくれた。
明かりが落としてあるほの暗い階段を上がり、2階のオフィスにはいる。
裕史は、スイッチに手を伸ばしかけて、やめた。
街路灯の明かりがこの部屋にも届いて、部屋全体がほんのりと明るい。
高価そうなしゃれた事務机と椅子が、ゆったりと配置されていた。
「こっちにおいで」
裕史は、菜摘を窓際に導く。
見下ろした大通りに、車も、人通りも、絶えることがない。
大きな厚手の窓ガラス越しに、外の音がかすかに聞こえる。
けれど、外界と遮断されて別世界にいるようで、不思議な気持ちがする。
「おめでとう、ヒロ」
「ありがとう、菜摘」
「とてもいいよ…ヒロらしさが出てるし…」
「そう?」
「うん」
唇が重なる。
裕史が菜摘のコートを脱がせた。
スカートの上から、そっと尻を撫でる。
それから双丘をぎゅっと持ち上げるようにつかむ。
「お尻の線が、くっきり出てる」
「ふふ…気に入った?」
「うん、よく似合ってるよ」

「だめ…外から見えるよ」
「だいじょうぶ」
「だって…見上げるひとだっているよ」
「菜摘、ほんとに大丈夫なんだ…この窓ガラス、こっちからは見えるけど、外からは中が見えな
いんだよ」
「ほんと?」
「うん」
裕史の手が、スリットを割って、スカートの中に忍び込む。
「いやぁ…」
「寒くないだろ?」
「うん…」
菜摘は、ストッキングをガーターベルトでとめる、裕史が大好きな下着を着けてきた。
裕史の指が、ストッキングとパンティの間の、太ももの内側の柔らかい場所をさする。
菜摘の敏感な場所。
そこを撫でられると、とっても気持ちがよくなって、思わず足を開いてしまう。
撫で回す裕史の指が、太ももの奥に這い上がる。
パンティの上から裂け目をなでる。
「だめぇ…」
「濡れてるよ」
「いやぁん…」
「菜摘、敏感だからね…ふふ」
口づけを交わした時から、菜摘のそこは濡れていた。
裕史の仕事が忙しくて、もう2週間近く会えなかったのだ。
昼間、裕史の電話の声を聞いただけで胸がきゅんとなった。あそこも…

裕史は、菜摘のニットを脱がせた。
深紅のワインレッドの下着に隠された菜摘の上半身が剥き出しになる。
菜摘は、両腕を交差させ、胸を隠す。
薄明かりの中で、濃い色の下着がいっそう濃く見え、菜摘の色白の肌がくっきりと浮かび上がる。
「綺麗だよ」
「下着が…?」
「はは…菜摘の白い肌がサ」
「うふ」
裕史の唇が菜摘のうなじを這う。
裕史の温かい手のひらが、背中をしっかりと抱いている。
その指先がブラジャーのフックにかかる。
「ああ、だいじょうぶかな?」
「ん?」
「だれか、来たら…」
「はは、それもそうだ」
「ちょっと、寒いし…熱くなるかもしれないけど…」
「ははは…うん、熱くしてあげるよ」
裕史は、菜摘の胸元に口づけをして、ニットを着せた。
裕史の勃起が、菜摘の腹に触れる。
ズボンの中で、激しく屹立しているのがよくわかる。
菜摘は、ズボンの上からこわばりをさする。
菜摘の指がファスナーをひき降ろし、裕史はベルトをはずした。
菜摘は、床にひざをつくと、ペニスをくわえた。
「うっ」
唇と舌を使って、ペニスの茎から先端までしごくようにしてしゃぶる。
節くれだったペニスが、ぴくんと震える。
それから、舌の先を巧みにふるわせて、先端にある鈴口をちろちろと舐める。
「うううっ」
裕史の指が、菜摘の後頭部をそっとつかむ。
大きな飴玉を舐めるように亀頭をしゃぶると、裕史は、腰をヒクヒクと痙攣させた。
裕史は、菜摘を近くのデスクに抱き上げた。
菜摘を寝かせると、スカートをたくし上げる。
深いスリットが入ったスカートは簡単にめくれて、下半身が剥き出しになった。
裕史は、パンティに指をかけ、ひき降ろす。
菜摘の陰毛が、目の前にあった。
両足のあいだに、顔をうずめる。
溢れ出した蜜を、すする。
「どうしたの?」
「ん?」
「ここ、いつもと、違う香りがする」
「うふ」
「いい香りだ」
「そお?」
「いつもの、ジャスミンの香りと違うね」
「うん…なんだか、わかる?」
「いや」
「キンモクセイの香り」
「ああ。そうか」
そこは、菜摘が愛飲する香茶の匂いがしている。
夏、汗の匂いを変えてくれるというので、始めたことだった。
ついこのあいだまで、ジャスミンティを飲んでいた。
茉莉花茶。
香りも素敵だし、名前も綺麗…
香りのするお茶を飲んでいると、体液にも移る。
今月に入って、菜摘は、横浜中華街でやっと見つけた桂花烏龍茶を飲んでいる。
桂花は、キンモクセイ。
菜摘のからだに入ったキンモクセイの花のエキスがそこにいい香りをただよわせているのだ。
繊細なものにしかわからないかすかな香り。
裕史は、味わいつくすとでも言うように、舌の先でかき分けながら、襞の隅々まで舐めまわした。
裕史の唾液に、菜摘の蜜が交じり合って、肉の裂け目を流れ下る。
ちゅるっ
裕史が、すする。
膨れて、包皮がめくれ、むき出しになったクリトリスを、舌が這い、それから強く吸われたとき、
そこから菜摘の全身に快感が広がった。
裕史は、立ち上がり、それからペニスの先端を菜摘の入り口にあてがう。
亀頭が、入り口を広げる。
「ああん…」
菜摘が、大好きな瞬間。
そこが、ペニスで広げられる瞬間。
からだの芯から、悦びが広がる。
裕史はよく知っていて、しばらく、そのままの位置で、菜摘を歓ばせてくれる。
それから、ゆっくりと進入してくる。
下腹部が、裕史で満たされていく。
胸まで突き上げられる感覚。
裕史が、腰をゆっくりと使いだす。
次第に快感が高まってゆく。
菜摘も、自然に腰を動かしている。
やがて、菜摘は裕史の背中にしがみつくようにして達し
「あああああああっ!」
裕史の精液を受け止める。

窓際に立って、街路を見下ろす。
このオフィスは、裕史の手を離れる。
週明けからこのオフィスで忙しく働く人たち…
「ヒロ、マーキング?」
「ん? …かも」

「明日、いっしょにいたいよ」
「うん…」
「でも…」
「ふふ…わかってる」
「わるいね」
「いいよ、何にも言わなくて」
走り去る裕史の車を見送る。
空を見上げる。
星が、きらきらと輝いている。
澄み切った晩秋の夜空に、いっそう輝いて見える。
まるですべての星が自分に降り注いでくるような…
あした晴れていたら、この星をあずさといっしょに見るんだ!
菜摘は、裕史の携帯にメールを送る。
オヤスミ、ヒロ
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