「真夜中の図書室」アクセス25万記念作品

淫獣の城   (完結)

沼 隆

第16章

「あなたとパパの結婚には、あたしたち、反対だった」
美紀は、ぎょっとして声がするほうへ振り向いた。
書斎の出入り口の脇に瀬里奈が立っていた。
いま、肖像画から抜け出したばかりという場所に。
「瀬里奈…」
「モニク、あなたがパパを愛していること、あたし、すぐにわかったわ」
瀬里奈の眼に、激しい怒りが燃えている。
「パパが、あなたを愛してるってことも」
美しい顔立ちにケンがあり、言葉にとげがある。
「ママを殺したの、やっぱり、あなただったのね!」
「殺してなんか、いない!」
「いいえ、モニク、あなたがママを殺したのよ!」
「あれは、事故よ!」
「わざとやったのよ!」
「妙子には気の毒なことをした。私は、流産したのよ!」
「言いわけは、たくさん!」
瀬里奈は、暖炉の燃え盛る火の中に火掻き棒を挿しこむ。
「おまえは、あたしと隼人を脅した」
「何を言うの!」
「あたしたちが、おまえの結婚に反対だってわかったとき、おまえはあたしたちのことをパパに告げ口
するって脅した」
「……」
「おまえは、あたしたちを黙らせて、結婚したのよ」
「いやらしい兄妹…」
瀬里奈は、火掻き棒を握ると、デスクに近づく。
ひたひたという足音。
いつの間にか、フリッツが瀬里奈の後に付いていた。
「モニク…」
デスクを覗き込むように迫る瀬里奈を見て、モニクは叫ぶ。
「やめて! 瀬里奈、やめて!」
「思い知らせてあげる」
「フリッツ、瀬里奈を止めなさい!」
モニクの命令に、フリッツはたじろぐ。
「フリッツ、私の命令を聞くんだ!」
漆黒のドーベルマンは、飼い主に忠実な存在。
テーブルに飛び乗ると、モニクを守ろうとするかのように、瀬里奈の前に立ちふさがる。
「いい子だ、フリッツ、おまえ、いい子だ」
ぐるるるる…
フリッツは、低い声でうめく。
美紀は、このフリッツこそ、敦史を無残な姿に引き裂いた犯人であることを思い出す。
瀬里奈が、危ない…
ぐるるるるるる…
「隼人、邪魔しないで!」
美紀は、耳を疑った。
瀬里奈が、フリッツに向かって、隼人と呼びかけたのだ。
「隼人、どいて」
ぐるるるるる…
「隼人! あなたをそんな姿にしたのも、モニクよ! 思い出して!」
フリッツは、ずっとためらっている。
モニクの命令と、瀬里奈の板ばさみになって。
飼い主に忠実な習性と、妹を思う気持ちがよみがえって。
「どいて、隼人! そこを、どいて!」
「フリッツ! 私を、お守り!」
「さあ、どいて! ここでやめてしまったら…隼人! 2度とチャンスはない!」
「フリッツ! 瀬里奈を始末するんだ!」
モニクの、始末という言葉に、フリッツは身震いした。
フリッツはデスクから飛び降りる。
「フリッツ!」
呼び止めるモニクの声に振り向きもしないで、フリッツは部屋の隅の暗闇に姿を隠した。
瀬里奈は、熱く熱した火掻き棒を、モニクの腹の傷に押し当てた。
じゅうううううううっ
モニクの凄まじい悲鳴。
「せ、り、な…」
「瀬里奈さん、もう、いいでしょ?」
美紀は、瀬里奈に言葉をかける。
「美紀さん、こうするしかないの…邪魔しないで」
「ひどい、ひどすぎる…」
「この女の呪いから、抜け出したいの…美紀さん、邪魔しないで…」
じゅうっ……
左京が、隼人が、そして瀬里奈が付けた腹部の十字が広がり、深くなって、ぱっくり口を開き、血が流
れ出す。
瀬里奈は、火掻き棒を暖炉の燃え盛る火にくべる。
「美紀…やめさせて」
「美紀さん、モニクの呪いは、あなたにも及んでいるの」
「何を言うの!」
「あなたは、この屋敷を出て行くことは出来ない。そうよね、モニク」
美紀は、瀬里奈の言葉に、驚愕した。
モニクの呪いで、ここから逃げ出せないなんて…
美紀は、横たわるモニクの姿を見ることが出来なかった。
むごたらしくて。
瀬里奈は、瀕死のモニクにさらにひどい仕打ちをしようとしている。
「瀬里奈さん、もういいんじゃない?」
瀬里奈は怪訝な表情で美紀を見返す。
「この人を殺すつもり?」
瀬里奈の眼に、強い光が現れる。
「殺す? ええ、そうよ。私たち、このひとを殺すことに決めたの」
「どうして? そうしないと、呪いが解けないというの?」
「わからない、やってみないと…3人の気持ちがひとつになった…今夜、モニクを…」
瀬里奈の声は震えていた。
自分がしていることの恐ろしさからだろうか。
「そうしないと、私たちは、これからもずっと、このひとの言いなりになってしまう…」
じゅうううううううううう………
乳房の下の肋骨が現れる。
腹部から流れ出した血が、デスクを流れて床に落ち、血だまりを作っている。
モニクの目に、憎悪が。
「殺して、呪いが解けるといいのだがね…」
「黙って!」
「もっと、もっと、呪ってやるよ!」
「いくらでも、呪うといい! たとえおまえの呪いが解けなくても、3人で決めたことよ!」
美紀は、瀬里奈の怒りの前に、なすすべがなかった。
モニクが息絶えた。

デスクの上の血まみれの死体を、瀬里奈は見つめている。
火掻き棒は、床の血だまりの中に転がっている。
いつの間にか、瀬里奈に寄り添うように、フリッツがいた。
鎖で縛られたアルベリヒも、ずっと黙り込んだままである。
3人の心が通い合い、ひとつになってやり遂げたこと
それは、モニクの惨殺であった。

瀬里奈と、アルベリヒと、フリッツと
この奇妙な3人に、平穏のときが訪れているのだろうか。
あるいは、自分たちのした行為の恐ろしさに、おののいているのだろうか。
美紀も、ソファに腰を下ろしたまま、じっと3人を見詰めているだけだった。

「瀬里奈さん…」
沈黙を破ったのは、美紀だった。
尋ねたいことがあった。
モニクが、3人を呪うわけを。
尋ねても、とがめられるいわれはない。
美紀自身、この家族の、惨劇に巻き込まれているのだから。
モニクの呪いが、美紀自身をこの屋敷に閉じ込めているのだから。
「モニクは、なぜ、あなたたちを呪ったの?」
瀬里奈は、美紀を見詰める。
「モニクは死んだのに、呪いは解けないわね」
瀬里奈の顔に、悲しみが広がる。
左京は、アルベリヒの醜い姿のままだし
隼人も、フリッツの姿のままだ。
瀬里奈は、美紀の向かいのソファに腰を下ろす。

「パパが、モニクを裏切ったの」

第17章

6年前のこと。
5月の初めのころ。
ママが、突然、パパに会ってくる、って言い出した。
普段のママと、ぜんぜん変わんなかったから
パパに会いたくなったんだって、思った。
行かせてあげたい、って思った。
私たちのこと、心配しないで、ってママを送り出した。

出前のピザが届いた。
隼人が、ワインをあけようって言い出して。
パパが大切な日のためにとってあるっていうワインをあけた。
とても美味しかった。
パパとママが、久しぶりに幸せな時間を過ごしているって思うと
隼人も、私も、幸せだった。
2本目は、もっと美味しいワインだった。
隼人も、私も、とってもいい気分になった。
向かい合って座っていたんだけど
とっても不思議な気持ちになったの。
生まれたときから、ずっと一緒。
男と女の違いはあるけど
好きな音楽は違っているけど
嬉しいとき、悲しいとき
気持ちがおんなじだった。
離れていても、隼人が哀しんでいる、ってわかるし
隼人も、私がつらいとき、自分もつらいって。
私たち、そうやって生きてきたんだ。
この世の中で、一番分かり合っているふたりなんだって。
目の前にいる隼人が、鏡に映った私に見えた。
キスしたの。
隼人、愛してる、って思った。
瀬里奈、愛してるよって、隼人が思っているのが
はっきりわかったの。

隼人は、瀬里奈を抱き上げると、自分のベッドに運んだ。
瀬里奈は、美しかった。
いままでに好きになった女たちの誰よりも。
覆いかぶさってくる隼人を見詰める瀬里奈に
隼人は、今まで好きになった男たちの誰よりも美しかった。
無言で口付けを交わし、舌を絡ませる。
瀬里奈の胸のふくらみが、隼人の指のあいだで、弾む。
ブラウスを脱がせる。
真珠色のブラジャーをはずしてやる。
先端のピンク色をした小さな乳首。
隼人は、まず、そっと唇をつけ、それから舌先で何度か触れて
唇でしっかり挟み込むと、力強く吸った。
素肌を重ねたい…
隼人は、上半身裸になる。
瀬里奈に口づけをしながら、胸と胸を重ね、自分の肌で瀬里奈の乳房の感触を確かめた。
隼人は、下半身も裸になる。
硬くなったペニスを、瀬里奈が見詰めている。
瀬里奈は、起き上がって、スカートを脱ぎ、パンティも脱いだ。
ベッドをはさんで、ふたつの美しい裸身があった。
瀬里奈が先にシーツに潜りこみ
隼人が後を追う。
抱き合い
キスをし
ひとつになった。
双子の兄と妹は、この夜を境に、深く愛し合う恋人同士になった。
瀬里奈にとって、隼人はこの世で一番いとしい人
隼人にとって、瀬里奈はこの世で一番たいせつな人

左京が、妙子の遺骨を抱いて帰国する。
葬儀がすんだ。
左京は、打ち沈んでいた。
妻を亡くして、呆然としている父親の姿は、ふたりの子供たちの悲しみをいっそう深くした。

一家は、夏休みをこの別荘で過ごすことにした。
去年までは、妙子と親子4人で過ごした夏休み。
今年は、3人だ。
時折仕事で東京に出る左京が、食料品を買い込んでくる。
父親の留守は、兄妹にとってたっぷり愛を交歓できる時間であった。

翌年の秋、左京が、モニクというフランス女性を白金のマンションに連れてきた。
燃える炎のような赤い髪をして、神秘的な緑色の瞳を持つ女性。
瀬里奈には、見覚えがあった。
ママのお葬式がすんで1ヶ月ほど経ったころ、マンションの入り口で誰かを待つように立ち尽くしてい
た人。
隼人に話す。
どういう女なんだろう。
左京は、時々モニクとデイトをしている様子だった。
モニクは、パパの恋人…?

妙子がなくなって、2年経った。
隼人も瀬里奈も、父親の新しい恋人について口出しをすることはなかった。
左京がモニクを家にたびたび連れてくるようになっても
妙子を失った悲しみも、愛する人がほしい気持ちも、ひとは同時にもてるということを、理解できたか
ら。

左京は、夏の別荘生活に、モニクを招いた。
4人の別荘生活が落ち着いたころ
夕食の片づけが済んで
隼人と瀬里奈が自分の部屋に上がっていこうとしたとき
左京がふたりを呼びとめ、客間のソファに座らせた。
「たいせつな話がある」
パパは、モニクと結婚する、と宣言したのだった。
大学のチャペルで、10月に。
「結婚?」
隼人と瀬里奈は、パパがママを今でも深く愛していて
ほかの女性と再婚することになると思ってもいなかった。
好きな女性がいてもいい。
愛人と呼ばれる人がいてもいい。
でも、結婚はしてほしくない。
激しく言い争う家族ではない。
隼人が、瀬里奈が、自分の気持ちを率直に言葉にした。
「パパは、ずっとママを愛し続けると思っていたよ」
「ママが、一番大切のひとだって、パパがそう思ってるって、信じてた」
「ママを思う気持ちは変わらない。心の中に、ママはいつもいる。だが、モニクを愛していることも事
実だ。モニクと生きていきたい」
左京が、子供たちに相談をしているわけではない、自分の意思を伝えているだけだということを、隼人
も瀬里奈も承知していた。
「やがて、おまえたち、ふたりは自立する。私は、独りぼっちで生きていくことは出来ない」
反論のしようがなかった。
モニクが妙子の位置を奪って家族の一員になるという思いが、瀬里奈に芽生えた。
それは、許せない。

左京が留守の夜、愛し合っているところをモニクに見られる。
「左京がいないとき、あなたたち、いつもこうしているのね」
「僕たちは、愛し合っている」
「愛ですって?」
「ええ、私、隼人を愛している」
「あなたたち、兄妹でしょ!」
「ええ、そうよ。そのことで、モニク、あなたに文句を言われる筋合いはないわ」
「なんですって!」
2年前、モニクの姿を初めて目撃した日のことが、心をよぎった。
孤独と、不安に、いらいらした様子でエントランスにたたずんでいたモニクの姿。
もしかしたら…このひと…
「ママを殺したでしょ!」
「馬鹿なことを言わないで!」
「モニク、おまえがママを殺した。パパと結婚するために」
「あれは、事故よ!」
「嘘!」
「ぼくたちは、騙されないよ。パパは騙せても」
隼人と瀬里奈の視線には、いつも見せてくれていた心優しさは微塵もなかった。
妙子は、避けようのない交通事故で死んだのだった。
モニクも、左京の子を、流産したのだ。
しかし、その車を運転していたのは自分だし、事故の直前まで、妙子と激しく言い争ってもいたのだ。
隼人と瀬里奈が見せる憎悪に、モニクは黙らざるを得なくなった。
しばらく様子を見よう…
「ぼくは、あんたがパパと結婚するのに反対だ!」
「わたしも」
「左京は、私を愛している。あのひとから聞いたでしょ」
「あんたが、騙してるんだ」
「あなたたちがわかってくれないなら、仕方がない。でも、私たちは結婚します」
「なんだって!」
「妙子が亡くなったのは、気の毒だわ。でも、あれは事故」
「嘘だ!」
「妙子を思う気持ちは、わかる」
「ママのこと、呼び捨てにしないで!」
「わかったわ。あなたたちは、私の子供ではないけど、左京の子供。左京のために、あなたたちが何を
しているか、左京に話します」
「……」
「モニク、私、隼人を愛しているの」
「そう」
「隼人を失うくらいなら、死ぬわ」
「兄と妹が愛し合うなんて、いけないことよ」
「どうして? 妹が兄を愛して、いけないわけって、なに?」
「……」
「私たちを引き裂いたりしないで! ね、モニク、お願い!」
取引が成立した。

第18章

2学期が始まった。
隼人も瀬里奈も、慶鳳大学へ推薦入学が決まっている。
のびのびとした生活を送っている。
10月には、左京とモニクの結婚式が、大学のチャペルで行われた。
白金のマンションで、一家4人の生活が始まる。

11月23日
隼人と瀬里奈の18歳の誕生日。
この夜のパーティは、日曜日に延期になっていた。
隼人は、横浜で開かれるロックコンサートに出かける。
プレミアつきでやっと手に入れたチケットだ。
行かないわけには、いかなかった。
そのまま友人の家に泊まってくることになっていた。
モニクは、フランス食材輸入会社主催のディナーパーティに出かけていた。

左京と瀬里奈と、ふたりだけの夕食。
それでも、誕生日のお祝いに、極上のブルゴーニュワインをあけた。
親子で、食事の後片付けを済ませ、瀬里奈は自分の部屋に入る。
ベッドに寝転がって、雑誌をぱらぱら眺めているときだった。
左京がドアをノックする。
「入っていいかな?」
「うん」
瀬里奈は、起き上がる。
「おまえに、贈り物だ」
左京が差し出したものは、ブルーのフェルト地で覆われた宝石ケースだった。
「開けてごらん」
「あ、これ…」
「覚えているかい?」
「うん、ママの…」
「妙子が一番気に入っていたイアリングとネックレスだ」
「着けてみて、いい?」
「ああ、いいよ」
「でも、この格好だと、おかしいね」
セーターにミニスカートでは、ダイアモンドの装身具は、似合わない。
瀬里奈のクロゼットには、ママの形見のトルコ・ブルーのドレスがとってある。
「パパ、向こうを向いててね」
「ああ」

「ママのドレス、よく似合うよ」
「うふ…」
「瀬里奈は、おとなっぽいから」
クロゼットの扉にしつらえた等身大の鏡の前に立つ。
パパの言うとおりだった。
ドレスで、いっそうおとなっぽく見える。
「ネックレス、パパがつけてあげよう」
瀬里奈の背後に、左京が立つ。
パパ、こうやって、ママにも着けてあげてたんだね…
イアリングをつける瀬里奈の鏡に映る姿を、左京は見詰めている。
「ママにそっくりだ」
そう…
笑ったときの口元が、ママにそっくりなの…
中学生のときに気がついた。
パパの目が、潤んでいる。
ママを、やっぱり、ママを愛しているんだ。
ほっぺたに、チュッとして。

「いやっ!」
瀬里奈は、必死で抵抗した。
のしかかってくるパパを力いっぱい押し返そうとした。
ドレスが引き裂かれ、パンティをむしり取られて
強引に挿入してきた。
射精が迫ったとき、左京はペニスを抜くと、瀬里奈のからだに精液を浴びせた。
へそから、乳房にかけて、父親の精液を浴びて、瀬里奈は、しゃくりあげている。
そのときだった。
乱暴にドアが開けられ、憤怒に顔を真っ赤にした隼人が、飛び込んできた。
「この、くそおやじがっ!」

モニクが帰宅したとき、家の中は静まり返り
ドアが開け放しになった瀬里奈の部屋を覗き込んで、息を呑んだ。
ベッドには、ぼろくずになった衣服の破片をまとい、裸の瀬里奈が横たわっている。
床には、左京と隼人が、血を流し、傷だらけになって転がっていた。
ガウンのすそがまくれてむき出しになった左京の下半身は、何もはいていなかった。
モニクは、立ち尽くす。

モニクの提案で、一家は別荘に移動した。
どうするか、話し合いましょう。
モニクは、隼人と瀬里奈が、兄と妹でありながら、からだの関係を続けている、と左京に話した。
左京は、驚き、立ち上がり、隼人をぶちのめそうとする。
「左京、あなたは、実の娘を犯したわ」
左京は、振り上げたこぶしを下ろすしかなかった。
「瀬里奈をめぐって、父と兄がいさかいを続けるのかしら?」
モニクの言葉には、強い怒りが込められていた。
「左京、あなたは、でたらめな人ね」
左京は、言葉が出てこない。
妙子の面影に引き摺られるようにして、瀬里奈を犯した…
それは、いいわけだ。
しかも、そんな言い訳が、どうして通用するだろう。
必死に抵抗する瀬里奈を、間違いなく強姦したのだから。
妙子としたように、瀬里奈と熱い抱擁を交わし、甘美な愛のときを過ごしたい…
一瞬湧いた欲望に身をゆだね、拒まれると、暴力で交わった。
「ゆうべからずっと、あなたたち3人に対する怒りで、はらわたが煮えくり返る」
モニクは、緑色の瞳を、怒りでぎらぎらさせていた。
彫りの深い顔立ちが、険しい。
「父親が娘を、兄が妹を…なんていう家族なの!」
左京をにらみつける。
「左京、あなたは、なんて不実な人! あなたの言葉が、何から何まで信じられない!」
モニクは、立ち上がる。
「あなたを愛して、あなたを信じて、ここまでやってきた…許さない…許さないよ、左京! おまえた
ちを、呪ってやる!」
その夜、左京は、寝室の隣のベッドに寝ているモニクに機嫌を直してもらおうと迫っていったときだっ
た。
体中の筋肉が疼き始め、モニクのからだに伸ばした自分の腕に、茶色い柔毛が見る見る生えていった。
モニクに話しかけようとした声が、獣のうめき声にしか聞こえなかった。
ベッドから転がり落ちるように出て、浴室の鏡に映った自分の姿を目にしたとき、そのあまりにおぞま
しい姿に、左京は悲痛な叫び声を上げていた。
浴室の入り口に立ったモニクが、冷ややかな目をして立っていた。
かつて、ヨーロッパの各地をさまよっていた祖先から受け継がれた力が、こんな強い形で現れるとは…
モニク自身、驚いてもいたのだ。
「そばに来ないで!」
強い言葉に、左京は退く。
このとき、モニクは左京の絶対的支配者に、左京はモニクの従順は下僕になった。
「おまえを、アルベリヒと呼ぶことにしよう。アルベリヒ、おまえの強い性欲は、夜だけ、使えるよう
にしてあげる。私は、汚らしいおまえのお相手はしない。おまえの相手は、瀬里奈に…」
隼人と瀬里奈は…
ふたりは、瀬里奈の寝室にいた。
裸で、抱き合って…
モニクが部屋に入り、明かりをつけると、隼人はベッドから飛び出し、モニクに飛びかかろうとした。
そのときだった。
隼人の手足に激しい痛みが走る。
電流を流したかのように、痺れ、気がつくと、床に四つんばいになっていた。
目の前の腕が、奇妙な形に変形していて…
犬の足に変っていた。
モニクは、再び自分の技に驚く。
すぐに冷静に、隼人に命じた。
「隼人、おまえの夜の姿は、ドーベルマンだ。素敵だろ?」
隼人は、何かしゃべろうとして、舌がだらりと垂れ下がる。
声が…でない…
「左京が…こいつが、左京だ…おまえたちの父親の、醜い夜の姿…」
隼人は、モニクの後ろに立つ大男を見上げる。
「アルベリヒという名前をつけてやったよ、隼人…そうだ、おまえは、フリッツと呼ぶことにしよう…
ふふふ…フリッツ、素敵な名前だろう?」
これが…モニクの呪いなのか…
「アルベリヒ、アルプと呼ぼうね、アルプのやつは、瀬里奈とセックスをしたいようだ、フリッツ、お
まえ、瀬里奈を守ってあげるんだよ」
それから、モニクは、ははは、と笑った。
「フリッツ、おまえ、妹を愛しているんだろう? 獣みたいな父親から守ってやるんだよ」
フリッツは、モニクの命令を従順に聞いている。
主の命令には、忠実に従う。
あれほど憎んだモニクに、反抗心は微塵も湧いてこない。
瀬里奈は、ベッドの中からおびえたまなざしで、目の前で起こる不思議なことを見ているしかなかった。
「瀬里奈、おまえにも、お仕置きをしなくちゃね」
モニクは、何事か思いついたようだ。
「アルプ、瀬里奈を連れて、書斎においで」
ベッドに近づこうとするアルプから瀬里奈を守ろうと、フリッツが飛び掛ろうとするのを、モニクは制
した。
「そうだよ、フリッツ、いい子だ。アルプが変な気を起こしたら、今のようにして、瀬里奈を守るんだ
よ」
書斎には、一枚の大きな肖像画がかかっている。
印象派の画家が描いた少女の絵だ。
……瀬里奈、おまえの昼間の居場所は、この絵の中だ。
夜明けから、真夜中まで、この絵の中にじっとしているんだよ。
夜のあいだだけ、この絵から出してあげる。
そのあいだだけ、おまえのしたいことをしたらいい。
かわいいフリッツの世話をしてもいい。
フリッツは、おまえの兄さんなんだから。

「アルプ、瀬里奈に、着るものを持ってきておあげ。一晩中裸では風邪をひかせてしまう。それに、昼
間、素っ裸で絵の中に立っているのは、恥ずかしいだろうし」
モニクは、寝室に去る。
瀬里奈は、アルプが寝室から運んできた衣服を身に着けた。
フリッツは、アルプを部屋の隅に追いやる。
ソファで泣き続ける瀬里奈の足元にフリッツは伏せの姿勢でじっとしている。
夜が白み始めるころ
瀬里奈のからだは、自分の意思と無関係に、絵の中に溶け込んだ。
時を同じくして、アルプの醜い姿は左京に、ドーベルマンは隼人の姿に戻ったのだ。

第19章

東の空が茜色に染まる。
夜明けだ。
夜が明ければ、モニクの呪いが解けたかどうかわかる。
美紀は、書斎の南側の窓辺に立って、景色を眺める。
湖面は、朝の光を受けて、きらきらと輝き始める。
湖の反対側の山の斜面が、闇の中から次第に光を受けて、輝き始める。
屋敷の玄関から湖畔に下っていく斜面は、雪に覆われている。
静寂が世界全体を支配しているようだ。
突然、朝日がぬっと顔を出した。
湖面が、山肌が、雪の地面が、朝日に染まる。
美しい…
美紀は、室内を振り返る勇気がない。
瀬里奈が、左京が、隼人が、どんな姿でいるか、怖くて、確かめることが出来ない。
かすかに、鎖を解く音が聞こえる。
振り向いた。
隼人が、左京の鎖を解いているところだった。
言うべき言葉が見つからなかった。
誰もが無言だった。
左京が立ち上がる。
疲れきった表情をしていた。
瀬里奈は…
瀬里奈は、絵の中にいた。
デスクの上には、むごたらしいモニクの死体。
モニクの呪いは、解けなかった。
「美紀さん、休むといい。あとは、私たちでやるから」

裸になって、ベッドに入る。
全身に疲労感があるのに、眠れなかった。
からだは眠りたがっているのに、頭が冴えて、眠れない。
モニクの呪いは、美紀自身にも及んでいるという。
この屋敷から、逃げ出す方法はない、ということなのか。
起き上がる。
下着をつけ、緑色のメイド服を着て、階下に向かう。
ダイニングに、左京と隼人がいた。
コーヒーカップを手元に、向かい合って、いた。
「おかけなさい、美紀さん」
「コーヒー、持ってきてあげるよ」
隼人が、キッチンに立つ。
「モニクの怒りは、おさまらないようだ」
「そうですね」
「美紀さんには、本当にすまないことをした」
「……」
隼人がコーヒーを運んでくる。
「ありがとう」
「隼人と相談したのだが」
左京が、じっと見詰めている。
「美紀さんを、森の向こうへ連れて行こうと思う」
「えっ!」
ここから、出て行けるっていうこと?
「ぼくたちが、モニクの言いつけで買い物に行くときに通る道があるんだ」
「そこを抜ければ、美紀さんを外に出して上げられる」
「今日は、お天気もいいし、暖かいから」
「美紀さん、抜けられると思うんだ」
「連れて行ってください!」
「じゃあ、瀬里奈の服に着替えておいで。温かい格好をして」
瀬里奈の寝室のクロゼットをあけ、下着を取り替え、温かい服装を羽織って、下に降りた。

岩場に差し掛かったとき、美紀の足に激しい痛みが走る。
「どうした?」
「歩けません」
「じゃあ、私が負ぶってあげよう」
左京の背中に負ぶさる。
すると、左京の足に激痛が走り、一歩も進めなくなるのだった。
隼人が変っても、同じだった。
美紀は、閉じ込められたのだ。
3人は、一言も口を聞かずに、屋敷に引き返した。

「誰かが、森に入ったわ」
「どんな連中?」
「若いカップルね。男の子は、女の子を殺すつもりだわ。森の中で殺すつもりね」
「美紀、いろんなことが見えるようになったね」
「きっと、モニクが授けてくれたんだと思う」
「怖いこと、言わないでくれよ」
「ふふふ…あなたたちで、男の子を懲らしめてやって」
「女の子、どんな子かな?」
「左京!」

真夜中、家族は書斎に集まる。
瀬里奈の肖像がかかった部屋。
暖かい春の宵。
心行くまで、セックスを楽しめる。
明け方まで。
瀬里奈が、肖像画に戻るまでの時間。
隼人は、ドーベルマンに姿を変えて、いとしい瀬里奈を待ち受ける。
美紀は、とびきりエッチな下着をつけて、アルベリヒが戸口に現れるのを待つ。
犬と交わる瀬里奈を辱めるものはいない。
瀬里奈の背後からのしかかっている漆黒のドーベルマンは
いとしい隼人その人なのだから。
隼人は、舌とペニスで、瀬里奈を何度もいかせる。
アルベリヒは、見かけの醜さと正反対に
美紀を時には優しく、時には激しく愛撫し、交わるのだ。
明け方、美紀がくたくたになるまで、立ち上がれなくなるまで、し続ける。
アルベリヒは、絶倫。
フリッツも。

傲慢無礼な客人が迷い込んでくると、4人はゲームを楽しむ。
挑発し、誘い込み、たっぷり恐怖を味わわせて、放り出す。
時に手加減し損ねることもあるが…
時折訪れるゲームの夜は、快楽にいろどりを添える。
左京の浮気心には、美紀が罰を与えてやればいい。
「美紀、ゲームには、獲物という意味もあるんだよ」

激しいセックスの翌日は、美紀は昼過ぎまでベッドの中。
左京が、昼食を運んでくることもある。
男たちが、買出しに出かけた午後、美紀は料理のお勉強。
モニクに負けない、腕前になる日も遠くない。
美味しい食事、美味しいワイン。
美味しいセックス。
ここは、淫獣の城。

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