第一話「ショーの開幕。」


 魔術師に案内されたのはなんと舞台の上。どうやらここが彼の言う特別席のようです。確か にここなら全てが一番良く見えるでしょうが、果たしてこんな所に立っていても良いのでしょ うか? まあ、主役が良いと言うなら別に構わないのでしょうが。その主役はこちらの困惑な ど知らずに、幕の端から客席を覗いています。 「ふんふん、なるほど。客の入りはまずまずっていうところですか。まあ、この町では初めて の公演ですし、 こんなもんでしょうかね」 「客層は居酒屋からそのまま流れてきたような中年の男や若い男がほとんどですかね。まあ、 カップルや 女性の姿もちらほらありますが」 「さて、今日の主役になれそうなのは、っと」 「いました。後ろの方に遠慮深く座っている若い女性。彼女なら本日のショーにぴったりです な」 「さてと、お客さんもお待ちかねのことですし、そろそろ幕を上げますか」  そう言うとマジシャンはゆっくりと幕を開け始めます。と共に拍手の音が小さな劇場に広が ります。客席の7分ぐらいが埋まっています。なるほど、初公演にしては盛況かもしれません ね。客達はこちらを見てもなにも不信感を抱きません。おそらく、助手かなにかだと思ってい るのでしょう。 「みなさま。本日は我が黒崎マジックショーにお来し頂き、誠にありがとうございます」 「これからみなさま方に世にも珍しいショーをお目に掛けましょう。どうぞ、最後までゆっく りとお楽しみ下さい」  マジシャンは開演の言葉を述べると簡単な芸を披露します。内容はシルクハットからボール を出したり、手の中の小さな玉を増やしてみたりと、どれもありきたりなものばかり。とりあ えず、ショーの前座といったところでしょうか。しかし、これほど近くで見てもなにか小細工 をしている様子はまったくありません。彼が本物の魔術を使えるという話も、あながち嘘では ないようです。  しばらくそんな事を続けていましたが、客が飽き始めたのを見て、魔術師は次のショーの準 備をし始めました。 「これから行う魔術はお客様の手助けが必要なものなのですが、誰かこの舞台の上にてお手伝 い下さる方はおられないでしょうか?」 と、彼は客席に向かって話しかけます。しかしまあ、そこは日本人。率先して手を挙げる物な ど誰もおりません。敢えて目立つような事はしない。古くから伝わる奥ゆかしき文化でしょう か。 「困りましたね。それでは申し訳ございませんが、こちらの方で選ばせてもらいます」  困ったというのはまったくの嘘。おそらくこれもシナリオの内なのでしょう。マジシャンは 一番奥に居る、先程話していた若い女性を指名しました。女性は困惑しながらも舞台に上がっ てきます。舞台の裾で荷物や貴重品をスタッフに預け、舞台上に姿を見せました。 「それではお名前を教えてもらえますか?」  魔術師の質問に女性はか細い声で答えます。しかし、それでは会場には聞こえないので、マ ジシャンはその重要な部分を復唱しています。彼女の名前は神崎玲華。この春に大学生になっ たばかりのようです。今夜、ここに来たのはマジックショーに興味があったからだと言います が、どうやら本心ではなさそうです。最後に魔術師は女性の耳元でなにかを囁き、そして協力 の意思を確認します。彼女は小さくうなずき、協力することを示しました。  しかし、この選択が彼女にあれほどの恥辱をもたらすなど、誰が予想し得たでしょうか。 そして、マジックショーの本当の幕が今、上げられます。


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