第八話「紙上の牢獄」


 満員の観客が見つめるステージ上で、若い少女がその全てをさらけ出していました。胸の美し い膨らみも、自身の手で開ききられた生殖器も、ステージ照明の下で晒し続けています。全ての 観客の視線が、ヒロインの羞恥の部分に集まっています。彼女の生の性器に、会場に大きく映し 出された虚像の陰部に、観客達は視線を送り続けていました。  そのヒロインは、つい先刻に普通に会話を交わしていた少女。同じ立場にいた彼女が、こうし てステージ上で全裸を晒しているというのは、少々奇妙にも感じますね。 「いつまで……、こうしてればいいのよ?」  全てを見られるままに任していた娘が、抗議の言葉を上げます。彼女がこの格好をとってから たいして時は経っていないのですが、少女自身はかなりの時間が経ったように感じていたようで す。シルクハットから魔術道具を取り出そうとしていた黒崎が、ゆっくりと言葉を発しました。 「これは失礼しました。それでは、次のマジックをお目にかけます」 「皆様方、壇上の少女及び会場上部に作りました模像にご注目くださいませ」  魔術師の言葉で、今度は別の意味で会場中の視線が全裸の乙女に集中します。マジシャンはそ の視線を遮るかのように、ヒロインの体を赤い布で覆い隠します。どうやら、この布自体にも特 殊な魔術が施してあるらしく、天井の虚像の方も布で覆われ見えなくなりました。 「さてと、この布には特殊な魔術がかかっております」 「皆様、布の変化にご注目下さいませ」  全ての観客の注目が布に集まったのを確認すると、マジシャンは軽く指を鳴らします。すると、 少女を包んでいた布がその盛り上がりを無くしました。軽い絹擦れ音を立てて、真紅の布がステー ジの床に広がります。虚像の方も全く同じです。起伏無く平らに伸びた真っ赤な布は、中に何も 隠していないことを物語っていました。 「会場の皆様方は、お嬢さんがどこに行ったか気になるご様子ですね」 「それでは、今からお見せ致しましょう」 「ワン、ツー、それ!」  カウントと共にマジシャンが紅の布を取り去ります。予想通り、そこにヒロインの姿はありま せんでした。 「き、消えた」 「マジックボックスの時と同じだな」 「今度はどこから出てくるの?」  前列付近から疑問の声が上がります。皆、ステージを隈なく見回してヒロインの姿を捜してい るようです。しかし、会場の後方からは全く別の声が上がっていました。 「えっ、あれって」 「写真になっちゃったってこと?」 「まさかぁ、最初から用意しといて本物は別にいるんだよ」 「用意しとくって、あんな写真どうやって用意すんだよ?」 「そうそう。大体、さっきは何にも写ってなかったじゃないか」  一体何を話しているのか。いぶかしげに後ろを振り返ってみると、その謎が解けました。ステー ジばかりに気を取られていては分からなかったものが、そこには確かにありました。会場上部に 映し出された虚像。そこには変化がありありと示されています。少女の体の下に敷かれていた紙、 その中にヒロインの姿が存在しました。  先程までただの白い紙だった所に、由利嬢の姿が写真のように写っています。しかも、先程の ポーズのまま。胸の膨らみも隠さず、秘部を自らの指で広げた羞恥の姿勢で写し出されていまし た。美しきモデルは、見るも卑猥なヌードポスターへと姿を変えていたのです。  それにしても、紙の中にいたとは。やや見上げる位置にあるステージに注目していた前列の人 間は気付かないはずですね。 「黒崎マジック『二次元の牢獄(プリズン)』、ご覧頂けましたでしょうか?」  想像外の出来事に、客席からは声も上がりません。皆、現状認識が精一杯のようです。しかし、 それも数分程度のこと。何かに気が付いたのか、客席から声が上がり始めました。 「わたし、これどこかで……」 「ああ、あれだ」 「あっ、そうだ」 「ロビーのポスター。あれ、確かこんなだった」  なるほど、そういえば心当たりがありますね。ロビーに飾られていたポスター、どうやらあれ もこのマジックを使用していたようです。艶かしい姿に少々興奮も憶えましたが、生身の人間が 演じているというのならば、また見方も変わってきますね。後でもう一度確認してみましょうか。 他の者もこれに気付いたのか、少し騒がしくなります。これは、帰りのポスター前はかなり混み 合いそうですね。  そうこうしているうちにも、ショーは進みます。魔術師は、前の席の客にもよく見えるように ポスターを立てかけました。そして、紙をゆっくりと一回転させます。紙の側面、裏面が目に入 ります。何の立体感もない薄い紙。確かに全くの二次元です。裏側には何も写っておらず、ただ の白紙のままです。少女の姿が正面にプリントされている、本当にそれだけの物でした。  マジシャンは、再び紙の正面を客席に向けます。会場上方の虚像はというと、本体の向きが変 わったにもかかわらず、正面を下に向けたままでした。一番見やすい角度になるように映す方向 を変化させたようですね。 「さて、皆様方はこの肖像が本当に由利嬢そのものなのかどうか疑問に思われるでしょう」  マジシャンの術が偽りではないこと、それは彼の能力や性格を知っているものなら疑うべくも ないことでしょう。しかし、初めてこのマジックショーを訪れた者ならば疑問に思うかもしれま せんね。 「それでは、この紙上に写されし少女が絵や写真でないことを、これから証明致しましょう」  そう言うと、魔術師は右手に絵筆を出現させました。太さは中筆、もっとも一般的なサイズで しょうか。 「それでは、ヒロインの変化にご注目下さい」 「些細な変化なので、どうかお見逃しの無きように」  変化と見せると語ったマジシャンは、その筆を少女の腋に持っていきます。両手を性器に添え ているために、やや開いているモデルの腋の下。そこに絵筆を当てました。そして、そのままゆっ くりと払い上げます。 「……」 「……」  観客が、息を殺して紙上のヒロインに注目しています。しかし、その姿に何らかの変化があっ たようには感じられませんね。 「うーん、ちょっとソフト過ぎたようですね。お嬢さんが我慢できてしまうようです」 「それでは、もう一度試してみましょうか」  どうやら、紙上の少女は我慢が可能みたいですね。期待した変化が見られなかった魔術師は、 今度はやや強めに腋の下に筆を走らせます。書道の"はらい"の部分を書くように、少女の腋を筆 が素早く通過しました。 「……」 「……あっ!」 「ちょっと表情が」  腋の下をくすぐられた少女の顔が、わずかに緩みます。大きな変化は見せませんでしたが、彼 女の顔は確かにくすぐったさを表現しています。どうやら、少女自身の意識はあるようです。な るほど、『二次元の牢獄』の名前のとおりヒロインは写真になってしまったのではなく、紙とい う牢獄の中に閉じ込められているだけのようですね。その瞳にも光が宿っています。こちらの光 景を視認もしているのかもしれません。 「へぇ、すごいなぁ」 「そうか? おれにはよくわからなかったが」 「もっと、目を凝らして見てろよ」 「でも、ちょっとわかりづらいわよね」  しっかりと確認した者もいるようですが、うまく視認できなかった客もいるようですね。まあ 微妙な変化ですし、わからないのも仕方ないかもしれませんね。 「なるほど。微妙すぎてわかりにくいのは、ごもっとも」 「それでは、もう少し変化のわかりやすい部分でお試ししましょう」 「今度はお見逃しのないように、ご覧下さいませ」  黒崎は、今度は絵筆を娘の胸の膨らみへと持ってきました。ここが変化のわかりやすい部分の ようです。豊かな胸の外周から、円を描くように魔術師は筆を走らせます。ヒロインの顔がむず 痒さにわずかに歪みます。黒崎は少しずつ円の半径を小さくしていきます。その中心にあるのは ピンクの頂でした。  乳輪をなぞられ、少女の顔が強ばりました。そして、筆は敏感な先端をこすります。 「おっ」 「変わった」 「今度は、ちゃんとわかったぞ」 「くすぐったそう」 「もしかして、感じてる?」  今度の変化は明らかでした。少女が顔が大きく歪みます。紙の上にあって、表情だけはある程 度自由に動かせるようですね。もっとも、刺激を受けている胸をかばわない所を見ると体自体は 動かせないみたいようです。そして、顔だけでなく彼女の肉体も変化を見せていました。執拗に 責められてる右胸の先端が赤く変色しています。三次元にあったのなら勃立もしていたでしょう。  当然、虚像の方も同様の変化を見せています。魔術がかかっていないせいか、こちらには筆の 姿は映し出されていませんが、その分毛先の下で弄ばれている部分の変化をより明確に知る事が できました。膨らみの突起が紅潮している様が、ありありと確認できます。  魔術師は、右の胸を嬲り終えると今度は左の胸に的を移します。右と同じように外周をくすぐ り、その先端をいたぶりました。すると、少女の左胸は右と同じ反応で応えます。魔術師は左右 の膨らみを交互になぶり続け、紙上の娘の変化を観客達に見せ付けました。  しばらく経ち、責めを続けていたマジシャンがようやく筆を離します。 「いかがでしょうか。ヒロインの変化を確認できましたか?」  十分すぎる変化が出ていることを知りながら、魔術師が白々しく声をかけます。しかし、彼の 言葉はこれで終わりませんでした。 「それでは、さらに敏感な部分で試してみましょう」  会場のあちこちで、生唾を飲み込む音が聞こえます。魔術師の言葉の示す部分がどこであるか など、確認するまでもないでしょう。少女のその部分を、マジシャンの筆が捉えようとしていま した。


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