その2


 「魔法のキノコを枯れさせないためには、乙女の体内に移植するしかないのじゃぁ! そうすれば、枯れさせる事  無く持ち帰れるぞ」  妙に嬉しそうな口調でキノコ仙人は告げる。 「……リアン、あなたに任せるわ」 「はぁ!? 姫様ぁ! それはずるいですっ! 恐れながら拒否いたしますっ!」  珍しく彼女は口ごたえした。王国一の女剣士であり、アタシの剣の師匠で、良き友人、良き臣下でもある彼女が、  その斬激の速度も及ばぬほどの速攻で拒否していた。  ならば! とか思ってシェリナの方を見ると、彼女も泣きそうな顔をしてプルプルと首を横に振っている。  うう…信頼していた部下二名に拒否されてしまった…。 「おやおや、娘さん、お前さんの覚悟はその程度だったのかい? それじゃあナイトとは言えないねぇ」  思いっきり挑発的に言うキノコ仙人に。 「騎士である前にうら若き乙女ですっ! この場合、騎士の名誉よりも乙女の恥じらいの方が優先するのが当たり前  でしょうがっ!!」  詰め寄るアタシに圧されながらも。 「ほお、それで部下を犠牲にするのかね? 乙女の恥じらい以前に、それは人として恥ずかしい行為ではないのかね?」  キノコ仙人の言葉があたしの心をちくちくつつく。間抜けな名前とは裏腹に、妙に理論だった事を言う奴である。  こういうタイプは苦手だ。 「うう…それは……えーいっ! わかったわよぉ! やればいいんでしょ! 父様のためなら乙女の恥じらいも捨てて  やろうじゃないのっ!」  我ながら切れやすい性格にはちょっと困っていたりもするのだが、背に腹はかえられない。それしか手がないと  いうのなら、やるしかないのだ。 「よしよし、それでこそナイトというものだ。では、こちらへ…」  キノコ仙人は先に立って歩き出した。しばらく進むと、壁に生えているヒカリゴケに照らされた分かれ道に突き  当たる。 「ここから先は少し複雑になっておる、わしについてくるのじゃぞ」  彼はそう言ってペタペタと歩いて行く。歩くのが遅いのでついていくのは苦労しなかった。 「…あの…姫様、先ほどはすみませんでした。臣下たるもの、身を捨ててでも仕えねばならぬものを、あまりにも  その…なんというか…私の苦手なジャンルであったもので」  わたしの隣を歩きながらリアンは申しわけなさそうな声を出した。 「いいのよ。アタシだって反射的に言っちゃったんだから。まあ、まさかそういう展開になるなんて思ってなかった  からねぇ」 「……わたくしはタイトルから想像していましたが…」  後ろを歩くシェリナがぽつりと言う。 「は? タイトルって何?」 「いえ、お気になさらずに…」  こいつは時折妙な事を言うのだ。割とポワワンな性格なので、魔法の腕が確かじゃなかったら冒険旅行に連れて  行きたいタイプではない。  迷路のような洞窟内を三十分近く歩き、たどり着いたのは地下の大空洞だった。都の闘技場がすっぽり入りそうな  広さで、ドーム状の天井一面に生えているヒカリゴケのおかげでかなり明るい。そして、その地面には一面に魔法  のキノコが生えていた。  しかし、この形は……。 「いやぁっ! 」  シェリナは耳まで真っ赤になり、両手で顔を覆ってうずくまってしまった。 「姫様……」 「うん。想像していた以上にリアルだわ……」  そう。魔法のキノコは男のシンボルの形をしていた。大小さまざまな赤黒いキノコが恐らく数千本、にょきにょきと  生えている様は、悪夢のような光景である。 「さあ、これが魔法のキノコじゃ、好きなのを選ぶといい」 「いや、好きなのって言われても、全部嫌いかも…ははは」  渇いた笑いが出てしまう。体内に移植とか言われた時点で何となく察しはついていたのだが、ここまでリアルだと  ちょっと引いてしまう。 「そんなことを言っておってはお主の父親は助けられんぞ! このキノコの薬効は効果覿面! なんと! 水虫さえも  一瞬で治すというすぐれものじゃ!」 「……それって凄いのかなぁ?」 「さあ、何をしておる! 早く選びなさい」  キノコ仙人は凄くいやらしい笑みを浮かべながら急かしてくる。 「…姫様、念の為に出来るだけ大きいのを…」 「リアン! 他人事だと思って何て事言うのよっ!」 「そうそう。症状によって必要とされるキノコの大きさが違うからの。お主の父はどのような症状なのじゃ?」 「毒矢をくらって意識不明の昏睡状態……」 「ううむ…それはかなり重症じゃなぁ…わしの見立てではこのぐらいのサイズが必要じゃなぁ」  キノコ仙人がそう言って指し示したのは、ちょっと大き目のものだった。なんというか、先端部がぐわっ! と  張り出していて、茎の部分もあたしの手では握り込めないぐらい太く、節くれだっている。物凄く凶悪な感じだった。 「こんなの入らないよぉ!」  反射的に言ってしまってから物凄く恥ずかしくなってしまう。 「大丈夫じゃ! このくらいどうということはないぞ!」 「あの、…仙人殿。そ、その…キノコを収めたまま歩いて帰らねばならぬのでしょう?」 リアンがおずおずと尋ねた。 「うむ。そうじゃなぁ…」 「ムリっ! ムリムリムリっ! 絶対にムリっ! 歩けないよぉ!」  アタシは思いっきり叫んでいた。いっその事あきらめて帰ろうかな…なんて無責任な考えが頭をよぎったりもする。 「いい考えがあるぞ! お主たち三人が一本ずつ持ち帰ればいいのじゃ」 「えーーーーーーっ!!」  リアンとシェリナの声が空洞内に響き渡る。お前ら…そんなに嫌なのか? 「嫌か? ならばお嬢さんが頑張ってこれを収めるしかないのぉ」  キノコ仙人のいやらしい笑みが深くなる。 「そうだぁ! ジジイの分も!」  死なばもろとも! みたいな気分で叫ぶアタシ。 「…ご隠居様の分はあきらめましょう」 「わたくしもそれがいいと思いますぅ♪」  ……揃いも揃って不忠者だ。まあ、わからぬでもないが。自分が乙女の純潔を捧げて持ち帰ったキノコで不死身の  覗き大魔王が復活するとなったら誰でも躊躇するだろう。 「なんじゃ、もう一人分必要なのか? その者の症状は?」 「スーパーぎっくり腰と、……ボッキ障害…」  恥ずかしいのをこらえて答える。 「おお! その程度なら魔法のキノコで一発回復じゃ! 精力も絶倫回復するぞぉ!」 「それは嫌だああああああああああっ!!!」  三人の声が思いっきりハモって洞窟内に響き渡った。 「……どうするのじゃ? 早く決めぬか」  ちょっと焦れた感じでキノコ仙人が言う。 「待ってよぉ! そんなにホイホイ決められることじゃないんだから!」  なにはさておき最低一本は持ち帰らねばならない。あまり細いのを持って帰っても、回復しなかったらまた来なきゃ  いけないし…だからといってあの太さは、「初めて」のアタシには手強すぎる。 「…ここはやはり危険を分散して…」 「うう…どうしてもですか?」 「わたくしもですのぉ?」 「だーっ!! ここまで来たら一蓮托生! 心配しなくても後の面倒ぐらい国で見てあげるわよっ!」  と、いうわけでアタシの鶴の一声で全員仲良くキノコに「あげちゃう」ことになった。  続く


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