回り道編・第1話「リザードマンからの依頼」-1


 それは、人と比べるとあまりにも異形の姿と言えた。
 あたしと綾乃ちゃんを見下ろす二メートルを越える巨体は見るからに硬そうなウロコ状の甲殻に包まれていて、顔は鼻先はドラゴンのように大きく突き出している。
 首は長く太く、腕も脚も巨体に見合う逞しさをしている。身体にはベスト状の衣服をまとっているが、所々に金属板が貼り付けられており、そして背中に大剣を背負っている。それらの装備は凶悪な立ち姿に一層のボリュームを加味しており、迫り来る壁のような威圧感を漂わせていた。
 視線をわずかにそらせば、ズボンに開けた穴から飛び出した太い尻尾がバシンバシンと地面を叩いている。あたしの腕にしがみ付いた綾乃ちゃんはその音と、人間とは掛け離れた見た目で完全に怯えてしまっており、涙をこらえて身体を小刻みに震わせている。あたしのジャケットをしっかと握り締める手を撫でて落ち着かせていると、
「―――よく来られた」
 人間の身体など簡単に食いちぎれそうな鋭い牙が並んでいるのが見える口が開かれる。
 元々の肺活量が違うのだろう、その声は地面が空気と共に震えるように感じられるほど、低く重い。―――だが、
「拙者が冒険者ギルドに依頼をしたリザ右衛門でござる。以後お見知りおきを、見目麗しき冒険者殿」
 凶悪そうな姿とは異なり、その態度は腰が低く柔らかだ。よくよく見れば、彼の顔が威嚇しているのではなく、笑っているだけである事にも気付けるだろう。
「はじめまして。アイハラン村のたくやと言います。冒険者ギルドの紹介で参りました」
 差し出された右手には鋭い爪が伸びていたが、手の大きさも倍近く違う。応じて前へ出したあたしの手は、傷つけられる事無く包み込まれるように軽く握り締められる。
「おお、アイハラン村の名前は聞いたことがある。確か西部域の魔道師の村として有名なところですな?」
「よくご存知ですね」
「拙者は傭兵を生業としているゆえ、その手の情報は常に気にかけているのでござる。見たところ剣士のような出で立ちをしておられるが、さぞや魔法の腕も素晴らしいのでしょうな」
「いえ、あたしは魔道師じゃなくて、付き添いです。魔道師は―――」
 握手を受けておいて今さらなのだけれど、あたしは視線をリザ右衛門から逸らし、ツツツッと自分の足元へと向け、
「………こっちの子がそうなんですけど」
「ほにゃ〜……」
 目を回して気絶している綾乃ちゃんを指差した。
「むっ」
 リザ右衛門さんが声を放った瞬間、恐怖と緊張が極限を越えた綾乃ちゃんは気を失ってしまっていた。しょうがないと言えばしょうがないとは言え―――
「ふむ……大丈夫でござるか、この魔道師殿は?」
「いや……大丈夫じゃ無いって何度も言ったんですけどね、ギルドの人に」
 目を回している綾乃ちゃんには悪いけど、正直今回の依頼は達成できないと思う―――それでもどうしたものかと、あたしは苦笑いを浮かべながら、リザ右衛門さんはため息を突きながら、結局どうしようもなくてポリポリと頬を掻くしかなかった。





 ―――リザードマン。
 亜人に分類されるその種族は、亜人の中でも特にモンスターに近い姿形をしている。
 恐らく、何の知識もない人が突然彼らに遭遇したら、見た目のインパクトに恐怖で錯乱するか、剣を抜いて襲い掛かってくるか、はたまたおしっこ漏らして泣き喚くことだろう。
 実際、好戦的で凶悪なリザードマンも数多い。戦士としての資質も高く、リザ右衛門さんのように傭兵として戦場を渡り歩いているのも珍しくはない。
 これまでまわった南部の街々でリザードマンを見かけなかったわけではない。甲殻に包まれた巨体はエルフやドワーフ以上に人の街ではよく目立ったけれど、南部息のさらに南よりは生息域ではなかったらしい。男に戻る情報を求めて東へ西へ旅をしながら北上している内に、次第にリザードマンの姿を目にする機会も増えていた。
 そんな外見を気にしてと言う事はないだろうけれど、リザードマンたちは人里離れた水辺に居を構えていることが多い。どこぞの湿地帯には、その武力でリザードマンが奪い取った領土があり、城があり、国があると言うほどだ。―――本来なら、あたしが旅の目的とは異なる森の奥深くに踏み入ってリザードマンに遭遇するはずはないのだけれど、今回は冒険者ギルドに依頼され……と言うよりも、何も説明されずにつれて来られてしまった。
 立ち寄った冒険者ギルドで情報の照会をしてもらっていると、綾乃ちゃんが魔法使いである事を知ったギルドの職員さんがあたしたちを馬車へ詰め込み、そのまま森の奥深くにある湖の畔にあるこの場所まで強制連行。そしてその職員さんも
『それでは私は他にやることがあるのでこれにてェ!』
『あ、こら、逃げるなァ!』
 ―――と言う感じに、すでにこの場所から走り去ってしまっていた。
「なるほど……それはご迷惑をおかけした。どうも拙者、あのギルドの人間には恐がられておってな」
「あたしも依頼主がリザードマンだって知った時はビックリしましたよ。故郷じゃ道具屋をやってたから、商隊の護衛をしていた傭兵のリザードマンと何度か接した事はあったんですけど、さすがにいきなりだと面食らっちゃって」
「そうは見えなかったのだがな。………だが、こちらの少女は面食らいすぎたわけか」
 あたしとたわいないお喋りをしながら、リザ右衛門さんは団扇状の大きな葉っぱで仰いでいる綾乃ちゃんに視線を向ける。
「う〜ん……うう〜ん………」
 ―――こりゃかなりの重症だわ。当分目を覚ましそうにないわね。
 木陰の下へ場所を移して寝かせた綾乃ちゃんの額に、あたしは湖の冷たい水で湿らせてきたハンカチを乗せる。
 身体を揺さぶったりして目を覚まさせようと試みたけれど、リザードマンと生まれて初めて相対したショックはかなり大きかったらしく、うなされるばかりで一向に目を覚ます気配はなかった。
「やれやれ、あれほど優秀な魔道師殿をつれてきてくれと頼んだのに、あの男は見た目どおりに役に立たなかったな。ガタガタ震えるばかりで拙者の言葉など最初から聞いていなかったのでござろう」
「いや……たぶんリザ右衛門さんが恐かっただけだと思うんだけど」
「何を言うか。拙者は誠心誠意、お願いしただけでござる!」
 その“誠心誠意”はさぞや迫力満点だったことだろう。あたしは口には出さず、逃げていったギルドの職員さんに同情した。
 とは言え、このリザ右衛門さん。見た目はともかく、いい人なのは間違いないだろう。綾乃ちゃんを木陰まで運んでくれたのはリザ右衛門さんだし、他のリザードマンにも慕われている部族長らしく、あたしたちの傍らには心配して身に来てくれた彼らが置いていった果物が山となって置かれていた。
「我が一族は傭兵を生業としている男が多くてな。あちらこちらで護衛や用心棒などをしておるのだが、いつもこの顔が災いして交渉が上手く行かんのでござる。かと言って気にしないのは、ドワーフ顔負けの強面をしたご同業の荒くれ者ばかり。はぁ〜、世渡りは難しいでござる。これでも拙者、結構モテモテなのでござるが……」
 リザードマンの中でモテモテ……それが人間社会でどう意味を持つのか、あたしにはまったく想像がつかない。
「それにしても困ったでござるな……早く目を覚ましてもらわねば、モンスター討伐が遅れてしまう」
「え……それが今回の依頼なんですか?」
「左様。我等リザードマンは魔法を不得手としておるゆえ、冒険者ギルドに魔道師の応援を要請したのでござる。………いやいや、決してたくや殿たちが悪いと申しておるわけではござらん。だが此度の相手は、いささか厄介で……」
「それなら、あたしでも力になれるかもしれませんよ」
 と言うか、モンスターと戦うのであれば、魔法の不発が多い綾乃ちゃんよりも、あたしの方が戦力になるだろう。
 それを照明するために、あたしは手の中に魔封玉を二つ呼び出すと、開けた地面へと放り投げる。
 何事かと見ているリザ右衛門さんの目の前で、魔封玉は閃光を放つ―――そして光の中から姿を現したのは、黒い体毛に全身を覆われた巨大な炎獣のポチ、そして甲羅に無数に持つ大きな錐状の突起に電光をまとわせるプラズマタートルだ。
「魔法って訳じゃないですけど、この子達ならお力になれません?」
「………いや…これはたまげた」
 大きさではリザ右衛門さんにも負けない二体のモンスターが突然の出現した効果はかなり大きい。歴戦のリザードマン戦士が大きな口を開いて驚く様に、あたしは小さく笑って綾乃ちゃんの頭を優しく撫でた。





「―――それで、やっつけるモンスターってどこにいるんですか?」
 急遽、魔道師の代わりとして二体のモンスターを従えるあたしを加え、総勢十七名となったモンスター討伐隊が湖の岸辺に集合する。
 さすがに傭兵団だけあって、無数の傷跡を持つレザーアーマーに身を包む、それぞれの手に剣や斧、槍に弓と使い込まれた武器を手にしたリザードマンたちは、鬼気とも言うべき迫力を漂わせている。
 ところが、一人だけ人間で場違い感に苛まれていたあたしには、どうにもリザードマンたちが湖を見つめているようにしか見えない。あたしも視線を追って湖面に目をやるけれど、モンスターの影も形も見えなかった。
「うむ……それが厄介なところでござってな。彼奴め、今ごろ水中で昼寝を決め込んでいるのでござろう。おかげで我等も迂闊には手を出せんのでござる」
「水中? もしかしてクラーケンとか?」
 あたしの脳裏に、精神世界でクラーケンに触手責めで弄ばれた記憶が蘇る。
「いや、そこまで大物ではござらん。ローパーの突然変異種のようなのでござるが……拙者らも、あれほど巨大なサイズのローパーは初めて見るでござる」
「ローパー……」
 ローパーとは、手も足もない、触手の塊のようなモンスターだ。
 洞窟などに生息すると聞いているけれど、まだまだ駆け出し冒険者のあたしは目にした事はなく、いまいち頭の中でイメージを結びにくい。でも、それほど強力なモンスターだという話を聞いたこともなく、これだけ大勢のリザードマンで討伐しなければならない相手には、とても思えなかった。
「そのローパーが現れてからと言うもの、この湖の魚の数が激減しているのでござる。この地に居を構える我らにとって、それはまさに生死に関わる大問題。ですが水辺での戦闘に慣れた我らリザードマンであっても、敵が水中深くにいては手も足も出せません。そこで―――」
「水面に顔を出したところを、魔道師の攻撃魔法でダメージを与えて陸に追い立てようって考えてたわけですね」
「その通り。たくや殿には、お連れのモンスターによる炎と雷での攻撃を担当していただきたい。もちろん、目を覚まされたら綾乃殿にも戦列に加わっていただきたいのですが……」
「それは……まあ、無理っぽいから、あたしが三人分頑張ります」
 相手がそれだけ巨大なモンスターだというのなら、多少遠くてもあたしの魔力剣で衝撃波を当てることも出来るだろう。
 とりあえず作戦も決まり、戦力も整ったわけだけど……やっぱり、どうしてもローパーのイメージが掴みにくい。しかも姿を現すまで待機ともなると、緊張感も伴い、ついつい想像もつかない相手のことばかりが気にかかってしまう。
「………ねえ、リザ右衛門さん。ちょっとその巨大なローパーを見てきてもいい?」
「は? いや、水中に潜れば、ヤツはすぐさま襲い掛かってくる。しかも触手には毒を持っており、我らのように鱗で守られていないたくや殿では、どこに触れられても身体が痺れて身動きがとれなくなるでござる。危険だからダメでござる」
「あたしも水中で戦おうなんて思ってないわよ。だから上から、ね?」
 指で空を指しても、リザ右衛門さんにはどういう意味なのかは分からないだろう。
「バルーン、出ておいで」
『バルルルル〜〜ン♪』
 手の平の中で魔封玉を開放し、スイカ玉サイズの空飛ぶモンスター、魔蟲のバルーンを呼び出す。
 さすがにこんな緊張感のないモンスターが呼び出されるとは思ってなかっただろう。あんぐり口を開けたリザ右衛門さんたちの前で、頭上をふわふわと浮遊する丸いバルーンの真下から垂れ下がった細い尾っぽに右の手指を絡めると、あたしは深呼吸を一つ。それから魔力を尾っぽへ慎重に流し込んでいく。
 すると―――
『バ…バルゥ〜〜〜〜ン♪』
 なんだか喜び身悶えてるような鳴き声を上げ、バルーンがグングンと大きく膨らんでいった。
「お…おおぉ………」
 バルーンが膨らめば膨らむほど、その浮力は増していく。その大きさが人の身の丈をはるかに越えるサイズに膨らむと、爪先は静かにゆっくりと地面から離れ、あたしの身体は大空へと舞い上がっていく。
「わあぁ……これ、想像以上に気持ちいい♪」
 見る見るうちに地面が遠く離れ、森の木々の高さよりも高く浮かび上がればこちらを見上げているリザ右衛門さんたちの姿もかなり小さくなっていた。ずっとバルーンの尾っぽを掴んでいる腕が疲れるものの、上空の風の心地よさや、地上を俯瞰する光景に感動して、大きな胸が打ち震えてしまいそうになる。
「……っと、いけないいけない。今は偵察が目的だっけ。バルーン、湖の真上に移動して」
『バルゥ〜〜〜ン♪』
 浮かび上がったバルーンが口から息を噴き出す事で移動する。魔力をコントロールし、浮力と移動とをコントロールして湖の真上に移動すると、あたしは水中へと目を凝らす。
「ん〜……あれかな…とは思うんだけど」
 かなり大きな湖ではあるけれど、真上から見ると、真ん中あたりの白い影が揺らめいているのが見える。
 大きさは……想像していたよりもかなり大きい。岸でリザードマンたちと一緒に待機しているポチやプラズマタートルと比較しても十倍以上の差があり、上空から見える湖の傍のリザードマンの集落なら簡単に蹂躙できそうなほどの巨大さだ。
「あれを……倒すんだ」
 今さらながら、自分がモンスター討伐を甘く考えていた事を思い知らされる。
 これまで、オーガやデーモンなどの強敵と戦って勝利し、同時にあたしには心強い契約モンスターたちが大勢いることで、心に油断が生まれていたことは否めない。けれどその油断が剥がれ落ちた途端、あたしの身体はこれから始まる戦いへの恐怖と緊張から震えが収まらなくなり、背筋に冷たい汗が流れ落ちる。
 ―――大丈夫。これまでだって何とかなってきたんだし、みんなで力を合わせれば……!
 多少他力本願ではあるけれど、それでもあたしは自分にやれる事をやって貢献するしかない―――実際に自分の目でローパーの姿を確認した事で、逆に決意も固まった。あとは近くにあるリザードマンの集落を巻き込まないようにリザ右衛門さんから詳しく作戦を聞いて―――
「たくや殿―――――――――ッ!!!」
 遠くからリザ右衛門さんの声が響くのと同時に、あたしの足首が真下へと強く引っ張られる。
『バ、バルバル〜〜ン!?』
 とっさに腕に力を込め、バルーンに魔力を流し込んで浮力を増していなかったら、あたしの身体は真っ逆様に落下していただろう。辛うじて体を支えられたのは、リザ右衛門さんの声がわずかに早くあたしの耳に飛び込んできたおかげで体が反射的に動けたからだ。
「な、なんなの!?」
 視線を下へ、あたしの足首へと向ける。すると足首まで保護しているライトブーツの上から白い紐のようなモノが絡み付いているのが見えた。
「しょ、触手ッ!?」
 ―――まさか、これだけ距離が開いているのに!?
 森の木々の高さは優に二十メートルはある。それよりも高い、鳥が飛ぶような高さを浮遊していたのに、水中の巨大ローパーは正確にあたしの足首を触手を伸ばして捉えていたのだ。
「プラズマタートル、この触手を!」
 焦りはするけれど、判断力はまだ生きている―――距離は離れていても魔力と精神でつながりを持っている契約モンスターのプラズマタートルに命じると、放たれた電撃が絡みつく細い触手の中ほどを中ほどから焼ききってしまう。
「やっ―――!?」
 やった……離そうとしなかった触手が力を失って湖へと落ち、足が自由になる。けれど危機を脱した喜びの声は、逆の足へすぐまた触手が絡みついた事で途切れてしまう。
 ―――完全に見誤った!
 プラズマタートルも上空を飛ぶ鳥を電撃で打ち落とすという。常識外のサイズのローパーが水中にいるからと言って、安全だと誤信し、離れた距離にいるあたしを精密に捕らえる触手の攻撃などまったく想定していなかった。
「たくや殿、本体を狙うでござる!」
 このままでは、あたしは格好の的でしかない。
 幾度か触手を焼き切ってもらっても、そのたびに触手はあたしの足首を絡め取る。バルーンの移動力では抗いきれず、むしろ徐々に水面へと引き寄せられてしまっている。―――この状況を打開するには、本体にダメージを与えて怯ませるしかない。それがリザ右衛門さんの判断だった。
「ポチ、プラズマタートル、全力でやっちゃって!」
 せめて右腕が自由ならあたしも剣を抜くんだけれど、今、右手はバルーンの尾を握り、全力で体を支えている。今は岸にいるポチたちに運命を託すしかない。
『グルァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
 重なり合う咆哮と共に放たれる極大の火球と、一直線に走る電光。
 あれならどれだけ水中にいようとも、怯ませる事ぐらいは出来るはずだ………そう思った直後、突然湖の水面が波打ち、火球と電光の前に巨大な水壁が生み出される。
「なっ!?」
 水壁が炎と雷を受け止めるのと同時に、左右から押し寄せた大波がポチとプラズマタートルが放った最大級の攻撃の威力を完全に飲み込んでしまう。
 ―――やられた、水を操る事も出来るなんて!
 あの巨体なら、数本の触手を水中で動かすだけで波を起こすことも造作ない。けれど、あまり知能もないはずのローパーがそれを行って見せたことは驚愕に値する。完全にあたしも、そしてリザ右衛門さんも、この巨大ローパーの能力を見誤っていた。
「―――っ!」
 不意に、ふくらはぎから痛みが駆け上ってくる。それはわずかな痛みだったけれど、しばらくすると、急速に全身から力が抜け落ちていく。
 ―――そういえば……リザ右衛門さんさんが、こいつは毒を持ってるって……!
 何とかしなければいけないのに、何とかする力が急速に失われていく。魔封玉を呼び出そうとしても、手の平に意識も魔力も集中する事ができず、ついには何も出来ないまま、バルーンの尾を絡めている右手からも握力が抜け落ちて始める。
 ―――落ちたら……助からない!
 歯を食いしばり、全身に残った力を振り絞って空中で体を支える……だがそれも、太股に二度目の痛みが、二度目の毒が突き刺さると、唐突に終わりを迎えた。
「ァ………」
 あたしの手が、バルーンの尾を離してしまう。
 そして……頼るものを失ってしまったあたしの体は、悲鳴すら上げられぬまま、湖へと真っ逆様に墜ちていった―――


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