第十一章「賢者」裏9


「何故ですか!? 何故愛し合う僕たちが離れ離れにならなければいけないんですか!?」
 弘二の両手があたしの手を強く握り締める。
 彼の後ろには、街道整備を終え、漁村から街へと帰る建築ギルドの工夫たちが乗る馬車が停まっていた。マーマンを追い払って漁村での依頼を終えた弘二と大介は、その馬車に乗せてもらい、次の依頼へと向かうのだ。
「ここで分かれてしまえば、次に僕たちが出会えるのはいつになるかわかりません。いや、もしかしたらボクは次の依頼で命を落とすことになるかもしれません。そうなれば……!」
「……………」
 弘二の手に力が入り、あたしの手に軽い痛みが走る。
 けれどあたしは無言のまま、弘二の前で軽く目を伏せ続ける。
「こうして一分一秒を先輩と過ごす……この時間のなんと大切なことか。ああ、離れたくない。もう一生、あなたを離したくはないんです!」
 熱のこもった本気の言葉と共に、弘二の両腕はあたしの手を離し、その代わりにあたしの身体を抱きしめる。
「ですがボクは行かなければいけません。悲しいことですが、ボクの力を必要としている力なき人たちが大勢いるのです。だから、最後に熱い別れのキッスヘグホォ!」
 わざわざ朝早くに宿屋まで押しかけてきて、問答無用で連れてこられたと思えばナニが悲しくて弘二から愛の言葉を聞かされなきゃならないのやら……睡眠不足で寝たりないところを無理やり起こされた恨みと、強引に口付けを迫ってきたことへの怒りとを手の平に集めたあたしは、弘二のアゴを真下から掌底で突き上げ、よろめいた所に足の裏を叩き込んで馬車の中へと蹴り込んだ。
「あ〜あ、さえない分かれ方だねェ。印象悪くするだけだからやめとけって言ったのに」
「大介……もう二度とあたしの前に顔見せないで」
 馬車からピクピク痙攣する足を片方だけ覗かせている弘二に、相棒の大介がため息をつく。そんな二人に眠たい目を向けたあたしは別れを惜しむ気持ちなど微塵もない言葉を投げつける。
「いやいやいや、俺としてもたくやちゃんに何かと興味があるから、また是非お会いしたいところなんだけどさ♪」
「だったらそのバカに一般常識って言うものを叩き込んでからにしてよね。会うたび会うたび、こっちはいい迷惑なんだからさ」
「それが出来たら、俺だって苦労してないって。んじゃま、また会おうぜたくやちゃん、愛してるよ〜♪」
 最後の言葉は、冗談みたいに聞こえるけど本気だったりするんだろうか……今回の一件で大介とも色々いたしてしまったせいで、平らにならされた街道を走り始めた馬車をあれこれ考えながら結局見えなくなるまで見送ってしまったあたしは、誰もいなくなった村の入り口に一人たたずみ、大きくため息をついてしまっていた。
「さてと……あたしは三ヶ月もここにいなきゃいけないのか……」



 話は一日前にさかのぼる



「先輩、スゴいです! ほら、ほらほら見てください、うわぁ、うわぁ♪」
 地面に座り込んだあたしの横で、綾乃ちゃんが目を輝かせて声を弾ませていた。
 見ている視線の先にあるのは海。そして今いるのは、つい先日まで“聖域”と呼ばれていた場所が吹き飛んで出来た入り江だ。ここなら漁村から離れているし、岸壁が目隠しになっているので“なにか”があったとしても村の人に見られることはない。
 なんでわざわざ長い洞窟を抜けてこんなとこまで来たかと言うと、それは綾乃ちゃんが見ているもの……虹のように七色に鱗を輝かせて海を泳ぐマーメイドたちを人目から遠ざけるためだ。
 ―――マーメイドが五十人近くもまとめて泳いでたら、そりゃ目立つからね〜
 空は見事に晴れ渡り、雲ひとつない見事な青空。さんさんと降り注ぐ日差しの下では、下半身を尾鰭へと変化させたマーメイドたちが泳ぎまわっている。
 どれほどの間、あのくらい洞窟に閉じ込められていたのかしらないけれど、久しぶりに自分の足……いや尾鰭で泳いでいる彼女たちの表情はみな明るい。あたしに殺意を抱いていたアリアでさえ、水面から伸び上がるように飛び出すたびに柔らかい表情を覗かせていた。
 ………とは言え、やっぱりこれは人には見せられないよね。
 なにしろ、泳いでいる彼女たちの上半身はみんな裸。人間となんら変わるところのない二つの膨らみを、誰もがさらすことを当然とでも思っているかのように露わにしている。
 そもそも羞恥心において人間と違う考え方を持つ彼女たちだけれど、村の近くで泳ぐ時には水着をつけるようにさせないと……地面に座り込んでそんなことを考えていれば、自然とあたしの目も彼女たちの胸に吸い寄せられるのも仕方外と言えた。
 水に濡れたふくよかな膨らみが“たゆん”と揺れる様は、凶悪なまでの破壊力に充ちていた。
 かと言って、胸の薄い娘が魅力に劣るわけではない。水滴が胸元から滴り落ちるたびに淡い隆起と先端とに光の反射による輝きと言う彩りが添えられる。そこにはあたしが未経験だった危険なエロティシズムが充満しており、それを凝視してしまっている自分に気づいて深い罪悪感に苛まれてしまいそうになるほどだ。
 ―――でもしちゃったんだよね、全員と。……うああああ、あたしは鬼畜王かなにかですか!?
 体力が残っていれば、頭を抱えて地面を転げまわっているところだけれど、今は難しい顔をすることぐらいしか出来ない。なにせ、ざっと計算して三十時間以上もエッチしっぱなしでマーメイド四十七人全員とまぐわい、彼女たちの処女を一人残らず散らした上に膣内射精までしたのだ。無尽蔵の魔力のほうはともかくとしても、体力なんてひとかけらも残さず吸い取られてしまっている。
 本当なら一度にそんなに大勢とエッチするつもりはなかった。こちらも最後のほうは、射精のたびに寿命まで吸い上げられているんじゃなかろうかと言う心境だったのだ。萎えようものなら頭の天辺からつま先まで十人がかりでリップ攻撃を受けるし、お尻の穴には指を入れられて前立腺の代わりに子宮を裏から刺激されて強制射精させられるから、まさにイき地獄。今まで生きてきた中で、一番女性を怖いと思ったほどだ。
 けれど、大急ぎで全員に膣内射精しなければいけない理由もあった。あたしの精液を口に含むと声を出せるようになれたマーメイドたちだったけれど、どういうわけか、下半身を元の尾鰭へと変身させるにはそれだけでは不十分。失神から目覚めたエリンやアリアが違和感に気づき、ためしに海に連れて行って泳がせたら、元のマーメイドの姿へと変身したことで、膣内射精までする必要性が裏付けられてしまった。
 でもまあ、それだけならば数日に分けて順番に身体を重ねて行けばよかったんだけれど、あたしの精液を口にしたマーメイドたちは次々に精液の味の虜になってしまうと言う事態が重なり、状況は最悪となった。
 ―――ううう……なんであんな“モノ”を好きになるのよ……苦くてとても飲めたもんじゃないのに……
 種族的に淫乱の素養があったのか、それとも初めて感じる人間同様の女性器の快感にはまってしまったのか、はたまたあたしの精液に含まれる魔力が妙な“変化”や“進化”を促してしまったのか。
 原因はよくわかっていないものの、最初はエッチに対して積極的でなかったマーメイドたちが次々に性に目覚めていった。そして目の前で処女を奪われながらも続けざまに昇りつめたエリンやアリアを見て、我も我もと処女喪失と膣内射精を求めてきて、その最中に下半身の変身の事実が判ったものだから、結局流されるままに丸一日ぶっ通しで搾り取られることになったのだ。
 ―――目の前にはとてもまぶしい光景が広がっているはずなのに……なんかもうどうでもいい……休ませて……てか、次また迫られたら………!
 もうあたしの目には彼女たちが淫魔にしか見えていない。だから、
「船乗りさんなんかは、航海の最中に海でマーメイドに出会えた事を幸運の兆しだって言うそうです。よかったですね、私たち、きっとこれからいい事ありますね」
 幸運どころか、生命の危機の方が先に来そうだよ……考えただけでも背筋の寒くなる想像に肩を震わせる。
 なにはともあれ、これでこの村での騒動も一件落着したといっていいだろう。漁村はもうマーマンに襲われることはなく、捕らわれていたマーメイドたちも元の姿を取り戻した。聖域と呼ばれていた今いる場所が留美先生の魔法でふっ飛ばされはしたものの、所有者である海龍王の希代香さんが特に問題にしていないのだから大丈夫だろう。
 後はまあ、一日ぐらいゆっっっくり休んでから街に戻り、男に戻る方法を探す旅を続けることになる。今回は非常に実入りが少ない、と言うか費用を差し引けばマイナスまで出てしまうような仕事と騒動に巻き込まれてしまったけれど、我慢して娼館で働いた分の蓄えがそれなりにある。今日明日中にどうこうと言うことはないのだろうけれど、

『留美ィィィ!!! どこにいるのですか、出てきなさァ〜〜〜〜〜〜〜い!!!』

 楽しそうに泳いでいたマーメイドを蹴散らすように、海中から海龍王が長い首をもたげたことで、けだるくものんびりと流れていた平和な時間は唐突に終焉を迎えてしまった。
 しかもこちらに向いた顔の中心では、まぶたが開いて巨大な単眼が火花を散らしながら開かれようとしている。
 ………て、いきなり“雷眼”ですかァ―――――――――!?
 こちらから声をかけたり、何があったのかを訊ねる余裕すらない。見るもの全てに強力無比な電撃を叩きつける“雷眼”が開かれようとしているのを目にした瞬間、あたしは呆然と立ち尽くしている綾乃ちゃんを反射的に引き寄せ、前に突き出した右手に魔力を集中させ始める。
 ―――魔力壁なら防げるかもしれないけど、あの技には問題が……!
 長い首を伸ばしている海龍王の“雷眼”は確実にあたしと綾乃ちゃんを見下ろし、その視界に納めるだろう。降り注ぐ回避不可能の電撃から生き延びるには、放出した魔力を圧縮して障壁とする防御技“魔力壁”しかない……のだけれど、
 ―――どうも「き」で終わる単語を叫ぶのってイヤなのよねぇ……
 やっぱりネーミングと言うのは大事だ。呪文が要らない代わりに集中力は必要な魔力壁なら、やっぱり呼び名のイメージと言うものがある。“魔力壁”……読んで字のごとく技のイメージそのままなのだけれど、どうもいまいちしまりがない。
 だからここは一つ、格好いい名前をつけて叫んでみよう。そうすれば集中力も高まって効果だって高まるはず。うんうん、それがいい……とか反射的に考えているうちに、雷眼がギョロリとあたしたちの方へと向けられてしまう。
「のわぁあぁぁぁ! ば、ババババリア―――――――――!!!」
『誰がババァですってぇぇぇええええええええええええええ!!?』
 突然、地面が吹き飛んだ。
「!?」
 直撃の電撃は魔力壁でかろうじて防げたものの、勘違いで海龍王こと希代香さんの怒りに油を注いでしまったために、さらに威力を増した雷眼があたしと綾乃ちゃんを周囲の地面ごと吹き飛ばす。
「きゃあああああああああッ! ご、誤解なのにィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
『自分がちょっと若くてピチピチして胸が大きいからってなんだって言うんですか――――――――!!!』
 よくわからない理不尽な怒りの一撃であたしの身体が飛礫と轟音と電光と共に宙へ舞う。
 綾乃ちゃんは既に吹き飛ばされた時点で、防ぎきれなかった衝撃を浴びて目を回している。
 かく言うあたしも、疲労困憊の身体で無理に魔力壁を放ったものだから、集中力の切れた頭は次に何をして良いのかわからない。手足も石になったかのように重く動かなかった。
 ―――このまま落ちたら、二人とも大怪我確定……!?
 身体はもう落下し始めている。雷眼の威力が凄まじいために速度もあり、このままでは地面にぶつかるよりも先に奥の壁へ叩きつけられてバウンドしてから落下することになる。そうなると本当に大怪我どころではすまなくなる。
 ―――と、とりあえずなんとか〜〜〜!!!
 考える時間の短さが焦りを生み、焦りが生き残る術を考え付くことを阻害する。結局、迫り来る岩壁を前にして何もできずにいたあたしだけれど、綾乃ちゃんともども不意に身体の動きが止まる。
「ほ…ほえぇ〜………」
「助かっ……た?」
 まるで分厚くて柔らかい布団に受け止められたかのように身体が空中で停止する。そんな芸当が出来る人は、思いつく限り一人しかいない。
「希代香、何をそんなに怒っている? それではまた封印されてもおかしくはないぞ?」
 風船で吊るされているみたいにふわふわと落下し、手足を地面につけたあたしの傍に、どこからともなく留美先生が姿を現す。
『何を言ってるんですかッッッ! あなたが…あなたが私を怒らせているんでしょうがァ!!!』
 海龍王が叫び声を上げるたびに、巨大な単眼から放たれる電光が留美先生とあたしたちの周りに降り注ぐ。けれど留美先生が指を打ち鳴らすと、電撃は直撃する少し手前で進路を変えてあらぬ所へと叩きつけられる。
「少しは落ち着いたらどうだ? せっかく海に戻れたマーメイドたちの喜びに水を差すのはどうかと思うぞ?」
『いけしゃあしゃあとよくもまあ……!』
 それでも、自分の周囲で怯え、肩を寄せ合っているマーメイドたちに気づくと、電撃の嵐もやみ、まぶたを閉じる。その代わりに地面からだと見上げんばかりに長い首を持つ巨体が淡い光に包まれると、その身体が徐々に小さくなり、人型の……希代香さんの姿になり、素足でつかつかつかと留美先生のところまで歩み寄ってくる。
「その様子だと、もうすでに話を耳にしたようだな」
「長老の使いが伝えてくれました。あなた、一体何を考えているんですか!? あの子達の身体を元に戻すんじゃなかったんですか!?」
 完全に会話から置いてきぼりにされたあたしは、綾乃ちゃんの無事を確認してから留美先生と希代香さんの姿に戻った海龍王との話に耳を傾ける。
 けれど、どうも話が飲み込めない。困惑して「なんで? どうして?」と説明を求める希代香さんに、二日ぶりに会う留美先生はただニヤニヤと笑うだけ。ただ、その手に持っている髪の束があたしの興味に引っかかっていた。
 ―――たしか、あたしがマーメイドたちとエッチしてる間に、元の身体へと戻してあげる研究をしてるって話だったと思うんだけど……
 尾鰭から再び二本の足へと変身することも出来るので、マーメイドたちもすっかり元通りと言うわけではない。それでも、リクに上がれるようになって便利ではあるものの、特に不便ではないはずだ。
 だからこれでいいのだ……とあたしが結論を出すわけではないけれど、留美先生がこうして姿を現したのは遅いと思えた。………そのはずなんだけれど、
「まあ待て。まずはもう一人の当事者に説明をしてからだ。宿で寝ているとばかり思っていたらこんなところにまで出かけていたんで、探すのに時間がかかってしまってな」
 分厚い書類の束があたしへと突き出された瞬間、一気に嫌な予感があたしの背筋を駆け巡る。
「あの〜……なんですか、これ?」
「まあ色々だな。最初に、マーメイドが亜人認定されることになった。彼女たちを無闇に捉えたりすれば今まで以上の重罪となる。魔法ギルド、冒険者ギルド、その他の研究機関の認可を受けており、国際会議で各国に認められれば大陸中でマーメイドの保護が図られるだろう」
「へぇ……」
 書類に目を走らせると、この国の王様のサインだけでなく、関連ギルドの長のサインも書き込まれている。まあ魔法ギルドの長は目の前にいる留美先生らしいのだけれど。
「で……いつの間にこんな書類を? 王様のいるところとか結構遠いですよね?」
「私を誰だと思っている。二日もあれば大陸のどこにいる王様だろうと話をつけてサインぐらいもらってきて見せるさ」
「そうじゃなくて……マーメイドの身体を元に戻す研究とかしてたんじゃないんですか?」
「それはお前の役目だろう? たくや、ご苦労」
 うわ、この人サボってたな!?……と思いはするけれど、口に出した途端、逆に魔法攻撃くらいそうなので黙っておく。
「彼女たちに関しては、いささか他のマーメイドたちと生態が変わっているようだし、詳しく調べた上で調査書も提出する。だがまあ、陸上生活が出来て人間と会話できるようになったのであれば、むしろ亜人として認定されるのには好都合。他のマーメイドたちがより上位の種へと進化する可能性とも考えられるから、研究テーマとしては非常に面白いな」
 留美先生の研究はともかくとして、彼女たちが希少種の亜人と認定され、全国的に保護されるのは喜ばしいことだ。美人ぞろいだけに今回のような誘拐事件が二度と起こらないとは言えないけれど、それでも抑止力としては十二分すぎる。
 ―――マーメイドたちを守るため各国まで動かそうって言うんだから……留美先生ってスケール大きいよね。
 密かにそんなことを考えながら数枚まとめて書類をめくると……その下にあったのは、
「―――宅地造成工事許可申請書?」
 漁村ではなく、どちらかと言うと今いる“聖域”を中心にした地図に、あちらこちらに書き加えられた宅地建設予定地のしるし。何だってこんな物が入っているのかといぶかしんでいると
「このあたりは景色も空気もよくて魚も上手い。村の井戸水には海水が混ざるけれど、このあたりには別の水源があるあら、その問題も大丈夫だ。街道が整備されて交通の便がよくなったし、いずれは貴族の別荘地や保養地として発展させていくのも面白いと思ってな」
「そ、そんなの勝手に決めちゃっていいんですか?」
「まだ計画段階だ。新しい村長が決まれば説得するが、何人もの貴族がここに別荘を構えれば村に後ろ盾が出来るし、リゾート地としての箔がつく。開発費は村の人間が出すわけではないから余計な負担もかからないし、外貨を得て暮らしを豊かに出来るチャンスでもある」
「う、う〜ん……」
 今回の事件の原因の一つに、漁村での生活が裕福ではなかったことも上げられる。だから村民のみんなは村長やその仲間たちの口車に乗せられたりもしたのだ。聞いた話では、外から来たあたしや弘二たちを、それとなく監視するようにとも村長に命じられていたらしい。
 ―――だとしたら、これも悪いどころか、村にとってはむしろ良い話だよね。
「そして、観光事業の目玉になるのが次の書類だ」
「………それを見たら、あなただって怒り出すに決まっています」
 自信満面の留美先生に対し、希代香さんは怒りを通り越して既に気力をなくしかけている。
 海龍王=希代香さんの怒りが収まったこともあって、あたしたちの話に興味を持ち出してこちらへとやってくるマーメイドたちの姿がいくつかある。
 全裸で前を隠すこともなく歩いてくるのはどうかと思いながらも、あたしの手は何枚にも渡る宅地計画の書類をまとめてめくり、その次の書類に書いてある文面に視線を落とす……が、
「マーメイドたちの自立支援計画……………のための娼館建設計画書ぉぉぉ!!?」
「ふえ!? あ、あれ、なんですか? 先輩、何かあったんですか?」
 あたしの上げた大声に驚き、目を覚ました綾乃ちゃんがまぶたを擦りながら身体を起こし、あたしの手元を覗き込んでくる。それに倣い、集まってきた数人のマーメイドたちも自分たちの自立支援なんちゃらとかかわりのある話題を気にして、後ろや横からぬれた裸体をあたしにギュッと押し付けて書類を覗き込んでくる。
「ねぇねぇ、これ、なんて書いてあるですか?」
 ―――そっか、言葉は喋れても文字までは読めないわけね。
 陸に上がれば見た目が人間そっくりなだけに、ついつい彼女らが会話を覚えたばかりのマーメイドであることを忘れそうになる。そんな彼女たちに解りやすく説明するべく、書類にざっと目を通すと、
「え〜っと……簡単に言えば、みんなを亜人として認める代わりに、ちゃんと自活して生活しなきゃいけないのよ。もちろん、海の中でお魚食べて生活するのでも構わないんだけど……い、言いづらいんだけど、みんなで娼婦になってみないかって話な訳で……」
 留美先生が持ってきた計画書なのに、自分では説明をせず、美女に囲まれて顔を赤くしながら言葉を選んでいるあたしのことを面白そうに見つめている。
「なぁ、ショーフってなんなん?」
 説明しづらいないように困っているあたしの心中を解るはずもなく、まるで子供みたいに人間の暮らしに興味津々のマーメイドが耳元から直球ストレートの質問を投げかけてくる。
「しょ、娼婦って言うのは……え〜……」
 陸上でマーメイドたちに仕事をしてもらうにしても、他の仕事にすればいいのに……そんな恨みを込めて留美先生に目を向けるけれど、助け舟はなし。しかたなく働きの鈍っている意識をフル回転させ、差しさわりのない説明を搾り出す。
「えっと……そ、そう、綺麗な服を着ておめかししたり、男の人とお酒飲んだりするお仕事かな♪」
「服ゆーたら、身体締め付けるみたいな布のことやろ? 別にあんなん着んでもえーやん。裸が一番やもん♪」
 ―――男にはマーメイドたちのような美女が裸でいてくれたら嬉しいんだろうけど、それじゃ露出狂だよ。
「お酒ってなに? それって精液よりも美味しいの?」
 ―――おいおい、あんたたちは何と精液を比べてるんですかい。
 そもそも人間の生活の根本的な知識が抜けている彼女たちには、言葉を選んで説明すればするほどに余計な混乱を招くだけであることに気づく。
 かと言って、
「エッチするのがお仕事ですとは口が避けても言えないし……」
「ほえ? 人間ってエッチしてたらえーのん?」
「………しまった、思ってたことがつい口にィ!!!」
「それってつまり、昨日の晩にされたみたいなことをすればいい……のよね。人間のお仕事ってハードすぎる……!」
「こらこら握りこぶし固めて何を頑張ろうとしてるのよ!?」
「で、でも、いいのかしら。お仕事なんですよね? 社会を構成する一役割なんですよね? それなのに精液をいただけてしまうなんて……♪」
「あんたら種族はどれだけ変態だァ!?」
「なによ、最初は自分から無理やり教え込んだくせに。シルヴィアに射精して気持ちよさそーにしてる顔、はっきり覚えてるんだから」
「うわ、嫌なところ見て覚えられてしまってますか、あたし!?」
「気にせんでもえーやんか。うちらとたくやはんはおっぱい吸いあった仲やない。ああもう、オスとメスとで子供が作れるんやったら、うち、たくやはんに卵を産んで欲しいわァ♪」
「人間は卵なんて産みません! てかなに、あたしの方が生むのっておかしくない!?」
「ウソ!? メスなのに卵産めなきゃ、じゃあどうやって子供作るのよ!?」
「いいからあんたたち全員黙りなさ―――――――――い!!!」
「それよりも先輩、ここ見てください、大変なことが書かれてますよ!」
「あーもー綾乃ちゃんまであたしをいじめるのかァ!!!」
「違うんです、そうじゃないんです、この書類に先輩の名前が大変なところに書かれちゃってるんです!」
 ただでさえ頭が痛い時に矢継ぎ早に繰り出されるマーメイドたちの質問ともトンデモ発言とも知れない言葉にあたしの理性が徐々に崩壊しようとする……が、珍しく大きな声を上げた綾乃ちゃんの指差す場所に目をやると、
「なっ!?」
 頭の中が真っ白になり、絶句してしまった。


【娼館長:ルーミット】


「これはいったいどーゆことですか!? 留美先生、きっちり説明してください!!!」
 娼館長と言えば、普通のお店で言えば店長にあたる。つまりは娼館で一番偉い人、一国一城の主と言うところだ。
 だけどそんなものはやりたい人がなるものだ。少なくとも、男に戻ることを目的として旅をしていて、一つところに定住していないあたしは、当然やる気もないし出来もしない。それなのになんでこれから作ろうとしている新しい娼館の娼館長にあたしの名前があるのか、そもそも誰があたしの娼婦としての名前を知ってたと言うのか?
 こんなものを見せられては、疲れてるから座り込んでるなんて言っていられない。マーメイドを押しのけるように立ち上がったあたしは留美先生に詰め寄ると書類の束に平手をたたきつけた。
「たくや、冒険者カードの保管はもう少しきっちりしておいた方がいいぞ?」
 そんなあたしの目の前に、留美先生は冒険者カードを突きつける。先生の蒼く輝くブルーカードではなくて通常のもの。それは間違いなくあたしの冒険者カードだった。
「か、勝手に持ち出したなァ!?」
「気にすることはない。ちゃんと娼館ギルドに届け出て、ランクをCからBに上げてもらっておいた。仕事の経験を積んでいるのなら小まめにギルドに顔を出した方がいいぞ、ルーミット?」
「そ、そ、そ、そーゆー話じゃないでしょうが、人のプライバシーをォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 もうどうでもよくなった書類を放り投げると、留美先生の手から冒険者カードを取り返す。すると空いた留美先生の手には、バラバラになって撒き散らされた書類の束がきちんと揃って戻ってきていた。
「マーメイドたちに娼婦になってもらうのは、人間社会へ入っていくのに最適だと思えたからだ。人間と同じ体構造を持てたのなら、やがては意中の相手が出来るかもしれないし、村の外へ出ていくことも可能性としては考えられる。だが色事に関しては雌性体しかいないマーメイドにとって一番理解しづらいと思ってな。
 希代香、人間とマーメイドの理解を深め合える仕事としてこれ以上のものはないと私は考えるが、海龍王としてのお前はどう考える?」
「くっ……男に媚を売る仕事なんて……男に媚を売る仕事なんて………!!!」
 そう言えば希代香さん、男の人に騙されて海に身を投げている。男不信だからこそ最初は激怒して留美先生に食って掛かったけれど、海龍王としては娼館と言う案は賛成なのだろう。
 だけどあたしの方は収まっていない。
「それと、たくや」
「絶っ対に娼館長なんてしませんからね!」
「三ヶ月だ」
 断固拒否する姿勢のあたしの前に、留美先生が指三本だけ立てた右手を突き出す。
「近くに娼館長を任せられるほどランクの高い娼婦がいなかったこともあるが、どっちにしろ、三ヶ月は私に付き合ってもらうつもりだったんでな。娼館のほうは名前貸しだと思っていればいい」
「付き合うって……あたしに何をさせるつもりなんです?」
「そんなものは決まっている。私は先生なんだぞ? 三ヶ月の間に、お前には自分の魔力を操れるよう、きっちり修行をつけてやろうと言うのだ」
「る、留美先生が!?」
「不服か?」
 いや……不服だなんてとんでもない。
 魔法ギルドの長、言い換えれば世界最高の魔道師である留美先生に修行してもらえるなんて、どれだけお金を積んだところで普通なら絶対無理な話だ。例え三ヶ月だけとは言え、それならばこの村にい続ける価値はある。
 ―――これって物凄く幸運なのかも。
 正直、あたし自身も持て余しているところのある膨大な魔力をきちんと使いこなせれば、これから旅を続けていくにあたって、これほど心強いものはない。
 それに留美先生と希代香さんは“エクスチェンジャー”のことも知っている。フジエーダからずっと探し続けてきた謎への手がかりを知るチャンスでもあるのだ。
「………わかりました。娼館長のお話、お引き受けします」
 正直言うと複雑な気持ちが拭い去れたわけではない。けれどそれを飲み込んで首を縦に頷かせると、留美先生は安堵したかのような表情を浮かべ、うっすらと微笑んだ。
「今は焦らなくていい。力を蓄えて時が来るのを待てば、やがては空にものぼれるさ」
「はい?」
「気にするな、独り言だよ」
 そう言い残し、留美先生が背を向ける。
「希代香、これから長老のところで村の開発について話し合いをするがお前も来るだろう?」
 希代香さんは無言のまま、首を縦にも横にも振らない。それを了承と取った留美先生が指を打ち鳴らすと、二人の姿は転移して跡形もなく消え去ってしまう。
「娼館長かぁ……ま、建物自体が出来上がってないんだから、することなんてほとんどないんだろうけどね」
「でも先輩、明日から忙しくなりますね。私も三ヶ月で魔法をもっと上手に扱えるように頑張ります」
「ん、お互いに頑張ろうか!」
 そう気合をいれた直後、
「ふふふ、そのお互いには私たちも入ってるんですよね?」
 シルヴィアさんが全裸のままあたしの首に腕を回し、その豊満な胸をギュウッ……と力いっぱい押し付けてくる。
「ああ、ずっこい! 姐さん、昨日は一番最初から最後まで楽しんでたくせに、また今日も一番のりかいな!?」
「ふふふ、こういうものは早い者勝ちって言うのが人間社会のルールなのよ。じゃあお祝いと言うことで早速楽しみましょう♪」
「え? へ? ええええええええええっ!?」
 何が祝いで何がお楽しみ?―――それを確認すら出来ずに、綾乃ちゃんの目の前で押し倒されたあたしは、瞬く間に全裸のマーメイドたちによって揉みくちゃにされてしまう。
「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 完全に頭から抜け落ちていた。このマーメイドたちが、底なしの性欲の持ち主ばかりだと言うことに。
 ―――や…やっぱり娼館長の話はなかったことにィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
 三ヶ月もマーメイドたちに付き合っていれば腹上死は間違いない。けど、次々と折り重なる吸い付くような肌を押しのける力が、もうあたしには残されていなかった。
 ―――だれか助けてェええええええ!!!
 あたしの声にならない悲痛な叫びは、静かな小波の音にかき消され、どこへともなく消えていった……





 こうして、あたしは漁村に三ヶ月残ることとなった。
 今日から早速、留美先生による特訓……を受けるものと思いきや、待っていたのは娼館建設予定地である“聖域”跡地の地ならし作業だ。「魔力圧縮と放出の練習」と言うお題目で、結局、娼館建設に借り出されることになったのである。
 だけどこれも、マーメイドたちの新しい住居を作るためだと思えば頑張ろうという気力も幾分湧いてくるから不思議なものだ。あれだけ死線を越えさせられたというのに……あたしってっばやっぱり甘い。
 ともあれ、本格的な工事に入るのは建設ギルドの人たちが来てからになる。
 それまでは人気のないこの場所で、これも特訓だと思いながらハンマーを黙々と振り回していよう。……少なくとも、娼婦をするより何倍も男らしい仕事であることだけは確かだった。



 −*−



「はぁぁぁ……すぇんぱぁい……ボクのすぇんぷあぁぁぁい………」
「あーもう鬱陶しい。ただでさえ実入りの少ない仕事だったのに、余計に気が滅入る。泣くんだったら馬車から降りて泣いてこい!」
 漁村を出発してからと言うもの、ずっと泣きっぱなしだった弘二のお尻を大介がついに蹴り上げる。
 ところが、
「降りていいんですか!? やったァ、これで先輩のところに帰れグエッ!?」
 むしろ嬉々として馬車から飛び降りようとした弘二の首に投げ縄が絡みつき、工事道具が積み込まれてスペースなどまともにない馬車の中へと引き戻す。
「てめェは責任感ってもんが欠如してねェか? 次の仕事もお前が勝手に予約入れてたんだろうが。たくやちゃん、依頼を放り出してやってきたお前のことを受け入れてくれると思うか?」
「はっ、そうでした! ボクは先輩にふさわしい男になるために修行中だったんです。よーし、やるぞー!」
「だからって狭い場所で剣振り回すな、短絡思考のスライム脳が!」
 パートナーの記憶力のなさや考えなしの行動には毎回頭が痛む。弘二の頭の中にあるのは格好よさとか、たくやへの暴走した愛情しか詰まっていないんじゃないかとさえ思えてくる。
 ―――だけど、実力はあるんだよな……
 三ヶ月前、フジエーダを共に旅立った時には剣もまともに触れないお坊ちゃまだったのに、今ではいっぱし以上の剣士にまで成長している。歪んでいるとは言え明確な目標があることと、やはり本人に才能があることが短期間での急成長の理由だろう。
 ―――だとすると、今回手に入れた“アレ”も無駄にはならないんだろうけど。
 依頼料は、依頼者である村長が捕まったためにうやむやになった。事件解決後には宿を追い出され、誰もいなくなった村長宅で寝泊りしていたので滞在費もそうかかっていない。
 だが、弘二がロングソードをどこかで無くしている。一本あたり100ゴールド(約一万円)や200ゴールドで買えるはずもなく、依頼料をもらえなかったことを考えれば非常に痛手と言ってもいい。はっきり言って収支は完全にマイナスの大赤字だ。
 その穴埋めとして村で譲り受けたのが、決めポーズを取っている弘二が明後日の方向に向けている剣だ。
 両刃の刀身はロングソードにしてはやや幅広で、“突く”よりも“斬る”攻撃に適している。かと言って重量任せに叩き切るバスターソードやグレートソードほどの大剣ではない。片手で扱えるそれは足を止めることなく連続攻撃を繰り出す弘二の戦闘スタイルにぴたりと当てはまる剣だった。
 しかもこの剣、ただの剣ではない。片刃の刀身二本で長細い“赤い水晶”を挟んである魔法剣である。柄の内部から切っ先の寸前まで至る赤水晶は明らかに人工の物であり、一見すると派手な色彩であるため実用性皆無の装飾品にも見えてしまう。けれど、むしろ切れ味は通常の剣よりも鋭い上に、数回振っただけで弘二の手に瞬く間に馴染んでしまっていた。
 ―――だから俺も、タダでくれると聞いて喜んで貰ったんだけど……良い剣過ぎるんだよ、タダでくれたにしちゃ。
 魔法加工の施された剣が売られていないわけではない。大きな街に行けばそれこそピンからキリまで揃っている。
 大介の見立てでは、もらった剣の価値は一万ゴールド(約100万円)以上。幾ら村を守るためにマーマンと戦ったとは言え、決して裕福とはいえない村からもらえたにしては不自然すぎるほどの高額品、まさにお宝だ。
 それに剣を渡されたのが何故弘二なのかと言う疑問もある。
 はっきり言って、弘二は目立った活躍をしていない。村にマーマンが押し寄せてきた時には、遅れて参戦したとは言え活躍をしてのけたけれど、魔法を使って次々と敵をなぎ倒した留美の活躍に比べれば、何もしていないに等しい。
 たくやのほうの活躍もスゴい。寺田の名前は凄腕の傭兵戦士として大介も聞き及んでいた。現在南部域にいる戦士の中でも屈指の実力者を打ち倒し、魔王の書と戦い、事件の黒幕まで捕らえてしまった。大部分は一般人である村人には伝わらないし理解できないだろうが、フジエーダの一件での功績に匹敵するほどの活躍ぶりである。
 そんな二人を差し置いて魔法の剣と言う高額な武器を弘二がもらったのはなぜか? 弘二が剣を受け取ったと言う“黒髪の少女”に大介は直接会ってはいないが、礼として贈る物を子供に運ばせたりするだろうか? そもそもそんな剣があるのなら、マーマンの襲撃の前にどうして出してこなかったのか?
 ―――思いっきり胡散臭いんだよな。けど、こんなバカをハメて得をする人間がいるとは思えないし……あの剣、呪いでも掛けられてるんじゃないのか?
 シーフや情報屋を営んできた大介からすれば、今回の一件は色々と引っかかることが多すぎる。ほとんどが結論を出すには情報が少なすぎるので、無駄に考えをめぐらせたりはしないけれど、
 ―――今回の報告書を読んだら、“上”の連中は勝手に憶測めぐらせるんだろうな。考えすぎてもろくなことないってのに。
 それにしても、馬車の荷台で揺られているだけの時間が暇なせいか、余計なことを悩んでしまっていた。
 どうせこの世界では何でも起こりえる。特にたくやの周囲ではその可能性が非常に高まるので、後を追って旅に出ることになったのだ。決して弘二のような下心からではない。
 ―――悩んで立って答えが出るわけじゃないし、なるようにしかならないってのが、どうして分かんないんだろうね〜
 もっともそれは自分の役割ではない。理解できないこととして考えることを中断した大介はそのまま二台に詰まれた荷物にもたれて睡眠体勢に入る……が、ふと弘二に向けた視線が、剣の刀身に刻まれた三文字のアルファベットへと吸い寄せられる。
「X…C……F? なんだ、剣の銘か?」
「大介さん、どうかしたんですか?」
「いや、これ、なんて詠むのかなって思ってさ。エクス…いや、イクシーフか?」
「格好いい! この剣の名前、イクシーフって言うんですか!? いいじゃないですか、最高ですよ!」
「適当に読んでみただけなんだけど……て、おい。人の話を聞けよ、お前は!」
「このイクシーフを手に新たな伝説を築き上げる……先輩、見ていてください。ボクの輝かしい栄光の数々を!」
 適当につなげて読んだだけの“イクシーフ”と言う呼び名を弘二が気に入ったのなら、その名前でいいだろう。どうせ剣の名前なんて別に何でもいい。深く考えようとしたって、後から自分なりの結論を弘二に聞かせようとしても聞きはしないのだから。
 ―――しっかし、XC……まさか“エクスチェンジャー”じゃないだろうしな。それは考えすぎだよな、あっはっは。
 たかが剣の刻印のことでまでたくやにつなげて考えてしまうようでは、弘二ほどではないにしても重症か……馬車が走ってきたほうへ視線を向けた大介は、明日に備えて休む前に頬を掻きながら苦笑を浮かべていた―――





 何でもいいと思っていた剣の銘が“X=Changer=Fake”であり、そしてこの剣には本当に“呪い”が掛けられている事など、この時の大介は夢にも思わなかっただろう。


たくやと留美の魔法学講座-1へ