第十一章「賢者」裏5


「はい、私が昨晩、留美先生にお教えしました」
 露天風呂で海龍王こと希代香さんからマーメイドたちとエッチしてほしいと言う依頼を受けた翌朝、何であたしがマーメイドの因子を持っているのかを留美先生たちが知っていたのかが綾乃ちゃんの口から語られた。
「先輩やモンスターさんたちのことに興味を持たれていたから少しお話したんですけど、そしたら急にマーメイドさんたちが救えるかもしれないと言われて。あの、もしかしてご迷惑でしたか?」
「いや……め、迷惑と言うんじゃないんだけどさ……どこまで話しちゃったんだろうな〜て思って……」
 あたしが暗に言わんとしている事が伝わり、綾乃ちゃんも軽く頬を染めて口をつぐむ。
 もっとも留美先生が相手であれば、さらにはそこに希代香さんが加わろうものなら、あたしも秘密を隠し通せる自信などない。だから綾乃ちゃんを責めるつもりは毛頭ないのだけれど、
「だってさ、その……話しちゃったわけでしょ、あたしがモンスターとエッチしちゃったことまで……」
 昨晩、希代香さんがマーメイドのためにとお願いしてきたのはSEXだ。あたしがマーマンにさらわれた時に水中でも活動できたことから、“魔王”として何かしらの水棲モンスターの因子を持っている可能性が高いらしい。そしてもう一つ、モンスターと性的接触……つまりエッチすることで姿形や能力まで変化させて別種の存在に進化させてしまえることからもモンスター因子を他者に与えられるのではないかと留美先生たちは考えたわけだ。
 コボルトが獣人に、オーガが四本腕の鬼神に、死んだはずのゴブリンたちはゴーストになってリビングメイルに、スライムのジェルや淫蟲のバルーンだって、あたしの魔力を吸った事でその形状を大きく変えているのだから、その推測はあながちハズレではないだろう。
 けれど進化の方法はSEXだけではない。蜜蜘蛛の時には魔力が大量に含まれる血液を飲ませることで進化を行えている。今回だって傷ついたポチもあたしの血によって、三体に分裂する能力まで身に付けてしまった。
 尾ひれが人間と同じような二本の足に変わってしまい、陸上生活せざるを得なくなったことは、マーメイドにとっては悲劇といわざるを得ない。でもだからと言って、言葉さえ失ってしまった彼女たちをあたしが有無を言わさずに犯して膣内射精するのは気が引ける。
 出来れば血液を口にしてもらって無事にマーメイドの姿に戻ってくれれば……その可能性に賭け、貧血気味だと言うのにあたしは朝から腕に針を刺されて血を抜かれ、今はその血を混ぜた飲み物をマーメイドたちに配っている最中だ。。
「申し訳ありませんでした……その……マーメイドさんたちのためだからって言われて……」
「いや、いいって別に。綾乃ちゃんが喋らなくても、あたしが起きてたら、何か出来るんじゃないかって自分で話してたと思うしさ。……針を刺されるのはちょっと怖かったけど」
「ふふ……あの時の先輩、ギュッと目を瞑って可愛らしかったですよ。まるで小さな子供みたいで♪」
「だ、だって痛かったんだよ!? 針刺したら血が噴き出してくるし! そりゃ切った張ったで出血するよりは大分マシだったけどさァ―――」
 どうにも、腕に針を刺すのは大きな街のお医者さんは時々行うことらしい。それが未だに信じられずに綾乃ちゃんへ言い訳しようとしたその時、マーメイドたちが入っている部屋のほうから何かの砕ける硬質な音がいくつも鳴り響いてきた。
「先輩、これって……」
「ダメ……だったみたいね。とりあえずあたしたちも行ってみましょう」



 結論から言えば、マーメイドたちは血の臭いに敏感で、誰一人として口にすることはなかった。47人全員が飲み物に混入したあたしの血液の臭いに気づき、コップを床へ払い落としたのだ。
 人間とは食生活から何からまったく異なるマーメイドたちに、説明も何もできないまま人間の用意した食事を食べろと言うのも難しい話なのだろう。そもそも人間の寺田や村長に捕らわれていた彼女たちは人間への不信感が根付いてしまっている。飲み物の一件からはさらに疑惑が強まり、釣ったばかりの魚や海草を出しても誰も手をつけなくなってしまったほどだ。
 長期にわたって拘束されて弱っていたマーメイドたちが食事を取らなくなれば、後は衰弱する一方だ。希代香さんが必死に説得を試みているけれど、能力と共に声や言葉を失ってしまったマーメイドたちには、いかに海龍王の言葉や思念でも通じることはなかった。
 現在、そんな彼女たちにこちらの意思を伝える魔法を留美先生が宿屋まで運んできた馬車の中で急遽開発中だ。けれどそれも完成はいつになるかわからない。数日……いや今日明日にでもマーメイドたちが倒れるかもしれないと言う時に、それを悠長に待っている暇はなかった。
 そういう訳で、マーメイドたちの救助のために冒険者ギルドから派遣されてきたと言う触れ込みで指揮を取る希代香さんにより、あたしが強引にでもマーメイドの誰かとエッチすることが決定されてしまった。
 今はそれしか彼女たちを助ける手段がないとは言え、言葉の通じない相手をレイプ同様に犯すのは気が引ける。夜になるまでゆっくり休んでいるようにと言われたけれど、ベッドに身を横たえるあたしの胸には、言いようのない重みが圧し掛かっていた……



「―――って、だからどうして全員つれてくる必要があるんですかァ〜〜〜!!!」
 お手伝いに来ていた漁村の主婦たちが帰り、これもマーメイドたちを救うためだと自分に言い聞かせたあたしが連れてこられたのは、宿屋の一階の食堂。そのど真ん中にはテーブルが片付けられて一組の布団を敷かれ、さらにはこれからエッチなことをしようと言っているのに希代香さんや綾乃ちゃんだけでなく、47人のマーメイド全員がこの場につれて来られていた。
「………しかたありません。一人だけを連れてくれば、より不信感を抱かせることになります。少しでも安心感を与えるためにも、彼女たちを引き離すことなんて……」
「でも、仲間の一人が無理やりエッチされるところを目にしちゃうんですよ? 余計に人間嫌いになったりしません?」
「………それはあなた次第です」
 どうにも昨晩の温泉から、希代香さんとの間に見えない壁を感じてしまう。まあ、男性にふられた事が忘れられずにいる希代香さんも、マーメイドたちと同様に不信感を拭いきれないのだろう。
「先輩、頑張ってください! わ、私もずっとここから見守ってますから!」
「綾乃ちゃん、ありがと……でも出来れば見守るのはやめて欲しいなァ……」
 娼館でお世話になっている時だって、綾乃ちゃんに見せたことはないのに……けれど今回はあたしの事以外にもマーメイドたちへの心配もあるようで、ギュッと手を握り合わせて祈るような面持ちの綾乃ちゃんを見ると、部屋に戻っていて欲しいとはとても口には出来なかった。
 ―――ええい、男は度胸、女も度胸だ。これだけ大勢いるのに一人二人観客が増えたところで!
 まな板ショーと言うものがある。あたしがフジエーダで最初に娼館を訪れた時のように、ステージ上で本番をお客さんに見せるショーのことだ。それ以降、あれほど多人数相手のプレイはやっていないけれど、やってやれないことはない。見られて減るのはあたしの羞恥心だけだ。
 ―――あと問題は……誰とエッチするかって事なのよね……
 もしあたしとSEXすることでマーメイドに戻れたら全員としなくてはいけないわけだけれど、強引にでも犯し、膣内射精までする最初の相手を選ぶと言うのは、あたしにとっては拷問にも等しい。
 例え相手が人間とではなくモンスターだとしても、あたしの前にいるのは誰も彼もが文句を付けようのない美人揃い。少し幼いけれど手を出すには少し危険な香りもする年下の少女もいれば、見るからに年上で妖艶な魅力のある美女もいる。けれど品定めをするべき近づいていくあたしを見るその目には、一様に不安と恐れ、それから自分たちの平穏を奪った人間への怒りが浮かんでいた。
 ―――さて、ほんとにどうしよ……
 いきなり小さな子……と言うのは論外だ。マーメイドたちは言葉が通じていなくても、それまで長年一緒に生活してきたせいかお互いにある程度の意思疎通は出来ている。肩を寄せ合い、身体を密着させることで相手の体温を感じて安堵を得る姿は縋(すが)り合うようでもあり、今からそれを引き離さなければいけないのかと思うと胸にズキッと痛みが突き刺さる。
 ―――だけど、ここで引き下がるわけにはいかないし……
 希代香さんの雷眼で吹き飛ばされるのも御免だし、このままマーメイドたちを放置して死なせてしまうのも後味が悪い。美女とSEX出来るのだからと割り切れればいいのだけど、そう簡単に気持ちを切り替えられるのなら男に戻る方法を探して旅などそもそもしてはいない。
 けれどSEXする相手を物色する罪悪感が胸から消えることはない。頭を振り、これも世のため人のためだと自分に言い聞かせていると、ふと二人寄り添いあっているマーメイドに目が止まった。
 ―――あの二人は……
 一人は髪が長く、一人は髪が短い。髪の長いマーメイドのほうは少し怯えた感じが強いけれど、逆に髪の短いほうは冷たくも鋭い眼差しであたしを見つめている。ただ、
 ―――なんとなく明日香に似てるかな……
 あたしが興味を引かれたのは髪の長いほうのマーメイドだ。髪の色も顔つきも、アイハラン村の幼馴染を思い起こさせる。年齢は明日香やあたしより少し上のように思えるけれど、あたしの胸には郷愁にも似た感覚がこみ上げてきてしまう。
 そして髪の毛の短いほうは、
 ―――あたしに似てる……かな?
 昨晩、ポチとあたしが似ていると言われてから鏡をじっくり覗き込んだせいか、明日香によく似たマーメイドと抱き合っているのが、まるで自分の生き写しのように思える。髪の色は違うけれど、中性的な顔立ちをしていて、まるで明日香に良く似たマーメイドを守ろうとしているようにも見える。
「えっと……あのお二人はエリンさんとアリアさんですね。もっとも、本名かどうかはわかりませんが」
 あたしの後を付いてきた綾乃ちゃんが、手元にいくつも名前の書き込まれた紙に視線を落としながら言う。マーメイドたちは発見時、まるで犬の首輪のように名前の書かれた小さな板を首に巻かれていたらしく、便宜上、彼女たちを呼んでいるのだろう。
「それじゃあ……」
 言って、すぐにあたしは後悔に襲われる。
 選ぼうとしているのはどちらだろうか? 幼馴染に似ているエリンなのか、それとも自分に似ているアリアなのか……困惑の中、無意識に上げ始めた指は止められず、最も選んではいけない二人のどちらかを指差そうとしていた。
 ―――ちょ、ストップ、スト―――ップ! やり直しを要求します〜〜〜!!!
 意思を大急ぎで総動員しても、もはや手遅れ。指先はあたしの見つめている先をまっすぐ指差そうとして……目の前に割って入った銀髪の女性を指し、止まった。
『………………ッ!』
「え? あの、その、ええっと……」
 背後にいる他のマーメイドたちを庇うように、銀色の髪のマーメイドは両手を広げてあたしの前に立ちはだかっていた。マーメイドたちの中でも彼女は年上らしいけれど、今にも涙が溢れそうな目で眉を吊り上げて正面から睨まれると、あたしもどう反応していいかわからなくなる。
「えっと……彼女はシルヴィアさんです。発見された村長さんの手記によると、マーメイドさんたちのリーダーさんらしくて、他の子を守ろうとしたことが何度もあったそうですね」
 彼女たちを売り払おうとしていたのだからか、村長とその仲間は個々人の特徴を観察していたらしい。
 ―――だからって代わりに選ぶなんてのはいけないことなんだろうけれど……ええい、ままよ!
 あたしに負けず劣らず豊満な胸をしているシルヴィアさんを指差していた手は、あたしの決意と共に彼女の手を握り締めていた。
「あの……伝わらないかもしれないけど、よ…よろしくお願いします!」
『……………?』
 あたしが男としてエッチした回数なんて数が知れている。けれど彼女とエッチすると決めた以上、もう後に引くことも出来ない。
 ―――いや、「よろしく」って言うよりも……「ごめんなさい」って謝ったほうが良かったのかな……
 これからあたしは彼女の衣服を剥ぎ取り、泣き叫んで抵抗されようとも肉棒を捻じ込んで胎内に精液を注ぎこまなければいけないのだから。きっと嫌われるだろうけれど……それでもマーメイドたちのために、あたしはやらなければいけないのだ。
「それじゃあこっちに……って、言葉通じないんだっけ。ええっと、どうすれば……」
 他のマーメイドたちの前でシルヴィアさんの服を引き裂いて始めるわけにもいかない。せめて食堂の床のど真ん中に敷かれた布団まで連れていこうと手を引くと、
『―――――ッ!?』
 マーメイドはそもそも二本の足で立つ事に慣れていない。軽く手を引いただけでシルヴィアさんはあっけなくバランスを崩してしまう。
「よっと……ふ〜、あぶなかった。大丈夫でした?」
『あ……アゥ………』
 とっさに腕を伸ばしてシルヴィアさんを胸に抱きかかえると、安堵の息をホッと漏らす。
 天然のオッパイクッションで抱きとめられたシルヴィアさんは、最初何が起こったのかわからないと言う顔でキョトンとしていたけれど、上げた視線のすぐ先にあたしの顔があることに気がつくと、白い肌を一気に高潮させて俯き、あたしの胸に顔を埋め、そしてすぐさま顔を上げてオロオロと首を左右に振りたくりだす。
 ―――これは……なんか意外な反応。突き飛ばされたりするかなって思ったけど……
 シルヴィアさんがよろけたのはあたしのせいなのだけれど、頬を火照らせる熱がそのままこもった息を肌に感じてしまうと、もじもじと恥ずかしそうにしている彼女を抱きしめる腕にも思わず力が入りそうになる。
 自制してもわずかに強くなってしまうあたしの腕に締め付けに『んっ…!』と小さく息を漏らされ、恥じらいの視線を一度あたしに向けた上であからさまに逸らされると、
 ―――な、なんだか入ってはいけないスイッチが―――――――――!!!
 年上っぽい人の恥じらいの表情。あたしの胸に引けを取らないボリュームの柔らかい感触。ああ、あたしもやっぱり男なんだ……と思わずにはいられないぐらいの破壊力を腕の中に納めても、グッと我慢しつつ、なかなか上手く立てないシルヴィアさんをお姫様抱っこで抱え上げる。
『ッ………!』
「わあ……♪」
 背中と膝の裏を両腕で支えてシルヴィアさんを抱えると、腕の中の感触が緊張で固くなり、すぐ傍にいた綾乃ちゃんが感嘆の声を上げる。
 けれど一方で、他のマーメイドたちの停止と不振と疑惑の視線は強くなり、シルヴィアさんを布団まで運ぼうとするあたしの背中へそれが痛いぐらいに突き刺さっていた。そして布団をはさんだ正面からは「女たらし…」と希代香さんの視線が向けられている。
 ―――負けるもんか…負けるもんですかァ〜〜〜〜〜〜!!!
 恥ずかしい思いも嫌な思いも、するのはシルヴィアさんたちマーメイドだ。あたしはあたしで「いい思いができるんだ…!」と念仏のように反芻し、針の筵(むしろ)のようなこの場所に何とかとどまり続けていた。


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