第十一章「賢者」02


 漁村の唯一の宿屋は村のかなり奥の方にあった。
 波から建物を守るために岩場の高台に建てられた宿屋は多少上り下りが不便ではあるものの、一泊するだけなのだからそれほど気にもならない。むしろ、村の大きさからすれば十分立派な建物の客室から一望する海は、深い森の中の辺鄙な村で生まれ育ったあたしには新鮮かつ感嘆の声を上げさせるほどの光景だ。……ただ二人合わせて300ゴールド、一晩で頑張って稼いだ一週間分の依頼料が吹っ飛ぶ宿賃もいささか衝撃的ではあったけれど。
 ―――明日ならまだ工事やってるだろうから、きっちり依頼料受け取ってこないと……このままじゃ大赤字だぁ〜……
 弘二たちに追い立てられるように街道の工事現場から走り去ったので、実は依頼料をまだ受け取っていなかったりする。300ゴールド、金貨で三枚、気を抜けば犯されそうな環境で昼に夜にと一週間も魔力と忍耐を振り絞る苦労を押し付けられ続けたのに、タダ働きだけは死んでもイヤだ。
 ………けど、今から工事現場までお金を取りに行くのも面倒くさいし、疲れてるし、日もずいぶん傾いてきたし。
 もし行けば帰ってくる頃には、生まれて初めて目にした“海”の向こうの水平線とやらに太陽も沈んでしまうだろう。明日、街に帰る途中に顔を出しばいいのだから、そんなに焦る必要も無い。村の中にまでモンスターが出没すると言うのだし、今夜は無理せず骨休めをすればいいだろう。
 幸い、この村には温泉が湧き出ていた。
 いつぞや立ち寄った温泉街ほどではないものの、宿からさらに岩場を進んだ場所に公共の浴場が作られていて、村人や宿の宿泊客なら無料で入ってもいいらしい。しかも露天……広大な海をお湯に浸かりながらにして眺めることが出来る最高のロケーションだ。
 これに入らずして何に入れと言うのだ!……と言うわけで、宿に荷物を置いたあたしと綾乃ちゃんは剣と杖の最低限の武器だけ持ち、夕食前に一週間分の体の汚れを落としにやってきた。
「ッ……! クッ………ダッハァ〜〜……♪」
『せ、先輩、今のはとても女の子っぽくなかったと思いますよ!?』
「いーじゃん別に〜……ここにはあたしと綾乃ちゃんしかいないんだし……クハァ〜……」
 身体を浸からせた露天風呂はそれほど大きくはないけれど、少し高めの湯温が疲れた身体に最ッ高に効く。
 他の人の迷惑にならないようにと、一週間の垢を手ぬぐいでこそぎ落してから足をお湯につけたけれど、綾乃ちゃんよりも何倍も肉感的な身体を沈めて行くほどに熱さに緊張した筋肉が強張っていく。けれどしばらく肩まで浸かって温泉の熱さに慣れてくると、温まった身体から疲労が溶けて流れ出すかのように緊張がほどけていく。
「ああ……しゃ〜わせぇ〜………♪」
『もう、先輩ったら……他の人が来たらすぐにこっちに移ってきてくださいよ?』
「わ〜かってるってぇ〜……それにしても……フニャアァァァ〜……♪」
 あたしが入っているのは男湯、綾乃ちゃんが入っているのは女湯。一つの大きな湯船を中央で分断する垣根の向こうから聞こえてくる苦笑交じりの綾乃ちゃんの言葉にトロットロに蕩けた返事をする。
 ………さすがに二人でお風呂って言うのは……ど、どうでしょうか!?
 想像したらドキドキしてしまうけど、さすがにそれはマズいだろう。綾乃ちゃんとは何度か一線を越えてしまっているけれど、一緒の湯船に浸かって、お互いの身体を洗いっこして、お湯の中で手を繋ぎながら海に沈む太陽を見つめて………ごめんなさい、そんなシチュエーションに耐え切れる自信がありません。
 綾乃ちゃんも「先輩、何でそちらに入るんですか?」と、すっかりあたしが男だと言うことを忘れた発言をしてくれるけれど、もし一緒に入ってしまったら、何か色々と我慢できなくなってしまいそうだ。
「ウ〜………あたしってヘタレかなぁ……」
 まだ入浴したばかりだけれど、早速のぼせてしまいそうだ。
 それでも考えてみれば、綾乃ちゃんに対してそういう感情を抱けるのは、まだあたしが男であることを忘れきっていない証拠かもしれない。せっかく久しぶりに宿屋で一泊できるのだし、部屋に戻ってすぐにでも温泉で肌を火照らせた綾乃ちゃんをベッドに押し倒してしまうのも……きっと受け入れてもらえそうな気がしてしまう。


『せ、先輩……まだ心の準備が、あ、あの……!』
『怖がらなくてもいいんだよ……綾乃ちゃんはただ、あたしに身を委ねてくれれば……』
『でも…でもッ……んッ! あ…はゥうん……!』
『ふふふ……かわいらしいオッパイ……それなのに先っぽだけこんなに硬い……』
『い…いじわるゥ……ッあ、んゥ、そ…そんな……いやらしい……あ…はぁあぁぁぁ………!』
『綾乃ちゃん……今夜は可愛がってあげる。二人っきりの夜なんだから……』
『………あうぅぅぅ……あ…甘えても…いいんですか?』
『甘えさせてあげる……たっぷりとね』
『っあう! そこは、ダメェ、き、気持ちよすぎて、わ、私、あ…ああァ、も、もっ、もう、クる、そ…こォ!』
『こんなに大きく膨らませて……どう? ここでしょ? 綾乃ちゃんが抉って欲しいのは?』
『んはァああああああっ! 先輩、お願い、あ、ああァ、あくぅ…! イっちゃうゥ! 先輩、見ないで、恥ずかしいから…ダメェエエエエェェェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』


 ………い、いや待てあたし。綾乃ちゃんがベッドの上でおしっこだなんて……けど後ろからアソコをゆっくりと指先で抉れば……わわわ、綾乃ちゃんてば、ふ、噴いちゃってますかァ!?
『先輩? せんぱ〜〜〜い?』
 ………す、スゴい、真後ろに向けてなんて犬よりもはしたなくて……そ、そうだ。綾乃ちゃん一人に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかない。あたしも肌を脱いで……ま、まずは舐めあい? 綾乃ちゃんのアソコを……
『先輩ってば、さっきからどうなされたんですか? 様子がおかしいですよ?』
「うっ……だ、大丈夫。ちょっと考え事してて……」
 まさか今晩のプランをあれこれ妄想してましたなんて言えるわけもなく、口をつぐんだあたしは顔の半分をお湯に沈めてブクブクと泡を吹き出してしまう。きっと顔は赤くなってるんだろうなぁ…と思いながらも、垣根の向こうから綾乃ちゃんの声が聞こえてくるたびにみだらな妄想が頭をよぎり、濃厚な湯気に隠れるように頭をお湯へと沈めてしまう。
『そう言えば……気になってることがあるんですけど、訊いてもいいですか?』
「ん? な、なに?」
 まさかいやらしい事を考えてるのがばれた……と言う事は無いだろうけれど、後ろめたさでギクッと身体が震え、声が少し裏返ってしまう。
『あ……お疲れでしたら後でもいいんですけど』
「だ、大丈夫だよ。それでなにが訊きたいの?」
『はい……あの、どうして先輩が村長さんのお話を受けなかったのかが気になって……』
 パシャッと垣根の向こうからお湯のはねる音が響く……あたしに質問をすることで緊張をしているのだろうか、おそらく胸元にお湯をかけるその音は二度三度と聞こえてくる。
『いつもの先輩なら困ってる人を見捨てないと思ってたんですけど、今回ははっきり断ったからびっくりして……さ、差し出がましいとは思うんですけど、弘二さんとか大介さんとの事が原因で助けてあげないって言うのは―――』
「ああ、違う違う。大介たちは全然関係ないわよ。別の理由で断ったから」
『え………?』
 少し驚いたらしい。まあ……ここに来るまでに説明しなかったのはあたしの責任か。今いる温泉に来るまでにも多少は二人きりの時間はあったのだし、旅のパートナーである綾乃ちゃんには簡単にでも説明しておくべきだったと反省する。
「んっとね……はっきりとはいえないんだけど、村長さん…というかこの村の人、ウソをついてるって感じるのよ。少なくともあの部屋にいた男の人たちは全員そうだと思う」
『ウソ……で、でも、冒険者ギルドが通した依頼なんですよね? だったら何もおかしなところは無いんじゃないんですか?』
 そう……通常、冒険者ギルドは依頼主から持ち込まれた依頼に対しては一通りの調査を行ってから、一般の冒険者に依頼を公開する。出なければ冒険者ギルドや冒険者自身が何らかの犯罪に知らず知らず加担したり巻き込まれたりする可能性があるからだ。
 けれど、
「冒険者ギルドの調査って通り一遍等(いっぺんとう)だし、依頼料の安い依頼にはそれなりの調査しかしないのも通常なのよ。ギルドの仲介料は依頼料に比例するんだし、何でもかんでも詳しく調べてたらお金も時間も人でも足りないじゃない」
『じゃあ今回の依頼も……』
「でしょうね……大介たちに支払われる500ゴールドなんて村の警備なんて長期間の任務じゃありえないほど安い金額だし。多分あたしたちが護衛の依頼を受けた街のギルドで大介や弘二も依頼を請けたんだろうけど、あのギルド、そんなに立派じゃなかったしね。あの村長さんにわめき散らされて渋々受理したんじゃないのかな」
 気になる点は他にもある……話が長くなりそうなので湯船から立ち上がると、脱衣所に背を向けるように縁石(えんせき)に腰をかけて手ぬぐいで股間と太ももを覆う。
「最初に気になったのは村長さんたちの態度かな。あんなに大勢でよってたかって被害を訴えなくても、村長さん一人で説明してくれたほうがこちらは話がわかりやすかった。むしろあれって、自分たちが被害者だって主張しているように聞こえたのよ」
『で、でもそれは、モンスターに襲われたら当然じゃないんですか?』
「そうなんだけどさ、なんて言うか……怒ってるって感じがしなかったのよ」
『わ、私は十分怖かったんですけど……』
「うん、まるで威嚇されたみたいにね。けど、もしあそこにいた人全員がマーマンに襲われた怒りで集まったんだとしたら、話を村長一人にさせて黙ってたりしないと思う。人数が多かったから、逆に演技をしていない人が見え隠れしてる気がしたんだよね」
 それに、
「あたしたちが帰ろうとしたら、殺気立って捕まえに来たでしょ? あの時、いきなり留美さんが現れてくれなかったらどうなってたか解らなかったと思う……」
『も、もしかしてマーマンにこの村が襲われたって言うのも……』
「それはわかんない。宿を探す時にそれとなく村の様子を見てみたけど、暗く沈んでる人も大勢見かけたし、壊れた建物もあったし。いくらなんでも冒険者ギルドも何の調査もせずに依頼を通したわけじゃないだろうから、全部が全部ウソと言う事は無いんじゃない?」
『でも…そんな話を聞かされたら不安になりますよ……』
「あはははは……でも、気になることならもう一つあるんだけど」
 あたしが湯気で湿った浴室で乾いた声で笑うと、『ええっ!?』と今にも不安で泣き出しそうな声で綾乃ちゃんは驚いてくれる……いっそ黙ってればよかったかな?
「まあねェ……あたしたちがこの村の人に何かされるなんて突発的に襲ってくるとかじゃない限りあるわけないんだから」
『だけど、何か起こってからじゃ遅いじゃないですかぁ! 逃げましょう、今晩中に逃げましょうよォ!!!』
「綾乃ちゃん、落ち着いてって」
『でも……でもォ〜〜〜!!!』
「本当に今は心配するだけ損だから。あの村長さんの魂胆が見えない限り油断は出来ないけどね……さて、ここで綾乃ちゃんに問題です」
 垣根越しにみえるわけないんだけど、つい乗りと雰囲気で指を立てながら、女湯にいる綾乃ちゃんに気分転換させようと問題形式で話しかける。
「あたしたち、一週間も街道の傍で野宿してたわけだけど……ここで話を聞かされて、なにかおかしいと思わなかった?」


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