第4話その2


「おい、そっちはいたか?」 「だめだ、見付からない」 「こっちもだ。どこ行ったんだろうな…」 「次はあっち行くぞ!」  ……………いったかな? 「弘二……誰もいない?」 「はい。先輩を狙ってる奴らは別の場所に行ったから安心してください」  その言葉を聞いてハァと溜息をつくと、あたしは掘建て小屋の隙間から顔を出してきょろきょろと回りを確認 した。  確かに周囲にはそれらしい連中はいない。目に移るのはクラスや部活が出している露天やお店を眺めて回る人 たちばかり。周囲を見まわして誰かを探すような素振りを見せる人はいないようだった。 「はぁぁ…弘二がいてくれたおかげで助かったわ。ありがとね」 「いやぁ、先輩のためなら例え火の中水の中」 「じゃ、そういうことで」  とりあえずの危機も去った事だし、片手を挙げて感謝して立ち去ろうとすると、照れてれしていた弘二が急に 我に帰ってあたしを再び小屋と小屋の間に押しこんだ。 「それだけなんですか!? 僕は先輩のピンチだと思い、身を呈してかばってあげたんですよ。それなのに何の お礼もないなんて酷いじゃないですか!」 「何言ってるのよ。あたしが身を隠す時にたまたま側にいただけじゃない。それに役に立ったのって単なる目隠 しとしてでしょうが」 「それでも役に立ったじゃないですか! だからお礼として僕と学園祭を一緒に楽しみましょう!」  こ…こいつもあの連中と同じか……せっかく後でケーキと紅茶ぐらいならって思ってたのに…こう言われると 感謝する気も失せちゃったわ……  なんとも傲慢と言うかわがままな後輩に徐々に怒りを覚え始めた矢先、ふと昨日の事を思い出す。 「そういえば…昨日の美少女コンテストに弘二がでるんじゃなかったの?」 「えっ……ど、どうしてそれを……」 「何でかしらないけど、審査委員に呼ばれてたの。それで弘二の名前が出たときビックリしたんだけど――」  で、あんたが出なかったおかげであたしは酷い目にあったのよ――と言葉を繋ぐ前に、急に顔色を変えた弘二 はあたしの視界の下へ、その場にしゃがみこんで震える体を押さえるように両手で頭を抱え込んだ。 「違うんです……あれはしょうがなかったんです……」 「あの…弘二…君?」 「突然だったんです…先輩も千里も手伝ってくれなくて一人で展示の準備をして、疲れて寝てたらいつのまにか 女装させられてたんです…そして千里が…千里が観客を集めてて、僕を変な機械に押し込んで…!」  も…もしかして、クイックエヴォリューションですか!? 男から女になるところを見世物にしてそのまま美 少女コンテストに…千里、今回はかなりあくどいわね…… 「僕のせいじゃない! 機械が爆発したのも科学室が黒焦げになったのも僕のせいじゃないんです! 先輩…信 じて、信じてくださいよぉ!!」  う、う〜ん…あたしも演劇部の手伝いでぜんぜん科学部のほうにいかなかったからなぁ……あの千里にたった 一人で振り回されてたんだ……少しかわいそうかなぁ……  今回のことがかなり深いトラウマになっているらしい弘二。あたしの足元にうずくまって身を震わせる姿はあ まりに弱々しく、直接的にではないとは言ってもその責任はあたしにもある…そう思うと、ちょっとぐらいなら サービスしてあげてもいいかな? 「ったく…しょうがないわね。弘二、今からちょっとの間なら付き合ってあげるから、ほら、元気出して」 「………ほ、本当ですか!?」  おお、急に元気になったわね。あいかわらずこう言うところだけは現金な…… 「うん…でも、あたしの休憩時間って一時間だけだから――」 「かまいません! 先輩と一緒にいられるのなら!」 「それにお昼ご飯もまだ食べてないし――」 「そんなの僕がおごります! 焼きそばでもお好み焼きでもホットドッグでも、先輩の食べたいものなら何だっ て!」  ………これは…けっこういいかも。休憩時間ずっと弘二と一緒って言うのに目をつむれば、ご飯代も出しても らえるし…でも、そう言うのってなんだか貢いでもらってるみたいで、あたしの男としてのプライドが…… 「……じゃあ行こっか」 「はい! どこまでもご一緒します!!」  ううう…昼食代の誘惑に負けた……今日は学食やってないから、値段の高い露天で食べなきゃいけないんだも ん……でもまぁ今回だけと言うことで。ははは…… 「じゃあ時間もありませんから早速行きましょう! どこだっていいです、先輩とならその辺の草むらでもぜん ぜんOKです!!」 「そ、そう言うのはちょっと……とりあえずは――」  朝から働きっぱなしだったから腹ごしらえ、弘二に強引に手を引かれながら建物の隙間から外へ出、祭りのに ぎやかな喧騒へと歩を進めたあたしの口から食事を求める言葉が出ようとしたその時、 「見つけた! おおい、たくやさんを見つけたぞ!! 全員集まれぇ!!」  それはつい先ほどまであたしを追い回していた男たちの一人が放った声だった。  うわ、速攻で見つかった! いくらなんでもはや過ぎるよぉ〜〜! と、とにかくまた―― 「む、あいつらはさっき先輩を追いまわしていた奴ですね。あんな奴らに"僕の"先輩を渡したりはしません!」 「なんだか変なところにアクセント入ってたのは突っ込まないでおいてあげるけど…弘二って喧嘩強かったの?」 「はっはっは。それだけの腕力があったら今すぐ先輩を押し倒して人目もはばからず――」 「言っとくけど、ここにはその人目があるんだから、変な言葉はかないようにね」 「うっ……」  声のした方を見ても……人ごみばかりで、どうやってあたしを見つけたのかさっぱり見当もつかない。もしか すると誰かをあたしと間違えたのかもしれないけれど、とりあえずはまた身を隠さないと……  例の男たちを探す視線をそのまま周囲にめぐらせる。見えるのは弘二の恥知らずな言葉になんだろうとこちら を見つめる人々の視線と屋台、そしてあたしが隠れていた左右の小屋…… 「うっ……」  こ…こんな出し物だったんだ……しまったぁ…これじゃなかったら中に入って難を逃れるのに…… 「こっちだ、早くしろ! 俺たちの相原さんを今度こそ!」  ううう………ええいっ! 別に中に入ったからって死ぬわけじゃないんだし、今は隠れるほうが最優先! 「弘二、こっち! こっちきて!」 「ああ…先輩のほうからこんな強引な……」 「うるさい! あたしのみの危険なんだからきびきび動く! ほらぁ!!」  いっそこの場で放り出したほうがよかったかも……そう思いながらも、あたしは弘二の手を引いて身を潜めて いた建物の入り口へと向かった。  入り口から覗く建物の中は真っ暗で、外からじゃどうなっているのかまったくわからない。けれど、あたしが この中に入ったら絶対に泣き叫んじゃうのはわかってる……  だって、入り口の上には赤い液体が滴るような文字で「おばけ屋敷」って書いてあるんだから……子供の頃、明 日香と一緒に入ってお漏らしを……これ以上思い出すのはちょっと……  はっきり言って入りたくない。でもかなり狂気じみた男子たちの追撃から逃れるためには仕方がないと割りき って、あたしは恐いのを我慢して暗闇の中へと足を踏み入れた……


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