第3話その2


「さて、今年も絶好調で行われています宮野森学園・秋の学園祭恒例の美人コンテスト「ミス宮野森は君だ!」。 実況解説は宮野森学園の情報通、こんなにかわゆいのに全然イベントのなかった八塚由美子です♪  優勝者には芸能界入りした人も数多く、アイドルへの登竜門と言われるミス宮野森コンテスト。それだけに出 場者も気合入りまくり、寒いから水着審査はありませんが各自自分が用意した衣装を身につけ、各クラス、また は各部・各クラスから一人推薦された美少女たちが可愛らしさをアピールしています。  審査方法はあたしの背後でかなりいや〜な歓声を上げまくっている男子と応援にきている女子に配られた投票 数に審査委員の評価点を合計して決められます。そして審査委員長は学園一の美女教師のこの人、松永啓子先生 です!」 「ふふふ…みんなかわいい子ばっかりね。この後が楽しみだわ…ふふふ♪」 「な…なんだかその笑みが見てるだけで鳥肌立っちゃうぐらいに恐いんですけど……そして演劇部顧問であたし のクラス担任の大村ひな子先生!」 「ああ、もうダメダメ! もっと自分の魅力を最大限に引き出す様に! ただ歩けばいいってもんじゃないのよ !」 「さ、さすがに学園内でも有数の変わり者集団の顧問だけあって、演技や歩き方へのチェックは厳しいんですけ ど…審査員席で竹刀を振りまわすのはやめてくださいね」 「だからそうじゃないでしょ! こうなったら私も出場して見本を見せてあげる!」 「あ〜〜、無理無理。先生が出たって最下位は目に見えてるから、無駄な努力はやめましょうね」 「や、八塚さんひどいぃ〜〜! 先生だって脱いだらスゴいんだからね!」 「でも寒いですよ〜。天気はいいけど服脱いだら絶対風邪引きますよ〜。それでもいいんですね?」 「……あ、みてみて。あの子の衣装っていいと思わない?」 「さて、アーパー教師の無謀な挑戦を押し留めましたところでぇ!」 「……いいもん、先生だって…先生だって、本当にスゴいんだから……」 「こらこら、竹刀で地面にのの字を書いていじけない。それではご紹介が遅れましたが、審査委員最後の一人、 松永先生の隣に座らされてるたくや君で〜っす♪」 「やだぁ〜〜! あたしは舞台終わったばっかりで疲れてるのに、よりにもよって先生の横なんてぇぇぇ〜〜! !」 「ふふふ…ちゃ〜んと見てたわよ。最後のシーン…舌まで入ってたんでしょ?」 「ええぇ〜!? うっそぉ、あれって芝居じゃ無かったの?」 「もう…先生は女の子同士の恋愛には口を出さないけど、いくらリアリティーを持たせるためだって言っても、 それはやり過ぎなんじゃないかと思うんだけど」 「ち、違うんです! あれは美由紀さんがテンション上がりすぎて完璧に暴走しちゃって――」 「そういえば幕が閉まる寸前には左手も……」 「!? ま…松永先生……そこまで……」 「ええ、講堂に各所に設置した暗視カメラでしっかり録画してあるわ。それにあの衣装ってノーブラでしょ?  色々と面白い物が撮れたわ…ふふふ……」 「ノーブラ? 面白い物? ねぇねぇ、松永さん、後でそれ見せて。やっぱり担任であり演劇部の顧問としては しっかりとその辺を把握しておかないと……」 「先生、抜け駆けはズルいですよ! これは記事にして学園内に貼りまくらないと。真実はちゃんと公表して― ――」 「大村先生も由美子も何を言ってるのよ! 松永先生もそんなの人に見せないで下さい!」 「当然他の人には見せないわよ。見せないかわりに…今度保健室にも遊びに来てね……楽しみにしてるから…ふ ふふ…♪」 「ええぇぇぇ〜〜〜ん! だから下着は着けたかったのにぃ〜〜〜!! やっ、ど、どこに手を…うあぁん!!」 「(……この情報は後で明日香に教えてあげよっと。)さてさて、審査員席で馬鹿騒ぎをしているうちに例年にな く盛況なミス宮野森もあと三人となりました」 「うわ、物凄く手抜きな展開」 「色々と事情があるんです。それでは真打ご登場の前に今回のコンテストに起きたとある事件から説明させてい ただきます。いいよね、たくや君?」 「うっ……」 「その間は返事なき了承ととらせてもらいます♪」 「うわ、横暴。どうせどう答えたって喋り出すくせに……」 「実は今回の出演者には入学してからの過去二年、周りからいくら推薦されても出場しようとしなかった二人が 入っています。どう言う心境の変化があったかは知りませんが……」 「よ、横目で見たって知らないからね」 「――どうやらたくや君を挟んだ痴情のもつれが原因かと思われま〜す。それにしても女の子になってからもて まくりね」 「だから違うって!!」 「二人同時に参加申し込みに来て、「出場する代わりにたくや君を審査委員に!」って言ってるのにまだ無関係だ と?」 「なんでそこまで知ってるのよ……」 「さてさて、それではエントリーナンバー25番! 3−A代表の片桐明日香さんで〜〜す!」 「こら人の話をはぐらかせるな――って、もう明日香の出番なの!?」  審査員席って言うのは当然の事ながら通常の観客席に比べて、出てくる女の子がよく見える最前列に設置され ている。  そこに座っていると毎年の審査委員が女性だけで構成されていると言う理由がよくわかる。  この位置は学園の中庭に設営された舞台よりも一段低くなっていて、コンテストに出場した女の子たちをかな りローアングルから見つめてしまう事にもなるのだ。  みんな、自分の魅力をアピールするためにミニスカートや露出の多い服を着ている子が多く、最前列まで歩い て着た時には思いっきり太股や胸の膨らみ、そして勝負パンツに水玉パンツに熊さんパンツなんかが見えてしま う。  横に座った松永先生にエッチな事を囁かれながら視線を上げれば、あたしと同年代の女の子たちの、恥じらい ながらも誠意一杯大胆に見せつける衣装やみずみずしい肉体を目の当たりにしてしまい、あたしの中の男として も女としても溜まらず俯いて頬を染めてしまう。  けど、次に登場するのは明日香……もしこれから目をそらせば…後に待つのは気まずい関係だから、ちゃんと 見なくちゃ。でも……  美由紀さんとの一件以来、朝も起こしに来てくれないし、視線が合うとあからさまに顔を背けるし、そのくせ あたしが演劇部の練習にいくとやきもちを焼くし…という感じにあまり精神衛生上非常によくないぎすぎすした 関係が続いているけど、それでもやっぱり明日香のパンツとか肌を他の人に見せびらかされるって言うのは、見 たいけど見られたくないと言う我侭で微妙な男心と言いますか……  あたしが男の時に道行く女の人に目を奪われた時も、明日香はこんな気持ちだったんだろうか…複雑な思いを 胸中に秘め、あたしから向かって右側にある出場者用ので入り口に目を向ける。それとほぼ同時に、入り口を覆 うカーテンが左右に開かれ(なんとも本格的な…)、私服とも制服とも違う、いつもは着ないような衣装に身を包 んだ明日香がスピーカーK邪羅流れる音楽と共にその向こう側から現れた。  あれ? あの服は確か……撃ちの教室でやってる喫茶店の女子用の制服じゃ……  仲がこじれる前に見せてもらった記憶を引っ張り出したあたしは、明日香の来ている服がウェイトレスの制服 である事に気がついた。喧嘩してからはクラスの女子も明日香の味方をするように学園祭の準備にあたしを参加 させてくれなかったけど、おそらくは間違いない。  その姿は学園祭のためだけに作ったとは思えない、かわいいデザインだった。全体を薄い赤を基調にし、いや らしくないピンクの制服に下端にフリルがついたオレンジ色のエプロン、腰の後ろで明日香に歩みに合わせて正 面に位置するあたしからでも見えるほどの大きな蝶結びが軽く揺れ、手首と足首に巻かれたリボン、そして胸元 を飾る赤色のネクタイと相俟って、学園内でも才色兼備の優等生として知られている明日香が、一転して女性ら しい――いつもが女っぽくないって言うわけじゃないんだけど――明るく華やかな雰囲気に満ちている。  ウオオオォォォォォォォ〜〜〜〜〜!!!  それまでにないぐらい大きな歓声が後ろから響いてくる。そのほとんどは男子だけれど、いくらかは女子の羨 望の声も混じっている。  一歩一歩観客席に、そしてあたしのいる審査員席へステージを進んで近付いてくるに連れ、男女関係なく魅了 していく明日香の姿。それは知っていたはずの幼なじみの魅力をもう一度あたしに再確認させるのに十分過ぎる 衝撃を与えていた…… 「……………」  きっとこの会場の誰もが明日香に注目しているだろう。かく言うあたしも視線を奪われてしまっている……で も明日香の瞳はあたしには向けられず、歓声に怯える事も緊張する事もなく、周囲にまんべんなく笑顔を振り撒 いて、時折手まで振っている。  その光景を見て、いや、ステージ間近のこの席で見せつけられ、あたしは何か寂しさのような物を感じてしま う。  幼なじみ…恋人…いつもあたしの側にいてくれた明日香があたしを見る事もなく、他の人に笑みを向ける…… その事に嫉妬を覚えながらも、あたしたちの間にはっきりとした溝がうまれたかのように感じてしまう……  明日香の…馬鹿……  その事を認識させるためだけにこんな物に出場たのか……あたしの事なんかどうでもいいならちゃんと言えば いいのに……こんな…こんな事までして……もう…こんなの見ていたくない……  知らず知らずのうちに、あたしは太股に乗せた手を握り締めていた。唇を紙、犬歯が唇に食いこむ痛みで目の 奥から込み上げる感情を我慢していると、ステージの最前列、一番審査員席に近付いて来た時に、明日香はよう やくあたしに目を向けてきた。しかも…まるで刺し貫くような、ものすっごく鋭い目つきで。 「ひっ!」  思わず身を引いてしまい、あたしのお尻が乗っているパイプ椅子がギシッと軋む音をたてる。  あの目…もしかして明日香…いや、やっぱり……あたしの事を怒ってる!?  子供の頃、徹底的にすりこまれた怒った明日香への恐怖心……最近はそんなに明日香に覚えなくなっていたけ れど、もはや遺伝子レベルにまで染みついたそれを拭い去る事は出来ず、まさに蛇に睨まれた蛙、後ろへ倒れそ うなほど背もたれに体重をかけたあたしは今から起こる惨劇を想像してしまい、皮膚から一気に冷たい汗が噴き 出てくる……  ――が、明日香があたしを見、目を細めたのも一瞬で、すぐに会場へと笑顔を向けて手を振りだした。  明日香のさっきに気づいた人は他にはいない。急な脅えぶりに左右から松永先生や由美子たちが慌てて倒れな い様にと支えてくれるけれど、あたしの目はそちらを気にする余裕もなく、ステージ上でにこやかに微笑む明日 香を見上げていた。  人間、殺されるかもしれないと思うほどに殺気を向けられると本当に金縛りになるらしく、目蓋や眼球さえ動 かせない……そんな目の前で、明日香が一つの動きを見せた。  ふわっ……  右足で地面を軽く蹴り、左足を軸に一回転。長く、綺麗な髪の毛を空中に舞わせるように、腕を振り、肩を振 り、全身の飾り布をふわりと浮かせてその場でくるりと体を回らせる。  その時あたしの目が捉えたものは、それほど短くないスカートの奥、回転速度がそれほど早くない為にほんの わずかしか浮き上がらなかった布地と影になってもそのきめも細かさ故に輝いて見える明日香のおみ足の向こう 側に……  おそらくはあたしだけに見えた、あたしだけに向けられた、白い布地に覆われた股間の光景が広がっていた。


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