ルート4−1


「相原先輩、片桐先輩、あけましておめでとうございます。今年もご指導、よろしくお願いいたします」
 初詣に向かう人ごみの中に綾乃ちゃんの姿を見つけ、あたしと明日香がそちらへと近づいていくと、あっちもこっちに気がついたようだ。あたしが着物の袖を気にしながら軽く手を上げると、着物姿の綾乃ちゃんは丁寧に頭を下げて迎えてくれた。
 家が大きな和風のお屋敷だけあって、薄い青の着物をまとった綾乃ちゃんは着付けも完璧で、普段よりもかわいく見えてしまう。女も着物の着方も付け焼刃のあたしと違い、綾乃ちゃんからはお正月にふさわしい雰囲気が漂っているように感じられる。
 でも……なぜか笑顔を浮かべている綾乃ちゃんの表情が困っているように見えるのは気のせいだろうか?
「あけましておめでと。今年もよろしくね。―――綾乃ちゃんもこれから初詣?」
「はい。そのつもりなんですけど……」
「なにかあったの? 変な男にナンパされて困ってるとか?」
 まあ、今の綾乃ちゃんに声を掛けたくなる男の気持ちも分からないでもない。ううう…明日香が横にいなければ……あたしが男のままだったら……これデフラグが立って綾乃ちゃんといい感じに過ごしてしまえそうなのに……
「違うんです。あの……ちょっと連れが……」
『お姉ちゃ〜ん、はやくはやく。こっちで林檎飴が売ってるよ〜!』
 おや、この声は……
 明らかにあたしたち……正確には綾乃ちゃんを呼ぶ女の子の声が聞こえてくる。恥ずかしそうに身を強張らせる綾乃ちゃんの代わりに明日香とあたしがそちらへ顔を向けると、ショートカットの女の子が焼きとうもろこしとベビーカステラの袋を手に器用に人ごみを避けながら走り寄ってきているのが見えた。
「はい、お姉ちゃんの大好きなベビーカステラも買ってきたよ。どっかに座って温かい内に食べちゃおっか」
「す、涼乃ちゃん! すみません先輩、気を悪くしないでくださいね……」
 気にするも何も……涼乃ちゃんも一緒だったのね。
「あけましておめでとう。涼乃ちゃんも相変わらず元気そうね。今日は綾乃ちゃんと一緒に初詣なんだ」
「あれ、相原……さん?」
 そっか……女になってるときに涼乃ちゃんに会うのは初めてだっけ。
「相原さんが女になってるって本当だったんだ。……女装とかじゃないですよね?」
 困惑はしているけれど、それ以上に興味の方が勝っている涼乃ちゃんの顔。当たり前だけど、どこからどう見たって女でしか無いあたしの姿を前から横から後ろから、ぐるぐる回って確かめ始める。
 ―――むにゅ
「ひゃあん!」
「うわぁ、お尻も柔らかい。すっごくいい形してるなぁ……スポーツかなにかやってるんですか?」
「や、やってないけど、けど何でいきなりお尻を鷲掴み!?」
「だって確かめたいじゃないですか。それにこんなのスキンシップですよ」
 いったいどんなスキンシップやってる学校に通ってんのよ涼乃ちゃんは!?……そうこうしている間に、着物の上からあたしのお尻を撫で回し、谷間にまで指を滑らせられ……突然スルッと着物の中に手を差し入れ、今度は股間まで!
「あれェ? てっきり下着は履いて無いと思ったのに。けどでも、本当におチ○チンが無い……ねえねえ、本当に男の人だったんですよね?」
「そ…そうだから……お願いだから変なとこ……んうゥ!」
 さっき痴漢に変なところを触られたばかりなのに……やぁ…何度も指を滑らされたら……んッ…んんんぅ……!!!
「―――いい加減にしなさい! いつまでやってんのよ!」
 と……いつまでもあたしの着物の中から手を抜かず、反応するあたしを面白がって触り続けている涼乃ちゃんに明日香がキれた。少し乱暴だと思うぐらいに荒々しく涼乃ちゃんの手を払いのけると、あたしをかばうように間へ割り込んでくる。
「………なによ、あんた」
「それはこっちの台詞よ! こんな場所であんなことするなんて、何考えてるのよ!」
「別にいいじゃない。女同士なんだし。そりゃ、相原さんが男のままだったらあたしも遠慮したけど」
「遠慮すればいいって問題じゃないでしょう! いくらたくやが女になってるからって、非常識にもほどがあるわ!」
「常識ないのはそっちなんじゃないの〜? こんなにいっぱい人がいる場所で大声でわめきたてちゃって大人げな〜い。ヒステリーにも程がありますよ。そんなんじゃいつまでたっても彼氏だって出来ませんし〜」
「なんですってェ!?」
 頭に血を上らせて食って掛かる明日香がさほど恐くないのか、余裕タップリの涼乃ちゃんは鼻でせせら笑い挑発を繰り返している。………が、最後の言葉は余計だったんじゃないかと……
「明日香、ちょっと落ち着いて。回りがみんな見てるんだし」
「うるさいわね! たくやはどっちの味方なのよ!?」
 なだめたはずが逆効果。あたしを串刺しにしそうな鋭く強烈な眼光がこちらへと向けられ、体を強張らせてしまう。
「まさかあっちに付くなんて言わないわよね? 恋人の私が助けてあげたって言うのに、私を裏切って敵に回るなんて事はしないわよね、たくや?」
 ひェ〜……脅迫まがいに協力を強要されても困るんですけど……
 まあ元々明日香の側につくつもりでいたんだけど、逆らった覚えも無ければ、こんな状態の明日香に逆らう度胸もあたしには無い。涼乃ちゃんの方も似たようなもので、言い合いが途切れたのを見計らって綾乃ちゃんになだめられているけれど―――
「恋人? その煩いのが相原さんの恋人なの?」
 ―――と、静まらせようとしている火にガソリン巻いて大火事にするような言葉をなぜ言うかなぁ!?
「なんでそんなの恋人にしてるの? 胸だってあたしより小さいのに」
 ………ブチッ
 な、なんだろう、この背筋が冷たくなるほど嫌な音は……
「気立てならあたしのお姉ちゃんの方が絶対に上だよ。そ〜んな風に恋人恋人って自己主張するような女じゃなくて、いい機会だからお姉ちゃんに乗り換えなよ」
「す、涼乃ちゃん! すみません、片桐先輩。涼乃ちゃんにはあとで言い聞かせておきますから……」
「気にしなくていいって。だって本当のことだもん」
 ………ブチブチブチッ
 うわぁああああっ! れ、連続して聞こえてきたァ!!!
「あの……明日香、さん、落ち着いて、ね? ほらほらぁ、お正月から起こってばっかじゃかわいく無いぞ、こいつゥ♪」
「―――たくや。たくやも私がかわいく無いって思ってるわけね」
「え? い、言ってない言ってない。明日香はかわいいって。いや〜、明日香みたいな美人が恋人幸せだなぁ、あたしって♪」
「………本当に、そう思ってる?」
「もちろん。……あたしが、明日香にそんなウソをつくと思う?」
「……………」
 よし、少し勢いが落ちた。このまま行けば……
「明日香には信じて欲しいの。あたしたちはこれまでも、これからもずっと一緒だって……」
「たくや……」
 ………もう周りに野次馬が集まっていようとも気にしない。明日香の怒りを鎮めるためなら、あたしはここで愛の告白をしちゃうんだから……しかもキス付きで!
 明日香の肩に両手を置き、顔が赤くなっている明日香の視線をまっすぐ見つめ返す。……その頬はさっきまでの怒りではなく、あたしに見つめられている恥ずかしさによるものへと移り変わり、手の平から伝わってくる体の震えも次第に落ち着き始めていた。
「今日、初詣のあと……時間は空いてるんだよね?」
「うん……」
「じゃあ……ぞっとあたしと一緒でも、大丈夫よね……」
「………わかってるくせに。たくやと過ごしていたいから…私は……」
 今は女同士でも、あたしと明日香の心は繋がっている。……回りの野次馬が同性愛だとか変態だとか言おうとも気にしない。――――――気にしないけど、
「あ、そーだ。前に遊園地に言ったときの写真、まだ渡してませんでしたよね?」
 ………ブチッ!
「綺麗に撮れてましたよ。特におねえちゃんとのツーショット。誰かさんにも見せてあげたいなァ〜」
「ちょ、涼乃ちゃん、その話はまた後で!」
「なんでですかァ? 相原さんとおねえちゃんと私と、三人でデートしたのは本当の事じゃないですかァ」
 ………ブチブチブチブチブチッ!!!
 うわあああああああっ! 違う、誤解だ、あたしの恋人は明日香だけで、綾乃ちゃんと涼乃ちゃんの三人で言った遊園地は、あれはまあなんて言いますか……とりあえず誤解だぁぁぁ!!!
「そう言えば、相原さんは今日はもう時間が空いてるんですよね?」
 この状況を見てそんな事を言われても困るんですけど……さっきも言ったとおり、あたしは明日香と過ごすから時間は空いてない。ここでもし涼乃ちゃんのほうへ行くと口にしてしまえば、それは決定的な破局を意味してしまうんだけど……
「どうせ別れちゃうんでしょ? 今更気にする必要も無いんじゃないですかぁ?」
 ………どうやら涼乃ちゃんはあたしへではなく、明日香へ言葉を向けている。―――からかい、挑発しているのだ。
 明日香が切れて、この場を立ち去れば負け。もし切れなくても、明日香には涼乃ちゃんを口撃する材料が無い。だからこのままだと一方的に涼乃ちゃんにからかわれ続け、いずれ明日香の神経が磨り減って負けるのは明らかだ。
 でも、どうして初対面のはずの明日香にこうまで容赦なく……その事を疑問に思いたいんだけれど、目の前でさっきを膨らませていく明日香がいては、そこまで余計な事を考える余裕はこれっぽっちも無い。
「………………そうね、それもいいわね」
 明日香が言う。……なにが『そう』なのかは知らないけれど、まるで地の底から聞こえてくるような恐ろしい声に、聞き返すことが出来ない。
 止めた方がいいと頭の中で警鐘が鳴り響く。何がどうマズいのかは分からないけれど、ここで明日香を止めなければ、破局よりも最悪の結果に行き着きそうな気がしてならない。
「えっと……明日香、早く家に帰ってかくし芸大会でも見ようか」
「なに言ってるの? これから高田さんの家にお邪魔するって言ってるんじゃない、ふ・た・り・で・ね♪」
 ―――そう来るか〜〜〜!!!
「高田さん、私もお邪魔してよろしいかしら?」
 先ほどまでの憤怒の表情を見事なまでに笑顔の下へ押し隠し、綾乃ちゃんに了承を求める明日香。けれど事態についていけずに困惑した綾乃ちゃんは明日香におびえ、すぐに答えることが出来ないでいる。代わりに涼乃ちゃんが、
「……いいわよ。せっかくだし、相原さんのおまけで招待してあげるわ」
 これ見よがしに胸の下で腕を組み、そう告げる。
「あら、ありがとうございます。それじゃあまずはお参りしなきゃ。行きましょう、たくや♪」
 そう言ってあたしの腕に自分の腕を絡め、必要以上に胸を押し付けて明日香が歩き出す。
「あ、や、そう言うことだから綾乃ちゃん、この辺りで待ち合わせって事で、じゃ、じゃあまたあとでぇぇぇ〜〜〜!!!」
「早くしましょ♪ 高田さんを待たせるわけにはいかないもんね♪」
 顔にはにこやかな笑顔を浮かべたままだけど、明日香の怒りのボルテージは最高潮からまったく下がってきていない。その証拠に、明日香と絡めあったあたしの腕は今にもぽっきり折れそうなぐらいに締め付けられている。………ううう、胸の感触の幸せを一瞬でも感じたあたしが馬鹿だった……
 明日香が歩き出すと、取り囲んでいた野次馬の壁が左右に分かれて道が出来る。その真ん中を臆するでも恥ずかしがるでもなく、堂々とあたしと共に歩き進む明日香の態度に、薄ら寒いものを覚えずにはいられなかった。
 ………あたしは、このお正月を無事生き残ることが出来るだろうか?


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