第一話その1


 山野旅館は外見も客室も落ちつきのある和の雰囲気に統一していて、日本人としての自分がホッと一息をつけ るような空間を内包している。  けれど、旅館の従業員全員――とは言っても、元々五人しかいなかったのに一人減って四人しかいないんだけ ど――が集まった旅館主人・隆幸さんの部屋は現代の若者らしく、八畳の大きな部屋にテレビ、ステレオ、それ におそらくはあゆみさんと一緒に寝ているダブルのベッド…コホン、それはさておいて、その内装は掛け軸や障 子などの和風旅館の主人らしい物を考えていたあたしの想像とは大きくかけ離れていた。 「みんなに集まってもらったのは他でもない。既に聞いていると思うけど…たくやちゃんの例の事についてだ」  これだけ物があっても十分広い――少なくともあたしが住まわせてもらう事になった四畳半の部屋よりは広い ――のになぜか部屋の中央に四人は顔をつき合わせて座っている。椅子とかベッドとか座る場所は色々あるのに、 まるで秘密の相談をするかのようにその場に集まったあたしたちを前に、旅館の主と言う名目上、自然と議長役 になった隆幸さんが重々しそうに口を開いた。  出来る事なら口にしたくない…そう、口にしてしまえば自分の身に危険が及ぶ事を知りつつも…… 「んなもん断固阻止に決まってるだろうが! タカ坊、てめぇこの旅館の主人だってのにそんな事もわからねぇ のか、ああぁん!?」  そしてその予感を確実に的中させる人、山野旅館板前・真琴さんは瞬きする間もなく一瞬で手を伸ばすと隆幸 さんの首をしめ始めた。 「いいか? あいつ等はよりにもよってタク坊を要求してやがるんだぞ。それがどう言う事かわかってるのか! ?」 「ギブ、ギブアップぅ!! がっ、首、締まっ…ぐあぁぁぁ!!」 「この程度でギブアップするようなヤツに育てた覚えは無い! おら、反撃して見せやがれ、それでも金玉ぶら 下がってんのかぁ!! オラオラオラァァァ!! あたしが何で呼ばれないんだ、そんなに魅力無いのかぁぁぁ !!」 「真琴さん、ストップストップ! 首はまずいですって、首は! それに論点ずれ始めてるし」 「うるせぇ!! そもそもタク坊もタク坊だ!!」 「へっ? あ、あたしですか?」  隆幸さんを助けようと咄嗟に真琴さんにしがみついたあたしに、凛々しい眉を逆立てた真琴さんの顔が向けら れる。隆幸さんの首から両手が離れたものの、その手は止まる事無くあたしの胸倉を掴む。 「タク坊…行かないよな?」 「はっ? へっ? えっ??」  出きる事なら目を合わせたくない眼光であたしの瞳を覗きこみながら、真琴さんはそれまでと一転し、ぞっと するほど重たい迫力のある声を出す。  しかも戸惑った頭の中を整理する暇も無く、そのまま後ろに押し倒されそうなぐらい、膝立ちの真琴さんがグ イグイと詰め寄ってくる。 「いいか。あの客はタク坊の事を……その…なんだ…えっと……い、いやらしい事をだな……」  真琴さん…ひょっとしてあたしの事を心配してくれてるのかな?  男勝り、竹を割ったような性格、と言う印象を抱いていた真琴さんにしては妙に口篭もり、言いたい事をはっ きり言わない様子に、あたしは内心首を捻る。でも少し考えれば、さっきの乱暴な態度が心配の裏返しだと言う 事にはすぐに察しがついた。言いよどんでるのは、真琴さんがその手の言葉を口にするのも恥ずかしがるぐらい 純情だから…かな? 「とにかくだ! 呼ばれたからってほいほい顔を出しに行くんじゃないぞ! ただでさえタク坊はひどい目にあ ったばかりなんだ。それを旅館や客の都合で――」 「――大丈夫ですよ」  押し迫ってきている割りにあたしが倒れないぐらいに力を抜いてくれている真琴さんの両手に自分の手をそっ とかぶせる。そのあたしの行動にどうリアクションを取ったらいいものか判断しかねている真琴さんに、あたし は服を掴んでいた手を解きながら微笑み掛ける。 「真琴さんが心配するような事にはなりませんよ。大丈夫、だってああ見えても松永先生は女の子に優しいんで すから」 「そ…それはまぁ分かってるんだけど……エッチだろ?」 「……………」  言葉も無い……そんな単刀直入に聞かれたら答えにも困っちゃう……でも、どっちにしても答えは一緒なんだ けどね…ははは…… 「は…ははは……その答えはご飯を食べた後にでも……」 「答えなかったらメシ抜きだ」 「うっ…ひどいぃ〜〜!! あたし、昨日の夜から何にも食べてないのにぃぃぃ〜〜〜!!」 「ええい、メシが食いたかったらキリキリ答えろぉ!! いやだろ? イヤなんだろ!?」 「あたしだって大丈夫だって信じたいのに、信じたいのにぃぃぃ〜〜〜!!!」 山野旅館外伝 宿泊名簿一冊目 「五日目――夢幻の宴の夜」 「あゆみさん…やっぱり行かなきゃだめなんですか?」 「うん。例え受け入れられない要件だったとしても、断るからにはちゃんと謝っておかないと……それにこう言 う事は自分でちゃんと拒否する事でけじめがつくと思うから」 「あたしが顔見せた時点でそのまま拉致されそうな気がするんですけど……」 「えっと…たぶん大丈夫……たくや君だってそう言ってたじゃない」  時間も既に八時を回り、日の落ちるのが早い旅館の周囲がすっかり暗闇に包まれた頃、あたしはあゆみさんと 連れ立って松永先生の、そして砥部さん一家が宿泊している客室のある二階への階段を上っていた。  本当だったら、この一人と一組の宿泊客は今日の昼前には旅館をチェックアウトしているはずだった。けれど、 この旅館に泊まっていた夏目とその連れの人たちがあたしを昨晩から監禁した事やどこかの企業からお金を盗ん だとかどうとかで警察の事情聴取を受け、そのためにもう一泊してもらう事になったのだった。  一時間ほど前に帰ったばかりの警察はというと、あたしと遼子さんが一晩中凌辱され続けていた客室を隅々ま で現場検証した挙句、従業員の一人が夏目達とグルだったと言う事で隆幸さんやあゆみさんに共犯の疑いまでか けてくれたのである。  真琴さんが捕まえた夏目達を引き取りに来たパトカーの後から来た偉そうな刑事には犯された時の内容や、あ たしが夏目たちの「女」であるかどうかって事をチクチクグチグチネチネチと問い詰められ、疲れてさえいなけれ ば温厚なあたしだって怒り出していたに違いない……そのかわりに松永先生や真琴さんが怒ってくれたけど…… あの刑事さんも可哀想に……  そのおかげで足止めを食う羽目になった松永先生たちだけれど……時間が無くて大広間での食事が無理になっ たので客室に夕食を持って行った時、どう見てもあれは喜んでいるようにしか見えなかった……  なにしろ、松永先生と砥部さんたちである。一泊するようになる前から泊まる事を明言していたし、先生はキ スしてくるし遙君は胸に飛び込んでくるし…… 「はぁぁ…絶対に大丈夫なんかじゃないですよ……」 「た、たくや君、気を落とさないで。もしエッチな事をされそうになったら隆ちゃんと真琴さんが助けてくれる から」 「全然信用なりませんって……真琴さんはともかく……」  あたしの脳裏に日本刀片手にあたしを助けに来てくれた真琴さんの勇姿が浮かび上がる……それとは対照的に、 隆幸さんの格好いい場面を思い出そうとしても全然思い出せない。なにしろ初対面で従業員の一人だと間違えち ゃったぐらいだし……威厳や力強さと言う面では、まったく役に立ってくれるとは思えなかった。 「隆ちゃんは助けてくれるもん!」 「へっ? あ、あゆみ…さん?」  従業員の誰もが現在泊まっている宿泊客があたしに何をしたがっているかを知り、それ故にあたしを慰めてく れていたあゆみさんが態度を一変させた。 「隆ちゃんは…隆ちゃんは私が危ない時にはいつも助けてくれた……うちに泊まってくれたお客さんにもそんな 人は何人もいるし…だから…だからたくや君の事だって……」 「……それって全員女の人なんじゃ……」 「えっ………あっ…そうかも……」  あうううう〜〜〜…や、やっぱり隆幸さんは頼りになりそうも無いよぉぉ!!  なんて事をしながら、あたし達は松永先生の部屋の前についた。夕食の時にも来ているけど、なんというか… …昨日とはまた違った恐怖感が込み上げてくるのは何故でしょう…… 「そ…それじゃあ行くよ……たくや君、一緒についてきてね……」  震える声でそう言われても、いまいち安心して付いて行く事なんか出来ませんって……  狙われているのがあたしである以上、あゆみさんには何の心配も無い――たぶん…妊娠中の人妻を襲っちゃう ほど理性が無いわけないし…――のに、震える手でなぜか横の壁に穴の開いたドアノブへと手を伸ばす。けれど、 あれだけキツい旅館の仕事を毎日こなしてきているはずなのに信じられないぐらい細くて綺麗な指先が目的地に つく前に、扉は廊下側に向かって音も無く押し開かれた。  中から現れたのは……和風美人という言葉がぴったり当てはまるほど浴衣を見事に着こなしている松永先生だ った。  う〜ん…あいも変わらず見事なボリュームと言うか……胸を隠して色気はアップしてるわよねぇ……  浴衣の胸元の合わせ目から覗く谷間は裸で迫られてきた時よりも放たれるフェロモンの量が増しているかのよ うにあたしの目を引き寄せる。胸の大きさと形には結構自信のある(男としては問題発言…)あたしでも、松永先 生に勝てるとは……けど、こう言う大人の色気についつい目を奪われちゃうのは、あたしにも男の理性が残って るって言う事なのかな?  チラッと目を動かすと、あゆみさんは後ろにいるあたしが見ても分かるぐらいに耳の辺りまで真っ赤にし、声 も出さずに松永先生を見つめていた。そこでようやく松永先生が両刀だって言う事を思い出す。 「ふふふ…来てくれたのね……」  浴衣と言う極限にまで地味でシンプルな着衣なのに、先生が着ているだけで色艶やかなドレスかと思わせ、漆 黒のウェーブへアーと白くなめかましい肌を一際引き立たせている。あたしやあゆみさんのボディーラインでも 太刀打ち出来ない別格の色気…短に胸やお尻が大きいだけじゃ放つ事など到底出来ない大人の魅力をほんのり漂 わせながら、松永先生は会釈しながらあゆみさんの横を通りすぎ、その魅力に捕らわれて動けないあたしの前に 立つ。  身長は男の時と対して変わってもいないはずなのに、あたしよりも先生の方が高い。少し視方を変えれば威圧 的にもなりかねないのに、先生の瞳に見据えられているだけで、あたしの胸はトクントクンと高鳴ってしまう… …これが恋…そんな感じさえ受けてしまうほど甘い鼓動にあたしの体は自然と火照り始めてしまう…… 「相原君……」  あたしの名前を呼びながらフッと小さな笑みを浮かべた松永先生は両手を上げ、浴衣の袖であたしの体を包み 込むように優しく抱き締めた……  えっ?えっ?ええっ!? なに、あれ、どうして、え…ええええええええええっ!?  あたしの鼻先をくすぐるように押し当てられた髪の毛の隙間から香る甘い匂いがあたしの混乱に拍車をかけ、 あたしでも振りほどけそうな力しか込められていない腕をそのままに立ち尽くしてしまった。  優しく…どこまでも優しい抱擁……まるで親鳥に暖められる卵のように、背中に回された両手やお互いにひし ゃげながら密着している乳房から、昨晩の男五人がかりの凌辱、そしてその後も警察が来たりして休む暇もなく 疲れきっていた体を癒すように、松永先生の温もりが伝わってくる……人肌が恋しいとはいうけれど、その人肌 の温かさに抱かれ、あたしはその中で身も心もとろけてしまいそうだった……お尻を触られるまで。 「ひゃあ!?」  あまりに居心地――というより、この場合は立ち心地か――のよさについつい忘れてしまっていた。松永先生 はあたしにそりゃもう色々それこそ色々とことんまで色々な事をしたがっていたんだって事を……いきなり抱き 締められてモジモジしているうちに紺色のメイド服を着た背中のラインを五指を開いた手のひらでなぞる様に右 手を下ろすと、濃紺のミニスカートに包まれたヒップをタッチしてきた。そこでようやく先生の動きに気付いた あたしだけど、抵抗するよりも早くさらに下へと移動した指先は下着の上からお尻の谷間に突き立てられる。 「ひゃんっ! 松永先生、ま、待って…んんっ!!」 「さぁ…力を抜いて……脅えなくてもいいの。快感に身を委ねて……」 「だ…ダメです……あ、あたしは…もう……ああっ!」  ここ数日で数を激減させたパンティーに穴をあけそうな勢いでヒップの奥へと入りこんだ指先は体が緊張し始 めたのにあわせてキュッと窄まったアナルをゆっくりとくすぐりだす。まさか出会ってすぐに、しかもあゆみ桟 だってすぐ側にいるし誰が来るとも知れない廊下でこんな事をはじめるとは思っていなかったあたしだけれど、 指先にツンツンと菊座をくすぐられると体が震え、抵抗しようとする力を見る見る奪われてしまう…… 「ちょっと…まって……んっ! せ、せんせぇ……」  デザインだけでなく肌触りもよいパンティーの布地の奥からジワッとした感触が伝わってくる。下着を押し上 げられ、小さな小さなアナルに快感が突き刺さるたびに心地よい刺激が体の芯に響いてくる。  お…おしり…弱いのに……  あたしは元々アナルセックスに興味がある訳でもなく、エッチな事をされる時にも出来る事ならして欲しくな い……けれどこの旅館で働き始めてからと言うもの、初日から前も後ろも関係なく犯され続け、準備期間も何も 無かったのにすっかりとそこで受け入れる事にも慣れ始めてしまっていた。今だって幸い切れていないお尻の窄 まりを突つかれているだけで左右の膨らみはキュッと引き締まったり弾んだり、戸惑いながらもしっかりと快感 を受け入れてしまっている自分がいる…… 「……やぁ………」  小さくうなる。 「ふふふ……恥ずかしがらなくていいのよ。私の前ではもっと素直に感じて……」  違う…そんな事じゃない……  肛門周辺を散々弄りぬいた指先はそのまま前の方へ…しかも太股をよじり合わせてもそこだけは開いてしまう 股間の真下を通り、二本に増えた指先は蟻の戸渡りと呼ばれる敏感なポイントを下着の上から何度もスライドし て擦りたてる。  指が一往復するたびに食いこむ下着……丸いヒップは半分以上下着から露出していて、戻ってきた先生の手に 撫でまわされる。滑らかな肌の上に汗が滲み出した双桃と触れられる事に過剰な反応を示す蕾を弄られ、廊下で 責めたてられる羞恥心が快感へと跳ねかえり、徐々にあたしの理性を崩壊させる喜悦となって下半身一帯を疼か せている。  けれどそれは……今のあたしにとって最も忌むべき感覚でもあった…… 「やっ…いや………いやああぁぁぁ!!」  それまで体を縮こまらせて為すがままになっていたけれど、股間の奥から膣口までが淫らにウネり、頭が徐々 に白熱化して行く事に脅えにも似た感情を抱いたあたしは、突如として松永先生の腕を振り解き、後ろの壁に背 中から貼りついた。 「ハァ…ハァ…ハァ……松永先生、これは何のつもりですか? こんなの…こんなの…あんな連中と一緒じゃな いですか!!」 「相原君……怒った顔も素敵よ♪」 「ち〜が〜い〜ま〜すぅぅ〜〜〜〜〜〜!! あたしは怒ってるんですよ!? なんで…なんで分かってくれな いんですか!!」  いつものあたしならあのまま流れに身を任せていたのかもしれないのに、どうして今はこんな乱暴に振りほど いたりしたのか……そんな自分の行動の理由さえ漠然としないまま、あたしは泣き叫ぶように大声を上げた。 「分かってるわよ。だから安心して」  ………へっ?  きっと松永先生だってあたしのした事に腹を立てているに違いない…やってしまってから思いはしたけれど、 いつも通りの優しそうな松永先生の声にあっけに取られて顔を上げてみると、怒るどころか微笑んでさえいる。 さっきまでエッチしていた様子を微塵も見せず、あたしをジッと見つめながら松永先生はあたしの手を取った。 「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと心のケアをしてあげるから。あゆみさん、それじゃあ相原君を一 晩お預かりしますので」 「ちょっと待ってください。あたしはその件で話があってここに来たんですから。そうですよね、あゆみさん?」 「えっ? えっ? えっと…その…あの…その……」  あゆみさんはいい人だ。旅館の仕事になれていないあたしに色々と教えてくれたし、結果的にサボりがちにな ってしまったあたしの代わりに仕事をしてくれたし、なにより人当たりがよくて話しているだけでも心が安らぐ し……でも突発的な事項に関して言えば、「こらぁ、うちに従業員になにしやがる!」って感じに暴力でもって助 けてくれる真琴さんに「おおおっ! 啓子さんとたくやちゃんのレズシーン!!」なんていいながら鼻の下を伸ば して近寄ってくる隆幸さん――こっちはやっぱりだめかも…――と比べ、オロオロするだけですぐに決断するだ けの判断力に欠けているといえる。だからこう言う時は―― 「その……たくや君、頑張ってね」 「あああああああああっ!! あゆみさん、一緒に断ってくれるんじゃなかったんですか!? ひどい、裏切り 者、あゆみさんの裏切り者ぉぉぉ!!」 「さぁさぁ、まずは温泉で綺麗に洗ってあげるから♪」 「いやあぁぁぁ!! 行きたくない、なんだかすっごく如何わしい事されそうだから行きたくないぃぃぃ!!  助けて、あゆみさぁぁぁぁん、助けてぇぇぇぇぇ!!」  廊下に木霊するあたしの悲鳴……結局、オロオロと心配してくれるあゆみさんは助けてくれず、松永先生に腕 を掴まれたあたしは引きずられるように露天風呂へと向かう事となった。


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