1000万ヒット祝賀小説「ブラック・エルフ」-1


「エルフ―――その寿命は千年を超えると言われる人間などよりもはるかに長命な種族。

 金色の髪を持つその外見は美の神がそこにいると錯覚するほどに美しく、そして我が身を恨めしく思うほどに誰も彼もが若々しい。聞けば、エルフと言う種は成人してから老いを得始めるまでの期間が非常に長いらしい。肉体を有していながらも精霊に近いためと推測することは出来るが、彼らの十分の一にも満たない寿命しか持たないヒトの身では、その生態を詳しく調べることはままなるまい。真実を追い求める探険家としては、短すぎる自分の人生が口惜しくてならない。

 私は幸運にもエルフと出会えたが、例え幾百幾千の探検家・冒険家が私の後に続いたとしても、決して彼らの住処を訪れることは出来ないだろう。
 エルフは魔法を使う。
 彼らが手を振れば風は天高くにまで舞い上がり、彼らが囁きかければ木々は枝を手に、根を足にして動き出す。そんなエルフたちが住まう森は、まるで一つの生物であるかのように彼らを隠し、彼らを守る。
 それに比べればどれほど高名な大魔道師の魔術ですら、拙い児戯のように思えてしまう。例え、幾星霜の年月を経て、今もよりも高度な魔術を人間が手にしたとしても、決してエルフの魔法には手が届くまい……私は自分の目で見て、そう確信せざるを得なかった。

 集落内にいるエルフの数は二百といったところだろうか。木々の上に家を作り、木々と共に暮らす彼らの中には私の腰の高さまでしかない子供もいる。……そんな彼らでも私より年上であるのだから、接し方にも困ってしまう。
 “里”の外からやってきた私を初めて目にした少年の顔は、見知らぬ人間に接する恐怖よりも好奇心や驚きに満ちており、私たちはすぐに仲良くなっていた。
 その少年は自分の名を“クロム”と言った。耳が長く、首の後ろで束ねた長い金色の髪はいつも遊びまわっているせいか、砂にまみれて少し煤けているようにも見える。
 例え人間とエルフと言う種族の違いはあれど、クロムはどこにでもいる無邪気な少年と変わりなかった。森の外の話を聞かせろとせがむその姿は、立ち寄った村々で私が語って聞かせる冒険の数々に目を輝かせる子供たちと何一つ違いはしない。

 違うのは……人間の目から見れば、あまりに異常すぎるこの村だった。

 村の中に、子供はクロム一人しかいないことにはすぐに気がついた。
 異邦者である私を見つめるエルフたちは、みな成年である。おそらくは、長命で、魔法と言う絶大な力を有する彼らは、生殖能力が低いのだろう。弱い動物ほど子を多く産むのは自然界の慣わしだからだ。
 その程度であれば、私は異常とは思わなかっただろう。私が目を見張ったのは、エルフの男性も女性も、その半数以上が“里”の中を衣服をまとうことなく、恥じらいもせずに平然と出歩いていることだ。
 日中であろうと、彼らは人目を気にせず性行為を楽しんでいた。草の上で、壁にもたれ、屋根の上で、木の幹で、枝の上で、そして広場のど真ん中ででも。
 そして人数も一対一とは限らない。男性と女性のつがいとも限らない。数で言えば女性の方が多いようだが、彼らは若さに任せた――と言っても、みな数百歳なのだが――性欲をぶつけ合っているのだ。……いや、ニュアンスが少し違う。エルフたちには獣じみた性欲の昂ぶりは感じられない。夜ともなれば“里”の至る場所から昼間以上に淫らな音が鳴り響くが、彼らはみな享楽的・退廃的で、することが無いからSEXをして快楽に耽っているだけなのだ。
 いやはや、いい目の保養……もとい、目の毒だ。スレンダーな体系は私の好みではないが、そこに私はある種の恐ろしさを感じざるを得ない。
 腐敗した貴族社会にも似た……いや、それ以上の堕落した社会。
 人間や他の種族に対して、“魔法”と“不老長寿”と言う二つの特権を有するエルフにとっては、人生とはあまりにも長すぎる暇な時間でしかないのだろうか?

 私はクロムに出会ってから、彼の両親に挨拶しようと思ったけれど「親はいない」と言われた。
 この村の誰かが産んだのだろうが、それだけだ。善意的な取り方をすれば、村の全員の協力によって彼は育てられているのかもしれない。だが、村の外から来た私と仲良さげに話すクロムを見ているはずなのに、誰一人心配して駆け寄ってくることも無く、肉欲に耽るこの村は、やはり私にとっては異常としか思えない。
 彼に近しい歳のエルフは一人もいない。共に生活を営み、共に食事をする家族すらいない。おそらく、彼と年齢的にもっとも近いのが、この私なのだ。見た目は大人と子供であっても、だからこそ私とクロムは友人になりえたのだ。

 ―――たった一日の間であったとしても、確かに私とクロムは友人になれたのだ。

 クロムの家に止めてもらい、外の世界の話を聞かせて一晩を過ごした私は、朝――と言うか既に昼になっていたが――になって建物を出るなり、矢に射られた。
 おそらくは大樹の上に建てられた家のどこかからだろう。クロムの目の前でいきなり矢は私の肩に突き刺さり、そして別の方角から飛んできた矢が今度は腹部に突き刺さった。
 鏃(やじり)は石、矢羽は鳥の羽。種族としての特徴として、火の扱いには長けていないエルフは金属器を有してはいない。だが、石の鏃は私を殺すには十分すぎる凶器だ。
 これでも探検家として様々な場所で危険な目にあってきた私だったが、クロムと一夜をすごした事ですっかり気を緩めてしまったこと、そして矢を射たエルフたちに殺気が無かったこともあって、矢の風切り音が聞こえていながら避けることも出来なかった。一生の不覚と言うのは、このような油断を指して言うのだろう。
 矢が刺さった場所から灼熱のような熱と激痛が私の身体を襲った。そのショックで動けなくなった私の身体は、低い位置にあったクロムの部屋の入り口から地面に落下する。……そんな私に近づいてきたのは、私がおちて慌て、驚き、現実を受け入れられずに困惑するクロムではなく、金色の髪の輝きも鈍り、口元からは白いひげを長く伸ばした年老いたエルフだった。
 その老人の前でさらに三本の矢が射掛けられた。右足、背中、左腕。
 幸いだったのは、エルフたちが殺すためではなく、いたぶって遊ぶために矢を射たためにすぐに死なずにすんだことと、文章を書く右腕が無事であったこと、そしてズボンのポケットにこの手帳を入れていたことか。

 今、私は大きな樹の洞に閉じ込められている。
 大きいと言っても手足も満足に伸ばせない。目の前には檻のように蔦が塞いでおり、外にも出られないし、もう外に出るには血を流しすぎた。
 けれど流れ出た私の血はインクの代わりになる。引きずられて連れて来られている間に拾った小枝がペンの代わりだ。これが私の最後の著書となるが……問題は、この手帳を誰かに読んでもらえるかと言うことだ。
 我ながら無駄なことをしていると思う。光は十分とは言え、目が霞んできた。私の命も後わずか。
 エルフたちに私を殺すつもりはない。遊び終えたから“捨てられた”のだ。そしてゴミ捨て場であるこの洞の中で、私の血肉は樹の養分になると言うわけだ。エルフにとって、私はその程度の価値でしか見てもらえなかったわけだ。

 私は結婚もしていなければ子もいない。探検の果てに命を落とすことは覚悟の上で旅を続けてきた。
 だから私は、自分の人生を書として残す。これが私が生きた証だ。人生の全てだ。
 願わくば、一人の少年と友人になれたこの幸運を、感動を、他の誰かに伝えたい。残念なことに、私の最後にして、最初のエルフの友人は、人間の文字を読めはしない。
 教える時間がなかったのが残念だ。もし人間の文字を読めれば、きっと外に出た時に役立っただろうに。

 さて、書くことは尽きた。残りの時間はもう、私だけのもの。だから後は、楽しかった昨日のことを思い返して過ごすことにしよう。
 私にとって、もっとも幸せだった一日を……彼に出会えた幸運な一日のことを―――」


 −*−


 Title

 ―――Black・Elf―――


 −*−


「離せ、ちくしょう、離しやがれ!!!」
「いいからとっとと中に入れ。何度も手間をかけさせやがって」
「追っかけるのがイヤなら、放っとけばいいじゃないか。連れ戻せなんてオレは頼んでないから…って、イテテテテッ!!!」
 小屋の扉が開くのとほぼ同時に、蔦で幾重にも縛り上げられたエルフの少年が弓矢の鏃に尻を突かれながら室内に入ってくる。
 護衛のエルフの男女二人を背後に置き、椅子へ腰掛けて部屋で待っていた長老は、幾度も里から出ようとして、そのたびに連れ戻されてくる最も若いエルフの少年――クロムの態度に、深いため息をついた。
 ―――やれやれ、頭の痛いことじゃ。
 クロムは成人に達していないただ一人のエルフだけあって、他の男衆に比べればやや小柄で線も細い。もともとエルフは体格的には細身の種族ではあるが、この十年でクロムは、乱暴な言葉遣いを発する口さえ開かなければ女性的とも言える成長を遂げていた。腰にまで届きそうな長い金色の髪を三つ編みにしているのも、さらに女性らしさを加味している。もし本人が里の者との協調性を持とうとしていたなら、今ごろは里の男女全員から毎晩のごとく可愛がられていたはずだ。
「長老の前だぞ、早くひざまずけ」
「うっせぇな。オレはこの爺さんを別に偉いと思ってないもん。頭下げるつもりはないね」
「こいつ…ッ!」
 時刻は夜。しかも今夜は霧雨の降りしきる見通しの悪い夜だ。
 夜目の効くエルフと言えど、同じエルフである上にすばしっこくて機転の利くクロムを捕まえるには人海戦術しかなかった。それでもほぼ一晩中、森の中を駆けずり回され、まだ若いクロムが知らない森――魔法を用いて森の木々の力をほとんど借りれなくなる場所でようやく取り押さえることが出来た。
 だがおかげで、捕獲組のエルフは疲労と苛立ちが募っており、雨と泥とで汚れた顔に怒りの表情を浮かべると、不遜な態度を取るクロムの背中を突き飛ばし、強引に頭を床へと押し付けさせた。
「ッてえな! なにしやがんだ、このヤロウ!」
「クロム、黙らぬか。怒りを抱えておるのは、そのものだけではないのだぞ」
 長老が座ったまま、手にした杖で床板をつく。すると、仰向けに這い蹲(つくば)らされたクロムの周囲の床がめくれ上がり、手の形に変化しながらクロムの身体を押さえつけてしまう。
「ちっ…くしょう……!」
 声に悔しさを滲ませるクロム。押さえつけられてなお、逃げ出そうともがき続けるけれど、裾の短いワンピース風の衣服からお尻や男性器を露出させてても、床板による戒めを振りほどくことは出来なかった。
「無様な格好だな。まるで芋虫みたいだぜ、クロム」
「見て見て。あの子のおチ○チン、皮をかむってるわよ。かわい〜♪」
「まだ誰もSEX教えてあげてないんでしょ? アナルも綺麗な形してるもんね」
 この里のエルフの衣服の多くは、股下を覆う布がない。森の守護を得ている彼らは股間を枝葉に引っ掛けて傷つけるようなことは決してない上に、羞恥心よりもすぐにSEX出来る事の方が大切だからだ。愛液や精液で汚すたびに洗う手間も無いので、実に合理的にできている。
 けれどクロムだけは別だ。この少年エルフは人間が使うと言う下帯と言うものを服の下で股間に巻きつけている。
 里の中でも服の下を誰にも見せようとしないし、一人だけ別の格好をしていることは共同社会である里においては異質でしかない。そのため、捕らえられた際に誰かの手で“見栄えの悪い”下帯は引き剥がされており、そのことに気付いたクロムは急激に顔を紅潮させ、慌てて太股を閉じ、めくれ上がった衣服を元に戻そうとモジモジ腰を揺すり始めている。
「まったく、人間なんぞに毒されおって。里を出ようとしたのはこれで四十七回目じゃ。いい加減にせんか」
「ヤダ。オレはこの村から出て行くんだ。そう決めたんだ、一秒でも早く出て行くんだ!」
「里を出て何処へ行く? エルフは人間の社会では生きていけん。しかも人間は同種族同士ですら殺しあう野蛮な生き物だ。そのようなところへ足を踏み入れて、おぬしのような百にも満たぬ子供が無事で済むはずが無かろうて」
「危険なところかもしれないって言うのは重々承知してるよ。けれどこの里に残るのも、外へ出て行くのも、オレの自由だろ。それなのに毎回毎回連れ戻しやがって!」
「それが我らの親心じゃとなぜ解らんか」
「親心? ふざけんな! 物心ついた時にはもう誰も育ててくれてなかったじゃねーか! 食事は自分で取ってきて、服だって自分で織ったんだ。それを横からくすねて行く奴はいっぱいいたけどな!!!」
「自分の物はみんなの物じゃよ。同じ里で暮らしていく仲間が助け合うのは当然じゃ」
「だからオレは、この里で暮らしたくないって言ってるんだよ!!!」
 ―――この恩知らずめ。どうしてこうも我らの言葉と心が通じんのじゃ。まるで獣と話しておる気分になる。
 クロムがこうまで里と里に住まう仲間に歯向かうのか……その原因となった出来事を思い返しながら、長老は深いため息と共に、骨と皮だけになった手指でアゴから垂れ伸びる真っ白いヒゲを撫でる。
 あれは十年ほど前のこと。エルフ以外のモノが足を踏み入れれば進むことも抜け出すことも出来ない深い樹海の奥にあるこの里に、一匹の人間が偶然迷い込んできた。
 その人間はクロムにある事ない事吹き込んだ。仲間同士で殺しあう人間が善であるなどと他愛もない世迷言なのに、幼いクロムはその言葉を信じてしまい、長老が閨で三人の娘たちとの楽しみを終えて話を聞いた頃には、森の外の世界に強い興味を抱くように唆されてしまったのだ。
 そのような害虫、この村には必要ない……そもそも人間なぞ、エルフにとっては虫も同然。だから面白半分に殺した後で森に捨ててきたのに、クロムは喜ぶどころか、既に死んでいる人間を助けに向かおうとした。
 仕方なく納屋に閉じ込めると、七日七晩泣き続けた挙句、不死に限りなく近いエルフでありながら餓死する寸前にまで衰弱。そしてクロムが初めて里から出て行こうとしたのは、納屋から出したその夜のことだった。
 ―――この分では、やむなしか……
 長老と言う身分では、生まれてくる子供の少ない里の現状を考えなければならない。
 昼に夜に、権力を嵩にきて若いエルフとまぐわっていられさえすればいいのに、百年以上新たに子供が生まれてこない里の行く末まで押し付けられてしまい、最近は少々うんざりしている。
 だが、里にただ一人の若いエルフを失いたくないと言うのが本音だ。
 クロムが夜の営みに加われば、楽しみも増える。あの小ぶりの尻の穴に肉棒を捻じ込みながら射精させれば、どんなに頑なでも数日の内に従順になるだろう。
 けれど、結界を破って里を出ようとしたクロムを捕まえるために、楽しんでいる最中に弓を手にして魔法も使わされたほかのエルフたちの顔には不満の表情がありありと浮かんでいる。これ以上クロムを放置しておけば、長老の夜伽の相手をしてくれる者がいなくなってしまうかもしれない。そうなると困る。例え一日でも、女を抱かなかったら発狂してしまいそうになるのだから。
「クロムよ、温情をかけるのはこれで最後じゃ。おとなしく里に残ると約束せい。人間の事など忘れると誓え。そうすれば今までのことは水に流してやろうではないか」
「うるせェ! 俺はもう一秒だって、こんな里にはいたくないんだよ。あんたらが一日中やってることって言えばSEXだけじゃねえか。子供を作るわけじゃなく、ただひたすら腰振ってるだけじゃねえか!!!」
「それの何が悪い?」
「良い悪いの問題じゃない。ただオレは、これから千年もそんな人生過ごすのだけは真っ平ごめんだ!!!」
 クロムはそう叫んだ途端、戒めていた蔦と押さえつけていた床板とを振り払って、小柄な身体が打ち放たれた矢のように長老目掛けて駆け出していた。
「それは……!?」
 手にしていたものは、金属器。部屋に灯された明かりを反射して鋭い輝きを放つナイフだった。
 おそらくは魔法で蔦に拘束された直後に、その蔦の下に鞘ごとナイフを押し込んでいて隠していたのだ。下半身を見られて恥じらい、腰をくねらせていたのも、蔦を切り、床板が変じた木の手を削っているのを誤魔化す動きだったのだろう。
 だがしかし、このエルフの里にそんな忌々しく恐ろしい金属器があるはずがない。
 ―――あの死んだ人間の持ち物か!?
 殺した時に一緒に森に捨てたのを、クロムが拾い集めていたのか……そして十年、ナイフを手入れし、使いこなせるようになっていた事に驚いたその時には、クロムは長老の背後に回り、シワに覆われた細い首に刃を押し当てていた。
「動くな! 弓矢を床に捨てて、この部屋から出て行け。オレは里から出られればそれでいい。もし言うことを聞かなければ、長老がどうなるか……!」
「ちょ、長老……」
 エルフたちの間に動揺が走る。
 平穏な村では、人質を取られるなどと言う状況が起こったことが無いからだ。だからどう対処して良いか分からない。魔法が使え、弓矢の腕も百発百中のエルフが何人もいながら、長老の命を盾に取られて誰一人として動けなくなってしまっていた。
「オレだって、同じ種族の仲間を殺したくはない……けど……けど……!」
 クロムの追い詰められた決意が、首に触れる刃を通して長老にも伝わる。
 ナイフを忍ばせていたことから見て、逃走と人質、二段構えの逃走計画だったのだろう。クロムの行動力には毎回驚かされてはいたけれど、今回の逆転の一手を潜ませた逃走計画は刮目に値する。
 ―――だが、
「甘いのう」
 ヒゲの奥に隠されていた長老の口が開き、歯を見せて笑う。
 エルフに同族は殺せない。―――人間とは違う。最初から殺せない相手を人質に取った上に、その人質は齢二千を超えるエルフの最長老なのだ。
 本能レベルでの種族のルールに歯向かってまで人質と言う手段に打って出たクロムだが、相手が悪かった。長老が手にした杖でコンコンコンと床を三回突くと、SEX以外では体力を使いたくないと立つ事さえままならない老エルフの姿が腰掛けていた椅子ごと消え、うろたえていた他のエルフたちの姿も部屋から消え、その代わりにクロムの足元に複雑な幾何学模様が描かれた六重円―――召喚陣が光り輝く。
「な、なんだこれ!?」
『クロムよ、そなたを残しておけば、この里に災いをもたらすだけのようじゃ。だから里を追放する。何処へなりとも行くがよいわ』
 しかし、
『しかしエルフの種は持ち出させぬ。男のままでは外へ行かさん。女へと生まれ変わらせ、子を生(な)せぬ様に呪いをかけた上で放逐してくれるわ!!!』
 何処からとも無く響いてくる長老の声は、怒りではなく、どこか楽しげな色を帯びていた。
「な…何をするつもりだ!? ちくしょう……ちくしょう!!!」
 このままここにいるのはマズい……直感的にそう判断し、クロムはすぐさま部屋の扉に駆け出すけれど、


 ―――ブジュリ


「なっ―――――――――!!?」
 あまりの出来事に、叫び声が喉に詰まる。
 駆け出そうとしたクロムの足首が、召喚陣から不気味な音と共に出てきた粘液状の物体に絡め取られていた。
「き、気持ち悪い……離せ、このぉ!」
 ヌルッとした冷たい感触に鳥肌を立たせながら、粘液の塊にナイフを何度も振るう。……けれど、エルフをひるませる金属の刃も、形を持たない粘液に対してはすり抜けるだけ。そうこうしている内に次々と召喚陣から湧き出てくる粘液はクロムの足にまとわり付いていく。
「やッ……足が…動かない……!?」
 蒼く透明な粘液は、決まった形を持たないというのに、逃げようとする足を床に押さえつけ、閉じようとする脚を左右に押し広げていく。
「こんなの……オレは…ここから…で…出て行くって……!」
 近くに見える部屋の扉が、今はどんなに手を伸ばしても届かないほど、果てしなく遠い。やがて、膝まで粘液に飲み込まれた状態で前に重心をかけたがために床に倒れこんでしまうと、膝を上れなかった粘液がいっせいにクロムの全身に絡みつき、エルフの里の誰にも許したことのない肌を嘗め回し始める。
「ひゃぅうううっ!」
 服の襟から入り込んだ粘液は、ほんのわずかな肉しか突いていない平らな胸を這い回る。
「気色…悪いィ……き、気持ち悪いよォ……」
『クカカカカ、里一番の暴れん坊も、スライムにかかればこの程度のものだ』
「長老……こ、これ、な…なんなんだよォ……!?」
 揉めるほどの肉もついていない胸板をじっくり丁寧に、肌から吸収されながら粘液がこね回す。そして小さな小さな突端を二つ見つけると、まるでしゃぶりついているかのようにピチャピチャと音を響かせて舐め吸い立てる。
「オレ……お、男だから…ミルクなんて出さねえぞォ……!!!」
『言葉遣いは雑でも、意外に艶のある声で鳴くではないか。ほれ、大切な部分を今度は責めよるぞ』
「ちょ……長老ゥゥゥ……!!!」
『そのスライムはゆっくりと時間をかけて、おぬしの身体を女へと作り変えていく。スライムが全て吸収されつくした時、お前の身体は女に生まれ変わるのじゃが、その期間は……ざっと百日』
「ひゃ…く……!?」
 思わず、絶望を感じたままの声がこぼれ、この場にいないはずの長老がそれを聞いて喜ぶ気配が部屋中から伝わってくる。
『おぬしが騒がせ続けてきた十年間に比べれば短い短い。だがワシとて悪魔ではない。感じれば感じるほど、イけばイくほど、その性転換スライムは吸収されやすくなる。嬉しいじゃろう、今まで知らなかった男の快楽を堪能しながら女になれるのじゃから』
「ふざ…けんなァ! 離せ、離しやがれ、オレは…うァああああああああっ!!!」
『それとも……知っておるのかのう。“メス”の身体の温もりを。十年前のあの夜、あの人間の“メス”にしがみついて何度もよがり声を上げておったからのう。なにを“語り合っていた”か解らぬわけがなかろうが、ゲハハハハハハハハハハハハッ!!!』
「―――――――――――――――――――――――――――――!!?」
 知られていた。あの日、あの夜の出来事を。
 床で寝るという“彼女”を自分のベッドに強引に引き入れて共に眠ったあの夜のことを。
「思い出まで穢そうって言うのか、あんたはァ―――――――――ッ!!!」
『ヒャハハハハハハハハハハハハハッ!!! 生意気に勃起させながら何を言うか。そぉら、スライムに可愛がられるがいい。気が狂うまで犯されて、狂惚の中で快感に目覚めるが良いわぁ!!!』
 あの“一夜”のことを思い出すたびに、クロムの股間は、熱く、固く充血してしまう。
 けれど十年たっても色あせることのない愛情に応えてしまったソレは、太股まで這い上がり、クロムのアナルをも狙いに入れていたスライムにとっては絶好の的でしかなかった――――――


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