stage1「フジエーダ攻防戦」38


 再開発地区――古くなった建物が並ぶフジエーダの街の一角。
 今は無人の廃墟とは言え、使える建物も数多い。その中で痛みもほとんどない安全そうな建物の一つは、今は野戦病院と化していた。
 床の至る所には負傷者が並べられ、薬草やポーションを手にした治療師や神殿の人たちが慌しく走り回っている。操られたオークの群れの襲撃を受けて誰もが怪我を負い、部屋のいたるところから痛み苦しむ人たちのうめき声が上がっていた。
 これが佐野のしてきた事の結果だった。平和な街を蹂躙して横暴の限りを尽くし、何の罪もない人たちを傷つけた。魔王になるとか大それた事を口にしながら、これだけ被害を出した以上、捕まれば縛り首は当然至極。それ以前に問答無用でリンチに会うか八つ裂きにされるのが関の山といったところか。……いや、亡くなった大勢の人の事を考えると、佐野一人の命をどれだけ無残に散らしたとしても贖いきれるものじゃない。
 その事を考えれば、あたしが佐野を打ち倒したときに一発とは言わずに二発、いや三発でも四発でもぶん殴って構わなかったんだろうけど……
「ハァァ……やっちゃった。どうしてあたしってこう詰めが甘いんだろ……」
 忙しく人が動き回る部屋をまるで遠い事のように見つめまがら、あたしは片隅に座り込んで後悔混じりのため息を深々と吐き出した。
「キッチリとトドメ刺しとけば問題なかったのになぁ…恨みなんて山積みなんだからもう五・六発分殴っとけば良かった……ハァァ……」
 佐野を取り逃がした罪の意識がかなり強い。神官長や周囲の人は「気にする事はない」と言ってくれたけれど、それでもトドメを指していなかったあたしのミスには違いない。
 考えれば考えるほど、思考はどん底へ落ちていく。自分緒失敗が大勢の人に迷惑をかけたことが悔やんでも悔やみきれず、何も出来ない自分の現状と合わせて気分は滅入る一方だった。
 今、神官長を始め、ユーイチさんやユージさん、その他まだ戦える人たちはここから出撃して水の神殿に向かっている。
 事は一刻を争っていた。佐野の撃退に成功したとは言え、あたしのミスで取り逃がし、その上「魔王の力を召喚する」と言う神殿前広場に描かれた大型魔法陣も起動してしまった。このままでは何が起こるか予想がつかず、詰め所から逃げ出した衛兵の生き残りの合流を待たずに出撃していったのだ。
 あたしも自分が佐野を取り逃がした罪悪感もあって、それについて行こうとしたんだけれど、「疲れているだろうから」の一言で留守番組に回されてしまって……こうして膝を抱えている事しか出来ず、歯がゆい時間を過ごしていた。
「やっぱりメイド服着て箒で戦うって言うのがいけなかったのかな……こんな事なら、どっかでちゃんとした武器の一つでも調達しておけば……ハァァ……」
 ため息も何度突いたか分からない。―――けどま、これだけ落ち込めば十分だろう。
 抱えた膝から顔を上げておもむろに立ち上がると、お尻の埃をはたいてから周りを見渡す。
 この建物に残っているのは、戦えないほど傷ついた人たちと、その治療にあたっている人たちだけだ。幸いと言うべきか、死者の数はそう多くない。けれど、包帯を全身に巻いた人たちを見るだけで、佐野の軍勢との攻防の激しさを見せ付けられているようで居たたまれなくなってくる。
 最初はあたしも手伝おうとした。村での生活で最低限の応急処置の仕方は身につけている。けれど初戦は素人レベルの話で、何度も治療の邪魔をする羽目になって、結局今いる位置にいるしかなくなってしまっていた。
 これだけの人数を治療して回る人たちの中に、見知った姿を見つける。気弱でドジなイメージを持っていためぐみちゃんだ。そんな彼女でも神殿で神様に使える僧侶の一人として一生懸命走り回っているのに、自分はここで何も出来ないでいるかと思うと、ようやく上がり調子になっていた気分がまた落ち込んでしまいそうだった。
「ハァァ……どっか行っちゃおうかな…あたしがここにいても意味ないんだし」
「ではお供いたしましょうか?」
 不意に傍らから女性の声が聞こえてくる。今まであたし一人ぐらいしか壁際にいないだろうと思っていたので、驚きながら首を横へ向ける。
 そこにいたのは、戦場には似つかわしくないスーツ姿で身なりを整えた長い髪の女性だった。……もっとも、あたしの着ているメイド服も戦場に似つかわしくはないんだけど。
 髪を頭の後ろで結い、メガネをかけた知的な美貌と、張りのある乳房の膨らみをさらに寄せ上げるように胸の下で腕を組む姿がどこか威風堂々……もとい、あたしも胸の大きさでは負けてない…じゃなくて、
「じゃ、ジャスミンさん、いつからそこに!?」
 王女である静香さんのお付きの女性に、あたしは驚きを必死に押さえ込みながら声を掛けた。
「そうですね……たくや様が二十七回目のため息を突かれた時からでしょうか。魔力を使い果たしては私もかえって足手まといになりますので、こちらに来させていただきました」
 そう言うとジャスミンさんはあたしの肩に手を置き、小さな声で呪文を唱える。
「ん………」
 あたしの体の内側に熱い魔力が流れ込んでくる。魔力の量としては微量だけれど、全身に広がるにつれ、慣れない戦闘で溜まっていた疲れがスッと消えていく。
「これで本当におしまいです」
 まだジャスミンさんの手は置かれているけれど、その言葉通り、魔力の流れはだんだんと細くなって最後には途切れてしまう。
「ありがとうございます」
「お気になさらずに。姫様を助けていただいた、せめてものお礼です。もっとも、たくや様が静香様のおそばについていてくださったなら、避難する馬車から逃げ出すなどと言う事もなさらなかったのでしょうけれど」
 それはあたしのせいじゃないと思うんだけど……と言い返せないのがジャスミンさんの迫力と言うか威厳と言うか……
「そ、そういえば静香さんと綾乃ちゃんはどうですか? ここについたと時には気を失ってたって聞いたんですけど」
「姫様もお連れの方も、今は別室でお休みになられています。粗末とは言え、ベッドが置いてあって助かりました。静香様を床へ横たえるわけにはまいりませんから」
 ………と言う事は、綾乃ちゃんは床? それはないと思うけど……静香さんの首をゴキゴキ曲げ倒したのがばれたら、床どころか地面の下で永眠させられかねない。
「―――そういえばたくや様に、少々お話をうかがいたいのですが」
「もしかして、いきなりばれましたか!?」
「……ばれたら不都合な事を、何かなさったのですか?」
 うわ、やぶへびだぁ。どういうわけか目を細めるジャスミンさんに、やましいものを抱えたあたしは視線を逸らしてすっとぼける。
「………まあいいでしょう。たくや様は信頼していますから。では、少し場所を変えましょうか。ここでは人目がありますから」
 ここにいるのも気が重いし、ジャスミンさんがわざわざ場所を変えてしようとする話の内容も気になる。うなずきを返し、部屋の入り口へ歩き出そうとすると、何故かジャスミンさんがあたしの手を取って引き止める。
「武器……かどうかは分かりませんが、その箒も持って付いて来ていただけますか?」
 ジャスミンさんの目が壁に立て掛けてあった魔法の箒へ向けられる。そしてこちらの耳へ唇を寄せ、
「誰にも気付かれぬように神殿へ向かいます。手遅れになる前に」
 と囁きを残して、先導するようにあたしの前を歩き始めた。
 ―――手遅れ? それってもしかして……
 神殿へは既に神官長をはじめ、ここにいた戦える人全員が赴いている。モンスターの軍勢のほとんどを失い、魔道師としての実力も知られた佐野に勝ち目があるとは思えないけど、ジャスミンさんの言葉を聞いて、言い知れない不安が込み上げてくる。
 ―――少なくとも、ジャスミンさんは負けると思ってる。
「たくやさん、あの…お、お食事でも準備を……」
「あ、めぐみちゃん、ちょうど良かった。あたし、少し出かけくるから、それじゃ!」
「え……ま、待ってください、あの、お話が―――」
 なにかヤバい気がする……あたしはタイミングよく傍に来ためぐみちゃんに建物の外に出る事を片手を上げながら告げると、箒を持って急いでジャスミンさんを追いかけた。




「―――ここなら盗み聞きされないでしょう」
 あたしとジャスミンさんが入ったのは、負傷者が入っているのとは別の建物の一室だった。壁には窓はなく、家具らしい家具は何一つない。ジャスミンさんが何処かから持って来たカンテラで照らされた室内は荒れ放題で、床に溜まっている砂埃をいっそのこと魔法の箒で掃いてやろうかと思うぐらいだ。
「話ってなんなんです? 神殿に行くとか言ってましたけど」
「その前に、いくつかたくや様に確認しておきたい事がありまして。例えば……そう、これの事とか」
 家具がないせいか、寒さを覚えるぐらい広く感じる部屋の真ん中にカンテラを置いたジャスミンさんは、ポケットから光沢のある石ころのようなものを取り出した。
「なんです、それ?」
 差し出されるままに手の平で受け、しゃがみこんでカンテラの光にかざす。
 見たところ、ただの金属片のようにしか見えない。
 材質は鉄……こんな欠片で、しかもこんな薄暗いところで室の良し悪しを鍛冶師でもないあたしに見極めろというのは無理難題というものだけれど、触れている手の平から微量に魔力が感じられる。
「もしかして、ミスリル?……なわけないか。あれは銀だし」
 魔力を帯びているとなると話は変わってくる。通常、精錬された金属は自然物ではなくなってしまうので、帯びていた魔力をすべて失ってしまう。長い年月の間、魔力の流れる地中で形作られた魔力回路も精錬の過程で寸断、消失してしまうからだ。
 そのためミスリルなどに代表される加工できる魔法金属――つまり「魔力を帯びた金属」は利用価値が高く、欠片程度の大きさでも金や宝石以上の価値を持っている。
 あたしも何度かドワーフに彫金されたミスリルを目にした事はある。それとあたしの手の平に転がっている金属は輝きからしてまったく違う。
「それにこれ、加工がしてあるし」
 欠片の一面は、他の面と違って平らで、磨かれたように光沢を放っている。
 それから推測するに、ある程度の大きさの物が砕けたか欠け落ちたかした物だろう。けど、ただの鉄が微量とは言え魔力を帯びるのはおかしい。マジックアイテムなら紋章式が刻まれているはずだけどそれもないし、材質はただの鉄だし……
「まだお分かりになりませんか?」
 そう言われましても……あたしは頭脳労働も肉体労働も苦手だから……てなわけで、さっさと白旗を揚げることにする。
「降参。こんなちっさいのじゃ何も分かりませんよ」
「ふふふ…もう少し粘ってくださってもよかったのに」
 そう言い方をされると、まるで学校の先生にしかられてるみたいで嫌なんだけど……
 ともあれ、あたしなんかが考えたって何もわかるはずがない。こういうのは魔法ギルドなり、専門的なところへ持っていくのが一番だ。
 そんな事はジャスミンさんだって分かっているだろうに、わざわざあたしへ振るなんてちょっと意地悪だ。くすくす笑われてちょっぴりむくれたあたしを見て、目を細めたジャスミンさんは、
「これ、たくや様がお作りになられたんですよ」
 と言いながらあたしの手の平から金属片を摘み上げた。
「………あたしが?」
 ちょっと待って。え〜……いつからあたしは鍛冶師に転職した? 実家は道具屋と言う名のただの雑貨屋で、今はモンスター使いとか言うあやふやな職業をさせられていますけど……ちなみに服装はメイドさん。ああ、あたしは一体何物だぁ!?
「何を考えておられるのか手に取るように分かりますわ……たくや様、物事を考えるときはまずシンプルに。最初から複雑に考えても、余計にややこしくするだけですよ」
 妙に説明する姿が堂に入っている。いや、生き生きしているようにも見えるんだけど……そういえばジャスミンさん、静香さんの教育係もしてたっけ。女教師が様になってるわけだ。
「たくや様は直後に囚われの身となってしまったので忘れておられるかもしれませんが、これはたくや様がオーガの腕を切り落とした剣の破片です。私も逃げるのに精一杯だったのですが、腑に落ちないことがありましたので破片を幾つか拾っておいたのです。
「あたしの剣……あ、木っ端微塵になったあれ! あれってものすごく不良品だったよね、あはははは♪」
「その不良品を選んだのは私です。申し訳ありませんでした」
「ははは…は………いや、あたしの扱いが悪かったせいです。手入れも怠りました。許してつかーさい」
 無理言って選ぶの手伝ったもらったのを忘れてた。こめかみに冷や汗を流しながら頭を下げる。
「許すも何も。たくや様の力量を……いえ、「魔王」と言う存在を軽んじていた私の落ち度です。謝られる必要はありません」
 そうは言われましても……やっぱり機嫌、悪くしてません?
 気にして菜糸は言いながらも、暗い室内にはジャスミンさんのちょっとした機嫌の変化が如実に現われ、空気が重くなっていく。
 う〜…これはしかられるかもしれない。長年幼馴染の癇癪におびえてきたあたしはそう察すると、そそくさと壁際へと避難する。
「何をそんなにおびえていらっしゃるのですか?」
「いや、その、まあ何と言いますか生活の知恵みたいなもので、壁際って肩こりに良いんだか悪いんだか。―――で、砕けた剣が何で魔力を帯びてるか、そっちの方が気になるんですけれど」
「………そうでした。まだ説明の途中でしたね」
 よし、誘導成功。
「先ほど私が腑に落ちないと申したのは、ただ一振りで剣が砕けた事です」
「別に不思議でもなんでもないんじゃ。ほら、おっきな岩に叩きつけたらすぐにボロボロになるじゃない」
「それは刃こぼれであり、刀身まで砕ける「粉砕」とは異なります。折れるのとも違います。根元から先端に至るまで、あそこまで粉々にするにはそれこそ瞬間的に刀身全体に強力な衝撃を叩きつける必要があります」
「で、でもあの時、あたしはただ振り上げただけで……」
「私も見ていたから間違いはありません。ですから最初は、オーガの血液か何かに秘密があるのではないかと思い、その検証のために破片を回収したのです。
 今は魔封玉に封じられて眠っているオーガへと意識を向ける。そんな能力はない……と思うんだけど。
「考えられるのは血液が強力な酸である事。オーガは力押しは得意ですが魔法的な素養は低いですから。―――ですが、魔力を帯びていると知って一つの仮説を思いつきました。たくや様」
「は、はい」
 名前を呼ばれ、あたしは思わず背筋を伸ばしてしまう。
「………あの時、もしや剣に魔力を流し込みませんでしたか?」
「魔力って……」
「魔力はそれを扱える扱えないに関係なく、あらゆる人が内包しています。魔王であるたくや様の膨大な魔力量を一気に流し込めば、魔力回路の存在しない金属へ、あたかもトンネルを掘るかのように魔力を流す事も可能ではないかと……そう考えたのですが」
 「魔力を扱えない」ってところにムッと来る。確かにあたしは魔法を使えないけれど、基本である魔力の流動ぐらいは出来るんだから。
 それを証明するため、あたしは箒を手にし、魔力を流し込む。
 コツは十分掴んでいる。自分の中に流れる魔力を箒の中の魔力回路につなぎ……
「――――――ていっ!」
 気合一発!……でスイッチが入るわけでもないけれど、あたしが魔法の箒を構えると、掃き口にか細いけれど青白い電光がまとわりつく。カンテラの灯りにも勝てないほど弱々しい光を放ってすぐに消えてしまったけれど、今はこれが精一杯だ。
「こ…このぐらいならあたしにだって」
 今すぐゼーハー深呼吸をしたいのを堪えて誇るように胸を突き出した。
 ……が、何故かジャスミンさんは口元を手で隠し、驚きの表情を浮かべている。
「たくや様……今、何をされました?」
「え…えっと……」
 ははは……精一杯頑張ったんだけど、やっぱりジャスミンさんにしたら、あたしの努力なんてささやかと言いますか、照明にもならないんですよね、とほほ……
「いや〜…ほら、結構ここに来るまで頑張ったから疲れちゃってて。少し休めがもうちょっと光ると思うんだけどな〜……は、ははは……」
 取り繕うように笑みを浮かべて頭をかく。
 けれど、何故かジャスミンさんは怒ったような表情を浮かべてあたしへ詰め寄ると、握っていた箒を取り上げた。
「ふざけています。なんですか今の魔力は。あまりに「膨大」すぎます!」
「………はい?」
「あれだけ魔力を放出して疲れたで済むなんて……本当に大丈夫なのですか? お怪我は? 気分が悪いとか頭痛がするとか、おかしなところはありませんか!?」
「ないないない。いやほんと。さっきもちょっと気合を入れただけで、そんなに力を使ってないし」
「「ちょっと」? 「そんなに」? 冗談ではありません!」
 ひぇぇ……何であたしが怒鳴られなきゃいけないんですか!?
「たくや様の魔力容量がかなり膨大である事は気付いていましたが、まさかこれほどとは……いえ、魔王の力を受け継いだ以上、自覚がなくてもこれぐらいは当然と考えるべきでした。しかし……まさかこれほどとは……」
「ジ、ジャスミンさん? あたし、なにをやっちゃったんでしょう?」
 なにやらジャスミンさん一人で悩んで叫んで考えて納得されても、あたしにはさっぱり分からない。
「―――――――!」
 と言っても、あたしのこととは言え、事はやっぱりそれなりに重大らしい。場違いっぽいあたしの質問に何か言おうとしたジャスミンさんだけれど、結局何も言わず、代わりに息を一つ突いて冷静さを取り戻した。
「………そうですね。自分の放つ魔力は気付きにくいですから。この部屋にどれだけたくや様の魔力が充満しているかお気づきにならないでしょうね」
 魔力感知の魔法を使っていれば別だけれど、自分の体臭には気付かない嗅覚と同じように、魔力を察知する能力も自分の魔力にだけは気付きにくい。体の内側からパワーが…と言った好調不調の判断ならともかく、どれだけ魔力を周囲に放出しているのかまでは、客観性に乏しいから分かりづらいのだ。
 ジャスミンさんが取り乱してそんな事を言うんだから、どうやら室内はあたしの魔力で充満しているらしい。………そりゃまあ魔道師としてはスゴい事なんだろうけれど、実感できないから少し悲しい……
「ともあれ、これで仮説は証明されました。たくや様の桁外れの魔力なら可能性があります。ですが剣をそう容易く粉砕されては困りますから、今後は魔力の制御法を訓練する必要があります」
「……それってちょっとは褒められてます?」
「部分的には。ですが魔法が使えないのでは、言葉を選ばすに言いますと宝の持ち腐れ、猫に小判、豚に真珠。爆薬以上の危険物と言うところでしょうか。くれぐれも取り扱いにはお気をつけください」
「ううう……そんなぁ……」
「悲観するほどではないかと。これも一つの才能ですから。………ですが、もう一つの仮説は」
 何故か難しい顔をしてジャスミンさんが「とほほ〜」と泣き崩れるあたしの顔を覗き込む。
「―――考えるだけ、無駄と言うものですね。ありえるはずが無いのですから」
 はて、一体何のことやら。一人で勝手に納得され、あたしはまたしても置いてきぼりを食らった気分になる。
「ま、いいんですけどね……んじゃ話も終わったようだし、元のところに戻りましょ。静香さんたちも目を覚ましてるかもしれませんし」
 あまり長く席をはずしてめぐみちゃんたちを心配させるわけにもいかない。そー言えば最近ミッちゃん見てないな。て言うか今は一体何時だろう、いい加減眠たくなってきたんだけど。……などなど、気を抜いた途端に色々考えながら扉へ足を向ける。
 すると……何故かあたしは、ジャスミンさんに後ろから羽交い絞めにされた。
「まだ私の話は終わっていません。―――いえ、これからが本題です」
「――――――!?」
 どうして?……と口から叫びを上げようとする。でも出来ない。振り向こうとした矢先にジャスミンさんの金色に輝く瞳と視線が合ってしまい、声を放つどころか指一本動かせなくなってしまう。
 忘れていたけれど……ジャスミンさん、何故か「魅了の魔眼」なんて言う極悪な瞳をしておられたんでした。―――反則だぁぁぁ!!!
 明け方はそう遠くなくても、まだ外は真っ暗な時間帯。
「たくや様の魔力でしたら掛からないかと思っていましたが、大丈夫だったようですね。本来なら私といたしましてもこの様な手段に頼らず、たくや様を手篭め……コホン、きちんとお願いしてお相手していただくつもりだったのですけれど、事態は急を要しますので」
 羽交い絞めにされたアンバランスの姿勢のまま動けないあたしの前へジャスミンさんが回りこむ。そしてあたしに見せ付けるように自分のブラウスへ手を伸ばし、ボタンを一個一個はずしていく。
 おお、スゴい巨乳!……と、自分がとんでもない状態なのに今にもはちきれそうな胸元に目が行ってしまう。
 ―――あたしって、自分では意識してなかったけど、かなりスケベなのかも……
「しかし事態が事態です。一刻も早く魔力を回復させるために、たくや様の魔力を少し分けていただきたいと思います」
 ちょ、ちょっと待って。神官長達が向かってるんだから、別にあたしたちが行かなくてもいいと思うんだけど。………もしかしたら、ジャスミンさんはみんなでは止められないと考えてる?
「私、こう見えても吸血鬼の端くれですが血を吸う事はいたしません。代わりのたくや様の愛液……タップリと頂かせていただきますわ♪」
 そ、そう言うのを相手の身動きを封じた上で強制的にするのはどうかと思うんですけどぉ〜!!
「それに……今のたくや様、スゴくいじめ甲斐のありそうな服装でいらっしゃいますので。……本当に楽しみ……♪」
 ワーワーワーーー!! オカーサーン、あたし、悪い吸血鬼に精魂吸い取られそうですタスケテー!!!
「―――ああ、そういえば声も出せないのでしたね。ですがご安心を。五分と経たずに嫌でも声を上げさせて差し上げますから」
 魅了の魔眼を目にした時点で、あたしの負けは確定してしまっていた。もうどうする事も出来ず、ただ最後の瞬間を目に焼き付けようと近づいてくるジャスミンさんをジッと凝視する。
 はぁぁ……きっとものすごく気持ちよくさせられるんだろうな……と思いながらもものすごく残念な気分にもなってしまう。
 ―――なんであたし、男じゃないんだろう。
 せっかくジャスミンさんのような美人にお相手してもらえると言うのに……よこしまな理由であっても、男に戻りたい気持ちには変わりない。
 けどあたしが男でも女でも関係なく、ジャスミンさんに頬を挟まれて唇を吸い上げられると、甘い誘惑に何もかも忘れて身を委ねてしまうのには変わりないのだけれども……


stage1「フジエーダ攻防戦」39