stage1「フジエーダ攻防戦」35


「なっ……!?」
 あたしも含めた四十人近くが一斉に攻撃しても倒しきれないでいたトロールが、巨大な槍に胸を貫かれて宙吊りにされる。
 槍はスピアよりもランス――馬上槍と呼ばれる先端から柄元までが金属の円錐で構築された武器で、大きさは通常のものの三〜四倍はありそうな巨大なものだ。とても人間が扱えるものではない。
 ―――けど、その前に聞こえた声がもし空耳じゃなかったら……
 炎に包まれたトロールを貫通した槍は、それこそトロールと同じぐらい太く逞しい腕に握られていた。
 表面は白銀。炎の照り返しを受けて橙のような黄金の輝きを放つ。……けれど見えているのはその腕一本だけで、本来ならその根元から繋がる鎧武者の本体が存在していなかった。
 まだ腕一本しか出てはいないけれど、静香さんの呼んだ古代の超強力人型ゴーレム「ガーディアン」である事に間違いはない。たった一体で数件の家屋をこともなげに吹き飛ばしたそのパワーはトロールですら足元に及ばない。その上、静香さんの命令にしか従わず、召喚直後にはその静香さんが気を失っていとも容易く暴走状態に陥る、はっきり言って最悪欠陥兵器。
「そ―――」
 ヤバい。こりゃもう激ヤバだ。この場にいたら何人が巻き添えになって死ぬかわからず、あたしは思わず叫んでしまっていた。
「総員退避ぃぃぃ!!!」
「逃げる? なんでじゃ? あのトロールはもう倒されて……あの腕だけのモンスターは嬢ちゃんが出したもんじゃないのか?」
「いやあれはその、とてつもなくヒジョーにヤバい! 周囲に見境なく暴れまわるから下手したら即死だし!」
 トロールが倒されて一息ついた衛兵長に説明するのももどかしい。あたしは一気にまくし立てると周囲に目を走らせる。
 ガーディアンを呼んだ静香さんの声が聞こえたんだから、そう遠くない場所にいるのは間違いない。あのガーディアン……以前巻き込まれた誘拐騒動のときに呼び出したルック(城兵)と形状が違う。ランスを装備している事から、恐らくはナイト(騎士)のガーディアンだろう。ルックに比べれば腕も細身だけれど、トロールを犯りに突き刺したまま軽がると持ち上げる膂力は十分驚異的だ。その上、武器まで装備しているガーディアンに暴走されでもしたら、この辺一帯が壊滅するのはまず間違いがない。
「衛兵長、他の人にも手伝ってもらってあたしを捜して!」
「え…? いや、嬢ちゃんは目の前におるから……むむ!?」
「あたしじゃなくてあたしと同じ顔! その辺にいてボーっとしてるあたしとおんなじ顔の人を見つけないと、全員踏み潰されるから!」
 取るべき手段はただ一つ、ガーディアンが暴れる前に静香さんに送還してもらう事だ。目印になるかはともかくとして、あたしそっくりと言うなら十分捜しやすいはずだ。
「なにやら話がさっぱり分からんが……とりあえず、この人かの?」
 だから何度も言うようにあたしじゃなくて、あたしと同じ顔した静香さんを探すんだって!……メイド服の裾を引っ張られ、もうどう説明して言いか分からないまま振り向いたあたしの前に―――静香さんがいた。
「し、静香さん!?」
「………ん」
 ―――何でメイド服着てるの?
 眼前で小さく右手を上げた静香さんは何故かあたしと同じデザインのメイド服に身を包んでいた。たしか地下避難所を出る時には別の服を着ていたはずだけど……
「………たくや君とおそろい。着替えてきた」
 こ…この非常事態になんてのんきな……
 痛くなり始めた額に手を当て、炎に照らされた夜空を仰ぎ見る。傍にいてガーディアンをほいほい呼び出されても困るところだけど、一人で街中を歩かせるのが危険だから近くで隠れててって言っといたのに……
 ともあれ、これでガーディアンを引っ込める事が出来る。一秒でも早く危険を回避しようと静香さんのかあを掴んで顔を覗き込むけれど、その表情はどこか眠そう……というより九割寝てる。いつもは無表情な顔はどこか色っぽさを感じさせるほどトロンとしていて、脱力しきった体も少し傾いでいて今にも倒れそうだ。
「いや〜、こりゃまたそっくりじゃの。なんじゃ、妹さんか何かか?」
 う………この静香さんがクラウド王国の王女様って言ったら、どう反応するだろう……とりあえず今すべき事をしてから、あれこれ答えることにしよう。
「静香さん、今すぐアレを引っ込めて!」
「………あれ?」
「そうよ、アレよ!」
 あたしは腕一本だけ空間から突き出ているガーディアンをビシッと指差した。
「あの物騒極まりないガーディアンとか言うの、これ以上は必要ないから起きてる間にすぐさま引っ込めて! あれが暴れてもう一回生き延びる自信、あたしにはない、て言うか必死覚悟! 後で何でもするから、とにかくあいつが暴れ回る前におとなしくさせてぇぇぇ!!!」
「………ん。わかった。ガーディアン―――」
 本当に分かったのか……拍子抜けするほどあっさりそう答えた静香さんは、ゆっくりと右腕を上げると抑揚にない声で、
「………お手」
 ―――え?
 ―――何故にお手?
 ―――やっぱり寝る寸前の静香さんに何か頼む方が間違ってた?
 ―――そもそも、あんな魔導兵器がお手なんかするの?
 なぜ、引っ込めるのにお手なんだろう。そもそも、ガーディアン召喚で精神力がギリギリまで減って眠りに落ちる寸前の静香さんに、何か頼む方が間違いだったのか?
 いくつもの思考が脳内で錯綜する。結果として、まともな答えを出せずに、数秒の時間を無駄にしただけなんだけど……その間に、垂直に光の線で描かれたガーディアンの召喚魔法陣が輝きを増し、白銀の騎士がゆっくりとこの場に姿を現し始める。
 まず現われたのは鎧に包まれた胴体――そして一角獣を模した兜をかぶる頭部だった。余計な意匠を省きシンプルなデザインの兜は磨きぬかれた金属の輝きと合間って芸術品のように美しい。
 次いで、盾を装備した左腕、そして頭部同様に馬を模した逆間接の足が魔方陣から姿を現し、地面を踏みしめる。崩壊した建物の中に立つその姿は細身の印象を受けるものの決して華奢ではなく、腰に取り付けられた円盤状の巨大な装甲が力強い厚みを与えて見せている。
 ガーディアンはその四肢を魔方陣から表し、兜に刻まれた細いスリットの奥で瞳と思しき緑色の光を灯す。どこか理性を感じさせるその色で周囲を見渡し、並び立つ静香さんとあたしとを捉えると、トロールをさした槍を手にしたまま一歩、足を前へ踏み出し……魔方陣から後ろ足を抜き出した。
「よ、四本足!?」
 確かに騎士だ。馬に跨り戦場を駆ける騎士のイメージそのものの姿のガーディアンが目の前にそびえる。
 人と馬とが一体化したような姿はケンタウロスとイメージが重なる。恐らく戦場を駆け巡らせればその速度は何者にも負けないだろうけれど、今いるここは街中だ。こんな巨人のひづめで走り回られたら……
「えっと…静香さん?」
 冷や汗を垂らしながら呼びかけるけれど、静香さんから返事はない。恐る恐る顔を覗き込むと、ガックリと首が折れ曲がってしまっている。
「ちょ…そんな無責任なぁぁぁ!!!」
「………むにゃ」
 かろうして静香さんの意識は保たれているけれど、それも時間の問題だ。「お手」と言われたからかどうかは知らないけど、あたしたちのすぐ前まできたガーディアンの瞳は明滅を繰り返している。
「あ…綾乃ちゃん綾乃ちゃん、ちょっと大至急ぅぅぅ!!!」
「は、はい、なんですか先輩?」
 誰もが巨大なガーディアンに畏怖する中、あたしの呼びかけですぐに駆けつけてきてくれた綾乃ちゃんに、錯乱したまま無茶なお願いをぶつけてみる。
「綾乃ちゃん、今すぐ再開発地区行ってジャスミンさん連れてきて。いますぐ、静香さんが意識を失う前に超速攻で駆け足でぇぇぇ!!!」
「……ジャスミンさんってどなたなんですか?」
 し、しまったぁ! 綾乃ちゃん、ジャスミンさんと会った事ないじゃん!―――いや、今から呼びに行ってももう遅いか。
 なんかもう、致命的に何もかもおしまいになった。目の前で半人半馬のガーディアンが暴れ出したら、真っ先に踏み潰されるのは目の前のあたしと傍にいる衛兵長と、あとゴメン、綾乃ちゃんも巻き添え食わせちゃうかも。
「………ジャスミンを、呼んでくるの?」
 と、まるで寝言のように静香さんがつぶやく。―――その直後、あたしと静香さん、さらに綾乃ちゃんのメイドルック三人組は腰を屈めた騎士のガーディアンにまとめて抱え上げられてしまう。
「うっひゃあああああっ!?」
「ひッ………!」
「…………ん」
 三者三様の声をあげ、衛兵の皆々様に見上げられながら宙を浮いて―――ちょっと待った。
「や、やだ、下から見えるぅ!」
 足首まで隠す長いスカートも、下から覗きこまれたら何の意味もない。それに地面に置かれた篝火はいくつも無事なままで、影で見えないなんて事もない。
 しかもあたしのスカートの中……跳んだりは寝たり弘二に悪戯されたりしたせいで、かなり蒸れてる。それに加えて、普段は絶対はかないちょっと過激なデザインなパンティーとストッキングを吊り下げるガーターベルトの組み合わせは、もし他の人に見られでもしたら自殺ものの恥ずかしさなのに……
「お…おおおっ!? こ、これは美少女の生パンツ! しかもあの食い込みは…グハァ!!」
「モンスターを倒したらエッチなメイドさんがサービスしてくれるって言う伝説は本当だったんだぁ!!」
「俺は……俺は今、猛烈に興奮しているぅぅぅ!!」
 いや〜〜〜!! 見ないで、そんなみんなして下から覗き込まないでぇぇぇ!!
 ガーディアンの足元は本当に死ぬほど危険な場所なのに、あたしたちが抱え上げられるや否や、一斉に男どもが集まり、真下からあたしたちのスカートの中へ熱い視線を集中させる。中でもあたしのスカートを覗く人が特に多い。しっとり汗と人には言えない湿り気を帯びたストッキングとパンティーの間の肌が露出した部分をギュッと密着させ、体を緊縮させて視線から逃れようとする。
 けれどそれも無駄な努力だった。脚を閉じて体を折れば、自然と両膝がスカートを前へと突き出してしまい、スカートの広がりに余裕のあるメイド服だと、膝が前に出た分だけ下から覗きやすくなる。
「あ………」
 気付いたときにはもう遅い。
 見られるのは、弘二にも散々弄られ、谷間の間にタップリと汗と愛液の熱気が充満したお尻のラインだ。さすがにそこまで気付かれはしないだろうけれど、足を懸命に伸ばせばギリギリ届きそうで届かない近さで見られる事を意識すると、ハズかしさが格段に跳ね上がってしまう。
「―――――――ッ!!!」
「やぁ…み、見ないで………」
 下半身に視線を感じて頭の中が真っ白になるほど恥ずかしがっているのは、何もあたし一人だけじゃない。目じりに涙を浮かべながら左右を見回すと、眠りに落ちかけている静香さんはともかく、綾乃ちゃんは声がかすれるほどの羞恥と混乱でポロポロと涙をこぼしていた。
「綾乃ちゃん……もしかして今日、生えてる?」
「は…生えてなんかいません! アレを、こんな大勢の男の人に見られたら……死んじゃいます。今すぐここで舌を噛んで自殺しますっ!」
 あたしと綾乃ちゃんの間だけで通じる符合を口にすると、恥ずかしさで顔を真っ赤にして、かなり本気の入った決意を叫ぶ。
 これ以上刺激したらマズい……勢いで娼婦見習いなんてやってるけど、不特定多数の男の人に服を脱がされたり、見られたり、触られたりしたり、吸われて揉んで散々弄ばれた経験なんて一度たりとて味わってない。それだけに……ここはあたしが何とかして助けてあげないと。
「し、静香さん? このガーディアンに言ってあたしたちを降ろして! スカートの中が丸見えってのは恥ずかしすぎるって!」
 裏返りそうになる声で呼びかけながら、隣でボーっとガーディアンに抱きかかえられている静香さんの肩を揺さぶる。
「………うん」
 あたしの言葉は静香さんに通じたらしく、静香さんは寝言のような切れ切れの言葉でガーディアンにあたしを離す様に命じる。すると―――
「ひあっ!?」
 ウエストを締め付けていたガーディアンの腕が緩む。……と言うよりも隙間が開く。手首と肘をうまく使い、静香さんと綾乃ちゃんを抱きかかえたまま、あたしだけが腕の中から真下めがけて落下していく。
「ちょ、なんでぇええええええっ!?」
「おい、みんなで受け止めろ!」
「受け止めた奴はメイドさんのスペシャルサービスを受けられるぞ!!」
「速いもん勝ちだ。たくやちゃん、是非俺のところへ!」
 ―――って、誰があんた等のところになんか落っこちるかぁぁぁ!!!
 建物の二階から落ちるようなものだ。とっさに身の危険と貞操の危険を感じたあたしは腕を伸ばしてガーディアンの腕にぶら下がる。
 けれど、その拍子に重たいスカートが舞い上がる。偶然、運悪く、そのタイミングで吹き上げた風の後押しもあり、ふわりと腰の高さまで舞い上がったスカートは増したにいる三十人近い男性の目の前で湿った下着を露出させてしまう。
「いっ……いあ…………」
 絞り出した声は、今にも泣き出してしまいそうなほど震えている。
 吹き上げる風でスカートはなかなか舞い降りない。下着だけではなく、履き慣れていないストッキングに包まれた両足とその付け根に視線が集まるのを感じると、
「ん―――――ッ!!」
 股間が、弄られてもいないのに大きく脈動した。
 見られただけなのに……娼館でそれなりに女の悦びを教え込まれたといったって、人の身の丈の何倍もある巨人にぶら下がりながら股間を疼かせるなんて、自分でも信じられない反応だ。
 けれど、あたしの中の「女」はそうじゃない。三十人を越える男性の前で下着を晒した途端、膣の深い場所にまで挿入されたペ○スを締め付けるように膣内の肉壁が収縮し、溜まっていた愛液をジワッと溢れ出させる。
「……やっ………」
 ―――切ない。
 何を考えているのか分からなくなりそうで……自分が恐い。心は男なのに、緊急事態はまだ収まってないのに、すぐそばに綾乃ちゃんと静香さんがいて…こんな…大勢の……前で………
「―――――!?」
 震える腕でガーディアンにぶら下がるあたしの足元――さすがに地面は近くなり、爪先は男たちの顔の高さにある――へ、数人の衛兵が集まってくる。真下から、下腹部の肌が透けるほど薄く滑らかな下着を覗き込み、誰からともなくあたしの足を左足を掴み取った。
「ダ………」
 引き摺り下ろされる。
 あたしが落ちようとしているのは何重にも取り囲まれた人の輪の中心だ。そこへ落ちたら……何をされるのか……
「ダ、メ……引っ張っちゃ………」
 あたしが足を暴れさせると、別の男たちもあたしを足へ手を伸ばす。足首から膝へ、そして張りがあって湿り気を帯びた太股へと手が這い上がってくると、脳裏に忌まわしい記憶が蘇ってくる。
 目の前に並ぶ何本もの肉棒。全裸のあたしを前にして射精を強要された男たちが、列を成してあたしの唇へ汗と尿の臭いが染み込んだペ○スを押し付けてくる。それらを喉の奥にまでくわえ込むと、下の上にしょっぱいおチ○チンの味が広がり、ノドに絡みつくほど濃厚な精液をノドや顔に浴びせられる。
 そして男たちはお尻を向けたあたしに圧し掛かり………
「イ―――」
 誰のものかも分からない指が、ストッキングを上端を越えて太股に直接触れる。その瞬間……あたしは足を前へと振り回していた。
「イィ――ヤァ――ア―――――――ッッッ!!!」
「ぐおぉ!!」
 右の爪先が誰かの顔にめり込む。それを確認するより早く横へと振り回して二人目の側頭部をけりつけ、反動に任せて左足でも誰かを蹴る。
「ちょ、ちょっと待って。俺たちはたくやさんを助けようと――」
「エッチな事されるのは、もうイヤだぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!」
 四人目と五人目はガードしたようだけど、あたしは蹴るのが目的じゃない。どなたのものかもしれない頭を足の裏で踏んづけたあたしは、木の枝にぶら下がる要領で、ガーディアンの腕を軸に体を上へと回す。
「静香さん、あっち!」
 白金の巨人の腕に乗ったあたしは、まだ意識が落ちていない静香さんへ呼びかけ、ビシッと遠くを指差した。
「………?」
「とにかくあっち! ここにいたらあたしがおかしくなるから目的果たしたしさっさと帰るのよ!」
「………ん。わかった。ガーディアン、行って」
 寝ぼけ眼で判断力の鈍っている静香さんは、あたしに言われるままに同じ方向を指を差す。
 ―――咆声。それまで命令らしい命令を与えられていなかった騎士のガーディアンは、喜び、そして全身を小刻みに震わせると、
「んのわぁ!?」
「きゃあああああっ!!」
「………ん」
 体を軽く沈み込ませ、あたしたちを抱えたまま突然跳躍。全身が金属で出来ているとは思えないほど、軽々と建物の屋根を越える高さまで跳ね上がると、集まっていた衛兵たちの頭を越える。
 そして着地。――同時に地面を踏みしめ、石畳を踏み割りながら風が壁のように感じられる速度で道なりにまっすぐ駆け出していく。
「きょわぁぁぁぁ!!! 静香さん静香さんスピード、スピード落としてぇぇぇ!!!」
「…………」
 娼館跡地とは逆、水の神殿へ突撃するかの如くの勢いで走るガーディアンの上で振り落とされないようにしがみつきながら声を張り上げるけれど、静香さんはこの速度と揺れの中ででも眠ろうとしていた。
「せ、先輩、わ、私、なんか、気分、悪……うっ……」
「綾乃ちゃんもこういってるでしょ。別に急がなくてもいいから、せめて頭上のトロールだけでも何とかして。いつまで抱え上げとくつもりなのよぉ!!」
「………ん〜……」
 ダメだ。まったく言葉が耳に届いてない。―――なんてやっている内に、水の神殿はもうすぐそこ。しかも道の途中には運河があり、かけられた橋はこのままガーディアンで渡ったらぶっ壊れてしまいそうな……
「ひッ――!?」
 再度、金属の巨人が宙を舞う。
 一抱えもあるガーディアンの首にすがり付いた状態で、拘束で景色が後ろに吹っ飛んで行く速度のままジャンプされる感覚は馬や鳥なんて上等なものじゃない。一種の拷問だ、これは。
 短い空中飛行の最中、絶命したトロールの焼け焦げた体を、ガーディアンは槍を振って川の中へと叩き込む。そして背後で岩の巨人が水しぶきを上げるのを気にも留めずに、建物の壁でも紙のように貫通しそうな巨大槍を前へ向けて構え、チャージ(突撃)状態で闇夜に浮かぶ水の神殿の影へと突っ込んで行く。
「わ〜〜〜〜〜〜〜!! 静香さん、それはヤバいって、罰が当たるからアレに突っ込むのだけはぁぁぁ〜〜〜!!!」
「………………」
 もしかして、もう既に寝てるんじゃないのか。それでこのガーディアンは暴走してるんじゃないか………あたしたちが乗っているものがとてつもなく危険な代物だった事を失念していたあたしは、今更になって背筋を震わせた。
「綾乃ちゃん、逃げるから今すぐ脱出して!」
「に、逃げるって……このおっきいの、止まってくれるんですか!?」
「止まってくれなくても降りなきゃいけないの! ほら、ウエスト細いんだから急いで!」
 逃げるなら静香さんもだけど……下から突き上げる振動に注意しながらガーディアンの腕の上を二歩横へ。静香さんに手が届く位置に達すると肩を揺さぶって起こそうと試みる。
「目を覚まして! このままじゃ三人とも大怪我どころじゃすまなくなるわよ!」
「ん〜………」
 まだ辛うじて眠っていない。体を揺さぶるとわずかにだけど反応がある。まだこの巨大騎士を止められる可能性は残って―――
「先輩先輩、前前前ぇ〜〜〜!!」
「へ?」
 進行方向へ目をやると、ガーディアンは神殿前の広場へ達しようとしていた。
 水の神殿はもうすぐそこ。悠長に静香さんの目覚めを待つ時間はないわけで……
「こうなりゃ一か八か!」
 やっちゃいけないだろうな〜と思いつつも、ここから無事に生き残る手段はこれしか思いつかない。
 ―――ごめん、静香さん。
「曲っがれぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「………あうっ」
 ゴキッと、静香さんの首を横へ倒す。―――いや、だって、飛び降りるにしてももう時間がないし、どうせあたしは馬鹿だからこんな方法しか思いつかない……と刹那の間に自己嫌悪に陥り、みんな仲良くあの世行きかなとか演技でもない事を考えてしまう。
「え〜い、もう破れかぶれよ。曲がれ曲がれマがれぇぇぇ!!」
 ―――何か確証があったわけじゃない。こうして何度も静香さんの首を前へ横へ後ろへと曲げた押しているのはかなり錯乱しての行為だ。
 けど……なぜかそのたびにガーディアンが蛇行する。建物に寄りすぎて肩をぶつけ、足をもつれさせてスピードも落とし始める。
「こん…のぉぉおおおっ!!」
「………んあっ」
 なんか、致命的にヤバそうなグキッと言う音が静香さんの首から聞こえるけど…ま、折れてないから大丈夫。けれど広場へ飛び出したガーディアンを止めるのはこれが最後のチャンスだ。無我夢中になって静香さんの首を倒し続けていると、広場に四本足で着地するや否や、ガーディアンは後ろ足を滑らせて方向転換し、神殿目前で九十度進路を変えて再び走り始めた。
 ……けれど安心するのはまだ早い。大通りを爆走してきたから、まだあたしたちは無事でいられたのだ。その進路を弄った以上……暴走するガーディアンは道なき道を突っ走ろうと、槍を構えたまま別の建物に突撃しようとする。
「だあぁぁぁ!」
「………はう」
「ドリフトぉ!!」
「………ひあ」
「スピンターン!!!」
「………あん」
「ムーンサルト月面宙返り三回転半ひねりヒールアンドトゥでアウトインアウトぉぉぉ!!」
「………ふにゃ」
 ああ、絶対に後でジャスミンさんとかに怒られる……けど今は緊急事態だ。て言うか、どこ走ってるんでしょう、あたしたち?
 いくつかの建物を吹っ飛ばしたけど、それなりに太い道を上手く選んでガーディアンを走らせ続ける。何とか操縦や速度調節のコツも掴めて来たし、このまま街の外に出れれば被害も最小限で済むはずだ。……とは思うんだけど、夜で暗いし土地勘もあまりないあたしの運伝なので、速度を落としたガーディアンは段々と迷路のような場所に迷い込んでしまう。
 ―――けどここ、なんか見覚えがあるんだけど……
「先輩、さっきのはこっちの方じゃありませんでしたか。あの大きな雷が落ちたのって」
「あ……ここ、再開発地区か」
 見覚えもあるはずだ。誘拐された静香さんをこのあたりまで追いかけてきたんだから。
 けど、その時は細い道を走っていた。肩幅すれすれとは言え巨大なガーディアンが通れるだけの通りがあるとは知らなくて……と、止まってくれないガーディアンを出来る範囲内で操っていると、前方に炎の明かりが灯っているのに気付く。
 数は一つや二つじゃない。近づくにつれて、そこだけ昼のように明るくなっているのが分かったけれど、少し広くなったその場所には動くものがほとんどなく、灯りの中心に人影が一つだけあって……
「―――――あ、アイツは!?」
 あたしは無意識に静香さんの首を前へ倒していた。
 見間違うはずがない。
 あいつがフジエーダの町に攻め込んできて、あたしにイヤと言うほど恥辱を与えてくれた男だ。
 あたしの声に反応したわけではないけれど、抑圧から解放されて体を震わせて一気に加速するナイト。その腕の上に立ち上がったあたしはローブ姿の人影を指差し、
「吶っ喊っ!!」
 と叫ぶと、正面から叩きつけられる風に重たいスカートを揺らしながら、拳を強く握り締めた。


stage1「フジエーダ攻防戦」36