stage1「フジエーダ攻防戦」33


「たりゃぁあああっ!!!」
 大事なのは、箒のヘッドスイング。力はほとんど必要ない。箒で掃けば、例えどんな対象でも掃き飛ばされていく。
 あたしが「掃く」のは、詰め所内に並べられた机の数々。それを横薙ぎに掃き払えば、中身が詰まって重量のある机たちが、建物を占拠しているオークたち目掛けて吹き飛んで、重量感のある突撃を何とか食い止めていた。
「ええい、雑巾はまだか。掃除道具入れからありったけ持って来い!」
「衛兵長! 雑巾は確保できましたが湿らせる水がありません。水は外です!」
「無ければ何でも構わん。いっそのこと小便で濡らして投げつけてやれ!」
「アイアイサー!」
 ………あんたら、雑巾よりもまずはあたしの援護をしてってばぁぁぁ〜〜〜!!
 普段なら街の治安を守るために衛兵が詰めるこの場所は、同時に苦情や要望を受け付ける事務所的な役割も果たしていた。
 広い大部屋に整然と並べられた机。外へ繋がる正面扉の前に設置されたカウンター。
 揉め事を解決する衛兵たちの拠点として機能していたであろうこの場所には、あたしも何度か足を運んだ事がある。―――けれどオークに占拠され、今また開放された衛兵の人たちが戦い始めた詰め所の中は
 障害の多い詰め所内での戦闘は一進一退を繰り返していた。
 建物内に残っていたオークは六匹。そのどれもが人間よりも力が強く、凶悪な上に武器屋から略奪してきた斧や剣、大金槌で武装している。下手に攻撃を受ければ、怪我どころじゃすまない攻撃を勢いよく振り回してくるので迂闊に近づくことすら出来ない。
 対して、牢屋から解放された衛兵さんたちは何も武器を持っていない。詰め所の中ならどこかに剣の一本ぐらいあってもよさそうだけど、それらはとうにモンスターたちに抑えられていて、何人かがへし折った椅子の足や長柄のモップや箒を棍棒代わりにしているくらいだ。
「ブヒィィィイイイッ!!(てめぇら邪魔だブヒ。メスが他の奴に奪われるブヒッ!!)」
「単調な攻撃だ。当たるなよ!」
「狙いを足元に集中しろ。豚野郎は動きが鈍重だ!」
 なけなしの武器でオークに立ち向かうのは困難だけども、衛兵たちは自分たちの優位を活用して、不利な状況ながらも五分の戦いを繰り広げていた。
 ―――それは地の利を活かした数人がかりの連携攻撃。オークたちには通る事の出来ない机の下をかいくぐって不意を突き、床へ倒せば数の優位でオークを押えつける。けれどオークが力任せに拘束を振りほどくと、距離を置いて再び悪戯のような攻撃を繰り返していた。
 だからと言って、圧倒的な攻撃力の差がある両者が、いつまでも一進一退でいられるわけが無い。そう言う状態であるのは……オークたちの攻撃対象が衛兵さんたちではなく、なぜかあたしだったりするからだった。
「ああ……あたしなんか何の戦力になってないのにィ!!」
「ブヒブヒブヒィィィ!(肉の柔らかそうな娘っ子がいるブヒ。まずは犯して溜まった精液を流し込むブヒ!)」
「ブ〜ヒッヒッヒィ!!(早い者勝ちだブヒ。最初にあの女を捕まえた奴が二十発まで最初に犯せるでブヒ!!)」
 何を言ってるのか分からないけれど、何を考えているのかはよく分かる。色欲に囚われたオークたちは、何度取り押さえられかけても、狂気じみた光を目に宿して立ち上がる。涎を滴らせた唇を歪めて咆哮を上げると、メイド姿のあたしへめがけて突っ込んでくるのだ。
「い〜や〜あ―――――!!! なんでオークがメイド萌えしてるのよぉ!!」
 ―――捕まったら犯される。
 直感的にそれだけ察すると、最接近してきたオーク目掛けて机を掃き飛ばす。魔法の箒で掃かれた机は勢いよくオークの突き出たお腹へ衝突し、その巨体を押し返した。
「ったく、これじゃ逃げるどころかいつまでたっても同じことの繰り返しじゃない。綾乃ちゃん、支援お願い!」
 いつの間にやら中心になって戦わされていたあたしは、地下へ通じる扉のところへ隠れている綾乃ちゃんへ半泣きになりながら指示を飛ばす。
「え? え? 支援って、あの、でも、私……」
「何でもいいから早くしてぇぇぇ! このままじゃ埒があかないし、あたし、犯されるぅ〜〜〜!!!」
 股間をいきり立たせて飛びかかってきたオークを空中で掃き飛ばす。なにやら貞操の危機が少しずつ迫るのを感じ、だんだんと余裕がなくなってきた。
「わ、わかりました。じゃあ…えぇっと………ファ、ファイヤーボール!」
「―――いっ!?」
 最もポピュラーな攻撃呪文のファイヤーボール。火炎球を対象にぶつけて炸裂させる魔法で簡単な割に威力も大きい。だけど、そんな物を屋内で使えば……はっきり言って、一発で大火事になる事間違いない。
 オークを倒すのには十分すぎる威力だけど、四十人近い人とオークの巨体がひしめく乱戦状態な現状だと、間違いなく味方にまで被害がおよんでしまう。
「みんな、退避ぃぃぃ〜〜〜!!」
 綾乃ちゃんの呪文の声は周囲にも聞こえている。――が、呪文は唱え終わっている。
 今から逃げても間に合わない。あたしの声に反応して数人の衛兵が振り返り、あたし自身もその場にしゃがみこむのが精一杯……だったんだけど、
「あ、あれ? えい、えい、えい…! じゅ、呪文は間違えてないのに……」
 綾乃ちゃんが前へ突き出した木の杖から炎が放たれる事は無かった。
 魔法、失敗。―――全員丸焼きになるよりはマシだったけれど、結果的には悪い状況を引き込んでしまう。こちらの動きが止まった瞬間を見計らい、オークたちの力任せの攻撃が数人の衛兵を天井近くにまで吹き飛ばす。
 そして、屋内にいた六匹全員がぎらぎら輝く目をあたしへと向けてきたのだ。
「うわ……ちょ、ちょっとタンマぁ!!」
 体勢を立て直す間もなく、二匹のオークがあたし目掛けて殺到する。
 掃き飛ばされた机を押しのけて迫り来るオークを躱すべく、あたしはこの状況で倒れる事無く残っていた椅子を踏み台にして机の上へ。メイド服の丈の長いスカートをなびかせて間一髪オークの腕から逃れると、誰もいない方向――外へ繋がる詰め所の入り口へ向けて机の上を駆け出していく。
「ブヒィィィ!(待てや、犯させろでブヒィ!)」
 その進行方向を塞ぐように、横手から別のオークが机によじ登る。
「待てといわれて誰が待つもんですかぁ!!」
 なにやら奇妙な意思疎通を成り立たせ、ついでに良い位置にあった別のオークの頭を掃き殴る。
 ―――手ごたえはあまりない。けれど頭を勢いよく「掃」き飛ばされたオークは弾けるように体を回転させ、床へ倒れ伏す。
 そのオークの様子を最後まで確認する余裕も無い。絡みつくスカートを撥ね退けるような勢いで足を動かし、机の上を飛び移り、背後からオークの迫ってくる気配を感じながら、出入り口そばのカウンターを飛び越える。
「「「「「うぉおおおおおおっ!!」」」」」
 なぜか衛兵のみんなの間から歓声が響く。―――そういえば飛び越えるときスカートを押さえるの忘れてた……や、やば。下に履いてるのって仕事(娼婦)用のかなりきわどいやつ……
 今更スカートを押えつけても遅かった。ちらりと振り返れば、ほとんどの衛兵たちの視線があたしへ集中しているのが……しまった。机の上を走ったから注目浴びてたんだぁぁぁ…
 できれば一人一人殴り飛ばして記憶を抹消させたいけれど、オークに追われるあたしにはそう考える時間ですら惜しいほどだ。
 けれど、六匹のうち五匹は目立つ逃げ方をしたあたしを追いかけてきている。このままあたしが逃げ出せば、戦いも楽になる……と、あたしはもつれそうになる足を動かしてそのまま外へ転がり出る。
「ブヒッ?(なんだブヒ?)」
「ブヒィ(お、人間のメスじゃねえかブヒ)」
「ブヒヒィ〜ン!!(あ、こいつは俺たちを焼き豚に仕掛けたメスだぜブヒ!!)」
「………え?」
 ―――そういえば……建物の外にも見張りがいたんだっけぇぇぇ!!!
 しゃがみこんだまま見上げれば、ちょっぴり焦げたオークが三匹、突然飛び出したあたしを取り囲んでいた。……正確に言うならば、扉の前でたむろしていたオークたちの中へ、あたしのほうから飛び込んでいた。
「「「ブヒブヒブヒィィィ!!(ここであったが百年目、捕まえて、三穴責めをしてやるぜぇぇぇ!!)」」」
 ヤバい……全身が総毛立つのを感じながら体を前へ。覆いかぶさろうと両腕を上げるオークの足元を潜り抜け、地面を転がると、なんとか包囲の外へと飛び出せた。
 けれど、それで終わりじゃない。
 オークとは対して距離も開いていない。
 こちらは地面へ座り込んだまま、立ち上がれてもいない。
 すぐに行動しなければ、あたしはこの三匹に命が尽きるか精神が崩壊するか、もしくは使い物にならなくなるまで犯され続ける事になってしまう。
「あんたたちも一緒に転がれ……って、箒は?」
 地面を転がった拍子に、あたしは唯一の武器(?)である魔法の箒を手放していた。箒があるのは……三匹のオークの包囲の中。今更取りに戻る事なんて出来るはずがない。
「う…うそでしょおおお〜〜〜!?」
 唯一の武器を無くしてうろたえるあたしを前にし、勝利を――獲物を捕らえることが確定したオークの唇がいやらしく吊りあがる。
 オークにとって、建物の中で戦っている衛兵たちに何の興味も無い。興味があるのは……それこそ旺盛な食欲を満たす事と、そこの知れない性欲を満たす事の二つだけだ。
 あたしの顔の高さにあるオークたちの股間が、見る見るうちに膨らみ、粗末な腰布を押し上げていく。人間の性器とは違い、ネジくれた肉茎の表面が篝火の灯かりが作る影の中で強烈な異臭を放つ。禍々しい形状から目を反らしても、軽く吸い込んだだけで頭の後ろに殴られたような衝撃が走るほどの汚臭に、暗い迷宮でいつ果てる事無く体を陵辱された記憶が蘇る。
 今まで辛うじて保てていたあたしの心を萎え、震えが込み上げてくる。……逃げなければいけないと頭では分かっていても、メイド服の下では膝が震え、立ち上がることさえおぼつかない。
 けど―――
「あたしは……あんたたちなんかに負けてやら無いんだから!」
 にじり寄るオークを追い払うように右腕を振るう。あたしのささいな抵抗はオークたちにとって脅威でもなんでもない。
 けれどあたしには「力」がある。振った手の中に三つの魔封玉が現れ、その内の一つ、黄玉石の魔封玉が弱々しいながらも魔力を放っていた。
「どっちかしんないけど――」
 戦えそうも無い獣人のポチが出てくるか、それとも契約したばかりの怪我をしたオークが出てくるのか……うわヤバ、どっちが出てきても役に立ちそうも無いじゃないの!
 魔封玉を放ろうとした手が思わず止まる。
 どちらが出てきても、逃げるチャンスが生じる可能性はある。けれど武器を手にした三匹のオークの前にポチたちを出せば、あたしの代わりにその命を危険に晒してしまう。
 たかがモンスター……あたしが死ねば契約したモンスターたちがどうなるかわからない。最悪、小さな玉の中に永遠に封じられたままかもしれない。―――必死にそう考えようとして、ついにあたしは魔封玉を解放することが出来なかった。
「ブヒヒヒヒィィィ!!!(いただきますブヒ、かわいがってやるブヒィィィ!!!)」
「――――!!」
 オークが腰布をかなぐり捨てる。また犯されてしまうのか……と、諦めがあたしの心に忍び寄ってきたその時、
『ふははははぁ!! 股間勝ち割り鉄球ハンマー!!』
 あたしの横を鎖つきの鉄球が通り過ぎ、メキョッと、一匹のオークの股間へ突き刺さった。
「………………ブヒィィィイイイイイイ―――――――ッッッ!!!」
 うわ……き、キツい云々じゃなく、あれは死んだ。
 間違いなく、鉄の玉に金の玉を叩き割られたオークは鉄球が離れた股間を押さえ、内股でふらふらとよろめく。微妙に折れ曲がったその腰と、目を見開ききったその顔に、同性だからこそ哀れみを感じずにはいられない。
『は〜〜〜はっはっはぁ!! 見たか、我等の姐さんに手を出そうったぁフテぇ輩の憐れな末路!』
 鉄球が戻る先、大通りの真ん中に月明かりを背にした五つの影が立っている。
『玉の二つや三つでガタガタぬかすな。ワイらは全身喪失済み!』
『けれどこの身は朽ちようとも、たくや姐さん激ラブハートで見事に復活!』
『ハード&パワフルで、ちょっぴりピュアなこのボディー!』
『死にはません犯るまでは! 未練だらけで馳せ参ず!』
『………………………』
 な…なんなんなのよ、こいつ等は……
 いきなり現われて、いきなり口上をまくし立てる五つの影は、うち四体が鎧に身を包んでいた。
 オークの股間を粉砕した鉄球は、その中でも大柄の影の手に握られている。あたしを助けてくれたのは彼等に間違いは無いのだろうけれど、そのけたたましい喋り方の四重奏を耳にすると頭を抱えたくなる既視感に襲われてしまう。
 しかも見た目からして何かがおかしい。鎧姿なのは街中がこんな状況なのだから武装したと考えれば辻褄が合うけれど………
「どう見てもチビッコ…よね」
 その身長は五人の中でも一番大柄な鉄球を手にした鎧ですら、地面に座り込んでいるあたしの視線とさして変わりが無い。子供より小柄なのに横幅は大人と際して代わりが無いため、所々にトゲが生えて実用性があまりなさそうないかめしい鎧を着ていても、どこか丸々とした印象を受けてしまう。
『見てみい見てみい。ワイらのモノスッゲ格好いい登場の仕方に姐さんも惚れ直した〜って顔してるで』
『やっぱり運命の再開のインパクトが大事や言う事やな。さすがリーダー、あんたの言うとおりや』
『ホッホッホ。ま、ワイに任せてもらえりゃこんなもんよ。相手の心を掴むには危機的状況に追い込まれたときこそがチャンス!』
『説得力ある〜。一生付いていってもいいですか?』
『かまへんで。やはり飯を食うのとSEXするのは、みんなで食うのがゴブリン流やしな、は〜はっはぁ!』
 ―――とりあえず、傍らに落ちていた手ごろな石を拾い上げる。
『……………』
『ん? なんやて、何が危ないって―――』
 結論。―――こいつ等も敵だぁ!!
 戦闘中である事も関係ない様子で盛り上がってる鎧姿の相手に、あたしは全力で石を投げつける。
 先ほどの鉄球には到底威力では及ばないけど、スピードは速い。ヒュンと夜になっても暑さの残る街の空気を裂いて飛んだ石は、見事にリーダーと呼ばれた鎧の頭へと命中した。
 そして―――その頭が吹っ飛んだ。
「―――はえ?」
『のわ――――――っ!!! 頭が、ワイの頭がぁぁぁ!!』
 固い物同士……この場合、鉄製の兜と投げた石とが甲高い音を立て、その直後に今度は兜が地面の石畳とが固い音色を響かせた。
 倒れたわけじゃない。殺意があったわけじゃない。やっぱり石を投げつけるなんて良い子がすることじゃなかったのか……ああ、これであたしの今日から立派な犯罪者……
『リーダー、気をつけなあきまへんで。ワイら、あちこち取れやすいんやさかい』
『やーすまんすまん。まさか姐さんから愛の投石攻撃を受けるとは思わんかったさかい。しかし……もう、いきなりハードですな、ワイらのスイートハートは♪』
『いいな〜。ワイもキッツい攻撃を一発喰ろうてみたいですぅ』
『ま、ワイは一足お先に大人になった言うことやな。いや〜、もてる男は辛いでえ』
 落ちた首を手渡された男はなんでもないように談笑しながら――そもそも首から上が無くてどうやって喋っているのかさえ不明だ――兜を元あった位置に乗せる。すると、その男の首は吹っ飛んだ事が嘘のように、右へ左へと回転し、がちがちと鎧を擦れ合わせる音を響かせた。
 こいつ等一体何者なの?……首が落ちても平然としている謎の集団の正体に思案をめぐらせていると、左右へオークが倒れこんできた。
 既にどちらも切り倒されている。自分が置かれている現状を思い出して主張の激しい胸を押さえながら振り返れば、そこには黒装束に身を固めた小柄な姿が立っていて、地を振り払った二本の短剣を腰の鞘へと収めるところだった。
「えっと……ああもう! 味方なのか敵なのか単なるにぎやかしなのか、はっきりしてよ、もぉぉぉ!!」
 そんなあたしの言葉に答えたわけじゃないんだろうけれど……今度は詰め所の正面扉が、勢いよく吹き飛んだ。性格には、吹き飛んだのは扉とその周囲の壁ごとであり、一回り大きくなった入り口からはグレートアックスと大金槌をそれぞれ装備したオークがのっそりと姿を現した。
 どうやらどちらが先に出るかでもめた挙句、一緒に出ようとして入り口に引っかかり、考え無しに入り口を吹き飛ばしたようだ。―――なんであたしはここまで分かるんだか。
 なにはともあれ、
「ちょっとあんたたち、手伝ってくれるなら、あのオークやっつける方を手伝ってよ。詳しい事は後で聞かせてもらうけど」
 箒を手に立ち上がると、横に黒装束の小人が並んで構える。
「……………」
 無口で何も喋らず、五人の中で一番小柄だけれど、その静かな雰囲気はどこか頼もしく感じられる。
 こいつが手伝ってくれるのなら……建物の中にはまだオークが残っているだろうけれど、何とかなりそうな気になってくる。
 まあ……後ろの連中は役に立ちそうに無いんだけど。
『あいやまたれぇぇぇ!!』
 どうやってオークを履き倒そうかと考えていると、それまで夜の街中で騒々しく喋り捲っていた鎧姿の四人があたしの前で一列に並ぶ。
『戦いならばワイらにおまかせ。あの世の湖畔で交わした契り、いまこそ果たす時ぃ!!』
「ち、契りぃぃぃ!? うそ、あたし、あんた等とエッチしたって言うのぉ!?」
『そう、脳味噌を失っても魂が忘れない。あれは数日前の事だった――』
 リーダー格が喋ってる途中に金槌でばらばらに吹き飛ばされる。
『ワイら五人の、抑えることの出来ない欲情を、その身で一身に受け止めてくれたあの喜び――』
 その次は両手に盾を装備したチビ鎧が吹き飛ばされ、
『もはや身も心も捧げまくってた〜っぷりと精液を注がせてもらったワイらはあなたの虜――』
 最初に助けてくれた鉄球の鎧も斧の柄に落ちすえられてバラバラになり、
『死んではしまいましたけれど、新たに手に入れたこの鎧の体で姐さんのお力になります、いえ、ならせてください!』
 最後に槍を抱えた一体がものの見事に屋根まで飛んだ。
「いきなり出てきていきなり全滅かぁぁぁ!!」
 言葉につい力がこもる。せっかく援軍だと思ったらこの貧弱ぶりだ。状況に頭が追いついていないのに、ややこしくして勝手にやられた鎧たち。いささか無責任が過ぎるという物だ。
『あたたたた、早速やられてしもうたがな。まだこの体に慣れてないからの〜』
 あたしの足元に兜が一つ転がってくる。中身は空っぽで、何故かそれから声が聞こえてくるけど、もう構いはしない。
「………慣れてるとかどうとか、んな事はもう関係ない」
 位置も足元でちょうどいい。箒を構えたあたしは八つ当たり気味にそれを掃き飛ばした。
「いっけぇぇぇぇ〜〜〜!!!」
 飛んでいく瞬間、兜は何か言っていたようだけどあたしの耳には届かない。風をまいて飛んでいった鉄製の兜は、続けてあたしへ襲い掛かろうとしていたオークのアゴを下からかち上げた。
 仰け反り、地面へ倒れていくオーク。けれどもう一匹残っている。何か履き飛ばす物は無いかと周囲を見回すと、
「……………」
 一人だけ鎧を着けずに黒一色の服に身を包んでいる一匹が、掃きやすい位置へ別の兜を三つ置いてくれる。
『うわ〜、なにをする、やめれ〜〜!』
『死して屍拾うもの無しって言うけど、頭拾われてるで、ワイら』
『飛びましぇ〜ん、ワイは鳥や無いからお空はちょっとグッハァ―――!!!』
 問答無用。腰をひねって振り上げた箒で地面を三連撃。一人だけちゃっかり被害を免れている黒装束も、やっぱり中身は空っぽなんだろうかと考えながら「掃き」飛ばした兜は、オークの顔面、みぞおち、股間へクリティカルヒット。体の中央線に沿って兜がめり込んだオークはどこを押さえて悶絶すればいいのかわからずに仰向けに倒れると、そのままぴくりとも動かなくなってしまう。
「ありがと!」
 あたしが親指を立てて見せると、黒装束も同じ仕草で返してくる。黒頭巾の隙間から見える表情はやはり何もない。それは彼が……いや、ばらばらになった分も合わせて五人が人間などではなくモンスターである事を示していた。
 リビングメイル……意思を持ち、自由に動く鎧を総じてそう呼ぶ。鎧の下に装着者の姿は無く、死んだ戦士の魂が憑依し、滅びた肉体の代わりとなってさまようモンスター………のはずなんだけど、
『はやくぅ〜〜! 早くワシの体を元に戻してプリーズぅ!!』
『ちゃうちゃう、それは左手や。股間につけられたらワイのペ○スが人手型になってまうやないか!』
『お、この大斧は結構使えそうやな。貰っていこか』
 う〜ん……確か結構強力なモンスターのはずなんだけど、こいつら見てると全然そんな感じに見えないのよね……
 背が低すぎる事もあるだろうけれど、寸詰まりのリビングメイルたちは、いささか迫力と言うものにかけていた。鎧の一部のパーツが欠落していて、手足も短いし胴も短い。中身がないせいか兜も胴体へめり込んでいるし、ばらばらになった手足を地面に広げてあれこれしている姿には亡霊系のモンスター特有の恐ろしさよりも滑稽ささえ感じてしまう。
 さて……モンスターにしては珍しく、ちゃんと人間の言葉を話せるようだし、事情を聞くことにしよう。どうも、このリビングメイルたちとはオークやコボルトに感じたのと同じ、あたしとの契約による魔力のつながりが存在している。さすがにこれだけ変な連中と契約していたら覚えているはずなんだけど……
「……………」
「ん? どうかしたの、え〜っと……」
 黒装束のリビングメイル――鎧じゃないからそう呼ぶのは正確ではないのだけれど――があたしのメイド服を引っ張って建物の方を指差している。
 名前が無いと、こういう人と同じ形をしたモンスターには呼びかけづらい。ともあれ、指し示された方へと目を向けると―――建物の影へ、人影が引っ込んだ。
「―――あれってもしかして」
 モンスターだけで街へ攻め込んできたりはしない。攻め込んできたのはモンスターを支配する佐野の思惑によるものだ。
 けれど、佐野の下には人間の部下もいる。気を失いかけたあたしを倉庫の中で犯した黒いローブを羽織った奴等が……もしかすると、今のがそんな連中の一人なのかもしれない。
 確かめなければいけない。どうしてこの場にいるのかを……あたしは詰め所の横手へと駆け出そうとするけれど、壊された詰め所の入り口からの声にその足を止めてしまう。
「たくやちゃん、無事じゃったか。見かけによらず、なかなかやりおるのう。さすがは冒険者」
「衛兵長のおじさん! 中はもういいの!?」
「いや〜、オークの奴等、小便で濡らした雑巾で窒息させれば一発じゃった。やはり耳から白い虫が現われての、それを踏み潰した途端、オークどももおとなしくなりおったわい」
「やっぱりあの魔蟲が洗脳の……あ、それよりも今は急ぐから。今そこに怪しい奴が―――」
 怪しいのならあたしの足元に何匹も転がってるけど……とも言おうかと考えた。けれどその直後、あたしの全身に鳥肌が立つ。
「みんな、逃げてぇ!!」
「総員退避。詰め所の中から飛び出せぇ!!」
 オークを退治し終えた直後の安堵感が一気に吹っ飛ぶ。
 本能で何かを感じ取ったあたしと、同じタイミングで声を上げた衛兵長の指示に従い、素手で戦いボロボロになった衛兵たちが建物から外へと飛び出してくる。―――が、遅すぎる。
「くっ―――!」
 あたしが駆け出すのと同時に、詰め所の一部が轟音を上げて吹き飛んだ。下から上へ、篝火の明かりさえ届かない夜の空へめがけて、詰め所の壁や柱の構造材が舞い上がり、細かな木材や煉瓦の破片が頭上から降り注ぐ。
「な、なによこれ!?」
 建物を回り、壊れた箇所へと走って言ったあたしの目に飛び込んできたのは、更なる轟音を響かせ、その中にたたずむ巨大な人影だった。
 オーガよりもさらに巨大。あたしの二倍以上もある巨体で、手にした丸太そのもののような棍棒で立て篭りにも使える詰め所の分厚い壁を容易く打ち砕いている。
「いやがった! アイツだ、アイツが外のオークをやっちまったんだ!」
 突然の声は夜闇の中に影となって浮かび上がる巨体ではなく、その足元から聞こえてくる。―――モンスターではない、明らかに人間の声だ
「あんた、佐野の仲間でしょ。どうしてここに」
「うるさい! オークだぞ、俺のオーク小隊を全滅させちまいやがって、その上捕まえてた連中まで逃がしやがって! どうしてくれるんだ、俺が殺されちまうだろうが!!」
 錯乱している……あたしの声に耳を貸さず、男は腕を振り回す。その手に見覚えのある短杖が握られているのに気付くと、霧の大蜘蛛を誘拐犯が操っていた時の記憶が蘇る。
「それでモンスターたちを支配してたのね」
「うるせえって言ってんだろうが、この淫乱がぁ!! トロール、もうこいつら全員用無しだ。全部壊してぶっ殺しちまえぇぇぇ!!!」
 棍棒と呼ぶには巨大すぎる武器を振り回し、詰め所の半分を叩き壊した巨人がこちらを振り向き、赤く光る瞳であたしを睨みつける。
 岩の巨人、トロール。並外れた怪力と生命力を誇る亜人系の中では特に巨大なモンスターだ。それがゆっくりと体の向きを変え、天に届けと言わんばかりに棍棒を振り上げる。
「そうだ殺せ殺しちまえぇ!! お前がいれば俺は無敵だ、これからまた手柄を立てて下っ端を増やせば――」
 言葉を最後まで言い終わる事無く、男は姿を消した。―――トロールの振り下ろした棍棒の下へと。「全員殺せ」と言う命令に、自分も含まれていたとは最後まで気付かなかっただろう。
「――――――――――――――――――――――――――――――――!!!」
 支配から解放されたのか、それとも殺人衝動に目覚めたのか、トロールが月の浮かぶ空へ向けて声を震わせる。
 そしてゆっくりと視線を降ろした時……見つめられたあたしは、全身の血液が沸騰するような恐怖に襲われた。


stage1「フジエーダ攻防戦」34