stage1「フジエーダ攻防戦」22


『この辺かな?………あれ、結構固いな……あらよっと!』
 気合一発。天井から声が響くと、その天井を構成していた石が一個、増したに向けて勢いよく降ってくる。
 その石の代わりではないだろうが、ぽっかりと開いた穴からは石を蹴り落とした一本の足が飛び出ている。それはブラブラと左右に揺れるとえんやこらしょと天井の上へと戻っていき、今度はロープがするすると下ろされてきた。
 そして―――シーフ装束の男が食料庫の扉を背にするように、すとんと落ちてきた。
「―――着地! 十点満点!………最高だ。美少女を救いに魔物の巣窟の中、こんな場所にまで潜入してくるなんて……俺は今、最っ高に輝いている!!」
 潜入……と言う割には、石を落とした時の音や静かな通路に木霊する台詞付きの決めポーズ。騒がしい上に目立ちすぎだが、本人にはまったく気にする様子は微塵も感じられなかった。
「さ〜て、たくやちゃんを助けたら何してもらおっかな〜♪ なっぱりナニか!? こないだはちゅーと半端に終わっちまったし、やっぱりその時の続きを感謝に込めてって事で……「大介、頼りになるのはあなただけよ…ん〜……」…なんちゃってさぁ! どうしよう、俺、困っちゃうな〜ホント!」
 降ってきた男は妄想全開のまま自分の体を抱きしめ、右に左にくねくねと体をくねらせる。誰かが見ていたらこう言うだろう。―――不気味。帰れ。
「にしっても、なんで神殿の中ガラガラなんだ? せっかく二日前から忍び込んで、ヒーローになるチャンスをうかがってたってのに」
 傍目にはただのバカだが、戦闘になる事も考慮に入れ、腰の短剣以外にも煙玉や火薬球などを準備してきていた。だが、彼が目的とするたくやの囚われた食料庫前には見張り一匹いなかった。
「―――ふっふっふ、そうか、そう言うことか。この大介様の強さに恐れをなして、事前に逃げ去ったというわけか。いやいや、それならば俺も無益な殺生は好まないし、別に追っかけて狩りまくるってわけでもないけどな」
 バカの上に自信過剰と言う枕詞が着く事が人知れず確定してしまうと、大介はビシッと服を整え、大きく深呼吸を繰り返し、自分の姿のどこにも見苦しい場所が――本人的には――無い事を確認してから背後へと振り返った。
「たっくやちゅわぁぁぁ〜〜〜ん、助けにきたぜ〜〜〜―――べふぅ!」
 食料庫の扉に突っ込む勢いで振り向きざまにジャンプした大介。だが扉は無く、開け放たれた食料庫にダイブ、そのまま顔面から石床に着地した。
「い、いだだだだ。なんだぁ?」
 鼻先を押さえて起き上がった大介の目に、食料庫内の惨状が飛び込んでくる。
 一体何が暴れたのか。ゴリラが暴れてもこうはならないと言うほどに倉庫内の形あるモノは粉砕され、壁や床のところどころも砕け、陥没していた。
「え〜っと………おや?」
 小首を傾げても、光景が変わることは無い。当然、たくやの姿もどこにも無い。―――それに、
「ブヒブヒブヒィ!(いたぞ、あいつが犯人なんだな!)」
「ブ〜ヒブヒブヒブッヒブヒ!(野郎、ここまで来るとはいい度胸なんだな!)」
「ブヒヒヒヒ〜〜〜ン!(エサダエサダエサダエサダエサが食えるなんだな〜〜!)」
 食料庫前に何匹ものオークが殺到する。たくやがオーガと戦った時の音や先ほどの不快音で終結した見張りのオークたちだ。
「あの〜……お邪魔しました〜〜〜!」
 やばし……そう判断した大介は煙玉を床に叩きつける。
「ブヒィィィ〜〜〜〜!!(逃がすか餌〜〜〜〜なんだな!)」
「ブヒヒヒブヒッビキン!(上だ、天井にいった、そっちから臭いがするんだな!)」
「ブヒヒッヒブヒィィィ!!(俺はロースとカルビとタン塩でなんだな!!)」
 天井から響くドタバタと言う音を、石槍を手にした飢餓寸前のオークたちが追いかける。
『ひぇえええぇぇぇ〜〜〜〜〜!! お〜〜た〜〜す〜〜け〜〜〜〜〜!!!』
 そんな言葉がオークに通じるはずが無い。音と臭いを追ってどこまでも着いてくる大介の逃走劇は、まだ始まったばかりだった。




「―――――あれ? どこかで猿の悲鳴が聞こえたような……」
 ま、気のせいよね。猿なんてこの街にいるはずが無いし。
 街中に流れる川で纏わりつくザーメン臭を洗い流すと、橋の下に身を隠す。それから周囲にモンスターがいないのを確認し、近くの家から拝借したタオルで手早く体を拭く。
「臭いで気付かれちゃ元も子もないもんね」
 体にこびりついた精液が気持ち悪かったと言うのもあるけれど、コボルトやゴブリンは得てして鼻が利くもの。街中で全身からザーメンの臭いを漂わせて隠れていても、程なく見つかるのが関の山だ。
 ザーメンが根元にまで絡みついたので丹念に洗った髪をごしごし拭く。欠けられた量もものすごいし、時間も経ってる。お湯ならまだ良かったんだけど贅沢も言っていられない。
「あ〜あ…佐野の奴もあんな事させるんならお風呂ぐらい用意してくれててもいいのにさ、まったく……」
 と、これまた拝借してきたシャツとズボンを身にまと―――
「うあ……シャツに胸が入んない……」
 下ろそうとしたシャツの裾が、ものの見事に胸の上側で引っかかっている。男の時に来てたのと似たようなサイズを選んできたつもりなのに……
「ま、また大きくなったのかな……よっと」
 男なのに、これ以上胸を大きくしてどうすんのよ……と泣きたいところだけど、とりあえず無理やり押し込む。
 ……どっかで今度は大きめなのを拝借しよう。締め付けられてかなり苦しい。お尻もパンパンだし……
「デブじゃない、デブじゃないもん……」
 そういえば……この街に着てから、危険な目にはいっぱい会ったけど、運動はそれほどして無いかも……
 背筋に、なにやら冷たい汗が伝い落ちていく。
 ―――あれも食べた。これも食べた。……そのカロリーが全て胸やお尻に行っているとしたら、ものすごく恐ろしい結末が待ってる気がする……
 顔を右手で抑え、しばし俯き言葉を失う。それほどショッキングな想像を十秒ほど堪能させられてから顔を上げると、あたしは神殿のゴミ捨て場から見つけてきたライトブーツに足を通す。
 見つけてきたのは靴だけじゃない。ショルダーアーマーや左腕の篭手も同じ場所で見つけてある。残念ながらジャケットや、あたしが着ていた服は……着れる状態のもあったけど、生ゴミまみれでご臨終だったので、回収できたのはこれだけ。ポーチは中身を食い荒らされてボロボロだったし、武器の類は見つけることが出来なかった。
 水の神殿からの脱出は思いのほか簡単だった。出払っているのか、想像していたよりも見張りの数も少なく、加えてモンスターが近づいてくれば背筋に嫌な予感が走りぬける。ほぼ100%の確立で見張りの接近できる悪寒を頼りに、勝手知ったる神殿内を走り回り、あたしは裏庭から外へ逃げ出すことが出来た。
 けれど、残念な事に食料の類を何一つ手に入れることが出来なかった。神殿の食堂は言うに及ばず、街中のほとんどの家は荒らされ、食料はモンスターたちに根こそぎ食べつくされている。あれだけのモンスターの大群が街中を徘徊していたんだし、脱出した人たちも持って逃げたはずだ。そう考えると、捕まっていた時に生のジャガイモでもかじっていればよかったと今更ながらに思う。―――お腹を壊しそうだけど。
「さて……衛兵さんたちを助けないとね」
 色々あって自由にはなれたけれど、このまま街の外に逃げ出したって追いかけられれば捕まるのが落ちだ。なにしろ食料も武器も何も無いんだから、そもそも逃げようが無い。
 それに……まだ佐野をぶん殴ってない。あのメガネ顔を一発引っ叩かないと、気が全然おさまりゃしないし。
 ともあれ、ここから移動だ。半袖のシャツから伸びる左腕を覆うように篭手を装着すると、あたしは肩鎧を抱えて物陰から物陰へと隠れながら進んで行く。
 広場であった衛兵のみんなが捕らえられているのは大体の予想がついていた。
 最初、捕らえられた人たちは街で最も大きな建物である神殿とは別の方向から連れてこられた。神殿前広場から続く道は南門に向かっており、その間にあって大勢の人たちを捕らえておけそうな場所は限られている。
 となると―――


「………やっぱりここね」
 衛兵詰め所。この街で犯罪を犯した者が引っ立てられる場所だ。安直かと思っていたけれど、篝火を炊いた建物の周囲にオーガ十匹近くにトロールまでいては、ここに捕らえていますと言っているようなものだ。
 一応ここには、街へ入る際に預けた武器を受け取りに来た事がある。だから受付から見た大体の間取りは覚えているけれど……さすがにこれだけ警戒が厳しいと、シーフでもなければ中へ入れそうもない。
「ったく……あのスケベな馬鹿シーフは今頃どこでなにしてるのやら……」
 手伝ってくれれば、そうね……胸までくらいなら触らせてあげても……いや、前言却下。アイツに手伝ってもらったりしたら、末代までたかられるに違いないんだから……
 ともかく、今はあたし一人でみんなを助け出さなくちゃいけない。そうなるとやっぱり準備が―――
「………ブヒッ?」
 ―――やば、見つかった!?
 偶然、遠く離れた場所にいるオークの一匹と視線が合ってしまった。
 とっさに顔を引っ込めたし、こう暗いんだから、きっとばれてはいないと思う。――けど、ここにこれ以上長居をしない方が……

―――ドンガラガッシャンシャン!!

「ブヒブヒブヒッ!!」
「ブヒィ〜〜! ブヒィ〜〜!!」
「ブヒッ、ブヒヒィ〜〜ン!!」
 ああああああっ! な、何でこんな時にゴミ箱を蹴り飛ばしちゃうかなぁ!!
 これで確実にこちらの居場所がばれた。何匹かのオークの足音があたしの方へと近づいてくる。
 それを素直に待つつもりも無い。あたしは蹴り飛ばしたゴミ箱を飛び越えると、唯一の手荷物であるショルダーアーマーを体の前に強く抱きしめ、衛兵詰め所から離れるように路地を駆け出した。
「ブヒヒン、ブヒヒン!」
「ブヒッヒッヒッヒ!」
 ―――ええい、しつこい! どうせ追ってくるのはあそこにいた全部のオークってわけじゃないんだし……戦う!?
 狭い路地では一対一でしか戦えないから、オークが相手でも戦い方次第ではどうにかなる。でも、あたしの手にはオークを倒せそうな武器が何一つ無い。篭手をつけた手で殴ればそれなりに痛そうだけど、半豚のモンスターの前ではあまりに心もとない。
 こういうときに役立つのが魔封玉に封じられたモンスターたちだ。―――けど、今はどのモンスターも呼び出す事ができない。
 蜜蜘蛛――食料庫であたしを助けてくれた蜘蛛――は、魔封玉に戻る事無く、そのまま姿を消してしまった。だから、あたしの手の中に今あるのはコボルトが封じられた黄玉石とオーガが封じられた紅玉石の二つ。でも、調子を落としていたコボルトも、大怪我を放置して死にかけていたオーガも、あたしの呼びかけに応じてはくれず、魔封玉からも二匹の生命力を感じることが出来ない。
 ―――となると、あたしに残された手段は契約のみ!……と言いたいところだけど、オークだけはイヤ。絶っっっ対にイヤッ!!! 精神世界での修行でオークに輪姦されて、完全にトラウマってます、あたし。
 けれど、よく分からない路地を滅茶苦茶に走って逃げてはいても、オークたちの足音は少しずつ近づいてきている。
 今日の昼ごろにちょっと摘んだだけで、ずいぶん前からろくに食事もしていない。もう体力は尽きかけている。―――さすがに飲まされた精液がろくな栄養になるとは思えないし、なっても絶対消費カロリー以下だろう……
 向こうがどうかは知らないけれど、下手すればあたしはあいつらの慰み者か餌になってしまう。……つまり、目の前のあたしを死に物狂いで追いかけてきているのだ。
「捕まってたまるもんですか。くらえ、ゴミ箱クラッシュ!」
 逃げる途中で一回転――追ってくるオークが三匹いるのを確認――し、あたしは置かれていたゴミ箱をオークたちめがけて蹴り飛ばす。
「ブヒィイイイィィ〜〜〜〜………!!!」
 よし、一匹倒した!
「ブ…ブヒイィィィイイイイイイイイイイッ!!」
 あれ?……もしかして…ものすごく怒ってる?
「ブヒィ!! ブヒブヒブヒッ、ブヒィ〜〜〜〜ン!!」
「ブヒィン、ブヒィンブヒヒィィィン!!!」
 うわ、ちょっと……ゴミ箱蹴り飛ばしただけでそんなに怒らなくても〜〜〜!!!
「ひょえぇぇぇえええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 走る。
 とにかく走る。
 捕まったら慰み者の末にエッチのし過ぎで腹上死決定だ。
 男でそれならまだいいけれど、女でエッチでその死に方だけはいやだ。
 夜の闇が充満した細い路地を駆け抜ける。
 あれだけお腹の出たオークたちがどうして通れるんだと思いながらひたすらに駆け抜ける。
 右へ左へまた右へ。勢いを緩めぬまま何度も曲がって折れて追いかけられる。時折ゴミ箱を飛び越え、着地したらまた走り出す。
 足がもつれようが蹴躓こうが、止まれば一巻の終わりだ。
 あたしはこんなに早かったのかと自分で驚くスピードは、それでも少しずつ、疲労の蓄積と共に遅くなり、リズムよく地面を蹴りつけていた足がだんだんと重くなっていく。
「くっ……ハッ、ハァ、ハァ、ハァ……ツぅ………!!」
 逃げなければいけないと思う意思とは裏腹に、体力が尽き、疲れ果てた体は路地の最中で跪いてしまう。がっくりと頭を垂れ、酸素を求めて喘ぐあたしの背後に、こちらが動けないのを知って悠然とオークたちが近づき―――


 ―――ふぁ、ファイヤーボール!!


 ………なんだか頼りない魔法発動のキーワードが聞こえた直後、あたしの背後で爆音が響いた。
 強烈な爆光と熱い風とがあたしの横を通り過ぎ、もうこれ以上何も起こらないのを確かめ、そ〜っと後ろに目をやると……オークが二匹、ものの見事に丸焼けになっていた。
「先輩、急いでください。私の攻撃じゃすぐに目を覚ましちゃうんです!」
「え?……あ……………うん」
 オークを魔法で吹き飛ばしたのはあたしよりもやや年下の印象を受ける声をした女の子だった。その娘に手を引かれ、さっきまでよりも少し緩やかなスピードで路地から抜けると……建物を薙ぎ払われ、街の一角にぽっかりと空き地が広がっていた。
「………ちょっと待って。ここって娼館があった場所じゃ……」
 そう……そうだ。確かにここには娼館があったはずだ。娼館を中心に他にも何件か潰されているけれど、通りに並ぶ幾つかの店には見覚えがある。それに傍に寄れば、空き地となった場所の中央はぽっかりと穴が開いていて他の地面よりも低くなっている。普通の家なら五・六軒すっぽりはまりそうな大きさの四角い穴の隅にはステージらしきものの跡が残っていて、そこが娼館の地下ステージだった事を今でも示していた。
「街に入ってきたモンスターたちが破壊していったんです。山のように大きいのとかが……私…そんな時でも魔法が上手く使えなくて、何も出来なくて……」
 この声……まさか、まさか……!
 ある確信を胸に、あたしは助けてくれた少女に視線を向ける。それを察し、手にした杖に明かりの魔法をかけた少女の顔は、
「―――綾乃ちゃん!?」
 もう避難していただろうと思っていた、娼婦見習いの女の子だった。
「はい。よかった……魔法がちゃんと使えて、今度は助ける事が出来ました。きっと、先輩が色々教えてくださったからですね」
 今、そんな嬉しそうな笑顔を見せられたらあたしも困るんだけど……
「いやいやいや、そうじゃないでしょ。綾乃ちゃん、なんでここに!? 街の人はみんなどっかへ避難したんじゃなかったの!?」
「その……街の人はみなさん避難されたわけじゃないんです。体の不自由な方もいらっしゃいますし、私はその人たちをここにお連れするお手伝いをしてて……ともかく中へ。先輩に会わせたい方もいらっしゃいますから」
 そう言うと、綾乃ちゃんは娼館跡地の大穴の隅に積まれた瓦礫の方へと歩いていく。それからそ〜っと足を伸ばし……
「きゃあっ!」
「あ、危ない!」
 間一髪……斜面と化した瓦礫を滑り落ちそうになった綾乃ちゃんをギリギリのタイミングで背後から抱きしめる。
「はぁ……危なっかしいのは変わってないんだから」
「す、すみません……それで…あの……申し上げにくいんですけど……」
「? どうかしたの? あ、もしかして足をくじいたとか?」
「いえ、私はどこも怪我をして無いんですが……いえ、えっと、でも…先輩がそうされたいのでしたら、私は……」
「???」
 どうも綾乃ちゃんの言葉がおかしい。背後から抱きついているので表情が見えないけど、声には戸惑いとも恥ずかしさとも取れる色が感じ取れる。
「―――――あ」
 あたしが男だって知ってる綾乃ちゃんだ。抱きしめられれば恥ずかしいと思うのは当然だろう。―――が、最大の原因は別のところにあった。
 あたしの右手が……綾乃ちゃんの小ぶりな乳房を、服の上から包み込むように揉んでしまっている。しかもとっさのことだったので、かなり強く指を食い込ませて、ふにっとした心地よい弾力の感触が手の平全体に伝わってきてしまっていた。
「ご………ごめんなさいっ!」
 慌てて手を離し、後ろに跳び退った。が……あたし、何度か指を動かしちゃってたんだけど……
「いえ……気に、なさらないでください。それじゃ、い、いきますから」
 明かりを灯した綾乃ちゃんは、あたしへと振り返る事無く、非難の一つも口にする事無く、ギクシャクした動きで瓦礫の斜面を降りて行く。さすがに気まずいけれど、放っておいたらまたこけそうな綾乃ちゃんを放っておくわけにはいかず、あたしもすぐに捕まえられる距離を保ってその後へ付いていった。
「えっと……確かこの辺に……」
 一足先に、元は地下だった場所へ降り立った綾乃ちゃんは、杖の先でこつこつと地面を叩いて回る。
 そしてある一点で、その音が変化する。それまでの鈍い音ではなく、よく響く、その下が空洞である事を示す音だ。
「ここ、ここですよ先輩。この下にみんないるんです!」
 そのポイントを見つけた綾乃ちゃんは、小さなお下げに下髪を揺らしながら嬉しそうにあたしへと振り返り……すぐにそっぽを向いてしまう。
「す、すみません、私……」
「あ……」
 やっぱりもう一度謝っておいた方がいい。なんか妹のような感じさえする綾乃ちゃんに、こうまで嫌われたら……と思っている間に、変化は起こりだした。
 地面が小刻みに震える。――が、地震じゃない。小規模だし、それにこれはまるで地面の下で何かが動いているような振動だ。
 その間に、綾乃ちゃんの立ち位置の傍でも変化が現れる。先ほど杖で叩いたあたりの地面が振動のリズムに合わせてゆっくりとスライドしている。
 そして、振動が収まる頃には、その場所には人が同時に二人は入れそうな穴がぽっかりと口を開けていた。
「先輩、こちらへ。先輩をお待ちになっている方もおられますからお先にどうぞ。少しでも早くお顔を見せてあげてください」
「待ってるって……だれが?」
「それはお会いになられてからの方が……」
 少し困った顔で微笑む綾乃ちゃんを、これ以上追及するのはかわいそうだ。それに胸を揉んじゃったことはあまり起こってないようだし……先に下りればいいのね。
 穴の中は下に向けて階段が伸びていた。明かりは入り口に立つ綾乃ちゃんの杖だけで、下に行くほど暗くなる足場でこけない注意しながら先へ進むと扉があり、戸惑いはしたけれどそのまま押し開いた。
「……………あ」
 扉の中にはかなり大きな部屋になっていた。天井は低いものの、壁や床、天井などには木製のパネルが一面に張られていて、一見すればとても地下室とは思えないつくりだ。
 ―――が、あたしが目を奪われたのはそんなことじゃない。入ってすぐにある受付と思しきカウンターに立つ美女は、娼館内でよくあたしの世話を焼いてくれた娼婦の一人。そしてそのカウンターからあたしを振り返ったのは………
「し、静香さん!? なんで? なんで、なんでぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!?」
「………………………やっと…会えたね……たくや君…♪」
 驚きの声を上げて、ただただ驚くだけのあたしを、静香さんは優しい笑みを浮かべて迎えてくれる。
「まあ……その………よかった。本当によかった……」
 王女様が何でここにいるのか、もうその事に驚いて、呆れて、口に出す言葉も残ってない。今喋ろうとしたら綾乃ちゃんやみんなの事も含めて「なんで」と訪ねる事しかできないような気がしてきたし。
 それでもあたしは嬉しかった。みんなが避難していなかった事よりも、みんなが無事でいる事を確かめられた事が、なによりも嬉しいことのように感じられて、安堵の吐息をつきながらその場にゆっくりと崩れ落ちてしまった―――


stage1「フジエーダ攻防戦」23