第七章「不幸」02


「僕はさる王国のお抱え地質学者で佐野といってね、世界中を旅してより精密な地図を作る傍ら各地の土地質を調べたり特産物を調べたりしているんだよ。はっはっは、いや、いや、非凡な僕にだからこそ出来る仕事ではあるんだけどたいした事は無いよ。おかげで公費で豪遊できるし各地の美女とお近づきになれるんだからいい事尽くめだしね。そうだ、僕の事は佐野先生と呼んでくれたまえ。君さえよければ「ご主人様」でも「あなた」でも構わないよ」
「いや…えっと…それじゃあ佐野先生とお呼びしますね」
「遠慮する事は無いんだよ。さあ、僕への愛を込めて「ご主人様」と呼んでくれたまえ。隠すつもりだったけれど僕は貴族の生まれでね。全身から立ち上る気品と言うものだけはどうしようもないんだ。そもそも地図作成と言うのは国益につながるもので、王都の大学を主席で卒業した僕だからこそ勤まる仕事なのだよ。はっきり行って自分が恐いね。気品と知性、そして美貌を兼ね備えた僕はまさしく世界の王にふさわしい――」
「佐野先生、階段はこちらになりますので」
「そうだったね。君の愛を独り占めできる嬉しさで少しはしゃぎすぎていたようだ、ははははは」
 あたしは全然嬉しくないって……あぁ…欝だ……
 始終こんな調子で、あたしの肩を抱いた佐野と名乗る男は口を開けば自慢話か、いかにも薄そうな「愛」と言う言葉しか出てこない。しかも暗い面持ちをしているあたしの様子に気づく事無く次々とまくし立てるものだから……幸せなんだろうね、この人はこれで……
 だけど、思いっきり注目を浴びるのは困りものだ。地価ステージから階段へは建物内の通路を使えば目立たず移動も出来るのに、わざわざあたしを見せびらかすかのように客の集まる正面ロビーを通るんだから……
 だけど……これも金貨百枚のため。我慢…今はぐっと忍耐の時ぃ……!
「おやおや、どうしたんだいルーミット。君は僕の天使なんだから常に僕へ微笑みかけてくれなくちゃ」
「あっ…すみません。あたし……恥ずかしくてお客様のお顔を見れないんですぅ……」
 ううう……背筋に震えが走る……なんか悲しすぎて涙が溢れちゃいそう……
 前もってミッちゃんに教わっていた返し言葉を口にしてしまうと、まさに欠片ほどしか残っていなさそうな男のプライドがジンジンと痛んでしまう。こんなことになるなら、お金をケチらずにどこかの宿屋へとまればよかった……そこまで思いつめるほど、辛い涙をこらえていると、緩やかにカーブを描いた大階段を上りかけていたあたしの体を佐野先生が強く抱きしめた。
「ああ、許しておくれ、ルーミット。僕は…僕はなんて罪作りな男なんだ!」
「………へ?」
「君の思いに気づかずに、そんな思いを抱かせていたなんて僕は男として失格だ。この身が地獄の業火に焼かれて冥府に落ちたとしても、君のように美しい女性を―――!!」
 な…なんか力説してるけど……これはもしかして、なんて言うか…スゴく嫌な予感がするんですけど。
 変な部分でスイッチが入ったらしい佐野先生はロビー中の注目が集まるのにも構わず、まるで舞台役者が台詞を口にするように高らかに声を上げる。左手を胸に、そして客席に見立ててるのだろうか眼下のロビーへと芝居がかった動作で腕を伸ばし、その手を戻すとあたしのアゴへと指をかけ―――
「さぁ、今すぐ僕らの愛の契りを交わそうじゃないか。誰にはばかる事は無く、今、この場所で」
「ん―――っ!?」
 佐野先生の唇に塞がれてしまうあたしの唇……一瞬なにが起きたか分からず、間近に見える男の顔を見て唇を奪われていると気づいた時には背中と頭に手を回され、もはや抵抗しても無駄な状況になってしまっていた。
「んっ! んんん、んんんんんっ!!」
 あたしの体がビクッと跳ね上がり、次第に全身から力が抜け落ちていく。
 最悪の状況だ。……常に体が火照りを帯びていたあたしは舌をからめ取られただけで胸を震わせてしまい、乳房をグイッと押し付けてしまう。
 こんな相手にされるのは嫌なはずなのに、上をむけさせられた唇から音を立てて唾液をすすり上げられ、同時に空気まで吸い上げられては、感じずにはいられない……嫌悪感と抑えきれない肉欲の火照りが混ざり合い、どうして溢れるのか分からない涙をこぼしながら男の服をギュッと握り締めてしまう。
「ああ……あ………」
 長い…キスだった……
 まるでヘビのように長い舌に口腔を嘗め回され、ズルリとそれを引き抜かれたときにはあたしのアゴは幾筋も零れ落ちた涎で濡れており、口元を吊り上げるように笑う男を前にして恍惚とした表情を浮かべてしまっていた。
「さぁルーミット…君の全てを見せておくれ」
「や…い、やぁ……」
「大丈夫、力を抜いて。全て僕に任せてくれればいいんだから」
「いや…こんな場所で…そんなの、恥ずかしい……!」
 ロビーのざわめきはあたしの耳にも届いていた。
 いきなり始まった階段上でのキスシーンに、客の中からはショーか何かと思っている人もいるらしく、困惑の雰囲気の中からはあたしを早く脱がせるように佐野先生を煽る声も聞こえてくる。
「ほら、聞いてごらん。あそこにいる凡俗どもも僕たちの愛の絆を見たいといっているよ。ならば見せ付けてやろうじゃないか」
 軽く胸を押されると、幅の狭い階段を踏み外したあたしは倒れるように背後の手すりへもたれかかる。そして――動けなくなってしまう。
「えっ……な、なんで……」
 後ろ手で手すりを掴んだ両手が動かない。まるで糸で縛り付けられたみたいに……いや、実際に糸で縛り付けられていた。手の甲に目に見えない細い糸が食い込んでいて、動かそうとするたびに小さく鋭い痛みが神経に突き刺さった。
「っ……!」
「本当にすまない。君に手荒な真似はしたくないんだよ。だけど…君がいけないんだ」
「やあっ!」
 佐野先生の手がスカートをめくり上げる。その直後、愛液でうっすら濡れた太股を空気になぞり上げられ、あたしの唇から悲鳴が迸った。
 そこはもう、大とはいかないまでも十分にびしょ濡れの状態だった。
 履き慣れていない娼婦用の下着……裏が透けるような白いシルクの薄布にフリルまでついたパンティ。それを彩るように腰につけたガーターベルトと肌色と溶け合って思わず触れたくなるような光沢を放つ白いストッキング。そんな物を身につけたあたしが……興奮しないでいられるわけがない。男を誘惑する下着を服の下に着込み、大勢の男の目に触れるステージの上で、あたしの胸は張り裂けそうなほど大きな鼓動を繰り返し、下着を内側から圧迫しながら熱い液体を溢れさせていたのだ。
 それを見られた……佐野先生一人だけじゃなく、ロビーに大勢いる男性にも、娼婦の人たちにも……
「くぅ……!」
 見ないで。そう叫びたいのに声が出せずにいるあたしは言葉を飲み込むようにキツく目を閉じ、顔をロビーとは反対に背けた。―――けれどそれを許さぬと言うかのように、濡れて股間に張り付いた下着の中央へ佐野先生の指がすべる。
「あああっ…んっ、ああっ! だめ…ダメぇ…そんなに…されたら、あたしっ…あっ!! そ、そこだけは…うぁあああッ!!!」
 体を駆け巡る重たい、時には鋭い喜悦の衝撃に、あたしは段違いの階段を踏みしめる両足をガクガクと震わせる。
 陰部をひと撫でされるだけで愛液が迸った。ひざまずき、あたしの股間へ顔を寄せた佐野先生はそのたびに嬉しそうに肩を震わせ、一本だけ立てた指先を下着を食い込まされたスリットへ滑らせる。
「あああッ!! あああああっ!!!」
 あたしの周囲に湿った空気が立ち込める。風もなく、流されずに充満し始めた熱気で肌に汗をしっとりかき始めたあたしは、首を仰け反らせて短い髪を振り乱し、何人もの視線の集まる股間を隠すように太股を閉じあわせる。
「何をするんだ。こんなにも美しいものを隠すなんて!」
 そう叫ぶや否や、それまで撫でるだけだった佐野先生の指は下着をむしる様に横へとずらすと、右手の指全てを、人差し指だけじゃなく親指から小指までの五本の指全てを膣口へねじ込もうと押し込んできた。
「ひ、いあああああっ!!」
 壊れる、そんなにされたらあたしのおマ○コが…あっ…メリメリ言って…やっ、だめ、許してえええ!!
 右手全てを差し込むようなものだ。そんなの、窮屈と言われるあたしのおマ○コへ入るはずも無い。――けれど、準備だけは整っていた膣口が限界以上に広げられ、指ドリルを強引にねじ込まれるたびにヴァギナは悲鳴を上げて収縮しようとし、暴れるように痙攣を繰り返した。
「ひあっ! いや、やめて、やめてぇぇぇ!! はいらない、そんなの…無理っ、だからあああっ!!」
「じゃあいい子にしていたまえ。君は僕のものだ。金貨百枚で買われた僕だけのルーミットなんだよ! 僕はね、何事も思い通りに言ってくれなくちゃ困るんだよ。僕のものが、僕に歯向かうなんて許されない事なんだよ!」
「いぁああああああっ!! はあっ、ああっ、あっ…あっ! ふあ…ふああ、ゆ、許し――」
「だからね、思い通りに行かなければ壊してもいいんだよ。ほら、いい子にするならやめてあげるよ、ルーミット!」
「くあっ! だ、だめ…はいっちゃ…ううううっ!!」
 そんな……娼婦だからって、こんな扱い…ひどい……ううう……っ!
「許して欲しければ誓うんだよ。ほら、神父じゃないけど証人はたくさんいる。ここで僕に一生尽くすと誓うんだ。ココに僕のものを受け入れて」
「きゃううううっ!!」
 五本は無理でも二本……いきなり本数を減らし、ヴァギナへ突き刺さった指を締め付けながらあたしは大量に吐淫してしまう。
「僕のザーメンだけを受け止める女になると誓うんだ。さあ、さあっ!」
「うあっ、ふあああっ! イヤ、イヤ、そんなのイヤあああっ!! 許して、いや、許してえええっ!!!」
「ふっ…ふははははははははっ!! そうか、僕がこんなに寛大になってやってるって言うのにイヤだと言うのか。――ならいいよ。壊れたまえ。僕以外の男に抱かれるというのなら、壊れてしまえ、ルーミット!」
「くあ……! も…入れちゃ……んクウぅううううううっ!!」
「僕は悲しいよ。一目見て気に入った女性はいつもこれだ。金で買われたのに僕に逆らい、こうして壊れて行くんだ。こうして、、こうして、こうして!!!」
 右手に左手を加え、この場から動けないあたしの女性器に指がさらにねじ込まれる。二本から三本に増え、四本、五本と、増えるたびに悲鳴を上げる膣口をそれでもまだ押し広げ、怯える膣壁へ指先を食い込ませる。
「ひっ…あっ、あああああっ、うぁぁぁああああああああっ!!!」
 本当に…壊される……まるで膣壁を引き裂くような指使いに全身がのけぞり痙攣した。だと言うのに、ヴァギナは押し込まれるたびに愛液を染み出させ、アクメに達する前触れのように内側へ向けて収縮を開始し始めていく。
「ああ…愛しいルーミット。これで最後だよ。最後に…君の悶える姿を見せておくれ!」
―――グリッ
「あいっ…あっ…あ……―――――――――ッッッ!!!!!」
 ブシャッと愛液のしぶく音が鳴り、あたしのヴァギナが跳ね上がる。膣内で絡み合った指を余さず締め上げ、淫らに肉壁を蠢かせながら、子宮まで無理やり近づいてくる指のもたらす痛みに喉を逸らせて声にならない悲鳴を上げた。
 そして同時に感じたのは魔力の流れだ。空間に構築された魔導式が発動し、その効果が熱を伴ってあたしの…膣内へ……
「内側から焼き尽くしてあげるよ――」
 もう……ダメぇぇぇええええええっ!!!
 恐怖のあまり、目を開く事も出来ない。全身は硬直し、直後に襲い繰る攻撃魔法に膣の内側からを吹き飛ばされる苦しさを想像して、脳裏に眩いばかりの火花が炸裂する。そして―――


「あんたら、プレイは部屋でしろぉ!!!」


 ゴスッ!!!
 痛みよりも先に聞こえてきたのは、重いものが肉に叩きつけられる鈍い音だ。
 その直後、まだ事情を飲み込めずに男の体が視界の横へと吹き飛んで行く光景を見つめていた耳に怒声が突き刺さった。
「え……あ、あれ? なに、いったいなに?」
 なんていうか……よく事情が飲み込めないんだけど……
「ル〜〜ミッ…トォォォォ?」
「ひっ!! え…あ、ミッちゃ……じゃなくて、ミントさん……」
 腹部に何かの直撃を受けて階段上方向へと倒れこんだ佐野先生と階下とをおろおろ見回していると、なにやら鬼の形相を浮かべたミッちゃんが肩を怒らせてあたしの方へとやってきた。
「あの……助けてくれた…んだよね?」
「そんなわけ、あるわけないでしょうがぁ!」
「ひえええええっ!」
「あんたは娼婦の心得を読んでないの!? 客とエッチをするのは一般大衆の目に触れない場所、個室、もしくは森などの視界が悪い場所に限られるって、書いてあったでしょ!!」
「そ、そういえば読んだような……」
「ほ〜う…それを知っててエッチしてたのね。言っとくけど、出入り自由のロビーも当然エッチしちゃいけない場所なんだけどぉ? ま、淫乱なルーミットちゃんはお客に襲われたら待ちきれなくて、娼館の営業取り消しを食らったって、どうってこと無いんでしょうね、エッチさえ出来れば」
「違う〜〜〜!!! あたしは被害者、ほら、身動きできないように手を縛られてるんだってば!」
「ん〜〜〜?……あ、ホントだ」
 遠くから見れば、あたしが無抵抗に佐野先生の責めを受け入れていた用に見えたかもしれない。なにしろ手を縛っている糸は極細で結構丈夫だ。どこからともなくミッちゃんが取り出した小さなナイフで切ってもらうまで動かす事は出来なかったし、食い込んだ部分は皮膚が何箇所か裂けていて血がにじんでいる。
「それほど大きな怪我じゃないし、治療の魔法も後でかけてあげるとして……娼婦への狼藉を働いた男の言い分を聞いてみようかね」
 疑いの晴れたあたしから、今度はまだお腹を押さえて苦しんでいる佐野へとミッちゃんの視線が移動する。
「な、なにが狼藉だ! ルーミットは僕の物だ。僕が一万ゴールドで買ったんだ。だったら何を使用が僕の自由じゃないか!」
「………はぁ。まったく、未だにこんなバカがいるとは思わなかったわ。時々いるのよね、「金さえ出せば何してもいい」って思い込んでるバカ男が」
「バ…バカとはなんだ! 僕は王都の大学を首席で卒業し――」
「常識はずれだって言ってんのよ、こっちは! いい? 一回だけ常識知らずのバカ男に教えてあげるけど、娼館であろうとなかろうと、殺人や麻薬等の犯罪行為は一切禁止! プレイはあくまで両者の合意! 娼館で売るのはサービスだけなの、よく覚えておきなさい。人身売買は法で厳しく禁じられてる、そんなことも知らないの!?」
「うっ…ううう……」
 強気で出てくる相手には弱いのか、佐野はミッちゃんに何も反論できない。
 いいぞミッちゃん、もっとやれやれ♪
「当娼館は常識ある方のみとご商売させていただいております。――それが分かったら、それ持ってとっとと帰りな!」
 指差したのは佐野のお腹に直撃した袋だ。投げつけられた際に紐が緩んだ袋の口からは金色の輝きを放つコインがあふれ出ている。
「く…くそ、覚えてろよ!」
 まさにお決まりの台詞を吐いた佐野はずれたメガネを掛け直し、こぼれた金貨をあたふたかき集めて袋に戻すと、一度だけあたしとミッちゃんに怒りに燃える視線を投げかけて階段を下り、集まっていた男性客や娼婦を押しのけて外へと出て行った。
「言っとくけど、見てみぬ振りしてた男たちも同罪だから。罪には問わないけど肝に銘じておいてよね!」
 ミッちゃんが最後にそう言い放つと、あおっていたりいたたまれなくなった男が数人、佐野の後を追う様に娼館から出ていく。そして巻き起こったのはミッちゃんの啖呵を褒め称える拍手喝采の嵐だ。
「いやぁ、どもども。―――さて、たく…じゃなくてルーミット。怪我を治してあげるから奥に行くわよ」
「うん……ありがとうね、助けてくれて」
「いいっていいって。これ以上褒められちゃうと照れちゃうってば♪ それに反則金のお金を数えてて私もちょっと遅れちゃったしさぁ」
 …………反則金? なんか耳慣れない言葉が出てきたんだけど……
「娼婦を抱くのに金貨百枚ってあまりにも怪しいじゃない。それで一枚一枚本物かどうか調べてるときに知らせを受けたんだけどね」
「うんうん」
「そしたら百枚返すわけにはいかないじゃない。ルールを破ったのはあっちなんだし、ほとんど強姦だもんね」
「それもそうよね。あんな乱暴なことされて、ただで返すのも…思い出したら腹が立ってきた。あたし、やられ損じゃない!」
「そうでしょそうでしょ。だから娼館のルールを破った客からは反則金って言って罰金取るの。それを数えてたら遅くなったのよ」
「ふぅん……じゃあ」
 あたしはピタリと足を止めると、ミッちゃんの服の裾を握り締める。そして何事かと振り向く彼女に満面の笑みを向けるとこう言った。


「あたしの取り分、あるのよね?」


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