第三章「神殿」裏2


「――ふぅん、神殿で僧侶をしながら娼館でも働いてるんだ」 「そう言う事。では改めまして、フジエーダ唯一の娼館「女神の泉」にようこそ〜〜♪」  歓迎されても……嬉しくないし、なんか複雑だな……  予想外にみっちゃんと娼館で顔を合わせてしまったものの、彼女がお世話になった孤児院へ寄付する為との説 明を受け、一応は納得した。が、全部が全部納得の出来るものじゃないのも確かな事だ。  昼間の僧侶服とは異なり、今のみっちゃんは形良く膨らんだ胸の形がくっきりと浮かび上がるほど体にフィッ トしたドレスを身に纏っている。しかもここ数日良く顔を合わせていた美少女は胸にブラを着けていないらしく、 吸い付く様に胸のラインを浮かび上がらせているドレスの布地にはくっきりと固く尖った乳首の形が浮き上がっ ていた。  三つ編みを解き、陽気ではなく色気をかもし出すみっちゃんの姿をあたしは直視することが出来なかった。話 す時でも可能な限り胸を見ない様に注意してはいるけれど、少し赤みを帯びた表情を見ているとどう言うわけか 落ちつかない気分になり、裏のカウンターから通された応接室のソファーに座ったあたしは所在なげにモジモジ と体を揺すってしまう。 「いや〜、たくや君の事だから迷子にでもなっちゃったかと思ったわよ。たくや君が宿舎を出てから先回りした のに、いくら待っても全然来ないもんだからお客さんも取っちゃったし」  お客って……やっぱり男の人…よね。ここって娼館なんだから……  みっちゃんの喋りはいつもと変わりなく、あっけらかんとしたものだ。けれどそう言う口調のままで胸の下で 腕を組まれたり、足を組みかえられたりすると……あたしとしては気恥ずかしいやら緊張するやら。 「んんっ? たくや君、なんか妙に顔が赤くない? 昼間の疲れでも出たの?」 「あ、いや、なんでもない、なんでもないのよ、これ。あはははは♪……ハァ」 「そう? じゃあとりあえずこれに目を通してくれるかな。たくや君が娼婦になるって言う契約書」  何処からともなく差し出された紙を受け取ったあたしは恐る恐る紙に目を落とす。  書かれている内容は簡単にすると次のようになる。  まずは娼館ギルドに娼婦として登録する事。これは国や街の風紀の乱れを最低限に抑え、違法な商売を行いに くくする為の処置だそうだ。一つの街で長く働くのならともかく、国中を旅する冒険者が娼婦を兼業する場合に は特に強く求められているみたいだ。  登録を行うには登録を行う娼館の責任者による「女性」としての魅力の判断。そして娼婦としての適性を見るた めに五回前後のトライアルが設けられている。――との事。  その次には娼館のシステムの説明書きも付いていた。  娼館でのサービスは各店の独自性が認められているけれど、共通しているは「秘密の厳守」。――それは客のプ ライバシーであったり、娼婦の身元と言うのもその中に含まれている。  例えば、あたしが回りまわってやってきた娼館の裏口。あそこに到達する間にも幾重もの結界が張られていて、 娼婦や娼館の内情を探ろうとするものがいても決して辿り着く事は出来ない。あたしの場合はみっちゃんに手渡 された地図がそのまま入店許可の印になっていたらしい。  また店内にも認識阻害という特殊な魔法が施されていて、「源氏名」もしくは「ハンドルネーム」を名乗る限り、 例えあたしを知る人物が客として訪れても「たくや」と「源氏名をなのるたくや」を同一視する事が出来ず、他人だ と思いこんでしまうらしい。  この認識阻害は裏口から入った人間を関係者とする為に効果が無く、なるべく娼婦をしている事を人に知られ たくないあたしにしてみれば最低限の人間にだけしか正体がばれない至れり尽せりの効果だ。けれど人の意識に 働きかける魔法なだけに洗脳や意識破壊を防ぐ為に強制力は低く抑えられていて、媒介となる名前を結び付ける ――正体を明かす――事で効果が解ける、正体を知られている人間にも効果が無い、という点に注意するように と念を押されていた。 「………つまり、娼婦をしたかったら登録する事と偽名を使え、そう言う事?」 「そうそう、それで問題あっりませ〜ん。まぁ、娼館以外で娼婦活動する場合とかにも色々あるけど、それは後 で「娼婦のススメ」を上げるから読んでおいてね。それからあたしは店では「ミント」って名乗ってるから間違えな い様に注意してね」 「うん、ミント、ミント……よし、大丈夫」 「ほんとかなぁ……それはさておくといたしまして、ではそろそろ……」  みっちゃん……もとい、ミントの目がキラーンと輝いたりする。 「うっ…いやな予感が……」 「そんなに警戒しないでってば。今からたくや君の源氏名を決めるだけなんだから。で、ご本人様からのリクエ ストはある? これから長〜く使う名前なんだから可愛いのが良いよ。変更はいろいろと面倒だから、手続きが」 「名前…名前ねぇ………あ、そうだ。最初に出そうと思って忘れてた。実はこういうのがあるんだけど……」  みっちゃん登場の衝撃ですっかり忘れていた物を脱いで傍においていたマンと農地ポケットから取り出して差 し出す。  それは梅さんから持たされた娼婦推薦状の封書だ。こんな形で役に立つなんて……人生って本当にわかんない ものよね。  ミントは首を捻りながら封書を開けて中の手紙をとりだす。――と、一分とたたぬうちに食い入る様に手紙を 読み始め、少し驚きの表情を浮かべながら手紙とあたしの顔との間を何度も視線を往復させた。 「なによこれ……たくや君、これ、誰に貰ったの!?」 「貰ったって言うか押しつけられたって言うか……ほら、話したでしょ。森で気がついて其処から出たとことで 助けてもらったって。その助けてくれた隊商のお爺さんから貰ったの。それがもう良い人なんだか悪い人なんだ かわかんない人でさ。あたしに娼婦になれって言って――それがどうかしたの?」 「どうって……まぁいいか。それよりこれに書いてあるんだけど、「性知識皆無」ってどう言う事? そりゃたく や君は男なんだから男に抱かれた事は………あ、いやそうな顔」 「あううう……それだけは聞かないで。思い出したくも無い……」  暗い森で無理矢理されちゃった記憶は出来る事なら早く忘れ去りたいのに…… 「ふ〜ん…それじゃ話題を変えまして、それはなんて言う?」  そう言うとミントはあたしの胸を指差した。 「これって…おっぱい?」 「ピンポンピンポンピンポ〜ン♪ 続けて第二問、そっちはなんて言うのかなぁ〜〜〜?」  続けて指差されたのはあたしの股間。だけどそこにあったはずのおチ○チンは悲しい事に姿を消しており、名 前なんて…… 「そうだ。おしっこの穴!」  ぽんと手を叩いて思いついた事を言ってはみるけれど、少し呆然気味のみっちゃんの顔を見るに当たりじゃな いらしい。――残念。 「だから…おしっこも出るけどちょっと違うのよ。小さな穴と大きな穴とがあってちっさい方からおしっこは出 るんだけど、その辺まとめてなんて言うのかって訊いてるんだけど」 「えっ………名前、あるの? 割れ目とか穴とかじゃなくて?」 「穴だったら男にもあったでしょうに……」  考えてみれば体の各位に目とか鼻とかの名称がついているんだから、女性特有のココにも名前がついていても おかしくは無い。だけどそんなものをあたしが知るわけが無い。子供の頃に森の泉で「たくちゃん、おチ○チン ついてる。いいな〜」「そう言う明日香ちゃんはついてないね」「ブ〜、いいもん、そのうち生えてくるんだから!」 ――な〜んていうやり取りがあって付いていない事ぐらいは知っていたけれど、名前なんて……そう言えば姉さ んあたりなら何処かで口走っていたかも……だめ、やっぱり思い出せない。 「………一応聞いとくけど、オナニーとかしてる?」 「えっと…男のときにはちょっとぐらい……女の体にはおチ○チンついてないし……」 「足下…なるほどねぇ……こりゃ一からどころかゼロから仕込めって事ね」  読み終えた手紙を畳んだミントは溜息混じりにそう呟くと立ちあがり、 「とりあえず決まったのはたくや君の源氏名はルーミット。良いわね、ルーミットよ、絶対に自分の名前を口走 らない事。あとは……とりあえず娼婦初体験なんだから頑張って耐える事ね」  面倒そうではあるけれど何処か楽しそうな、期待の篭った目であたしを見つめる。その目にドキッと胸を震わ せながらも得体の知れない不安感を抱きはしたが、衣装を合わせるからと引かれた手を振り払う事も出来ず、こ こまできたら腹をくくるしかないとミントの後についていった。  時は既に日付が変わり、歓楽街の火も落ちようかと言う時刻。けれどその時間帯こそが娼館「女神の泉」の最も 盛り上がる時間帯でもあった。  娼館の二階以上の客室はほとんど満室状態だった。各部屋では娼婦が金を払って一晩の権利を買った男たちと 享楽に酔い、まるで愛し合う男女の様に、はたまた全ての権利を握る主人と服従を誓う奴隷の様に――男女の立 場はどれにも当てはまる――、肌を重ねては甘い喘ぎを放っていた。  建物中でそのような秘め事が繰り広げられているのだ。いかに防音対策が講じてあってもそこかしこから僅か に漏れ聞こえてくる嬌声がいくつも重なり合っては廊下に鳴り響くようなイヤらしいメロディーと化し、湿る空 気をひと嗅ぎすれば充満する女のフェロモンに男の興奮はいやがおうにも昂ぶりを見せる。  ―――だが、一晩とは言え娼婦を自由にするのには大金が必要だった。中には複数人で金を出し合って一人の 娼婦を輪姦する、と言うケースも無いではないが、そう言う場合は娼館や娼婦の側にも拒否する権利があるので 珍しいと言える。  それほどの金を持たない男たちは持て余した性欲をどうするのか――そんな男たちが集まるのは二階ではなく 地下、10Gで入れる地下劇場だった。  演目は夜が深けるに連れてハードに、過激なものへと変わって行く。獣に犯される少女、一人の少年を精が出 なくなるまで責め立てる痴女、全裸で酒場を兼ねた客席を練り歩いてはチップを入れた男の股間を口で静めるM 女など、考え様によっては娼婦を抱くよりもハードな展開が地下ステージでは起こることもありえるのだ。  そして今日は通常ならありえない時間帯。特別演目として見料無料で公開されるショーを、興奮と言う熱気が 充満した地下ステージの客席で酒を傾ける男たちは今や遅しと待ち構えていた。 「みなすぁ〜ん、なっがらくお待たせしちゃいましたぁ〜〜!」  ―――と、酒とタバコの臭いの充満する暗い空間にそぐわない明るすぎる女の声が隅々にまで響き渡る。  けれどその場に集まった人間には慣れた声だ。ステージ上で進行を行うミントという娼婦の声は常連の客にし てみれば開始のベルと同じ。しかもミントが進行役がつくのは決まって特別な催し――娼婦を「買う」のよりも淫 靡な出し物が出される、それが通例だ。  中にはこれが初めてと言う風の若者もいる様だが、客のほとんどは琥珀色の酒が満たされたグラスを傾けなが ら唇をイヤらしく吊り上げ、アルコールで程よく濁り、欲求が剥き出しとなった瞳を女が辱められる極上の舞台 へと向けて行く。  お下げを解き、娼婦に似つかわしく胸元が大きく開いたドレスを着たミントはそんな客席の空気を読んでタイ ミングを計ると言葉をつむいで行く。 「本日は急遽、娼婦志望の女性が当娼館を訪れました。ので、その美少女のトライアルを兼ねまして、皆様にお 披露目したいと思いま〜っす♪」  その言葉を聞くや否や、何人かの客があからさまに失望の溜息をつく。  新人といえば聞こえはいいが、要は食い扶持に困って身を売りに来た女か、いきなり大勢の客の前で肌を晒そ うと言う羞恥心の欠片も無いエロ女だ。それはそれで楽しめるのかもしれないが、時間を延長してまでやるまで もなく通常のショーで十分だ。今日も三度ほど正面ステージの上で何人もの娼婦があられもなく肌を晒し、視姦 される興奮に身を震わせながら愛液の滴る股を開いたのだ。今更生ぬるい新人のショーなど見せられて何が面白 いと言うのだろうか。 「それでは期待の新人ルーミットちゃん、どうぞ〜♪」  すでに時間も遅い。そんなものを見ようと長居すれば明日の仕事に差し障りが出る。――そう判じて席を立と うとしていた男たちだが、続けざまに放たれたミントの紹介を受けて舞台の袖から中央へと歩み出た女が天上近 くからの照明を受けて丸い光の中にその姿を露わにすると思わず誰もが息を呑んだ。  たくや――いや、舞台上にいるからには女の名はルーミットだ。  裏口に来た時の彼女の服装は短パンにシャツとマント…と、余りにみすぼらしく、女性としての華やかさに欠 けていたが、今のルーミットは街娘のような格好をしていた。服はそれほど高価ではなく、ドレスと呼べるよう なものではなかったが、薄いブルーの生地で作られたそれは両肩から胸元にかけて明かりに照らされて輝いて見 えるほどに白い肌が露出し、それとは対照的に両手で摘み上げなければ踏んでしまいそうなほど長いスカートが 色気よりも清純さをかもし出し、娼婦慣れした男たちの目を瞬く間に吸い寄せて行った。  けれど男たちの注目を集めたのはなにも服のせいばかりではない。新人と聞いて予想していた通りであり、別 の意味では予想を裏切るほどに、ルーミットが魅力的であったからだ。  表情や動きに緊張の固さが見られるものの、静々と歩み出てくるルーミットは照明に照らされている事もある がそれでもはっきりと分かるほどに頬を赤く染め、経験の少ない、もしくは処女かも知れぬというほどの恥じら いぶりを見せている。時折客席に視線を向けては無言のまま俯くしぐさは客慣れしていない小娘でもよく見られ るが、ルーミットのまだ少女の域を抜けきっていない美貌にそれをされると男たちの心に強い陵辱願望が芽生え てしまう。――いや、どちらかと言うと保護欲だろう。  だがしかし、悲嘆に暮れる姫君のような表情から視線を下げれば、そこには男の下半身を刺激するような放漫 な女の体が存在していた。肩から胸元へと続くラインは成熟した女の豊満さと若さに満ちた張りを併せ持つ豊か な乳房である事を誇示し、ブラをしていない胸は一歩足を進めるだけでも心地よく、弾む。その男を知らぬよう なたたずまいとは反対に乳房は早く揉みしだいて欲しいと言わんばかりに突き出されていて、ほぼ理想的な曲線 を見せる体つきには見ている男のほとんどが唾を飲みこんだ。  初見はなかなかの好印象。派手に着飾るよりもルーミット自身の魅力を引きたてるように服を選んだのが功を そうし、ルーミットが舞台中央に到達した頃には観客は酒を飲む手を止めてステージに注目していた。 「それではこれよりルーミットによる演目をご覧頂きたいと思います。ただし、ルーミットは娼婦となってまだ 一時間ほどしかたっておらず、「一人」では皆様に満足させる芸を今だ身につけておりません。ですので――」  皆の視線がルーミットに注がれる中、自身は光に当たらぬ様に舞台脇へと引いたミントは薄暗い中で右手を頭 上に差し上げた。 「まだ言葉も知らないルーミットに、身をもって勉強していただくさまを皆様にご覧入れたいと思います」  その言葉が終わると同時に、舞台に立っても言葉ひとつ発せずにいるルーミットの背後に黒尽くめの男が三人 現れ、 「――えっ?」  驚きの声を上げるルーミットを二人が腕を掴んで拘束し、もう一人の黒子が運んできた椅子へと座らせてしま う。  ざわめく客席。  困惑するルーミット。  その動揺が収まる数秒の間にルーミットの手を肘掛に、ウエストを背もたれに、それぞれ固定されたベルトで 拘束すると三人の黒こは表れたときと同様に暗闇によける様に消え去り、残されたのは椅子に座らされたルーミ ットと―― 「それではルーミットへの教育は私、ミントが勤めさせていただきます。ふふふ……今度はたっぷりと可愛がっ てあげるわよ、ルーミット…♪」  四日前の地下室での出来事以来、ルーミットを抱きたくて…自分の指で泣き喚くほどイかせたいと願っていた ミントがゆっくりと壇上に上がり、まるでペ○スを舐めるかのよう似人差し指を唾液が絡んだ舌先で舐め上げな がら光の中へと歩み出る。 「みっ…ミント、さん、これっていったいどういうこと!?」  興奮した体を静めるように、濡らした指先をスリットから自分の股間へともぐりこませるミント。顔を赤らめ、 スカートの下で手が蠢くたびに身を震わせる彼女を見つめるルーミットの胸には、これから始まる饗宴への不安 が満ち溢れていた―――


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