序章01


「拓也、今度のお祭りで勇者役をやってみない?」 「………へ?」  幼なじみの明日香の突然の申し出に、僕は間抜けな答えを返す事しか出来なかった。 「だから勇者よ勇者。来月にこの村でお祭りが開かれるのは知ってるでしょ?」 「そりゃまぁ……」  この村にいて祭りの事を知らないって事は無いんじゃないかと思うんだけど……口に出したが最後、また一時 間ぐらい文句を言われるし…黙っておこう。  明日香が言う祭りとは僕たちが住むアイハランの村で五年に一度開かれる鎮魂祭のことだ。  なんでもこの村はずいぶん昔に魔王を倒した勇者様と縁のある場所らしくて、その日は近隣の町や村から人が 押し寄せるだけでなく、村の奥にある大きな湖の中央に立てられた神殿で勇者の霊を奉る儀式が行われるのだ。  もっとも、村の人間であっても知っているのはそこまでだ。その儀式は一般の人には非公開で、進行を努める 村長や長老以外の立ち入りは禁じられ、王城からの使者や高位の司祭などだけが参加する事が許されている。  そんなわけで、妖怪みたいなじいさんたちが張った結界を乗り越えたり、剣ややりを持った兵隊とやりあうな んてバカらしく、僕らにはまったく関係無い事だと割り切って広場に開かれた露天を楽しむのが常だった。  けれど今回のお祭りは、明日香の一言でとんでもない事になりそうだって…… 「だったら分かるでしょ。今回の勇者役は拓也に決まったから明日からちゃんと練習の時間を空けておいてよね」 「ちょ…えっ? ちょっとまって、なんで僕が勇者なんだよ!? その前に既に決定!? 僕の意思はどうなっ たんだよ!」 「あと儀礼用の鎧を作らないといけないから明日は鍛冶屋に行くわよ。それから剣のほうはこちらで用意してお くから――」  明日香はにこやかな笑みを浮かべ、僕の言葉に耳を貸さずに話を進めていく。お〜い、目の前で喋ってるんだ からちょっとは聞いてくれ〜〜。  まぁ…こんなのはいつもの事だ。引っ込み思案で自己主張の乏しい僕は明日香の言う事に従う事がほとんどだ し……けれど、今回だけは早々に引っ込んでばかりもいられない。  なにしろ、僕に湖で行われる儀礼の主役の「勇者」をやれと言っているんだから。  普通なら顔を合わせることが絶対できないようなお城や神殿のお偉いさんを前に、そんなものをやる度胸なん て僕にはこれっぽっちもありはしない。 「だからちょっと待って! どうして僕が勇者役になったんだよ。確か村で一番強い人が選ばれるんじゃなかっ たの? 村のみんなはそれで張りきってたのに…」  勇者「役」とは言え、体が貧弱な人間――たとえば僕――がやってもぜんぜん似つかわしくないのは目に見えて いる。言いかえれば、勇者に選ばれると言う事は村一番の男であり、前回の祭の時にも年上の男達がこれでもか と言わんばかりに筋肉を盛り上げたり剣を降りまわしたりして競い合っていた。  だから祭りが近くなった最近は同年代の男たちは仕事の合間に体を鍛え、村長に自己PRをしたりしてるんだ けど……… 「――そうか。明日香、おばさんに何か言ったんだろ」 「ん? 何言ってるの。勇者の選考はお母さんがちゃんと公平に選んで決めたのよ。私がどうこう言えるはず無 いじゃない」 「あ、目をそらした。嘘だね、明日香」  目の前にいる長い髪の似合う女の子――いや、既に女の子と呼ぶにはふさわしくないほど美しく成長した明日 香は村長の娘と言う立場を利用して今までにも僕にいろいろな事を押し付けてきた。多分僕に良かれと思ってや ってくれた事なんだろうけど、相談も無しに突然結果だけを言われるのはかなり困ったものだ。  もっとも、明日香がその気になれば、おばさんに頼らなくても同じ結果は出せるだろう。  有能な魔術師を多く輩出しているアイハランの村において天才と言われるほどの才能を持ち、剣をとっても王 城の指南役さえ打ち負かすほど。今すぐ村長の座を受け継いでも十分過ぎるほどの行動力と決断力と、非の打ち 所がまったく無い女傑だけに、その行動は時に過激過ぎる事もあるのをよく知っている。 「失礼ね。ちゃんと公平だったわよ。ただ、選考対象が拓也一人だけだっただけの話よ」 「………一人? そんなはず無いよ。僕はやるなんて一言も言ってないし、何人も立候補してたのがいたじゃな いか。そっちはどうなったんだよ」 「あ、それなら馬鹿なやつがいたわ。「勇者に選ばれたら結婚しろ」って言うのよ」 「け、結婚っ!?」 「ええ」  さらって流したけど……結婚って…ええええええええええっ!?  性格を除外したらけれど、明日香は美少女で器量良しだし、もし結婚すればもれなく次期村長の座もついてく る。だから村の男達にとってはアイドルであり、将来結婚したい女の子NO1だったりする。  しかも美しさは近隣にまで噂になって広まっていて、どこぞの王子様に求婚までされていると言う話だ。  でも今まで一度も明日香が男の人と付き合ったなんて言う話は聞いた事が無い。しつこく交際をせまるヤツも いるけど、そう言う相手は肘の一発二発で沈むのが落ちなんだけど…… 「けど口は臭いし破廉恥な事ばかり言うしお尻まで触ってきたから、返事を攻撃呪文で返事しただけじゃない」 「……………えっと……それ、死んだ?」 「残念ながら全身大火傷ですんでたわ。今ごろ診療所のベッドでうなってるんじゃないかしら」  うわ、今日は一際物騒だな。死んでないのが残念ですか!? 「それと勇者役に選ばれそうだった他の数人が「偶然」その場に居合せててね。呪文の爆風の余波で骨折とかの大 怪我をしたのよ。それで選考に困っちゃって……」 「……………………」  ほらね。最終的にはこうやって実力行使だから……絶対に狙ってまとめて吹っ飛ばしたに違いない。我が幼な じみながら恐るべし。 「その後残ってた立候補者も全員辞退しちゃって一人もいなくなって困ってるのよ。だから、ね、拓也お願い♪」 「いや……でも……」  明日香の頼み事でも軽軽しく肯くわけにもいかない。明日香には珍しい甘えるような声色におもわず顔が赤く なるけれど、口からははっきりした答えが言えないでいる。 「練習もあるし鎧の製作とかもあるから急がないとダメなのよ。こんな事を頼めるのは拓也だけなの、ねぇった らねぇ♪」 「う〜ん…でも他にも人はいるだろ? ちょっと無理なお願いだろうけどそっちの方に頼んだ方が僕みたいなひ 弱な奴に勇者をやらせるよりはいいんじゃないかな?」 「………そう、私がお願いしてるのに拓也はそんなこというんだ」  それまでの猫なで声から一転、裏側に迫力と脅迫をこっそり満載させた言葉を口にした明日香は「しかたない なぁ…」と言う感じに頬へ手を当てると、 「拓也が引きうけてくれないんじゃしょうがないわね。めぼしい人に頼んでみるね」 「うん、それがいいよ」 「でもその人たち、明日には大怪我しちゃうのね。あ〜あ、かわいそう」 「………謹んでお受けさせていただきます」  この自発的純情爆弾少女には平身低頭で従った方が自分の身も周囲の人間も共に安全だ。  長年かけて辿り着いた幼なじみとの付き合い方その第一条に従い、僕は「勇者」なんていうとんでもない役をお おせつかる事になったのである。  この運命は、明日香が僕のところに話を持ち掛けてきた時点で決まってたんだなぁ……  アイハラン村は魔法使いの修行場として有名だ。森と湖に囲まれたこの村は気候が年中穏やかで、加えてマナ が噴き出す地脈の上に存在している。そのため村に住む人間は耐えず許容量以上の魔力を帯び続けるので、いつ の間にか魔力(MGI)や魔法容量(MP)が成長しているのだ。  そんな土地柄なので村人はほぼ全員が魔法使い。魔法とは一見無関係そうな武器屋のオジさんも、定職を持た ずにふらふらしている遊び人も、畑をクワで耕す農夫でさえもライティング(明かり)などの簡単な魔法が使える のだ。  だけどそんな村でただ一人だけ、魔法が一切使えないヤツがいる。それが僕、拓也だ。  一応魔力の反応はあるらしいんだけど、どんなに集中して呪文を唱えても炎も氷も、そよ風一つ起こりやしな い。  まぁ、言いかえればそれも一つの才能だろう。なにしろ生まれた時から決まっている属性――つまり遺伝情報 に含まれるその人物の魔力の個性――は、超がつくほど珍しい「無」なのだから。聞いただけで「ダメ人間のレッ テルだ」と百人中百人が思うだろう。事実、本人だってそれを聞いてとっくに魔法を使うことを諦めている。  かと言って、他に何が出来るかと訊かれれば、ほとんどなにもできなかったりする。  家は小さな道具屋で日用品を扱っているけれど、重い荷物は持てないし、お釣りを間違えて渡すし、STR( 力)もINT(知力)も最低レベル。両親と姉が家を空けているから家事は不器用ながらも一通りこなせるけれど、 そんな事何の自慢にもなりはしない。  容姿は…自分で言うのもなんだけど、それほど悪いものじゃないと思う。美形か見れないような顔かと言われ ればギリギリ美形に……傾いてるよね。ただし女顔で童顔……実年齢よりもさらに低く見られるのがたくさんあ る悩みの種の一つだ。  そんなわけで、アイハラン村の拓也と言う人間はどこまでも「勇者」と縁遠い人間である。百人に聞けば全員が 僕を勇者だと見とめてくれないだろう。ただ一人を除いては。  どうして明日香は、僕に「勇者」をやれなんて言うんだろうか……


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