第3章「−5」第2話


「えっぐえっぐ……ううう……」  はぁ〜…よりによって、どうしてこんな事になっちゃったんだろ? 「しくしくしく…僕…もうお嫁に行けないよぉ……しくしく……」  確かに夏美は宮野森学園の卒業生だし、あたしがはじめて女になったときにも制服を貸してくれたし……だか らって、いきなりあんな場面に遭遇しなくてもなぁ…… 「ううぅ…グスッ……うえぇ……」  思い出してみれば、最近会った夏美よりも少し幼い感じがしないでもなかったけど……じゃあ、今は5年ほど 前になるのかな? そうそう、あの頃の夏美ってあんな感じだったよね。 「どうしよう…こんな格好を誰かに見られたら……ヒック、ヒック、ううう……」  ああ…それはあたしもよね……だって――って、さっきから人の横でシクシクサメザメ鬱陶しい…考え事もで きないじゃない。 「ねぇ、少し泣き止んで――」 「うっ…うえぇ…?」  うっ……そう言う顔を向けるのはやめて欲しいなぁ……なんだか昔のあたしを思い出すようで…泣いてる子に は弱いんだから…… 「………えっと…涙、拭いてあげよっか?」  はぁ……あたし、いったい何をしてるんだろ……  チャイムが鳴るまで夏美に無理矢理フェラされていた男の子は、今はあたしと並んで壁に背中を預けて座って いる。やっぱり突然女の子の方からあんな事をされたのがショックだったようで、夏美にここに座らされてから、 ずっと泣きっぱなしである。  顔を逸らしても聞こえてくるすすり泣きの声をいいかげん止めて欲しいけど、いじめられっ子だった子供時代 を過ごしてきたあたしとしては幼顔の男の子にキツく言う事もできず、結局こうやって涙を拭いてあげちゃうん です…… 「クスン……う…うん…ありがと…グスッ」 「ほらほら、そんなに泣かないの。さっきの事は犬に噛まれたとでも思って諦めなさい」 「でも…僕…初めて…グスン…お…女の人が…あんな……ヒック…」  ……はじめてが屋上でレイプまがいに尺八か……絶対トラウマになるなぁ…… 「ま、まぁ、大人になればあんな事は平気でやっちゃう人だっているんだし、ここは一つ、気持ちよかったかな ぁ、ってことで納得した方が得だって、ね?」  もはや同情はしていても慰めの言葉など思いつかず、いったい何を言っているのか自分でも意味不明になりな がら、右手で取り出したハンカチで左隣に座る男の子の涙と鼻水でグシャグシャになった顔を丁寧に拭いてあげ る。ただ……左手があげっぱなしのまま動かせないって言うのが……  顔を拭いてあげながら視線を左に向けると、コンクリートの壁とあたしの右手、男の子の左手、そして手と手 の間には雨どいか何かのパイプが上下に走っていて、その裏側を通ってあたしたちの手は…刑事さんが持ってい るような手錠でしっかりと結び付けられていた。その鎖は壁とパイプを固定する部分に引っかかっていて、手首 が座っているあたしの肩の横ぐらいの位置にある。  それだけならまだしも、男の子の下半身は行為の後のまんま……小さな手で必死に隠して入るけれど、白いブ リーフと学生ズボンを脱がされた股間の肌はまぶしいほど白く、恥ずかしそうにモジモジと擦り合わせている細 い太股が、上半身はそのままで足首に靴下と靴だけを残したその姿が、同性の(心の性別、心の!)あたしから見 てもかなり色っぽい……  なんでこんなのを持ってるのよ、あの義姉は。それにこんな小さい子を襲ったりして……ひょっとして、この 子を今のあたしたちみたいに拘束して弄ぶ気だったんじゃ…壁に両手を吊るして、自分の思うが侭に………は、 ははは…まさかね。いくら夏美だってそこまでは……  でも、完全に否定しきる事はできない。こんな手錠をいつも持ち歩いているなんて思えないし、一番いじめら れてきたあたしにも使ってきた事も無いし、持っていると知らなかったぐらいだ。きっとこの子をここで弄ぶた めに準備してきたんだろう……学園でもこんな事をしてたのね。今とほとんど変わってない……  そう考えてみると、この子はなんとなくあたしに似ていない事も無い。顔が、と言う事じゃなくて雰囲気が。 見ているだけでいじめて光線を出していそうな泣き虫で弱々しい態度は強気の義姉の最もいじめたくなるタイプ だろう。しかも美少年……って、夏美はショタって言うよりもエッチに快感を求めるタイプのはずよね。ああ、 なんだか頭の中がこんがらがってきちゃった。 「………さ、これで綺麗になったよ」  考えれば考えるほど義姉が何を考えているのかわからなくなってきたあたしは、とりあえず、見方を変えれば キスをせがんでいるかのように見えなくも無いように目をしっかりと閉じて顔を突き出している男の子の顔を拭 く事に専念する。 「うん…その…ありがとうございます」 「い、いいのよ、気にしなくて。ははは……」  お礼を言われても……あれはあたしの義姉なんです…って言ったら、この子どんな顔をするだろうな…ははは …ちょっぴり罪悪感……  片手だけで拭きにくくはあったけれど、顔を突き出してくれていたので綺麗に拭く事ができた男の子の顔を改 めて見つめてみる。  ………なんていうか…母性本能をくすぐるようなタイプよね……  細い顔立ちにあたしの顔が映りそうなほどのつぶらな瞳、触ればきっとふわふわの感触が帰ってくる柔らかそ うな髪の毛。体つきも比較的小柄なあたしや弘二よりも一回り以上小さく、抱き締めて頬擦りしてしまいたくな る可愛らしさである。そんな小亀を腫らして顔を真っ赤に染めて…… 「………目がちょっと充血してるけど、大丈夫ね。もう泣いちゃダメよ。さっきの事はショックだったかもしれ ないけど、その…忘れた方がいいって」 「うん……」  あう…そっぽ向かれちゃった……喋りすぎて嫌われたかな?  少しでも元気付けてあげようと思ったのが仇になったのか、それとも拭き残しが無いかとか可愛い子だなぁと か思いながらジッと見つめちゃったのがいけなかったのか、顔を拭き終わると真っ赤に染まった顔をあたしとは 反対の方に向けてしまった。  今はそっとしておいてあげた方がいいのかな……でも手錠がねぇ……離れてあげられないけど、少し黙ってて あげよ……  ハンカチは…ポケットに入れるのは抵抗があるからお尻の右側の地面の上に置き、女の子座りで体もあちらに 向けた男の子から視線を逸らすようにあたしも座りなおす。  考えてみれば、この屋上でいきなり一年前にタイムスリップさせられてから、麻美先輩に付き合わされたり男 の自分の童貞を奪ったりと気の休まる暇も無かった。睡眠時間だってそれほど取れたわけじゃない。目を閉じて 深く息を吸えば、体の奥に「拓也」に出された感触が鈍い疼きになって残っているのが感じ取れてしまう。  そして今度は義姉……はぁ…もう全然わかんないなぁ……  後頭部を壁にコツンと当てると、体全体が急激に重くなっていく。こっちの時間で今が何時かは知らないけれ ど、あたしの行動した時間を考えれば、だいたい睡眠をとる時間のはず。いくらお日様が高かろうと、仮眠程度 の休憩しか取っていないあたしの意識はあっという間に眠りの闇に吸いこまれて行こうとする。 「……あの…お姉さん?」  んっ……お姉さんって…夏美?…夏見の事なんか知らないわよ……いっつもいっつも迷惑ばかりかけて……あ たしの事を玩具にするんだから…… 「眠っちゃったんですか? あの…」  んっ……なんだか…気が抜けてきちゃった……お日様もぽかぽかだし…… 「眠らないで。僕…僕これからどうしたらいいんですか!?」  これから…これからは後で考えるから……少しだけ………くぅ………  耳元に声変わりもしていないような男の子の高めの声が聞こえてくる。でも、その声にあたしを起こすような 力は無い。  体を休める事ができる場所を見つけてしまったあたしは、肉体の欲求が求めるままに眠りにつく。左肩に何か が触れたような気がしたけれど、それを感じる前にあたしは考える事をやめてしまっていた……


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