セカンドバトル・R−2対ヴァイスリッター


 ギュウン、ギュウン! グゥオン!!  R−1とアルトアイゼンの接近戦とは打って変わって、海岸の近くまで移動したR−2とヴァイスリッター  は激しい銃撃戦を繰り広げていた。  アルトアイゼンとヒュッケバインを追い詰める時とは違い、宙を華麗に舞い、その機動力を十二分に発揮  しながら銃撃を繰り返すヴァイスリッターに対し、R−2の攻撃はいまいち精細さを欠くものであった。  通常のPTは宇宙での使用も視野に入れているため、例えば機体の頭上や下方向といった死角からの攻撃  も捉える事が出来る。しかし人間はそうもいかない。人間にとっては死角は死角なのだ。  加えて、人型を模している以上、自由に向きを変えられる宇宙ではなく重力のある地上では一定の角度以上  の攻撃を行うのにも制限が掛かってしまう。  そのため飛行能力を有し、高い機動力、長射程で常に自分にベストなポジションを取れるヴァイスリッター  の方が銃撃戦では遥かに有利であった。筈なのだが―― 「ふっ、所詮はそんなものか」 『おのれ、そんな重い機体でちょこまかと!』  角度の取りにくいハイゾルランチャーや射程の短いビームチャクラムは使わず、主に手に携帯したマグナ  ビームライフルだけで反撃を行っているR−2ではあったが、それはヴァイスリッターが射程内に入った  時だけの最小限度の反撃であり、注目すべきは回避行動にある。着実に自分の攻撃はヒットさせながら、  まるで未来を予測でもしているかのようにヴァイスリッターの槍――オルスタンランチャーの攻撃を躱し  続けていた。 「そこは射程内だ、くらえっ!」  長距離ビームを躱したR−2はヴァイスリッターの動きが止まっているのを確認すると、手に持ったマグナ  ビームライフルをすかさず撃ち放った。 『くっ!?』  とっさに機体を動かしたレオナだが、初弾の右肩の横を通りすぎるビームに過剰に反応しずぎ、回避行動を  読んでいたR−2の二撃目を左胸部に受けてしまった。 『な…なぜだ!? なぜ私の攻撃は当たらずに貴様の攻撃だけが…!』 「それは貴様の腕が未熟だからだ。自分の力も満足に把握できていないのか? それでよくリュウセイを笑え  たものだ」 『おのれ…侮辱するか!?』  幸いというか致命傷には至らず、空中で体勢を立て直したヴァイスリッターがR−2の射程内に入らない  ように回避運動を開始した。 「自分は安全なところを飛びまわって狙撃を繰り返すか…いいかげんそのパターンも飽きてきたな。だが  攻撃が当たらんようでは、どんなに華麗に舞おうとも蝶とも蜂とも言えん。まるでハエだな」 『くうぅぅぅ〜〜!!』  ライの侮辱にレオナは怒りに駆られて、より激しく銃撃を繰り返すが、重量の重いR−2はそれをシールド  すら使わずに回避して見せていた。 「そう言えば聞いていたな――なぜ自分の攻撃が当たらないのか――とな。ただ攻撃を回避するだけなのにも  飽きてきた。一つ戦術講義を行ってやろうか」 『戦闘中にふざけるな! 私を嬲るか!?』 「ならばもう少しマシな攻撃をして見せろ!」  グオォン!! 『きゃあっ!!』  射程ぎりぎりの距離、わずかな踏み込みでさえ見過ごさずにR−2の銃撃はヴァイスリッターの薄い装甲を  削っていく。 『くっ…どうして…私の力はこんなものだと言うのか……どんなに思っても…力になる事さえ出来ないのか……』 「……敵の射程外にいる事ばかりを考えているからそうなる。お前の戦い方は硬すぎるのだ。こちらと貴様のの  武器、射程範囲、機動力、それらを考え合わせれば貴様の機動範囲、攻撃など簡単に予測できる」 『なん…だと……』 「敵に近づかねば高機動も意味を失う。常に視界に捕らえている以上、惑わされる事も無い。そして――」  ダメージが積み重なり、ヴァイスリッターのスピードが目に見えて落ちる。その気を逃さず、R−2が砂を  巻き上げながら天を舞う騎士の下へと移動する。 「――そして、お前は死線を未だに潜り抜けていない。自ら飛び込む勇気を持たないから、今、俺を相手に惑  うのだ! くらえ、ビームチャクラム!!」  ヴァイスリッターのほぼ真下まできたR−2が右腕を振り上げ、狙いをつけてチャクラムを発射する! 『私は…私は……!!』  まるでかなわない、自分の技量に自信を持っていただけにそれを粉微塵に打ち砕かれたショックで戦意を  失い掛けていたレオナではあったが、飛んでくるチャクラムには反応し、寸前のところで回避行動を取る。 「それも予測範囲内だ、逃がしはしない!」  チャクラムから光が消え、同時に軌道を変えてヴァイスリッターの右足に絡まりついた。 『なにっ!?』 「いくぞ、ラウンドチャクラム!! トロニウムエンジン、出力上昇!!」  突然自分に絡みついてきたチャクラムのワイヤーを切ろうとヴァイスリッターがプラズマカッターを構える  よりも早く、両の腕でワイヤーを掴んだR−2が機体の向きを変え、力強く下に向けて引っ張った! 「ダンスには最後まで付き合ってもらうぞ…出力…15…20……25!……30!!」 『くぁぁぁあああああ!!!』  ゴゥン!…ゴゥン!…ゴゥン!…ゴゥン!…ゴゥン!!…ゴゥン!!…ゴゥン!!!  暴走の危険性のあるトロニウムエンジンの力で一度…二度…三度と白いPTが空気を引き裂きながらR−2  の周囲を振りまわされる! 攻撃しようにも遠心力で両腕は頭上に掲げられたまま動かす事が出来ず、オル  スタンランチャーも手の中から既に吹き飛んでいる。  ゴゥン!!ゴゥン!!ゴゥン!!ゴゥン!!!ゴゥン!!!ゴゥン!!! ゴウゥン!!!  一周するたびに加速し、輪郭がはっきりと目視できないほど速く振りまわされるヴァイスリッター、それと  繋がるワイヤーケーブルをR−2が一瞬力をこめて引くと、正確な円を描いていた軌道が一瞬歪み、白い  機体は先ほどまで舞っていた天高くへと一気に振り上げられる。 「これで…最後だ!!」  そして……白騎士は地上へと堕ちた。  ドッゴォォォォォォン!!! 『ああああああぁっぁぁぁっ!!』  ショックアブソーバーだけでは衝撃を吸収しきれずにコクピットの中でレオナの身体が跳ねまわり、その  たびにベルトで固定されたシートへと引き戻され、背中に骨の折れそうな衝撃が何度も叩きこまれた。  叩きつけられた場所が固い地面ではなく、波打ち際の柔らかい砂浜であったために機体は即座に押しつぶ  されず爆発こそしなかったものの、背中のテスラドライブは完全に破壊され、白騎士の翼は根元から完全  に折れていた。 『くっ……くぅ……ま…まだ……私…は……はぁ…はぁ……』  一瞬で肺から空気が全て押し出され、呼吸もままならず、酸素を求めて口を開けて喘ぎながらも、手は操縦  桿を握ったまま……そして焦点の合わなくなった瞳は敵を求めて正面のモニターを虚ろに見つめていた。 『わた…し……まだ…こんな…とこ……で……』 「意識を失わなかったのは立派だな。だが――」  わずかに動きを見せるものの砂の上から身を起こす事が出来ないヴァイスリッターにR−2が近寄り、マグナ  ビームライフルの先端をヴァイスの胴体、コクピットの前面に押し当てた。そこでトリガーを引けばヴァイス  リッターの装甲を貫通し、レオナに一瞬の苦しみを与える事もなく命を奪うことができるだろう。 『……とどめ…か……私も…これまでか……』 「敵を黙って見逃すほど俺は甘くないのでな。俺の手であの世に送ってやるのも、戦士への礼儀だ」 『……ふふ…人の事を…甘いだのなんだのと…言っておきながら……』 「全力で戦った相手には敬意を表す、それだけの事だ……なにか言い残す事は無いか?」 『特に……これで最後なのに…気のきいた言葉も思い浮かびませんわ……』 「そうか……ならば」  モニターに映るR−2の巨体がわずかに動きを見せる。  レオナは自分が今から死ぬと言うのにそれを恐れる様子もなく、その姿を、自分を倒した相手の姿を目に  焼き付けようとするかのように、R−2の一挙手一投足を静かに見つめ続けていた…… (隊長…お力になれなくてすみませんでした……ブリット…後は…お願い……)  力が入らなくても操縦桿を握り続けていた手が、静かにほどけ落ちる――  そして――まるで時間の流れが遅くなったかのように、ライフルのトリガーに掛かった指が、ゆっくりと、  引かれ出した――  カチッ 『………えっ?』  レオナの目にはR−2がしっかりとトリガーを引き絞っているのが見えていた。しかし、銃口からビーム  が発射される事は無く、ただ、戦闘を繰り返して熱くなっている銃口が押しつけられているだけであった。 『どういう…こと?』 「どうもこうも無い。こちらは弾切れと言うだけの事だ」  呆然とするレオナにそう言うと、ライはR−2に銃口を引かせて振りかえらせ、ヒュッケバインとグルン  ガストがいるであろう元いた戦場へと歩かせ始めた。 『待ちなさい! あなた…私にトドメを刺さずに行くというのですか!? あなたの機体には他にも武器が  ついているでしょう!』 「確かに装備されている。だがそのどれもがエネルギー兵器だ。これからグルンガストと闘わねばならない  以上、動けない敵ごときに無駄弾を使うわけにもいくまい」 『た、闘うですって!? あなただけで隊長と…グルンガストと闘うと言うの!? あまりにも無謀よ!』 「だが、今はクスハが闘っている。それにリュウセイも向かっているはずだ。あの二人を置いて一人で逃げ  ようとは思わんな」 『……既に…倒されているとは思わないんですの?』 「ふっ、愚問だな。ヒュッケバインは早々簡単に倒せる相手ではなかろう。それにリュウセイの馬鹿さ加減  は筋金入りだ」 『あら? 馬鹿なら私たちのブリットも負けていませんわよ』 「アルトアイゼンのパイロットか……では訂正しよう。リュウセイは馬鹿は馬鹿でも大馬鹿だ。俺に手を焼か  せるほどの大馬鹿者が、あの程度の男に止められるはずが無い」  罵りながらも、ライの口調はリュウセイが勝つ事の確信に満ちていた。 『それは…信頼…かしら?』 「冗談ではない。いつもいつも命令を無視して突撃ばかりするような男を誰が信頼するものか。俺はたんに  事実を述べているにすぎん」 『ふふふ……なんだか…負けたというのに悔しさを感じませんわ……よろしければ私とダンスを踊ってくだ  さった殿方のお名前をお聞かせ願えますかしら?』 「………連邦軍極東支部SRXチーム所属、ライディース=F=ブランシュタイン少尉だ」 『私はレオナ=ガーシュタイン。この名前を覚えておきなさい。いずれ、この屈辱を晴らしに参りますから』 「レディからの申し出だ、覚えておこう。それともう一つ、俺の仲間には人を助けたいと言う想いだけで強く  なったやつがいる」 『それは…彼女、ヒュッケバインのパイロットの事かしら?』 「好きに解釈すればいい。貴様も強くなりたければ強い意思を持つ事だ。自らの手で、何かを成し遂げるため  にはな」 『ええ……素晴らしい先生のお言葉ですもの、肝に銘じておきますわ』  その言葉を最後に、エンジンの出力が通常の範囲内に収まったR−2はホバー移動を開始し、あっという間  に通信の圏外へと行ってしまった。 『忘れません…忘れられませんわ……あなたの教えと…彼女の涙だけは……』  会話している間もR−2は背を向け続け、その歩みを止めなかった。それは仲間が戦いつづけていることを  信じ、一刻も早く助けに行こうと言う意思の表れと取る事が出来る。これで仲間を信じていないのならば  なんだというのだろう……  レオナとブリットの二人を相手にして自分が傷つこうとも一切反撃せずに、涙を流し叫び続けたクスハの  声……耳に残り続けるこの悲しい声は何を伝えたかったのだろうか…… 『私も…私も早く隊長を助けに行かなくては!』  静かになったコクピットの中で再び瞳に意思の光を宿らせたレオナは操縦桿を握り締め、急いでヴァイス  リッターの動作チェックを開始した。  心の中ではイルムの勝利を信じつつも、レオナは自分の為すべき事をするために、そして自分が信じるもの  と自分の心に残り続けるものの最後の戦いをその目にするためにも―――


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