Fルートその3


 恭子さんに連れてこられたのは洋服屋さん……と言う言い方はしないわね。表のショーウィンドウに様々なデ ザインの服を着たマネキンが並べられているブティックだった。 「………恭子さん……ここは……」 「私がよく買いにくるお店よ。さ、入りましょ」 「そう言うんじゃなくて……なんでここなんですか?」 「え、このお店じゃ不満なの? それじゃ……別のお店にする?」 「違います。あたしはダイエットをさせてくれるお店を想像していたんです。それなのになんで服を売ってるお 店に来るんですか?」  店構えはさっき言ったとおり、当然の事ながら家を出た義姉の残していった服や三枚千円の安物下着にお世話 になるようなあたしにはまったく縁がないほど高級感に溢れるお店で、お店の前に制服姿に学生カバンを持って 立っているだけで場違いな雰囲気をひしひしと感じていた。  確かにウィンドウの向こう側に並べられている男性用、女性用の色や形も様々な服には魅かれるけど、こんな のは普通は見るだけの物、明日香と買い物に来た時に見て回るぐらいしかこんなお店にきた事はなかった。 「いいからいいから。お金は私が出してあげるから心配しないで。それよりもこんなところに立ってないで早く 入りましょ」 「ちょ、恭子さん、背中押さないで」  プシュー  小さな両手にぐいぐいと押されて入り口の前に立ってしまったあたしの前で、開いちゃいけない踏みこんじゃ いけない自動ドアが小さな音を立てて滑らかにスライドする。 「いらっしゃいませ」  そのすぐ後にどこからともなくお店の人の声が聞こえてくる……もう逃げられない…… 「こんにちは、ちょっとお邪魔するわね」 「あら、恭子ちゃん、また子供扱いされたの? 今週はこれで二度目よ」 「そんなんじゃないの。今日はちょっと別の用事でね」 「用事ってその一緒にいる娘の事? 一体何をするのかしら?」 「ふふふ…実はね……」  店内はあたしの想像以上に広く、それでも所狭しと洋服がハンガーにかけられて並べられている。城を基調に 清潔感に溢れたフロアには所々に柱を兼ねた試着室が点在し、一角には高級そうなテーブルと椅子がおかれてく つろぐ事もできるようだった。  恭子さんはそんなお店の奥から現れた女性の店員さんと親しげになにか話し始め、あたしはそれを見ながらな んだか孤立したような感じに襲われていた。  居心地が悪い上に、ちらっとかけられている背広の値札に目をやると………………思っていたよりもずっと高 い。ゼロが一つか二つなくなればあたしの軽いお財布でも買えるんだけど……  ここであたしに何をさせようって言うのかな……  ダイエットをさせるためにあたしをここに連れてきたんだから、ここで働かされるのかもしれない。それぐら いしかやせる事と関係のありそうな事は思いつかなかったけど、あたしには絶対無理。もともと男だし、女性の 洋服にそれほど興味のないあたしがファッション関係の仕事ができるはずもない。もし興味があったら明日香の 買い物の時にアドバイスしてあげたりしてご機嫌をとる事もできただろうけど、男が知ってたらそれはそれで怖 いものが………って、今は女なんだっけ。 「へぇ、それは面白そうね。彼女なら色々と…うふふ……」 「でしょ。だからちょっと協力して欲しいのよ」 「いいわよ。新しいデザインの参考になるかもしれないし、お得意様のお願いですもの、何着か選んで見ましょ」 「ありがと、感謝するわ。たくや君、そんなところでぼさっとしてないでこっちに来なさい」 「あ、はい」  どうやら話は終わったらしく、今まで踏み入れた事がなかった世界にしばし呆然と店内を眺めていたあたしは、 呼ばれるままに二人のところに歩いていく。 「こちらこのお店のオーナー、ほら、挨拶して」 「へ? え、お、オーナー!? は、はじめまして!」  い、いけない、てっきり店員さんだとばかり思ってた。結構若いのに……  恭子さんを間に挟んで紹介されたオーナーはまだ三十代前半ぐらいの髪の長い女性だった。こうやって正面に 向かい合えば着ている服も品よくまとまっていて、それを見たあたしはつい「はぁ…」と感嘆の溜息をついてしま った。 「こちらこそはじめまして。ふん…ふん……うん、可愛い娘じゃない。胸はおっきいし、肌も綺麗だし…本当に 学生なの? あなただったらうちの専属のモデルをしてもらいたいぐらいだわ」 「そ、そんな……あはは……」  三歩ほど距離を空けてオーナーさんがあたしの身体を上から下までじっくりと見つめるけど、別にいやらしい 視線ではなく、それどころかチェックされているような感じで、少し気恥ずかしい…… 「じゃあ、早速服を選びましょうか。う〜ん、この娘だったらどんなのが似合うかしら……」 「え……服ですか?」 「そうね……やっぱり胸やお尻を強調した方がいいかしら……」  ちょ…ちょっと待って、いったいなに考えてるの!?  腕を組み、顎に指を当てて考え始めたオーナーの言葉に、あたしは思わず後退さる。 「少し露出が多くてもいいんじゃないですか? せっかくの綺麗な肌なんだから見せなきゃ損ですよ」 「とりあえずいくつか選んでみるわ。少し待っててね」 「あ…あの……選ぶってなにを……」  突然の話しの流れに何とか声を絞り出しても、お店の奥へと歩み去るオーナーさんには届かなかった。 「きょ…恭子さん……あたしにいったい何をさせようって言うんですか?」 「あら、言ってなかったかしら?」 「すっとぼけてもダメです! ちゃんと説明してもらいますからね!」 「もう…心配しなくても説明ぐらいしてあげるわよ」  わざとらしくあたしから視線を逸らせた恭子さんに詰め寄ると、背の小ささを利用して背中側に回りこまれる。 「私的にはお礼を言ってもらいたいぐらいなのよね。せっかくオシャレさせてあげるって言ってるんだから」 「………おしゃれ?」  それがどこをどうしてダイエットと関係があるんだろ…… 「あなたって前々から思ってたんだけど、洋服のセンスがいまいちなのよね。私と会う時はいつも制服ばっかり だし、私服と言えばフリルのついたのだし」 「あれは恭子さんのお父さんに着せられたんですけど……」 「ま…まぁ、その事もあるし、色々と協力してもらったお礼に私から服を一着プレゼントしてあげるの」 「全然説明になってないですよ。あたしはダイエットできるって聞いたからついてきたんです。そんな服の話な んて全然聞いてないですよ」 「ふふふ…甘いわね」  な…なんだか余裕の態度ね……  恭子さんはあたしの追及にも以前として態度を崩さず、目の前で人差し指まで振っている。 「あなた、モデルをしている女性が何であんなに痩せているか分かる?」 「えっ?…えっと……いつもダイエットしているから…ですか?」  突然の質問にあたしが少し考えてから答えを出したけど、恭子さんは「わかってないわね〜」と言いながら肩を すくめて首を左右に振った。 「いい? モデルがなぜ痩せているか……それは常に人の目を意識しているからなのよ」 「人の目?」 「露出の多い服を着て人に見られる事で女性は美しくなるのよ。あなたが痩せられない理由……それは見られて いる事を考えた事がないかじゃないの? いっつも同じ服を着たり、ファッションセンスゼロのフリフリの服を 着て……だからもう少しお洒落に気を使えば、自然と痩せられるものなのよ」 「そ…そうなのかな……」  なんだかこじつけのように聞こえなくもないけど、なぜか「なるほど…」と納得してしまう。 「おまたせ〜〜。ちょっと探すのに苦労しちゃった」  さらに恭子さんの説明が続いていたんだけど、オーナーが戻ってきた事であたしはそちらを振りかえった…… 「なっ!?」  思わずあたしの口から驚きの声が漏れる。振り向いた先にはオーナー以外にも二人の店員さんがいて、三人と も両手に顔が見えなくなるほどたくさんの服を抱えていたからである。 「せっかく着せ替えができるんだからと思ったら、色々と試したくなっちゃって。昔作ったのとか新作とか色々 と持ってきちゃった♪」 「………着せ替え?」  今まで会話の中に出てこなかった言葉にあたしは思わず聞き返す。 「ええ、あなたにだったら何をしてもいいから、色々と服を着せて試して見ないかって」 「………恭子…さん?」  事の次第を改めて確かめようと、首をギギギ…っと回してみると………そこに恭子さんの姿は既になかった。 「わぁ、これ可愛い♪ あ、これってすっごい大胆じゃないですか、胸元丸見えよ」 「こっちのキャミなんてどう? あのボディーでこれを着たらスゴいわよ♪」 「わたしはこっちのワンピースの方が好きかな? あ、ジャケットでカッコよくっていうのもいいわね。わぁ、 下着まである♪」  恭子さんは服の到着と同時にそちらへと移動し、オーナーと一緒になってあたしに着せる服をあれやこれやと 物色している。しかも二人が選ぶのは露出が多くて危なそうな服や布地の極端に少ない服、そんなの着れるの? と疑ってしまいたくなるほど小さい服など、あたしがいつも着ている服とは確実に一線を画すものばかりだった。  こ…ここはひとまず逃げた方がいいかも……  ガシッ 「へっ? な…なんであたしと腕を組むんでしょうか…?」  ひそかに後ろへと下がっていたあたしは店員さん二人組に両腕をしっかりと拘束されてしまった。 「逃がしませんわよ。オーナーの命令ですもの」 「私たちだって楽しみなんですもの。さ、早く試着室に行きましょう」  そう言うと二人はあたしをお店の奥の方にある試着室へと連行していく。二人の顔は何故か分からないけど喜 びでほころんでいて、あたしは自分の身にこれから起こることを想像して全身に鳥肌を立たせた…… 「い…いや……オシャレなんかしたくないぃぃ〜〜〜〜〜〜!!!」


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