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「あああぁぁぁ〜〜〜!………またやっちゃったぁ。もう…これで四度目か……はぁぁ……」  従業員室に置いてある事務机で明日香宛の手紙を書いていたあたしは、振り仮名の突け間違いに気付いてボー ルペンの動きをぴたりと止めさせた。  やっぱり手紙書くのって難しい……真琴さんに町で修正液を買ってきてもらおうかなぁ……  あたしは溜息を突きながら、あまりしない事はするもんじゃないと言う事を形を持って表すかのように書き損 じた手紙を苛立ち紛れにクシャクシャに丸めると、ゴミ箱に向かって放り投げた。  ヒュ〜〜〜…コン…コロコロコロ……  紙の玉はゴミ箱の淵に蹴られて、床に落ちて転がった。その側には他にも紙の玉が三つ…… 「く…くぬぬぬぬ……頭にきた」  長時間、細かい作業に集中していた頭はそれで完全にオーバーヒートしてしまい、机の上のペンを取らずに、 椅子の背もたれに体重を預けた。  どうも手紙って苦手よね、ほとんど書いたこと無いし……あたしも携帯持とうかな……でもそんなお金無いし なぁ……第一、ここって電波届くのかな?  季節は冬過ぎて春。松永先生から聞いた話では、宮野森学園では一昨日が卒業式だったはず。  ―――卒業式かぁ……あたしも出たかったなぁ……  軋んだ音のする背もたれに身体を預けて、あたしの見ていないその場を想像してみる。  ……止め止め、空しいだけよ。  明日香……高校卒業した後どうするんだろ? それにあたしは……  メイド服の青いブラウスに包まれた胸にそっと手を当てる。  ここに来てから色んな事が有り過ぎて、早くもこの服は十何代目。確かあと少しで二十着目だったはず……も う超えたかな?  遊びもせずに毎日この服を着て一日中お仕事。最初身につけた時の恥ずかしさなんか何処に行ったか、今じゃ あ街に行くのもメイド服でOKで、お店の人にもすっかり山野旅館のメイドさんとして知られるまでになりました。  そしてその事を恥ずかしいとも気にも留めなくなった最近、明日香たちの卒業式の事を聞いて、なんだか無性 に明日香と話をしたくなった。  電話の一つもしたいけど一従業員のあたしの部屋に子機なんて言う文明の利器がついているわけがなく、加え て仕事が忙しくて長々と話す時間なんて無いし、絶対に話を盗み聞きする人もいるから、こうやって手紙を書く のに挑戦中。で、あえなく玉砕。 「はぁ……明日香のほうから手紙を送ってくれればいいのになぁ……とにかく、今度は下書きを作ってから清書 しよっと」  色々考えているうちに気分転換も終わり、頭の方もすっきりしてきたあたしは事務机の引出しから新しい便箋 を一枚取り出して…… 「え〜と、拝啓…片桐…明日…香…様……と」  こうやって書いてみると明日香の名前って結構面倒くさいかも…… 「それで何を書くんだっけ……そうそう、卒業式の事だっけ。えっと……」  コンコン  手紙を少し書き出したところで従業員室の扉が控え目にノックされた。 「たくやく〜ん、もうすぐお客様の到着の時間よ。玄関に来てね〜」 「は〜い。遼子さん、すぐに行きますから〜〜」  さて、仕事仕事。続きは夜の待機中に書こうっと。  あたしはほんの少しだけ書かれた手紙を再び机の引出しに仕舞うと、短く息を吐いて気合を入れ、従業員室を 出て行った。 「タク坊、遅いぞ。バスがくる時間はわかってるんだから余裕もって来いよな」 「ごめんね。ちょっと手間取っちゃって…あはは……」 「なんだい、愛しの彼女へのラブレターだから気合は入りまくりかい? にくいね〜〜、このこの♪」 「なっ…何で知ってるんですか!? また覗きましたね、そう言うのやめてっていつも言ってるじゃないですか !!」  あたしが頭を書きながら原価淫にやってくるなり真琴さんの口から飛び出した爆弾発言に、あたしの顔が恥ず かしさで一気に熱くなる。  ま、真琴さんめぇぇぇ! 恥ずかしいネタをいくつも握られてるからってあたしがいつまでも大人しく……… ……大人しく…するしかないんだよね…とほほ……逆らったりしたら日本刀が…しくしくしく…… 「はぁ……いいですね、若い人は…私は…もう男の人なんて……」 「って、遼子さんも溜息なんかつかないでくださいよ。遼子さんだったらいい人見つかりますから……それと、 あたしが手紙を書いてたのは女の人にですからね」 「そうですよね…たくやくんはどちらでも……私とは遊びだったんでしょうし……」 「なっ!?」 「………ふふふ、冗談ですよ」  は…はぁ……ビックリしたぁ……遼子さんが言うとなんだか本気に聞こえちゃうんだもんなぁ……まぁ、時々 男女関係についてキツい事を言う以外は優しいんだけど―― 「よっしゃ〜〜! 間に合ったぁ!」 「……隆幸さん。旅館の主人なら時間ギリギリではなく、ちゃんと余裕を持った行動を為さって下さい。他の従 業員に悪い影響が出たらどうするんですか。あゆみさんのことが心配なのは分かりますけど、納得はしていませ んが旅館の主人である以上はそちらの仕事も忘れずにもっとしっかりしてもらわなければ私達が困ります」  ……隆幸さんには結構きつかったりします。でも自業自得の上に正論だから、なにも反論できない。これでも 最初のころに比べればマシだけどね……隆幸さんもかわいそうに。 「……シクシクシク……俺…この旅館のご主人様なのに……シクシク……」  でも時間ぎりぎりになってやっと玄関に走りこんでくるし、その玄関の隅でうずくまって従業員からの厳しい お説教に泣いている姿は、完全に旅館の主人の威厳無し……あたし、本当にここで働いていて大丈夫なのかな… …先行き不安…… 「う…挫けるもんか! 今日は女子高生の団体さんだ! 気合入れていくぞ!」 「た…隆幸さん……そんな事言ってると……」 「あゆみさんがまた怒りますよ」 「う……分かりました…はしゃぎ過ぎてました…僕が悪かったです…だからあゆみには黙っててください……し くしく……」 「黙っててあげますから旅館の主人らしく真面目に仕事してくださいね」 「はい……」  隆幸さんってあたしたちの雇用主なのに完全にヒエラルキーが一番下よね。 「それにしても遼子さん、完全に隆幸さんを操ってますね」 「ああ。ま、タカ坊もあゆみものんびりしてる所があるから、遼子みたいな奴がいて丁度いいんじゃないか?  梅さんがいなくなった時はどうなるかと思ったけど、タク坊や遼子のおかげでうちも賑やかになったもんだよ」 「そうですね……」  ブロロロロロロ……  あ、来た来た。今日は珍しく送れずにやってきたわね。  遠くからお客様を乗せたバスのやってくる音が聞こえてきた。玄関で色々と楽しんでいた時間も終わって、ま た忙しくなるかな。 「さて! それじゃあ今日も頑張りましょうか!」 「お、タク坊、珍しく仕切ってるじゃないか。はは〜ん、さては恋文が上手く書けたな。後でちゃ〜んとおねー さまに見せるんだぞ。恋の先輩がしっかりきっちり採点してやるからな」 「いやですよ! なんで真琴さんに見せなきゃいけないんですか!? それに失恋の先輩のアドバイスは結構で す!」 「なっ…なんだと、この野郎!」 「えっ! たくやちゃんラブレター書いてたの!?」 「い…いいじゃないですか、手紙の一つや二つ! あたしが手紙書いたからってなんだって言うんですか!」 「遠距離恋愛……ロマンチックね…うらやましい……」 「みなさ〜ん……バスが来るんですけど……」 「隆幸さんは黙ってて!……と、いけないいけない」  遠くからでも見られるかもしれないから、早く整列してなきゃ。  バスの音が近づき段々と大きくなると、あたしたちは急いで玄関先に出て一列に並び、お客様を迎える準備を する。  ブロロロロ……キキィ〜〜!  少し古さが目立ってきたバスが旅館の正面に止まった。いつもは少し手前のバス停に止まるのに……運転手さ んもお年寄りだからなぁ……  キャキャ…アハハハハ……  そんなバスの中から若く明るい女の子の声が聞こえてくる。  あたしの耳にも以前は周りから聞こえていたような声…ほんの少し前に思い出してしまっていた雰囲気……  女子高生か……あたしもちょっと前までは…ねぇ………  それを耳にした途端、チクリと胸が痛んだ。あたしが男に戻って学園に復学する事は出来ても、明日香達は卒 業、あたしの高三の時間は過ぎ去ってしまって、もう戻っては来ない……そしてあたしはみんなと違う時間を……  プシュ〜〜  バスの扉が音を立てて開いていく。その向こう、あたしの視線の高さにはお金を払って降りてこようとするお 客様の足首が見えた。  ワンピースを着た髪の長い女の人だった。持っているのはカバン一つ。まだ車窓からあたしと同い年ぐらいの 女の子の声が聞こえるからグループでの卒業旅行かな? でも………ん、今こんなこと考えても仕方がないや。 今はしっかりと働きましょう!  ふと脳裏にかすめたあの人の面影を頭を振って記憶の棚にしまい直すと、あたしは背筋を伸ばし、春の陽気を 含む暖かな空気を胸いっぱいに吸いこんだ。  さて、今日もいつものように元気よく! 「いらっしゃいませ、ようこそ山野旅館へ」 「「「いらっしゃいませ」」」  隆幸さんの後に続いて、あたしが、真琴さんが、遼子さんが、丁寧にお辞儀をしてお客様を旅館に迎える。  季節は春。緑が生える山々に、青く澄んだ空に、今日もあたし達の元気な声が響き渡る。 「拝啓 片桐明日香様  あたしは元気です。」


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