]Y.憂食


「あ、隆幸さ……」 「うおらぁ!タカ坊!!てんめー〜〜、何してやがったっ!!!」 夕食の準備が終わり、その連絡も終わった頃、厨房にやって来た隆幸さんを、あたしがしゃべり終わる前に、 速攻で真琴さんが締め上げる! 「ちょ…た、タンマ!タンマ!今は勘弁して〜〜」 真琴さんに襟を掴まれ、ガクガク前後に振られている隆幸さんには、生気というものがほとんど感じられない。 まるで一気に三十歳ぐらい老けこんだようだ。 一体、あたしの中に何発出したんだろう? あのフラフラの足元を見ると、どうやら四・五回……ひょっとすると、もう少し(?)してるかもしれない。 「隆ちゃん、大丈夫?なんだか疲れてるようだけど……」 「あ、ああ。ちょっとな。悪いけど今日は早めに休ませてもらうよ」 「隆ちゃん?」 心配するあゆみさんから目を逸らして隆幸さんが答える。その態度とやつれた顔にあゆみさんが怪訝そうにしている。 そりゃあ、あんな事をした後で奥さんの顔を直視できるほど、隆幸さんに甲斐性あるようには見えないもんね。 「んなこたどうでもいいんだよ!タカ坊、てめ〜タク坊探しに行くとか言っときながら、どこでサボってやがった! 部屋にも従業員室にも居やしなかっただろうが!おら、きりきり吐きな!隠すとタメにならね〜ぞ!」 「く、くるじ〜〜」 隆幸さんはネックハンギングツリーで宙吊りにされ、見る見る顔を紫色にしていく。 「!隆ちゃん!」 「ま、真琴さん、それ以上はヤバイですって」 たまらずあたしは止めに入る。今回はなるべく関らないでいようと思ってたんだけど、これじゃ仕方ない。 「ちっ、仕方ねぇな。タカ坊、明日はきっちり働くんだよ!」 「ケホケホケホ……は、はいぃ〜」 うう〜〜、すみません。実はあたしが、隆幸さんに会わなかった、って言っちゃったんです。 (回想) 「あ、あたし松永先生の部屋で話し込んでたんですけど、隆幸さんなんて来ませんでしたよ」 何とか夕食の準備に間に合ったあたしは、いきなり詰め寄ってきた真琴さんの迫力に負けて、とっさに納得 できそうな嘘をつく。 「タカ坊に会わなかった?あの野郎、どこでサボってやがるんだ?」 「……よかった」 怒る真琴さんとは対称的にあゆみさんはどこかホッとしている。どうも、松永先生と隆幸さんを会わせたくないらしい。 「何がいいんだ、あゆみ。あいつ何処にもいなかったんだろう?ったく……この忙しくなるって時に、一体何処に 行っちまったんだ?たく…もうあんな奴はどうだっていい。タク坊もボケッとしてないで。ほら、早く運んできな」 「はい、わかりました。あゆみさん急ぎましょ。梅さんも運び始めてるし、隆幸さんがいないんですから」 「……うん」 あゆみさんは見た目に分かるほど落ちこんでいる。やっぱり隆幸さんが心配なんだろうか…… 今のうちに心の中で謝っておきます。すいません。 そして、そんなあゆみさんとは正反対に、真琴さんは…… 「ふっふっふっ……タカ坊の野郎、この美人板前探偵の真琴様に挑戦しようったぁ〜いい度胸じゃねえか。 見てやがれ、Gちゃんの名を欠けて、絶対に何処でサボってたかを解いてやるからな」 なにか間違った方向に、その情熱を向けていた………なんか字が違うし…… (回想終了) あれが板前探偵の推理なんだろうか?思いっきり脅迫だったけど…… そんなこんなで夕食が始まったけど、賑やかは賑やかでも、今日は昨日とは違って雰囲気が静かだった。 おじさん三人組みがいなくなった事もあるが、その原因は松永先生にあった。 「ん……ふぅ、おいし」 お猪口から口を離す、その仕草も色っぽい。 湯上りの松永先生は、いつもの33,2%増し(当社比)で色っぽかった。 髪を結い上げ、その色っぽいうなじを人の目に晒していた。 浴衣の襟からは、いやらしくない程度、それでもほんのりぬくもった肌から色気を感じる程度に胸の谷間が見えている。 それにいつもからは想像もつかない、楚々と食事をする仕草がそれを更に助長していた。 そんな色っぽい松永先生に、昨日は遼子さんを囲んでいた男三人も、食事をしながらヤラシイ視線を向けている。 遼子さんは、男達から開放されたせいか、昨日よりは食事が進んでいるようだ。 そして静かな原因がもうひとつ…… 「あの……おひとついかがですか」 「ありがとう。いただくわ」 あたしは空になっていた栄子さんのコップにビールを注いだ。 「んぐ…んぐ…ふぅ」 松永先生に男達の視線が集中しているのが気に入らないのか、それとも真一さんと喧嘩してるのが原因なのか、 砥部さん夫婦はぴりぴりしながら食事をしていた。ただし…… 「あの〜遙くんはどうなさったんでしょうか?」 恐る恐る聞いてみる。みんなで夕食をとっているこの広間には、あの元気な遙くんの姿は無かった。 昨日、あれだけ食事のときでも元気いっぱいだった遙くんがいないので、かなり静かな食事となっている。 「遙なら部屋で寝てるわよ」 「え?」 「なんだかさっき部屋に戻ってきたら元気が無くってね。布団を敷いて、寝かせてあるの」 「そ、そうだったんですか……あ、それじゃ今からおかゆか何か持って行きましょうか?」 あの遙くんが病気と聞いて、さすがに心配になる。それに食事をしないと元気になるものも元気にならないし…… 「別にそんなのしなくても……まぁいいわ。それじゃお願いできるかしら」 「はい、それじゃ、今から行ってきますね」 真琴さんに頼んでおかゆを作ってもらわないと…… あたしはそんな事を考えながら、少し白くなりかけてる隆幸さんに断りを入れると、広間を出て行った。 ……そしてそれは、あたしを追いかけるような真一さんの視線から逃げるものでもあった…… コンコン 「遙くん?あたし、たくやだけど、入ってもいいかな?」 あたしは、おかゆの載ったお盆を片手に持って、砥部さん家族が止まっている二階の客間の入り口をノックした。 夕食の連絡に回ったあゆみさんが、遙くんが寝こんでいると聞いて気を利かせていたので、調理場で真琴さんは 既におかゆを作って待っていた。 一人用の土鍋に入っているのは、食べやすいよう少しさましてある白粥。小鉢に裏ごしした梅にかつおを練りこんだ ものが入っている。 コンコン 「遙くん?入るわよ?」 部屋に入り、襖を開けて、明かりをつける。 奥のほうの部屋に布団が一組敷かれていて、その上にこんもり盛り上がった掛布団が乗っかっていた。 「遙くん?おかゆ持ってきたんだけど……」 あたしは布団の側に正座して、お盆を傍らに置く。 「遙くん?」 いつもの元気な声が返ってこない。でも、あたしが声を掛けるたびに、小山が、ピク、と反応する。 「起きてるんでしょう?ご飯持ってきたの。さ、食べましょ」 「…いらない」 あたしの精一杯の明るい声に、冷たい返事が返ってくる。 「え…えっと…ほら、こんなにおいしそうなおかゆだよ。それに食べなきゃ元気も出ないよ」 布団に手を掛け、ゆっくり押してみる。 「いらない。お姉ちゃんの顔なんて見たくない」 ぴきっ! な、なんて言った、今?顔も見たくない? 「そ、そんなこと言わないで。ほら、顔見せて」 さっきよりも少しだけ強く揺さぶる。だって、あたし、遙くんに何か悪い事した?そりゃ昼間、遊んであげずに 逃げ出したけど、だからって、こんな風に嫌われるなんて…… 「見たくないって言ってるでしょ!」 がばっ! 「きゃあっ!」 突然、布団の下から腕を振り上げた遙くんに驚き、あたしは後ろに倒れこんでしまった。幸いにもおかゆは ひっくり返さなかったけど、布団の方に身を乗り出していたので、お尻を強く打ってしまった。 「いたたたた……」 「あ………」 あたしが上半身を起こすと、膝の間から、布団の上に座って呆然とこちらを見ている遙くんが見えた。 どこか、顔が赤いように見える。 「あ…あ……ごめんなさい!」 そう言うと、遙くんは掛け布団を掴み、前以上に強く丸まってしまった。 「遙くん……あっ!」 あたしの視線が自分の下半身に向く。そこは倒れた反動で、膝を立てていて、スカートが捲くり上がっていた。 そう言えば、今のあたし、松永先生から借りた……黒の……レースの………スケスケ勝負パンツ…… がばっ! いまさら遅いが、スカートを押さえて、パンツを隠す。 「遙くん……見た?」 恐る恐る、震えてる布団に問い掛けた。返事は無かったが、それがはっきりと答えを言っていた。 「あ…あの……お…おかゆ置いてくから、ちゃんと食べてね。じゃ!」 と言って、あたしは急いで部屋を出て行ってしまった。 ああああああ〜〜〜!は、遙くんに見られちゃった〜〜〜〜!! 廊下を急ぎながら、子供に見られただけなのに、あたしの顔は真っ赤になっていた。


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