U.火曜日放課後


「全く…工藤の奴、たくやをなんだと思ってるのよ!」 着替えてる途中のあたしの耳に、カーテンの向こうで明日香の「私今頭に来てんだから!」と言った感じの声が 聞こえてきた。 「でも弘二だって悪気があって……」 「あるに決まってるでしょ!!」 「……はい」 ブラウスに袖を通しながらのあたしの弁護は、明日香の真実を語っている怒声で斬って捨てられた。 いつものことながら女になったあたしは、「途中で女子の授業に移ったら今までの成績が全部なくなるから体育 の成績を赤点にしてやる」という底意地の悪い筋肉達磨のおかげで、この寒空の中、男子に混ざってマラソン なんかさせられてしまった。 おかげで一歩ごとにプルプル揺れる胸やピッチリとしたお尻に十数人の男子の視線が集まる中で走らされて、 しかも途中でぶっ倒れてしまい、スケベな男子達の手によってあちこち触られながら保健室まで運ばれたのである。 男子を追い返してあたしをベッドに寝かしつけた松永先生は、その後所用で保健室を留守にしていた(後に 聞いた話では校長にあたしの体育の授業の事で直談判したとか……)。 そして、息苦しさからジャージとトレパンを脱いでブラを外して寝ていたあたしに、何処から嗅ぎつけたのか 弘二がやってきて襲いかかってきたのである。 で、先生が弘二を追い返してくれてた後、あたしはお絞りで身体を拭いて、放課後になってやって来た明日香が 持ってきてくれた制服に着替え中。パンツは濡れちゃったので松永先生から借りたけど……赤のレースってモロ に毛が透けてるんですけど……普通の貸してくださいよ…… 「一回ギャフンと言わせなきゃ懲りないのよ、ああ言う奴は」 カーテンの向こうでは松永先生から事の顛末を説明されて、怒り心頭脳天直下の明日香。心配してくれるのは 嬉しいんだけど、ちょっと恐いよう…… 「そうね。工藤君の行為は少しやり過ぎね」 「松永先生もそう思いますか?」 さっき現場に踏み込んで怒鳴り声を上げた松永先生も、やっぱり弘二を庇わない。 「相原くんが好意を寄せてくれている後輩を庇いたい気持ちはわかるけど、あれはれっきとしたレイプよ。 女性としてそんな事を許すわけにはいかないわ」 じゃあ、去年この保健室で男子生徒数人にあたしを襲わせたのはレイプじゃないのか…… スカートを履いてネクタイを絞めながらそんな事を考える。口に出したら最後、この事を知らない明日香が 怒ってさらに話がこじれるから、絶対に言わないけど…… 「でも弘二って言っても聞かないですよ。あたしが男の時でもしつこく付き纏って来たんですから。 それが出来てれば苦労はしませんよ」 「じゃあなに?あんたはかわいいかわいい後輩の工藤君になら何をされてもかまわないって言うの? 無理やり犯されちゃっても笑って済ませちゃうわけだ、ふ〜〜ん、そ〜〜、へ〜〜」 「そ…そうじゃないけど……」 長袖のブレザーに袖を通して着替え完了。でも、このクリーム色のカーテンを開けて出て行くのが恐い…… 「だったら私が説得してみましょうか?」 「「え?」」 いきなり松永先生が予想外の提案をしたため、カーテンから頭だけ飛び出したあたしだけでなく、明日香まで 素っ頓狂な声を上げた。 「先生が…ですか?」 「そうよ。愛しの相原くんのためですもの。このぐらい構わないわよ」 「「愛しの」ってのはなんか気になりますけど…でもどうやって?言っときますけど、あいつはどんなに言ったって 説得なんか全く効きませんよ」 「大丈夫よ。要は相原くんが工藤君にどれだけ酷い目に遭わされてるかを教えてあげればいいんでしょ?」 松永先生が椅子に座って優雅に足を組む。まさに御足。冬でも短いスカートからの素晴らしい光景に、あたし達は 女であるにも係わらず、つい見入ってしまった。 「え…えっと……どんな事を言うつもりなんですか?出来れば教えてもらいたいんですけど……」 「あ、私も気になる。でも、あんな奴に説得なんてちょっと生易しい気がしませんか?ここはこう、ガツ〜ンと」 「あら?説得なんてしないわよ」 あたし達の質問を松永先生はあっさりと否定し、優しく微笑む。 その笑顔を見た瞬間、あたしはカーテンを持ったまま一歩後退さった。何度か見たけどあの笑みは…… 背中に冷たいものが走る。表では生徒からの好感度bPだけど、裏では可愛いなら男子生徒・女子生徒見境なしに 手篭めにする謎の保険医……そんな松永先生が……微笑んだ…… 「要は工藤君が相原くんの気持ちになればいいのよ。そう、アレを使ってね。ふふふ……」 そう言って微笑する松永先生に、あたしは不吉なものを感じずにはいられなかった…… 弘二……もう会えないかもね……… まだ少し情事の匂いと温もりが残るベッドの側で本気で弘二の冥福を祈りそうになった。


V.金曜日放課後へ