第五話


 両手で胸を隠したまま、滑らないように気をつけてお湯に入る。
 「きもちいぃ〜」
 裸の身体を温かいお湯に包まれて、やっぱり疲れていたんだなと思った。
 身体を小さくしたまま大きな湯船の真ん中まで移動してみると、なんだかポツンと所在なさげな感じがする。
 しかたがない・・・私はこの状況でするべきことをすることにした。すなわちこの広い湯船を独り占めする事だ。
 「せーの!」
 何となく自分で勢いをつけて、小さく丸めていた身体を解放する。
 お尻を底につけ、両手足をいっぱいに伸ばしたが、まだまだ余裕があるようだ。
 こんどは手を下について、身体を浮かせてみる。
 (なんかエッチ!)
 ちょうど乳首の周辺だけが二つの島のように湯船から浮かんだのを見て笑ってしまった。そのままバランスをとり、浮かした両足を大きく開いたり閉じたりする。
 (お母さんが見たら怒るだろうなあ)
 ひょっとしたら自分はとっても下品な女なんじゃないだろうかと不安になってしまう。
 (独り占めがいけないんだよね、そうだ、そうに違いない)
 無理矢理自分を納得させて、くるりと身体を回して腹這いになり、手だけをつかってお湯の中を這うように奥の壁に向かう。
 (誰かに見られたら自殺ものね・・・)
 湯船に浮かび上がったお尻とだらしなく開いた両脚の姿を想像するとかなり恥ずかしい。

 奥の壁には採光と換気のための窓が取り付けられている。
 私は外から覗かれないように注意深く曇りガラスを開けたが、すぐにその先がベランダのようになっている事に気が付いた。
 拍子抜けしながら首を外に出して左右を見たが、左はすぐそこに壁があり、右は男性用の浴室を越えた先でやはり壁でふさがれている。
 どうやらこの空間は浴室の専用となっているようだ、緑色の人工芝が敷かれ、サンダルがいくつか置いてある。
 出入り口はここと、男性用の方にもうすこし大きなガラス戸がある、どうやらそちらが本来の出入り口だったらしい。男女の仕切りはない。
 
 ザーッ・・・ザーッ・・・
 
 波の音が聞こえる。そういえば建物のこちら側は海だったはずだ。
 私はちょっと夜の海の光景に興味を持った。
 ベランダの手すり側はコンクリの壁になっている、外に出て立ち上がらない限りその向こうは見えない。
 でもまあ、こちらから見えないという事は向こうからも見えないという事だ。私はもういちど耳を澄まし、男湯に異常がないことを確かめて、這うようにしてベランダに出てみた。
 「タオルを持つべきかしら」
 そうは言ったが本音を言えば持つ気はなかった。
 裸のままでいろいろな冒険をしてみることに、なにかワクワクさせてくれるものを感じていたのだ。
 「よいしょ」
 全裸にサンダルという格好ではどうもしまらないが、作戦中の女スパイよろしく私はまず男湯の窓を確かめに行った。
 照明は共用のため光は漏れてくるが、中に人の気配はない。
 「異常なし、ふふふ」
 小声で笑いながらも慎重に立ち上がると、手すりの向こうはやはり海だった。

 ザーッ・・・ザーッ・・・

 月明かりに白く照らされた波がとても綺麗だ。
 中腰のまま、穏やかな潮風をむき出しの肩に感じながら、私は手すりに両腕をのせてその光景を眺めていた。
 「んっ?」
 黒い人影が二つ見えた。カップルだろうか、寄り添うように波打ち際を歩いている。
 (見られないかな?)
 向こうからはこちらの肩から上ぐらいしか見えないはずだったが、私は念のためさらに姿勢を低くした。
 よく見ればカップルの他にも犬の散歩のおばさんや、遠くには自転車の灯りが動いているのも見える。
 壁一枚むこうの日常を全裸で見ているのは、なんだか恥ずかしいような楽しいような不思議な気分だった。
 (ふふふ)
 首を後ろに振り向けると、男湯の入り口の曇りガラスにうっすらと自分の白い肌が映し出されている。
 何となくポーズをとるように両脚を交差させてみると、その白い影も同じように動いた。
 (やぁだ、なんだかお尻振ってるみたい)
 左右に揺れるそのぼんやりした自分の姿を見て、私は苦笑した。そしてそのあとで、もしも今あのガラス戸が開いて誰かが顔を覗かせたらと考えた。
 「・・・」
 想像のなかで、ニヤニヤ笑ってガラス戸から出てきた顔は・・・なぜか曽根先生だった。
 (うーん・・・ゼッタイ嫌ね・・・)
 脂ぎった顔と薄くなり始めた髪の曽根先生の顔は、裸の冒険の高揚感を一瞬で吹き飛ばした。
 私は乳房を両手で隠しながらそそくさと女湯へのガラス戸をくぐった。
 
 「ふぅ、あったかぁーい」
 さすがに風に当たりすぎたので、もう一度湯船に肩まで浸かって身体を温めた。
 あらためて男女の仕切りのよしずカーテンを見てみる。
 (ふーむ・・・)
 確かに向こうが見えることはないけれども、やっぱり心もとない。
 向こうに人がいないから分からないけど、なんというか、人の影というか気配というか、そういうものが筒抜けになっている気がする。
 「・・・やっぱり早く出よう」
 想像の中の曽根先生の顔がちらついて、なんだか落ち着かない。私は身体が温まるのを待ちきれないように早々に湯船を出て脱衣所へと戻った。


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